31話
ユースフェルト公爵とつながる者達を見つけたのは良いが、最悪な出会い方をしてしまった。
ライアン王子は人形魔法にかけられ、意識を失ったままだ。
ある意味、気を失っていて良かった気もする。
でなければ、プライドの高い王子のことだ、怒ってこの一帯を吹き飛ばしていたかもしれない。
どちらにせよこの状況、目を覚ましてくれないかと期待するが望み薄だ。
「とりあえず、黒子は手に入ったんだ。急いで、ここを出よう」
「彼女を手に入れて、どうするつもりだ」
「それはアンタに関係ない」
アルドが、笑みを浮かべて言った。
「俺は、どうなるのかな?」
最悪なシナリオが頭に浮かんだ。
額に冷や汗を感じながら笑みを見返した。
「こういうのを、渡りに船っていうんだろうなぁ。これからどうしようかと困っていたところに、うまい具合に現れて。マジ、俺ってツイてるわー」
アルドは楽しそうに話すと、笑みを深めて俺に顔を近づけて言った。
「アンタは、俺たちの水先案内人だ」
パッと、アルドの足元に魔法陣が広がったと思ったら、俺の体は動かなくなった。
「っ・・・・」
グッと喉が詰まるような感覚に、上手く息が出来ない。
思っていた以上にアルドは魔法に長けた人物のようだ。
目を動かして王子を見ると、倒れかかった体をイゴが慌てて抱き止めていた。
「危ないよ、アルドさん」
「王子は、気を失ったままか?」
「あー、うん」
イゴの言葉に、アルドはホッとした表情を見せた。
「王子は縛って、そっちの物陰にでも隠しとけ」
「えぇ!」
「そこまでする必要ないだろ」
アルドの乱暴な指示に驚くイゴに、ジークがナイフを仕舞ながら助け舟を出した。
「ナニ言ってんの?お前ら。すでに俺達は犯罪者なんだよ。見つかれば、捕まっちまうんだ」
「そんな、俺らは何も。そうだ、王子様に説明すれば、」
「馬鹿か、イゴ。そんなことして聞いてもらえるとでも思ってんのか?公爵はいないんだろ?だったら、まともに聞いてもらえるワケねーだろーが」
「公爵様は、」
「イゴ」
言いかけたイゴを止めるように、ジークが名前を呼んだ。
「なんだよ、俺は仲間外れか? 知ってんなら教えてくれよ」
アルドの言葉に、イゴとジークは顔を見合わせ、
「今は言えない。王都を出たら話す」
とジークが言った。
それから2人で、王子を縛り始めた。
アルドは、それを目をすがめるように見たが、何も言わなかった。
「じゃ、アンタには役にたってもらうぜ、ナイト君」
外套のフードを被り、にこやかな笑みを浮かべた、アルドが俺に言った。
ライアン王子を縛り物陰に隠した後、歩いて移動を始めたが、これはなかなかにキツイ。
王子が七海に、よく無事だったな、と言っていたのが分かった。
背負っていた七海は、ジークが代わりに背負っているので幾分マシだが、体の自由が奪われるということは、これほど不自由だとは思わなかった。
まず、息が自由にできない。
今は歩きだからいいが、口を自分で空けられないから走るとなると、ヤバいかもしれない。
歩きも自分で動かしているワケではないから、力のかけ具合が違っていてぎこちなく感じる。
(七海はよく耐えたな、これを)
時折、衛兵に出会うが俺を見ると会釈して通り過ぎるばかりで、誰もこの一行を不振に思って声をかけてくる者はいない。
自分の、王子の側近としての立場がそうさせているのだが、どうするか・・・
〈 マティリス 〉
突然、ライアット殿下の声が頭に響いた。
〈 殿下っ 〉
出来ないが、思わず叫び出したくなった。
〈 大丈夫か? 〉
〈 はい、ライアン王子が医務室近くの物陰に縛られています。すぐに救出してください 〉
〈 わかった。それで、今の状況は? 〉
ライアット殿下からのコンタクトを気づかれるかと思ったが、隣で歩くアルドに変化はない。
気づいていないようだ。
後ろに続くジークとイゴも、フードを深く被り黙ったままついてきている。
〈 公爵の関係者、ジーク、イゴ。あと、アルドという人形魔法の使い手と共に移動中です。来訪者ナツも一緒にいます。今、私は人形魔法にかけられた状態で体の自由がききません 〉
これで、この状況を打開できると思うと心底ホッとした。
〈 お前の居場所はトレースした。外門に向かっている? 城外に出るのか 〉
〈 ユースフェルト公爵の所在は分かっていませんが、ジークとイゴが知っているようです。このまま港に向かい、恐らく船でユースフェルト領へ戻ると思われます 〉
〈 港は今、封鎖している。部隊を送って公爵の探索をさせているところだ。まだ見つかっていないが、バーダム行の船の中に、かなりの人数の女子供が見つかったと報告があった 〉
〈 ・・・・・でしたら私はこのまま彼らと行動を共にして、行く先を調べます。彼らが封鎖を知っているか分かりませんが、どちらにせよ、港から出れないとなると別ルートでの脱出になると思います 〉
〈 そうだな、わかった。トレースは続ける、何処へ行っても私には分かるから大丈夫だ。応援もすぐに向かわせる。何かあれば、すぐに呼べ 〉
〈 わかりました 〉
〈 にしても、ライアンは何をしていたんだ。はぁ・・・〉
コンタクトが切れた。
最後は、殿下の愚痴が聞こえて、少し笑えた。
1人じゃない、俺にはこの国最強のお方が付いているんだ、と思うと状況は最悪だが、気持ちにゆとりが出来た。
「マティリス様、今から外出ですか?」
城外へ出る門まで来ると、門番の衛兵が声をかけてきた。
「余計なことは言うなよ」
アルドが小声でそう言うと顔だけが自由になった。
「あぁ、すまない。王子の使いだ。門を開けてくれ」
俺の言葉に、2人の門番は顔を見合わせた。
「お急ぎですか?」
「どうした」
「それが、今夜はどなたであろうと入念に査閲するようにとの告達がありまして」
その言葉に一瞬、周りの3人が身構えたように感じた。
自分の命もかかっているが、七海の命と目の前の衛兵達の命もかかっていると思うと、ここでもたついていられない。
「あぁ、聞いている。だから、私が直接来たのだ。王子の誕生祝に来られたこちらの方々を、港までお送りする」
俺の言葉に衛兵達の視線が、3人に移った。
緊張が漂う空気の中、アルドは堂々とした素振りでにこやかな笑みを浮かべて衛兵に軽く会釈すると、後ろの2人も同じように会釈した。
そんな気さくな態度に衛兵は少し態度を軟化させた。
「そうでしたか。ですが、」
「なんだ」
「はい。その告達内容なのですが、端的に言うと人を外に出すな、というものでして。それで、馬車の準備をしておりません。それに、港に行かれたとしても恐らく大変なことになっていると思います」
「どういうことだ?」
「つい先ほど、騎士団の騎馬隊が港へ向かって行きましたから。詳しく聞いてはおりませんが、その、ユースフェルト公爵の、捕縛の命令が出たとかって話で」
「それは、本当ですか?」
後ろからイゴが声をあげた。
驚きを込めた大きな声だったので、衛兵達はビックリしてイゴを見た。
「王子様の誕生祝という華々しい日に、そのような大変なことが起こるとは、ライアン王子様もさぞ胸を痛めておいででしょう」
スッと一歩前に踏み出て、胸を押さえ悲しげな表情を浮かべたアルドが言った。
(コイツ、なかなかの策士だな)
そう思って見ていると、その風情が如何にもといった感じで、衛兵達はアルドを見入っていた。
「でも、すぐに平穏な日々が戻ることでしょうね。なにせ、この国には来訪者様が現れたのですから。
長い黒髪の美しい女性に、私はお会いしました。
あの、全てを統べるような黒い瞳を見た時、彼女の出現は必然でしかないと感じました。この国を良くするために現れた。今の出来事も、きっとフロルス国を良くするために起こった事かもしれない。
どちらにせよ、この国はますます栄華を極めて繁栄していくのでしょうね。私共からすれば、本当に羨ましい限りですね」
アルドの切々とした語りを聞いていた衛兵達は、見る見る顔が気色ばみ満足げな笑顔になった。
そしてアルドに近寄り、物見高さで七海の話を聞こうと話しかけた。
「王子の誕生会で、会われたんですよね、来訪者様に。いいなぁー。私も、少しですが馬車にお乗りの時に見たんです。本当に美しい方で、髪も目も本当に黒くて、見入ってしまいました」
「誕生会ではずっと王子と一緒にいたって聞いたんですけど、本当ですか? お2人の関係はどうでした? やっぱり好、いやいや、思いあっているような、そんな感じでした?」
衛兵達はすっかりアルドに気を許して、誕生会での七海と王子の新たな話を聞こうと必死だ。
それにしても来訪者人気はすごいな、と改めて思った。
今回のことで己の罪を暴露することになったが、なかなか報告できなかったのは、保身の為だけではなく、この王都での来訪者人気も要因の1つだった。
地方と比べて、王都での来訪者に対する人気度は格段に高く、バーラル王の正妃が来訪者だったというのも関係しているが、王都の人々はやたらと来訪者のことを自分ごとのように自慢し、好意を寄せている。
そんな王都で黙っていたことが公にバレたら、ただの誹謗中傷で終わらないかもしれないな、と思った。
結局、今回のごたごたで有耶無耶になってしまったが、七海にだけは本当に謝罪したいと思っている。
「お気をつけて」
来訪者談義の後、手を振って見送ってくれる衛兵達と別れ門を後にした。
しばらく進むと
「はぁー、ヒヤヒヤしたぜ」
ジークがフードを外し、上を向いて大きく息を吐いた。
「ごめーん。アルドさん、マジでサンキュ」
「よくねーっ」
イゴの言葉にアルドは怒気を吐き出すように言った。
「アンタ、知ってたのか? 港のこと」
ギラギラとした怒りのこもった目で睨まれた。
ついさっきまで衛兵達とにこやかに談笑していた人と同一人物だとは思えないほどの豹変ぶりだ。
「知らない。さっき初めて知った」
「俺達が港に向かうのを、知っていたじゃねーか」
「王子から聞いて知っていただけだ。公爵が話していたそうだ」
チッ、と舌打ちを鳴らし、ジッと俺を見た。
「他に知っていることはないのか?」
「ない」
「嘘を言ってたらアンタ、二度と元に戻れなくなるぜ。というか、ハハ、もう用済みか」
急に喉を絞められているかのように詰まって、息が出来なくなった。
「っ!」
「やめろよ、アルドさん」
ジークがアルドに体をぶつけ、俺との間に割って入ってきた。
途端にフッと全身の魔法が解けて、脱力のまま地面にへたり込んでしまった。




