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33話


(ルイ、ルイ、ルイ〜。どうしよ〜、私、どうしたらいいの?なんで、こんなことになってるの〜。ルイ〜、うっ!)


 イゴの背中で頭からマントを被って、あーだこーだ悩んでいたら、ドンっと誰かにぶつかられた。


(絶対、荷物だと思われてるっ。そう思われても仕方ないかもしれないけど、足は出てるんだから、ちゃんと見てよ)


 黒髪に黒い瞳のままの姿に加えて、薄いナイトドレス一枚だから顔を出して文句を言うワケにもいかない。

 マントの中で1人、ムッとした。


「お、すまんな」

「気をつけなよ、おっちゃん」


 誰かとイゴの、声のやり取りが聞こえた。

 イゴの声には少し緊張が感じられて、微妙にこっちに伝染してくる。


(ルイとどうやって、別れたんだろ~。って、なんでさっき、ルイもマティリスもタイミングよく現れたの?

うぅ、マティリスに聞きたいけど、聞ける感じじゃないし、聞ける状況でもないけど。

マティリスは今、魔法騎士なんだよね。

ルイの事、知ってたし、ルイの仲間ってこと? じゃぁ、マティリスも特務隊の人? 

あぁー、情報が少なすぎて分からないことばっかり。ルイ~、私、どうしたらいい? 教えてルイ、私に力を貸して)


 両手を祈るように握りしめ、呪文のように何度もルイの名前を小さく呼んだ。

 名前を呼ぶと、不安と緊張が少し和らいだように感じる。


(今って絶対、逃げ出さなきゃいけない状況よね。あー、魔石さえあれば、)


 今までの経験から、この先自分がどうなるかは大体想像がつく。

 だから絶対、逃げなきゃいけない。

 でも、どうやって?

 背負ってもらってたから、体はダルいし節々は痛いけど走れなくもない。


(街中だもん。周りの人に助けを求めたら、何とかなるんじゃない?)


「ナツ、下すよ」


 思案しているとイゴに声をかけられ、私は足を下ろした。


 マントを深く被りつつ周りを伺うように見ると、体の大きな人足達が馬車から、荷物を下ろしたり積み込んだりしていた。

 その大きな駅馬車や荷馬車といった色々な馬車が所狭しと並んでいる、ここは馬車着き場だった。


 ちょうど荷馬車が真横を通り過ぎて門から出て行くのを、目で追うように振り返った。

 目線の先には大きく開いた門が見えて、外には人々が往来している。

 一瞬、走って逃げようかという衝動が胸に湧き上がった。


(外に出てマントを脱げば、一目で私が来訪者だと分かるはず。そうしたら、周りの人が助けてくれるんじゃない?人目を忍ぶように隠していた姿も、今なら役に立つかも。周りの人が力になってくれれば、マティリスだって助けられるかもしれない)


 ギュッと胸元のマントを握った。

 門までは、走ればすぐに外に出れる距離。


(でも、逆だったら?)


 走り出そうと思う気持ちに不安が浮かんだ。


(私を利用しようとする人達ばっかりだったら・・・)


「ナツ」


 肩に手が置かれ、心臓が跳ね上がるようにビクッとなった。


「なに」


 思いを悟られないように、俯いて返事をした。


「このまま俺達とこの国を出ないか?」


 思ってもみなかったことを言われ、反発するようにバッと肩の手を振り払い声の主であるジークを見上げると、ジークはすごく真剣な顔をして私を見返してきた。


「公爵領に行くんじゃないの?」


「俺達は・・・・・、身分によって差別される世界を平等に暮らせる世界に変えたいと思っているんだ。

公爵様の掲げる理想が俺達と同じだと思っていた、だから協力していたんだ。でも・・・、違ってたみたいだ」


「それ、私には関係ないでしょ」


「関係あるさ。ナツも言ってただろ、この世界は理不尽だって。自分の意思は無視されるって」


「それは・・・」


 ジークの言った言葉は、間違っていない。

 でも今の私は、前とは少し違っていて言葉につまってしまった。


「一緒に行こうよ、ナツ。新しいとこで、初めから一緒にやろう。来訪者のナツが協力してくれたら、絶対に上手くいくよ」


 イゴが横から同調して言ってきた。


「公爵を裏切るの?」


 私の言葉に2人は顔を見合わせ、


「いや、元々目指すモノが違っていたんだ。公爵様には後で話をつける」


 ジークが決意を表明するように力強くそう言った。


 イゴやジークが目指す未来。

 それは、私が元いた世界を彷彿とさせて、すごく素敵な未来だと思う。

 出来るなら、そんな世界になって欲しいと思うし、少し前の私なら今の話に気持ちが動いたかもしれない。


(でも、今の私にはルイがいる)


 ポッと明かりが灯ったように胸が暖かくなった。


(あんなに、この世界を嫌って死が唯一の道だと思っていたのに、ルイを思うだけでこんなにも胸が暖かくなるなんて)


 私のことを生きる理由だ、と言ってくれたルイ。

 すごく、すごく嬉しかった。

 今、思い返しても涙が出そうになる。

 好きな人に好きになってもらえて、そのうえ必要としてもらえるなんて奇跡みたい。


 胸の中にじんわりと広がる暖かさに、自分の気持ちがハッキリした。

 私が願う未来は、ただルイとずっと一緒にいられる世界。

 ジークの話すようなそんな荘厳なことじゃなくて、七海としてルイの隣にいられる毎日。


(ルイ・・・)


 頭に浮かぶのは、私の大好きな優しいあの笑顔。


(会いたいよ、ルイ)


 まだ自分の気持ちは伝えられていないけど、思いは私もルイと同じ。

 ルイが私の生きる理由。

 早く帰ろう、ルイの元へ。


「私は、」


「おい、出発するぞ」


 アルドの声が後ろから響いた。

 振り返って見ると、アルドが柔和な笑みを浮かべて立っていた。

 その隣には、顔色が酷く悪いマティリス。


(また魔法をかけられた?)


「ごめん、行けない」


 そう言って、マティリスに肩を貸そうとジークの側を離れた。




 アルドが用立てた駅馬車に乗り込んだ。

 公爵の馬車とまではいかないけれど、そこそこの乗り心地でホッとした。

 乗り込む前アルドに、ついでだ、と言われて古いワンピースを放って渡され、それを馬車の中でナイトドレスの上に重ね着しながらマティリスの言葉を思い返した。


「七海、大丈夫たから、黙って馬車に乗って」


 乗り込む前、体が痛いのか動くたびに顔を歪めるマティリスに肩を貸しながら一緒にいると、マティリスに耳打ちされた。

 馬車に乗ってしまったら逃げれなくなるから、その前に騒ぎを起こそうと考えていただけに驚いた。

 でも、確信した。

 やっぱりマティリスは、ルイの仲間なんだって。

 ここに来て初めてマティリスを見たのが、あの王子の部屋だったのも思い出しそう思った。

 不安がないワケじゃないけど、今は大人しくしていようと思って馬車に乗った、んだけど…


(馬車に乗ってずいぶん経つけど、なーんにも起こらないんですけど。マティリスが味方って思ったのは間違いだった?)


と思っていると。


「御者さん、御者さん」


 城下町をぬけて、公道を進んだところでアルドが御者に声をかけた。

 馬車が止まると、


「ちょっと用足しに、ね」


 訝しむ私達をよそに、アルドは苦笑いを浮かべて馬車から降りた。

 これはチャンス?と思って、私も降りようと腰を浮かせるとマティリスが腕を掴んできた。

 見るとじっと見返され、行くな、と言われてるようで仕方なく座り直すと、


「俺らと一緒に来るなら、助ける」


 ジークが言った。

 答えようと口を開きかけたら、急に馬車が走り出した。

 それも、物凄いスピードで。

 ガッタン、ガッタンと激しい揺れに時折ジャンピングもするから、しがみついていないと体が放り出されそうになってヤバい。


(な、なんなの?)


 何か言いたくても、喋ったら舌を噛みそうだ。

 ジャンピングの合間に、小窓から御者の顔を見ると、その顔はアルドだった。

 その時点で悪い予感しか浮かばなくて、何も言えない状況だったけど、何も言えなかった。


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