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23話


 王宮へ向かうと、すぐに王太子ライアット殿下の執務室に通された。


「御前、失礼いたします」

「あぁ、待っていた」


 殿下は、椅子に座ったまま、デスクに広がる書類を見ながら、言った。


「つい、今しがた、わが国に新たな来訪者が現れたと宣布された。 ナツが、王宮に到着すれば、すぐにでも来訪者と認定されるだろう」


 恐れていた事態が、起ころうとしている。

 どうする事も出来ない焦りが、胸を締めつける。


「世間の反応を考えると、来訪者ナツを、先にこちらで保護しておくべきだったな」


 七色に輝く長い銀糸の髪を後ろで編み込み、一見、女性のようにさえ見える王太子ライアット殿下が、ガラス細工のような冷たい瞳で、こちらを見た。

 その言葉と瞳に、申し開きもなく、ラーネス隊長と共に、ただ頭を下げた。


「申し訳ございません」

「話の出処は、ユースフェルト公爵のようだ。それを公然と、国王へ報告に上がったのは、第二王妃マレージアだが。名をあげるキッカケを与えてしまったな」


 淡々と話す殿下に、ラーネス隊長が、


「殿下、ご報告があります」


 と、頭を下げたまま言うと、殿下は表情のない顔をこちらに向けたので、顔を上げた。


「来訪者ナツの連れ去りから、それに伴って、赤い蜘蛛の新たな情報を得ました」

「連れ去り? あちらは保護と言っていたぞ」


 ラーネス隊長の言葉に、殿下は訝しむように言った。


「我々は、来訪者ナツの意思を尊重し、王宮への報告に時間を有しておりました。ですが、あちらは来訪者ナツの意思に関係なく、ユースフェルト公爵の別邸へ、彼女を連れ去りました。

その別邸には、赤い蜘蛛で人の運搬役を担っている者達が頻繁に出入りしており、ユースフェルト公爵と赤い蜘蛛は、深い繋がりがあると思われます」


「ユースフェルト」


驚くでもなく、殿下は思案するように俯いた。


「現在は、詳しい内情を探索しているところですが、この1年、赤い蜘蛛の動きがなかなか探れなかったのは、後ろに大きな力を持つ者が関わっていたからと見るべきではないでしょうか」


「なるほどね、そこから波及したのかな」


「といいますと?」


「最近の公爵の動向は目に見えて目立っている。ライアンに、自分の娘を嫁がせる話がまとまったからだ、と思っていたけれど、それだけじゃなかったんだな」


 殿下は、ゆったりと椅子の背にもたれた。


「先日の議会で、ユースフェルト公爵が王都に職業訓練施設を建てたいと言っていたのだ。

私領では施設の運用が上手くいっているようで、そのプランを掲げ、人は資産、どのような人であっても平等にチャンスが与えられるべきだと、大層なことを言って、関心を集めていた。

そして、それを後押しするように、マレージアが施設のあり方について、賞賛していた」


 殿下の言葉に、隊長と顔を見合わせた。


「マレージアの周りで動く金品も、高額なものが増えてきており、気になっていたところだ。

そう考えると、その施設もかなり怪しくなってくるな。

賛成する者も増えてきている。このままいけば、次の議会で、施設建設が承認されるかもしれない。

それまでに、詳しい内情を知りたい。急ぎ、調べてくれ」


殿下の言葉に頷き、


「わかりました。あと、来訪者ナツについては、どういたしましょうか」


ラーネス隊長が聞いた。


「ルイスの報告からすれば、彼女は英知を持っていないのだったな。とはいえ、世間に宣布した今、王宮が関与しないわけにはいかない。

この後の余生は、王宮で過ごしてもらうことになるだろうな。 彼女も、その方が暮らしやすいだろう」


 殿下の言葉に、俺はズイッと前に進み出た。


「殿下、お聞きしたい事がございます」

「ルイス」


 ラーネス隊長が押し留めるように名前を呼んだ。


「まぁ、よい。何を聞きたい?」


「はい。明日、ナツは、マレージア様の王宮へ行くと聞きました。マレージア様がナツの力を必要としていると。

ですが、彼女には魔力がなく、特別な力も持っていない。そんな彼女に何をさせるのか。殿下には、それが分かりますか?」


 殿下は思案するように、顎に手を当てた。


「分からない。が、思いつくのはライアンのことだな。

マレージアにとってライアンは、何ものにも代えがたい存在だ。だが最近、魔力の暴走が酷く、大変らしいからな」


「魔力の暴走、ですか」


ラーネス隊長が相槌を打つように、言葉を反芻した。


「あぁ、私とて同じ。王族ならではの奇病のようなものだ。大き過ぎる魔力は精神に負担がかかる。

だから常に、感情をコントロールしておかなければいけない。単純に、無でいるのが一番なのだ。

無駄に感情を揺らさなければ、いいだけのこと」


殿下は淡々と言われるが、それが一番難しい。

まさに、今の自分だ。


「それで、1つ気になることがあります」

「なんだ」

「バーラル王のことです」


 飛躍する話に、殿下は目を大きく見開いた。


「若き日のバーラル王は、膨大な魔力の持ち主で、粗暴で荒々しく、暗愚な王と呼ばれていたそうです。

ですが、ナツと同じ来訪者であった、ユキコ妃と結婚されてからは、人が変わったように、穏やかで、賢明な王に変わったと、書伝にありました。

・・・結婚してから、というのは、その・・・愛の力、とも書かれていましたが、それはやはり、夫婦になるための、」


「・・・・・プッ、アハハハハハハハハハハ」


 急に殿下が、笑い出したので驚いた。

 それも、かなりの大爆笑。

 そんな殿下を見るのは初めてで、ラーネス隊長と2人、呆気に取られてしまった。


「あー、こんなに笑ったのはいつぶりか。面白いものを見させてもらったな。要は、バーラル王の魔力は、ユキコ妃との契りで治まったのか、知りたいのだな」


「・・・・・・ はい」


 明け透けな言い方だが、その通りだった。

 真面目に返事をすると、また殿下は、クックッと笑われた。


「そうか。ルイスは、ナツの恋人役だったな。

ナツには、英知がないと聞いたが、間違っているようだ。こんな堅物を惑わすとは、かなりの英知の持ち主だな、ナツは」


「殿下」


 慌てて、ラーネス隊長が声を上げたが、殿下は気にするでもなく、また笑い出した。


「あ、そうそう、契りで魔力が抑えられたのではないよ。本当に、愛の力なんだ。

バーラル王は、私の曽祖父だからね。幼い頃、よく聞かされたんだ。どんなに曾祖母が好きかって話をね。

自分の魔力で決して傷つけないように、感情は、無か、愛情か、その二択でコントロールしていたそうだよ」


 もしかして、と危ぶんでいただけに、気が抜けるほど、ホッとした。

 けれど、全てが解決したわけではない。


「マレージア様は、そのことをご存じですか」


「知らないだろうね。彼女が王宮へ入ったのは、曽祖父が亡くなった後だから」


「憶測に過ぎませんが、ライアン王子の魔力抑制にナツを利用しようと考えているのではないでしょうか」


 考えてはいたけれど、実際に口にすると、恐ろしいほど悍ましく、感じられた。

 ナツの、あのみずみずしい桃のような頬に誰かが触れる、想像しただけで、耐え難い憤りに、はらわたが煮えくり返る思いがした。


 急に、空気がビリっと震えた。

 殿下の魔力が膨れ上がったのだ。

 だが、一瞬で魔力は霧散した。


「いきなり殺気をまき散らすな、ルイス。 驚くだろう」

「申し訳ございません」


 感情が乱れているのは俺自身。

 その所為で、魔力をコントロール出来ていなかった。

 俺は、深く頭を下げた。

 が、一番のとばっちりを受けたのは、ラーネス隊長だった。

 俺の魔力を察知し、殿下を守ろうと俺の前に出て、殿下の魔力と板挟みになってしまった。


「大丈夫か? ラーネス」


 殿下の言葉に、ガクッと片膝をついて、


「圧死するかと思いました」


 ラーネス隊長は苦しそうに胸を押さえ、呻くように答えた。


「申し訳ございません。ラーネス隊長」


 また、深々と頭を下げ、再び立ち上がる隊長に、手を貸した。


「ルイスが、これほどまでに惚れこむ、来訪者ナツか。

私も、是非、会ってみたいな」


 ギョッとして殿下を見ると、殿下はクックッと笑われた。


「睨むな、睨むな。明日のナツ来訪は、何とか対処してみよう。こちらの手の者も、潜ませているから」


 普段、感情を表に出さない殿下の笑顔。

 それは年相応の、若い青年の笑顔だった。


いつも読んでいただき、ありがとうございます

次の投稿は来週ですが、早めに頑張ります

また、よろしくお願い致します

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