25話
王宮にきて、1週間がたった。
なんだかんだで、私はここに居続けている。
ライアン王子の暴挙で、顔や体が打身だらけになった翌日、マレージアが回復魔法を使う騎士を連れてやってきた。
彼が手をかざすと、見てる間に腫れが治まりキズが消えていった。
こんな体験は初めてで、流石は王宮だと思っていると、
「これでもう、大丈夫ね」
マレージアはこんなことになったのは自分のせいなのに、悪びれることなく笑った。
その笑顔を見ていると、無性に腹が立ってきて文句が喉元まで出かかったけど我慢して、元の生活に戻して欲しいとお願いしてみた。
「ナツは、わたくしの願いに、協力してくれると約束したでしょう」
そう言って、満面の笑顔を見せた。
それから何度お願いしても、答えはいつも同じだった。
約束もなにも、私にそんな特殊な力があるなら力になると言っただけなのに、特殊能力を調べるという話もどこへいったのか音沙汰がない。
今では私の魔力抑制の力なんて話、ウソじゃないかと思っている。
あれから王子に会ってないから聞けてないけれど、そもそも王子の魔力の弊害っていうのも怪し過ぎる。
お店のこと、来訪者のこと、ルイのこと、知りたいことは沢山あるのに、正確な情報がもらえなくて考えることが増えていくばかり。
日々、会う人といえばマレージアのみで、気は進まなかったけれどユースフェルト公爵の名前を出したけれど、連絡を取ります、と言われたきり返事がない。
メイド達に聞いても、知らないと言うばかりで、宮殿はまるで世界から切り離されたような場所だ。
(ここは、ある意味、私が夢見ていた穏やかな生活、そのものなのかもしれない)
ふと、そう思った。
黒髪、黒い瞳の本来の姿でいても、誰も私を奇異の目で見ないし、魔力がなくても、常にメイドが側にいるから、魔石がなくても困らない。
衣食住、人として生きていくうえで大切な基盤が全て揃っている。
だけど・・・違う。
私が望んでいるのは、こうゆうことじゃない。
生活も大事だけど、それ以上に本来の私を同じ人として認めてもらいたい。
もっとお互いがお互いの気持ちを受け入れて尊重しあえるような、そんな関係を結びたいんだ。
ここはただ生きているだけに過ぎない。
ここでもやっぱり私の意思は無いモノのように扱われ、勝手に話が進んでいってしまう。
今日も朝からマレージアがやってきた。
「体調は、どうですか?」
会えば、いつも同じことを聞かれる。
「はい。マレージア様のお陰で、快適に過ごさせて頂いております」
だんだんと板についてきた、貴族的な美辞麗句。
「困ったことがあれば、すぐに言いなさい」
「はい、ありがとうございます」
マレージアが座るのを待って、向かいのソフャに座る。
当然のように出された、カモミールの紅茶に手を付けるでもなく、ただ眺めていると、
「最近は、ライアンの体調がとてもいいのです。これも、ナツのお陰ですね。魔力も落ちついています」
と、またライアンの話が始まった。
毎回私のお陰と言うけれど、そんな訳ない、あれからまともに会っていないのだから。
マレージアの話を遮ることは出来ないから黙っていると、また王子自慢話が始まった。
この話しになるとなかなか終わらないのでうんざりしていると、
「今度、ライアンの誕生祝いに夜会が開かれます。それにナツも参加して、是非ライアンを祝福して欲しいのです」
と言い出した。
「・・・私が?」
頭に、何故、という言葉がつきそうになった。
「そうです。来訪者であるナツの祝福を受ければ、ライアンも喜びます」
マレージア様の曇りのない笑顔に顔が微妙に引きつった。
(それは絶対にナイでしょ。私のことすっごい嫌ってたし、私もあんな暴力王子になんか会いたくない)
そう思ってもここは王宮、マレージアが望んでいるのだから私はきっと勝手に夜会へと連行されるのだろう。
でも、と思った。
(これはチャンスかもしれない)
やっと始まる、私の死へのプロローグ。
夜会ともなれば、いつもの警備と違ってくるだろう。
そうしたら、私は上手く大きく羽ばたけるかもしれない。
自由になれるっ。
「喜んで祝福させて頂きます」
笑顔を顔に貼り付けて、言葉を返した。
あの日から私は、自分の死について考え続けている。
抗う気持ちをなくした訳じゃなかったけれど、やっぱりここも変わらないと思う気持ちの方が大きくて、それに自分の死、死んでしまう恐怖、そんな普通ならあるはずの感情が今の私には可笑しいくらいにない。
ずっとこのままここで過ごすより、死という自由に向かって飛んでいきたいという思いの方が遥かに強くなっている。
ここの生活で、私が1人になる時間は殆どない。
日中は、メイドが部屋に何人かいるし、庭園に出てもついてくるし、夜、眠る時は流石に1人だけど、部屋の扉には全て魔法で鍵がかけられるし、扉の外には衛兵が立っている。
だから本当の意味で私は、籠の鳥になってしまった。
あんなに窮屈に感じていた市街での暮らしも、今に比べれば自分で考えて動ける自由があったし、穏やかで快適なここの生活も、結局のところ飼い殺しに過ぎない。
でも、死は・・・
どんな人にも等しく訪れる死。
だったら、自分で最後の日を選ぶ、というのは私に残された最後の自由だと思う。
死について考えている時だけは、現実から切り離されて心が自由になったような晴れやかな気分になった。
死が今の自分の救いになるなんて矛盾しているけれど、これで私は本当に自由になれるんだ。
その為にも、今の状況を変えなければならない。
それが夜会の時だと思う。
どうやって終わりを迎えるかは、もう決めてある。
ただ邪魔が入らないように、準備を進めなくちゃいけない。
その1つが、この部屋の周りの警備の人数や時間を調べること。
部屋のバルコニーへ出る扉の鍵は、カバンに入れて持ってきた魔石で何度か解除して出入りしている。
地味だけど、夜にこっそりバルコニーに出て夜な夜な上から覗いて、それらを調べている。
あとは、タイミングだけ。
夜会、当日となった。
もっと気持ちが落ちるのかと思っていたのに、何故か、気持ちがワクワクしている。
死の先なんて考えたことなかったけど、その先があるような、そんな感じがして気持ちが浮足出っている。
そんな気持ちは顔に出さないように胸に秘め、その時が来るまで普通に過ごす。
最後に心の残りがあるとすれば、やっぱりルイのこと。
もし、一目でも会えるなら、感謝を、ありがとうを、伝えたい。
私の人生に、唯一、暖かな時間を作ってくれた人。
私にとって、本当に大切で、大好きだった人。
この先、あの笑顔が他の人に向いてしまうかもと思うと胸が痛いけど、どうかルイの人生が幸せなものであって欲しいと願う。
あと出来るなら、少しでいいから私のことを時々思い出して欲しいな。
自分の願望ばかりで笑えてくるけど、大丈夫、もう心は決めた。
「ナツ様、そろそろお支度を致しましょう」
メイドに声をかけられ、振り向いて、決意を込めて頷いた。
「大切なことを言い忘れていました」
ドレスに着替え、髪を結いあげ、身支度を整えて室内に戻るとマレージアが待っていた。
ライアン王子の夜会という、こんな大事な日に来ると思っていなかったので驚いた。
「なんでしょうか」
いつもの明るい笑みではなく、シニカルで冷ややかな笑みが気になる。
「今日はライアンのエスコートで、入場してもらえるかしら」
「それは、どういう」
言葉を最後まで言う前にパァッと足元に魔法陣が広がったと思ったら、口が動かなくなり体全体が石になったみたいに固くなって、動けなくなってしまった。
「ナツ様、お座りください」
マレージアの少し後ろに立っていた男性がそう言うと、体が勝手に動き、ソファに腰かけた。
(えーっ、どうなってんの?)
頭の中は、パニック状態だ。
「上出来だわ、アルド」
マレージア様が嬉しそうに、そう言うと、男性は片手を胸にあて頭を下げた。
「大丈夫よ、ナツ。夜会の間だけだから。楽しみましょうね。ふふっ」
マレージア様が私を見て、楽しそうに笑った。
体、顔、全ての自由が奪われ、私は目だけを動かして彼女を見上げた。




