26話
(あぁ、自分の気持ちと体の反応が真逆過ぎて、気分が悪い)
頭がグラグラするのに、体は普通に歩いている。
本当に、変な感覚。
別の、誰かの体の中に間違って入ってしまったような感じだ。
会場の扉の前で待っていたライアン王子。
私のことを、もの凄く嫌なモノを見るように見下ろしてきたけれど、会場に入るなり、流石は王子、と賞賛したくなるくらい豹変した。
もともと整った顔だから、そこに淡い笑みを浮かべれば、誰もが見惚れてしまうほどの美丈夫に早変わりした。
とはいえ、こちらに気をまわしてなどくれない。
会場に集まった人々が道を開けてくれる真ん中を、サッサと歩く。
ライアン王子の腕に手を添えて一緒に歩いているけれど、気分は最悪で、グラグラする頭で周りを見れば、誰もが、私を珍しいモノを見るように、好奇や奇異の目で見ていた。
市街でいた時のような恐怖感はないけれど、やっぱり気持ちは萎縮してしまう。
(こんな人達と、お互いを尊重しあえる関係なんて、もともと無理なんだわ。あの人達にとって私は、毛色の違う珍しい動物のようなものなんだもの)
改めて、そう思った。
「今日は、私の誕生を祝うために集まってくれたこと、礼を言う。ありがとう」
ホールの真ん中まで来ると、ライアン王子は私の腰を引き寄せ、挨拶を始めた。
「皆も知っての通り、我が国に新たな来訪者、ナツが現れた。彼女も、私を祝福するために、ここへ来てくれた」
ついさっきまでの表情とは打って変わって、私に笑顔を向けると、周りから拍手が起こった。
「過去に現れた来訪者が、我が国にもたらした英知を、皆も知っているだろう。彼女もまた、我が国のために、多大な力を発揮してくれることだろう。
今日は、我が祝いの日、そして、新たな来訪者ナツが現れた祝福の日でもある。皆、存分に楽しんでいってくれ」
歓声が上がり、ますます大きな拍手が起きた。
「これは吉報だ」
「フロルスは、益々繫栄するぞ」
周りから、口々に勝手なことを言う言葉が聞こえた。
音楽が流れだし、ライアン王子は、私を相手にダンスを踊り始めた。
踊ったことなんか一度もなかったけれど、体が勝手にステップを踏む。
誰もが羨望の眼差しで、私とライアン王子を見ていた。
(ウソばっかりっ、ぜーんぶ、ウソなのに)
言えないけれど、思いを込めてライアン王子を見た。
王子は、私の視線に気がついた様子で、でも、私を馬鹿にするように片方の口角を上げただけだった。
私とライアン王子が踊り終わると、他の人々も踊り始めた。
そんな中を抜けて、用意されていた席に移動し座ると、やっと座れたことに、ホッとした。
あのまま踊り続けていたら、気絶していたかもしれない、と思うほど疲労が凄かった。
深呼吸をしたいのに、体は言うことを聞かないから、上手く呼吸が出来なくて、気分が悪い上にダンスなんて、無茶苦茶過ぎる。
喉が渇いて、水を飲みたいけれど、声を出すこともできない。
王子が、私を気にするはずもなく、挨拶に訪れた人々と談笑している。
朦朧とする意識の中で、身動きすることも出来ずに、座っていると、聞きなれた大好きな声が聞こえきて、瞬間に意識が浮上した。
「おめでとうございます、ライアン王子」
その声を、聞き間違えるはずがない。
だって、声の主は。
「あぁ、ルイス・バーリエル侯爵か。ラーネス・ヨナソン公爵も。2人して、嫌みでも言いに来たのか?」
「とんでもございません。偏に、お祝いの言葉を、お伝えに参りました」
「どうだかな」
「最近は、お加減もいいご様子で、安心しました」
「それを嫌みだというんだ。病気じゃない、私は」
顔をそちらに向けられないので、目だけを動かして、見た。
最初の言葉以降、声が聞こえてこない。
目の端に映るルイの正装姿。
黒い衣装が、金髪碧眼のルイを、更に際立たせていた。
(あぁ、ルイ・・・)
宵闇市へ行った日に別れてから、10日。
もう、ずっと長い間、離れていたように感じる。
久しぶりに見るルイは、少し疲れている様子で、冷たい表情をしていた。
(もし私が、宵闇市へいかなければ、今もまだ、あの暖かな時間はつづいていたのかな)
悔やんでも、二度と戻ることのない、大切な時間。
目を離すことが出来なくて、私はじっと見続けていた。
(ルイ、どうして、こっちを見てくれないの? 私は、ここにいるのに。ルイ、私のこと、忘れちゃった? もう、関心がなくなったの?)
焦ってぐるぐると考えている間も、ルイは、私を見ることも、話しかけてくれることもなかった。
しばらくライアン王子と話をした後、隣に立つ体格のいい男性と一緒に、離れていった。
(あぁ、行っちゃう。どうして・・・どうして、私を見てくれないの?)
ジークが話していた言葉が、蘇る。
ルイは、王太子ライアット殿下直属の特殊部隊、特務隊の魔法騎士で、私と一緒にいたのは、私が来訪者だから。
(ルイにとっては、すべてが仕事だったのかもしれない。だから、仕事が終われば、それで終わりなんだ。
私のことも、初めから、どうでもよくて・・・・・あぁ、ルイ・・・さようなら)
遠ざかるルイの後ろ姿が、滲んで見えた。
それから少しして、私は部屋に戻った。
どこで見ていたのか、部屋に入るなり、マレージア様がやってきて、
「今日は、よくやったわ。明日にでも、新しいドレスを作りましょう。これから、必要になるでしょうから。貴方の好きなものを好きなだけ選ぶといいわ、ナツ」
とてもご満悦な様子で、1人で喋り、最後にアルドという男性が私の魔法を解いて、出て行った。
魔法が解かれた途端、倒れるかと思うほど、体がガタガタだった。
ドレスを脱いで入浴した後は、倒れこむようにベッドに横になった。
目を閉じると、思い浮かんでくるのは、ルイの姿。
(あぁ、よかった。最後に、ルイに会えた)
ハートエプロンをつけてアルバで働いていた、私の知っているルイとは、ぜんぜん違ったけど、眩しいくらい、カッコ良かった。
(あれが、ルイの本当の姿なのね。バーリエル侯爵といっていた。やっぱりルイは、お貴族様だったのね。特務隊の魔法騎士で、侯爵で、)
と考えだして、やめた。
もう、今更どうだっていいことだもの。
だって私は、これから死ぬんだから。
このまま眠ってしまいそうになるのを我慢して、起き上がり、カバンから魔石を取り出して、ドアを開けて、バルコニーへ出た。
遠くから、音楽が聞こえてくる。
夜会は、まだ終わってないみたい。
下を覗くと、案の定、見回りの兵士がいない。
椅子を引っ張ってきて、座面に立つと視界が広がり、バルコニーの縁に立つと、遠くの湖が見渡せた。
夜空に浮かぶ三日月が湖面に移り、美しい情景が広がっていた。
心地よい風が吹いて、体を優しく凪いでいく。
両手を広げて、空を仰いだ。
自分の手が、薄暗闇の中で、白い羽根のように見えた。
「鳥のようだわ」
私は、ここから飛び立つ。
体は、ここに置いていくけど、心は大きく羽ばたいて、あの夜空よりももっと遠く、懐かしい、私の世界へ飛んでいくの。
勢いよくジャンプしようとして、
「七海っ!」
懐かしい私の、本当の名前を呼ぶ声が、聞こえた。




