20話
「はぁ・・・」
また、溜息がでた。
沈みそうなくらい、ふかふかな大きなベッドに横たわり、天蓋の星々を見上げた。
暗くなっても、キラキラと淡く光る星が不思議で、でも綺麗で、ずっと眺めている。
あれから、部屋にやってきたジークとイゴが、ルイのことを色々と教えてくれた。
でも、私にしたら、誰の話をしてるんだろう、という感じだった。
ルイは、この国の王太子ライアット殿下直属の特殊部隊、特務隊の魔法騎士なんだそうだ。
王太子殿下直属の部隊というのもあって、特務隊は他の部隊とは全く異なった独自の機動力を持たされている部隊だそうで、その中でもルイは魔法の技術、剣の腕前、体術など、さまざまな武術に長けたエース的存在なんだそうだ。
聞いていて、そんなすごい人と私の知っているルイが、同一人物だとは全く思えなかった。
私が知っているルイは、物腰が柔らかくて、いつも笑顔でとても優しい。
買物に行ったら荷物を全部持ってくれるし、お店のことも、料理を運んだりオーダーを取ったり、率先してやってくれる。
最近では一緒にプリンやパンケーキも作るようになった。
店を閉めた後には、いつもコーヒーを淹れてくれるし、その味は格別に美味しくて、疲れた心と体をいつも暖かく癒してくれるんだ。
話の最後の方は、昨日のルイとの一戦をあんまりにもジークが熱く語るから、ルイと知り合いなのかと思って聞いてみたけど、違うと言われた。
ジークは、私が来訪者だから保護したと言っていた。
なら、ルイが王太子直属の特殊部隊の人なら、ルイに任せればいいんじゃないの? わざわざやり合うなんて必要ないんじゃないかしら、と疑問に思った。
それに、ルイだって、そんな立場の人なら、どうして私の家に置いて欲しい、なんて言ったんだろう。
(私が来訪者だから、どんな英知を持っているのか、調べたかったかな。それなら直接、聞いてくれればすぐに答えたのに)
疑問をジークに聞いてみても、イゴに聞いてみても、はっきりとした答えは返ってこなくて、はぐらかされているように感じた。
どちらにしても、私は、この国に現れた新たな来訪者として、王宮で保護されるらしい。
公爵は、その事で王宮に行ったそうで、結局、今日は会えなかった。
(でも、英知ないのに・・・)
「はぁ・・・」
とまた、溜息がでた。
(ここでも、私の意思は無いもののように無視されて、周りが勝手に決めていくのか・・・)
もうアルバには帰れないかもしれない、と思った。
やっと手に入れた自分の居場所だったのに、また突然奪われていくのかと思うと目頭が熱くなった。
初めてこの世界に来た時に感じた、どうしようもない絶望感が胸に蘇り、湧き上がってきた。
(私は、ここにいるのに誰も私を見ていない。 誰も、私を認めてくれない。 どこにいても誰と居ても、私は、やっぱり1人のままなんだ)
ふっと、ルイの顔が浮かんだ。
私の大好きな優しい笑顔。
だけど、あれは全部ウソだった。
「ルイの淹れてくれたコーヒー、好きだったな・・・」
ぽつりと零れた言葉。
「・・・・・う、うぅ・・・」
堰を切ったように、涙が溢れた。
泣かないと決めていたのに、涙はなかなか止まってくれなくて、眠りに落ちるまで、泣き続けた。
「教えた通りに挨拶をするんだぞ。 マレージア様に 粗相のないようにな。 わかったか」
ガラガラと王宮に向かう馬車の中で、下膨れの顔を更に膨れさせて、唾を飛ばさんばかりにユースフェルト公爵は、何度も同じことを私に言ってきた。
大きなお腹のせいでふんぞり返えり、向かい合って座っている私にとっては、その顔が近づかないだけ良かったと思った。
今朝、公爵に謁見して、私には英知がないので家に帰りたいと、お願いしてみた。
けれど、
「それは、お前が決める事じゃない。マレージア様が、お決めになるんだ」
と、怒鳴られてしまった。
何故、私自身なことなのに、怒鳴られ他人に決められなくちゃいけないのかと、嫌な気分になった。
それでも食い下がってお願いしてみたけれど、何を言っても取り合ってもらえずダメだった。
その後、すぐに部屋に戻され動きにくいことこの上ない、この裾の長いドレスに着替えさせられ、早々に馬車に乗せられた。
溜息を噛み殺しながら、お尻の位置を変えて座り直す。
動きにくいこのドレスで、唯一、いいところと言えば、足に空間があること。
物凄く歩きにくいけど、私はこっそり自分のカバンを、腰から足にかけて括り付けて、持ってきていた。
私だって、昨日から泣いてばかりいたわけじゃない。
色々と、ここから逃げ出そうと、考えていた訳で・・・
まず一番に、魔石を手に入れる。
魔石さえあれば、姿を変えることができるし、逃げ出すとき、絶対必要になる必須アイテムだもの。
公爵の屋敷の人達は、私が姿を変えられることを知らないみたいだったので黙っておいた。
部屋に備え付けられているスタンドやライトの明かりに使われている魔石をいろいろ取り出して集めてみた。
本当は、壁掛けやシャンデリアなんかの魔石のほうが大きいから、そっちが良かったんだけど、取り付けられている位置が高くて私では無理だった。
で、仕方なく小さなカケラばかりだけど集めて、カバンに入れた。
行く先々でも、できるだけ魔石を集めることにして、あとは逃げるタイミング。
公爵の屋敷では、部屋にカギはかけられていなかったけど、部屋の前には兵士が常に立っていたし、部屋の中ではマーラがずっと一緒だった。
夜になって、ようやく1人になったけど、部屋の前にはやっぱり兵士が立っているし、言わば監禁と変わりない状態だった。
屋敷内で動けないならと、こうして王宮に行くことにしたんだけど・・・
窓の外を見た。
今まで、遠くにしか見たことがなかった王城が近くに見える。
天まで届くかと思われるくらい高くて大きい白亜の城を馬車の窓に顔を擦り付けるようにして見上げた。
馬車が止まったので目線を前に移すと、門番の衛兵と御者がやりとりしているのが見えた。
用向きを伝えているのか、御者が話し終えると、そこにいた衛兵全員がこちらを見上げてきた。
明らかな好奇な目に、私はサッと窓から離れた。
姿を変えていない今、黒髪、黒い瞳のままだ。
外に出れば、間違いなくあの目に晒される、そう思うと堪らなく怖くなってきた。
暫く進むと、馬車が止まった。
「着いたな」
公爵の声に心臓のドキドキが増して、両手が震えた。
ドアが開き、公爵はサッサと降りていく。
次は、私。
震える両手を握りしめて唾を飲み込み、グッと歯を食いしばりながら馬車を降りた。
タラップに降りると、グレーの隊服を着た男性2人が立っていて、1人が進み出て手を差し出して来た。
「どうぞ、お手を」
笑みを浮かべて、私を見た。
周りから集まる視線に、卒倒しそうになるのを我慢して、目の前に差し出された手に自分の手をのせた。
「お会いできて光栄です。来訪者、ナツ様」
男性は、頬を高揚させ、満面な笑みを浮かべた。
(光栄??)
自分の想像と違う反応に一瞬唖然として、動きが止まってしまった。
「大丈夫ですか? 足元に、お気を付け下さい」
私を気遣ってくれる彼に、驚きしかない。
公爵を見ると私に気を留めることなく、先を歩いていた。
ついて行こうと思ったけれど、慣れないドレスと腰に巻いたカバンのせいで急いで歩けない。
「ご案内しますので、ご安心ください」
男性は、また笑みを向けてきた。
ゆっくりと歩き広いエントランスの奥へと進んでいく中、もう一人の男性は護衛するように私の後ろから付いてきた。
チラリと後ろを見ると、彼も私を見ていて目が合うと顔を高揚させて笑顔になった。
(いったい、どうなってんの?)
疑問に思いながら、周りを見ると、どの人も私を羨望の眼差しで見ている。
(エーッ。私、英知、持ってませんから!)
もの凄いプレッシャーをかけられているみたいで、声を大にして言いたいと思った。




