29話
「七海」
ルイス副隊長が、七海を大事そうに抱き締めた。
鬼の副隊長と呼ばれ、どんな状況にあっても沈着冷静な人が、こんな必死な顔をするのかと正直、驚いた。
自身のマントで薄着の七海を包みながら、彼女を見つめる表情から彼女を深く思う愛情が感じられて、
(この人も、人間だったんだな)
と、失礼な感想が浮かんだ。
「副隊長。赤い蜘蛛のアジト、ユースフェルト公爵の別邸、共に一斉捜索に入りましたが、レッド・ウィドウの姿が見当たらない、と連絡がありました」
伝達に来ていた、クリスが副隊長に声をかけた。
すると、すぐに普段の重々しい表情に戻った。
「ラーネス隊長からか?」
「はい」
「公爵は、どうした?」
「それが、」
「見失ったのか」
「申し訳ございません」
クリスは頭を下げた。
副隊長は苦虫を噛み潰したような憮然とした顔になったが、何も言わなかった。
恐らく、自分自身に対しての不満が顔に出たのだと思う。
ライアット殿下からの情報によると、今回の赤い蜘蛛征伐作戦において、副隊長がユースフェルト公爵を捕縛する手筈になっていた。
それなのに、レッド・ウィドウも取り逃したとなれば・・・
「マレージア様は?」
「宮殿におられます」
「そうか。そちらは殿下に任せよう。すぐに捜索に加わる」
副隊長は、七海を横抱きにして立ち上がり、やり切れないような表情で彼女を見た。
「ルイス副隊長、私が七海を医務室へ連れて行きます」
堪らず、声をかけた。
2人のやり取りを傍で見ていて、お互いが好きあっているのはすぐに分かった。
あの副隊長が、任務よりも七海を優先し、憚ることなく直球で思いを口にしていたのだから、副隊長の七海への思いは本物だろう。
けれど、気持ちの大きさで言えば、七海よりも副隊長の方が大きいようだ。
七海は、来訪者ということもあって、他者を極端に警戒するきらいがあったが、今回それが以前よりも拍車がかかっていると感じた。
副隊長に対しても、今一歩踏み込めない様子だった。
だが副隊長にすれば、好きな相手が自分で死を選び、目の前で飛び降りそうになっているなど相当なショックだっただろう。
「マリティス、よくナツを引き止めてくれた」
「いいえ、私では役不足でした。あんな、行動に出るとは、思いもしませんでしたから」
「そうだな・・・、ナツの抱えているモノは、我々が思うよりも深い」
副隊長の言葉には、感じ入るものがあった。
「でも、七海を助けられてよかったです。罪滅ぼしにもなりませんが・・・。副隊長は捜索に向かって下さい」
気持ちを切り替えるように言った。
罪・・・
3年前、七海が現れた時、父は王国への報告を怠った。
それを俺は王都へ来てから知った。
それなのに、俺は報告をしなかったのだ。
「あぁ、すまない」
副隊長から七海を引き取った。
俺の腕の中で、気を失ったように眠る七海の顔を副隊長は見つめ、名残惜しむように額にかかる前髪を払い涙の跡が残る頬に触れた。
「マティリス、よろしく頼む」
そう言うと表情が一変、すぐに踵を返して歩き出した。
「クリス、影魔法で公爵の居場所を探れるか」
「はい、やっていますが、確認出来ません」
「そうか、引き続き、続けてくれ」
「はい」
クリスと共に部屋を出て行った。
これまでの惨事が噓のように、室内が静かになった。
医務室まで七海を背負って移動しようと、一旦彼女をソファに下ろした。
月光に照らされた顔は3年前とは違い、大人びた女性の顔をしていて美しくなっていた。
けれど憔悴した面持ちもあって、自分の保身の為に報告しなかったことで要らぬ苦労をかけたのかと申し訳ない気持ちにもなった。
七海を背中に背負い、医務室に向かうために部屋を出て歩き始めると、
「マティリス」
ライアン王子が現れた。
「王子。どうしたのですか?」
わざわざこんなところまで来るとは、と思い王子に駆け寄ると、
「あっちが、騒がしくていられない」
顎で指すように、王子はマレージア様の部屋の方向へ顔を向けた。
「母上のところに、兄上達が来たんだ」
「そうですか。マレージア様は?」
「我関せずで、部屋に閉じこもっておられるよ」
「ユースフェルト公爵との関係ですよね?」
「私は知らん。でも母上は関係ないだろう。あの人の興味があるのは、金か宝石だ。もともと、そこまで公爵に肩入れしてた訳じゃないし。ただ、貢物に惹かれていただけだろう」
話しながら、背中の七海を見て、
「どこへ行くんだ?」
と分かり切ったことを聞くので溜息が出そうになった。
「医務室です」
「コイツ、人形魔法にかけられて、よく無事だったな」
七海の顔を伺うように眺めながら、ライアン王子が言った。
「王子が、無茶をさせなければよかったのでは?」
「魔法をかけたのは俺じゃない、母上だ。あの人は、言い出したら聞かないから、放っておくのが一番さ。それに、あの場でダンスをしないと、夜会は始まらないだろう」
王子は、あたかも自分は悪くないといった風に言った。
「人形魔法のこと、ライアット殿下がお知りになれば、お怒りになるのでは?」
と言うと、イヤそうな顔になった。
「イヤなことを言うな、マティリス。だから、お前に、コイツの様子を見てこい、と言ったんじゃないか。無事だったから、いいだろう」
「それは確かに、良いご判断でした」
それで、七海の危機を回避できたのだから、と思った。
でなければ、あのまま七海は命を絶っていたかもしれない、そう思うとゾッとした。
背中に眠る七海を見た。
(大丈夫、彼女は生きているんだ)
背中にかかる重みとぬくもりが、生きていることを感じさせた。
「それはそうと、魔法をかけたのは誰です? 人形魔法は規制されているはずです。それなのに公然と王宮で使うとは」
「さぁ。公爵が連れてきた、商人か貴族だろう。さほど難しい魔法じゃないし、禁止されているわけでもないんだから、使う奴は使うだろう」
「そうですか・・・」
「そんな事より、兄上が、お怒りなんだ」
ライアン王子は、真顔で、俺を見た。
本題はそっちか、とまた出そうになった溜息を飲み込んだ。




