30話
「何を、お怒りなのですか?」
少しうんざり気味に聞くと、
「決まっているじゃないか。ユースフェルト公爵を見張ってなかったからだよ」
王子は気色ばんだ様子で言った。
「公爵の行方が、分からなくなったようですね」
「そうなんだっ。ちょっとワインを飲んでる間にいなくなってしまったんだ。ワザとではないのに」
自分のミスを大したことではないふうに話すが、これはかなりの大失態だと思う。
「王子、これはやはり、お怒りになりますよ」
「そう、なの、か?」
ガクッと肩を落とすように俯いた。
「殿下は、何と?」
「何も・・・ 、分からなくなったと言ったら、無言で母上の部屋へ行ってしまわれた」
(うーん、これは不味い状況かもしれないな)
本来なら、副隊長がユースフェルト公爵を捕縛するはずだった。
それが、七海救出を優先したことで、副隊長が抜けてしまい、その穴埋めを一時王子に任したというところか。
捕縛の動きは、秘密裏に進められていたから感づかれたとは考えにくいけれど。
(赤い蜘蛛に繋がる1番の証人となる公爵を見失ったのはイタイな)
隣を歩く王子を見ると、不貞腐れたようにムクれた様子だ。
「王子、あまり苛立たれてはいけませんよ」
「わかっている」
苛立ちが大きくなれば、魔力の暴走が起こるかもしれない。
気にして声をかけると王子は苛立ちを吐き出すように、はぁ、と息を吐いた。
魔力暴走。
王族特有の奇病のように言われているが、体内に宿す膨大な魔力が感情の起伏によってコントロール出来なくなった時に起こる。
ライアン王子は、次期王としてお育ちのライアット殿下と比べ少々甘やかされてお育ちになったようで、成人した今でも魔力のコントロールが上手く出来ずに時折暴走を起されている。
暴走が始まると、魔力によって色々な物が吹き飛ばされ、壊れたり飛び散ったり、酷いときは壁が抉れたりするので、側に仕える者は魔力に耐性があるだけでなく、自身を守る力のある者でなければ務まらない。
しかし実際には、そんな人材は数えるほどしかいない。
ライアン王子は、いい意味でご自分の気持ちに正直だが、悪い意味で自分勝手なところがおありになるお方だ。
魔力コントロールにしても、わざわざコントロールする必要はない、常に機嫌良く生活すれば良いだけの事、と豪語されていて、しかしそれがいかに難しいかを分かっておられない。
感情豊かといえば聞こえはいいが、我儘な性格なのですぐに感情が表に出る。
だから、周りの者達は王子の機嫌を損ねないように、日々、戦々恐々とした思いでいるのだ。
けれど、そんな状況だったお陰で、俺はライアン王子の側近に選ばれた。
俺が魔法騎士になる為に王都へ来たばかりの時、騎士測定の際に、俺の体は魔力に対して影響を受けない特異体質だとわかった。
これは、俺自身も知らないことだったが、すぐに色々な検査を受けさせられ、その結果が判明するたびに、医師達がどんどん興奮したように落ち着かなくなっていった。
俺は、何かの重い病気かと心配していたんだが、最後に医師に、
「すごいな、君はっ」
と両肩を掴まれて、めちゃくちゃ賞賛された。
その後、すぐにライアン王子と対顔することとなり、そこで本当にいきなり王子の側近に抜擢されたのだった。
側仕えの者達からは拍手喝采で、それこそ救世主のようにもてはやされた。
それを見ていた王子が、面白くなくて癇癪から暴走を起こしてしまったのだが、俺には風が舞っている風にしか感じられなかった。
周りは吹き飛ばされて、あられもない惨状となっていたが。
この天地がひっくり返るほどの激変で俺は、突然高い地位や権力を一度に手に入れた。
だから、有頂天になっていたんだと思う。
王子の側近として知識やマナーを学ぶ時も、王子の護衛としての訓練の時も、誰も俺が田舎の中級貴族だと見ない。
王子の側近として見られ、評価される。
期待されることも多かったが、そんなのは些末なことだった。
なにしろ俺は、魔力耐性のある特異体質、なのだから。
そんな忙しい毎日に忙殺され、いつしか思い出すこともなくなっていた。
領地でのことも、七海のことも・・・
王都へ来てから半年が過ぎた。
ちょうどその頃、王国で建国祭が開かれ、領地から父上が出てきていた。
久しぶりに会う父上を見て七海のことを懐かしく思い出し、そして、その時に初めて出て行った事を知った。
と同時に、父上が王国に来訪者七海について、報告していなかったことも知った。
狼狽する俺に父上は、七海は特別な英知を持っていなかったから報告しなかった、と言ったが、そういう事ではなく、ライアン王子の側近である自分が王国への報告義務違反を犯しているということが問題だった。
すぐに報告し、七海の保護を願い出るべきだったのに俺は、側近としての地位と七海の命を天秤にかけてしまい、そして、報告をしなかった。
そんな折、職務上都合がいいということで、特務隊所属の魔法騎士に任命された。
あくまで形式上のものだが、その際に殿下と王子、お2人から魔力を分け与えて頂いた。
通常は殿下お1人の魔力なのだが、お2人の冗談から、お2人の魔力を体内に取り込んでみてはどうか、ということになった。
異なる魔力を体内に取り込むなど、普通ならあり得ないのだが、実際にやってみると意外と出来てしまい、これはのちのち嬉しい誤算となった。
というのも、体内にお2人の魔力があるので、俺はお2人と意思疎通が出来るようになったのだ。
殿下と王子、お2人からの信頼が大きくなるにつれ自分の地位も盤石となり、そうなればなるほど俺の中で七海の存在が大きくなり重くのしかかってくるようになった。
「公爵とは、どのようにお会いになったのですか?」
公爵の行方が気になり、最初の状況を聞いてみた。
「他の者同様、俺への祝いの言葉を言いに来てた。私領でやってる施設の話をまた言い出して、王都でも建てたいと言っていたな」
「それを聞くのが面倒になり、ワインを飲んだんですか?」
王子の行動が垣間見えるようだ、と思って言った。
「同じ話ばかりでつまらなかったんだ。後ろの2人が、その施設の優秀な人材だとか言って。どうでもいい、私には関係ない」
殿下から聞いた情報から、公爵といるその2人は恐らくジークとイゴという者達だろう。
彼らは、特殊な魔法を使うと聞いた。
「その後、わからなくなったんですか?」
「あぁ」
「他に、何か話していましたか?」
「んー、」
腕を組み、王子は考えるように首を傾げ、思いついたように俺を見た。
「夜会が終わったら、船で領地へ帰ると言っていたな」
「船・・・」
ユースフェルト公爵領には港がある。
王都との船舶定期便もあるし、外国船の行き来もあるバーダム港だ。
すぐに殿下へコンタクトしたが、反応が返ってこない。
「王子。殿下にコンタクトしまいたが、返事がありません。医務室へ行った後、特務隊の本部へ様子を見に行って参ります」
「はぁ! 私はどうなる」
「王子は宮殿へ・・・、撒いて来られたんですか? ブルーノと、リリナはどうしたんです?」
自分で、自分に呆れてしまった。
七海のことで動転していたのか、いつもなら護衛のブルーノとリリナどちらかが一緒にいるはずなのに、いないことに、今、気がついた。
「王宮内は1人でも大丈夫だ。それに、マティリスがいればいいだろう」
自分勝手なことを言い出す王子に、これ以上時間は費やせない。
「とにかく、医務室へ急ぎましょう」
そう言って足早に歩くと、王子もついて来た。
殿下がマレージア様の宮殿へ行かれたとしても、あくまで話を聞きに行った、という体なので、王宮内に大きな変化はない。
きっと、ユースフェルト公爵の別邸や、赤い蜘蛛のアジトのある市街の方が大捕物状態になっていることだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、キラリ、と月光に光る銀色が目の端に映った。
ハッとしてそちらを見ると、物陰に潜むように佇む3人の男性がいた。
(何をしているんだ)
と思って見ていると、
「あっ、アイツだ」
と後ろから、ライアン王子が言った。
大きな声ではなかったが、彼らの耳には十分届いたようで一斉にこちらを見た。
一瞬にして、緊張が走った。
それなのに、
「ほら、コイツに人形魔法かけた奴。横の2人は公爵の腰巾着だな」
王子が、安穏なまま言った。
(お、う、じ~)
心の中で不満を込めて言いながら、王子の前に立ちはだかるように立った。
「これは、これは、ライアン王子様。こんなところで、どうされたのですか?」
ジークとイゴと、もう1人。
少しクセのある淡いパープルの髪を後ろで束ねた、鋭い目の細面の男性がにこやかな笑みを浮かべ近づいて来た。
「お前達に、聞きたいことがある」
「なんでしょう」
王子の言葉に、細面の男性な目が笑顔を作るように細められた。
本能的に、近づいてはいけない、と思ったけれど、背中に七海、後ろに王子、では下がるにさがれない。
「王子、危険です。後ろへ下がってくださっ」
言いかけて王子を振り返ると、王子の動きが止まっている。
アッと思った瞬間、薄霧が広がり、
「悪いが、魔法は使えないぜ」
喉に冷たいナイフの感触と共に、目の前にジークが立っていた。
七海を背負っていなければ、と思ったが、今更だ。
「王子を、離せ」
「それは、ちょっとムリかな。この王子、煩いだろ、だから」
俺の絞り出した言葉に、細面の男性がジークの横から顔を覗かせ楽しそうに答えた。
「人形魔法を使ったな」
「ハハッ、そう。便利だよね、この魔法」
細面の男性と睨みあうように、言葉を交わしていると、
「ナツー、よかった。探してたんだよー」
イゴが声を上げて、背中のナツに走り寄ってきた。
「寝てる。やっぱ、体調悪いんだ」
「仕方ないだろ。あのままじゃ、ナツはダンスも踊れなかったんだし」
「えー、でもさぁ、可哀そうだよー」
「だから、彼女も自由にしてやるんだろ」
「そうだけど。これじゃぁ、聞けないよー」
目の前で、イゴとジークが話をしている。
今、俺が動けば、一触即発になる場面のはずなのに、何故か2人には緊張感がなさすぎる。
「なんとかなんねーの? アルドさん」
「ん? どうにもならないな。後遺症は人によって違うから」
「どうしたんだよ」
ジークの声が気になって、王子に視線を向けると、アルドと呼ばれた細面の男性が、困ったように王子を見ていた。
「いやー、この王子。やっぱり王子だったんだね」
「どういうこと?」
「驚いて、意識が飛んじまったみたいだけど。びっくりするくらいの魔力量。意識がなくて、よかったー。あったら、こっちが吹っ飛ばされてたな」
「ヒュー」
賞賛するかのようにジークが唇を鳴らした。
(お、う、じーっ。こんな時こそ、役にたって下さいよっ)
俺は心の中で、地団駄を踏む思いで文句を言った。




