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2話


「なにやってんですかっ、ルイス副隊長っ!“赤い蜘蛛”のアジトを見つけるんじゃなかったんですか?なのに、なんで、な、ん、で、こんなところにいるんですっ??」

「シーッ、声をもっと抑えろ。ナツが起きるだろ」


 少しクセのある赤茶色の髪を振り乱し、いつものヘラリとした笑みからは想像もできないくらい、ロイヤルブルーの目を大きく見開いたアルヴァンの怒りの形相に、しかも、あまりの至近距離に、のけ反りながら答えた。


「なんなんです。その、ナツっていう女性は?」


 アルヴァンがいきり立つので、部屋に結界魔法をかけた。

これで、外に音は聞こえないし、ドアも開けられない。

もし、開けようとすれば結界に触れるから、すぐに誰か判別できる。


「さぁ、よく分からない」


 ナツに対して、思うところはあるけれど、それを今、アルヴァンに告げるのは憚られ、知らぬ体で、横を向き、手の平を上に向けて首を傾げた。


「ハァー?」


 顎が落ちそうになるくらい、アルヴァンが口を開けた。

 副隊長に対して、その態度はどうなんだ、と思うが、まぁ、魔法学園の同期だから大目に見てやろうと、腕を組みアルヴァンを見上げた。


「よく分からないのに、その女性の家に転がり込んでいるんですか?」


 下世話な言い方に、眉を寄せて答える。


「その言い方は正しくないぞ。お世話になっている、いや、匿ってもらっている、かな」

「どーでもいいです、そんなのは。作戦失敗ってことですよ。折角、潜り込めそうだったのに、また振り出しじゃないですか」


 悔しさいっぱいの顔で睨まれた。

 その気持ちは、よく分かる。

 この1年、あの手この手で“赤い蜘蛛”を探ってきたのだから。

 とはいえ、あの時、俺が魔法を使った時点で作戦は失敗だった。

だが、流石にそれは言えず、黙っておく。


「いや、まぁ、すまない。でも、振り出しってことはないと思う」


 アルヴァンを窓辺に移動させ、外を覗く。

 2階の窓からは、眼下に川が流れているのが見え、その上流にはいくつもの倉庫が立っているのが見えた。


「端の倉庫、あれは“赤い蜘蛛”の息がかかっているところだ」

「えっ、・・・て、ことは」

「昼間の店とは違うが、やつらの倉庫を調べるのに、ここはいい見張り台になると思わないか?」

「災い転じてってやつですね」

「なぜか、癪に障るな」

「気のせいですよ」


 釈然としない思いでアルヴァンを見ると、先程の顔が嘘のように、いつもの優男の顔に戻ってヘラリと笑みを浮かべていた。

(食えない奴というか、なんというか)


「じゃ、作戦変更ってことで隊長には、報告しときます」

「あぁ」

「で、明日はどうするんです?」


 アルヴァンが、今度はニンマリとした嫌な笑みを浮かべて俺を見た。


「・・・なんだ、その顔は」

「いやーっ、副隊長が年上好みとは知りませんでした。なんなら、口裏合わせましょうか」

「なに、つまらないこと言ってるんだ。早くいけっ」


 背中をドンッと叩きたいところだが、今は子供の姿だから出来ない。

 普段なら俺の方が背が高い。

だが、今は上から覗き込まれるほど体格差があるので、腹をジョブする振りを見せると、降参するように両手を広げて、アルヴァンが苦笑った。


「そーなんですけど、結界、解いてくれないと出られませーん」


 無言で結界を解き、睨むようにアルヴァンを見ると、逃げるように窓から姿を消した。


 はぁ、と息を吐き、部屋を出た。

 ここは川縁に立つ小さなカフェの2階。

 1階が店で2階が住居になっている小さな建物だ。


 隣の部屋のドアの前に立ち、様子を伺う。

 ここへ帰って来た時、彼女はかなり具合が悪そうだった。

 名をナツと名乗った彼女は、俺に1階の厨房にあるものは好きに食べていいと言うと、使っていない2階の部屋へ案内し、その後は疲れたからと言って自分の部屋に急いで入っていった。


 ノックをし、声をかけたが、返事はない。

 ドアノブに手をかけたが、鍵がかけられていて、開けられなかった。

 手に魔力を込めると、カチャッという音がして、鍵が開いた。

 ゆっくりとドアを開ける。


 窓辺にテーブルとイス、壁には本棚があり、かなりの数の本が並んでいる。

 カーテンを引かれた窓の隙間から差し込む夕日が、室内をぼんやりと赤く照らしていた。

 静かにベッドに近づき、顔を覗くと、そこには、先程見た若い女性の顔があった。


(やはり、魔法で姿を変えていたのか)


 長い黒髪に長い黒いまつ毛。

そして、瞳も黒かった。

 自分の目の前に立ち、振り向いた若い女性の顔が頭を過ぎる。

 この国で、黒髪、黒い瞳の者はいない。

 西の小国に黒髪の者はいるが、瞳が翆だ。

 黒い瞳を見た瞬間に思い浮かんだのは、来訪者だった。


 来訪者とは、いわゆる別世界から来た人のことで、見た目は俺達と変わりないが、小柄で髪と瞳の色が黒く、そして、魔力を全く持っていないという特徴がある。


 実際に会ったことはないが、先王であるバーラル王の妃が、来訪者だった。

 来訪者がもたらした文明は、我が国の発展に大いに役立ったといわれている。


 国に多大な功績があった来訪者が、もしまた国内に現れたとしたら、すぐに保護し王都へ知らせるように布告されている。

だが、そんな知らせは受けていない。

 彼女も、今しがたこの世界に来たという訳でもなさそうだ。

となると、今の時点で彼女が来訪者だと断定は出来ない。

 姿を隠して生活していることも気になるし、暫くは様子を見ようと決めた。


 枕もとのチェストの上に、拳大の魔石が小袋の上に置かれているのが目についた。

 石は、所々にヒビが入り、魔石特有の赤色の発色が殆どなくなっている。

 魔石に軽く触れてみると、案の定、感じる魔力は弱く、殆どなくなっている状態だ。


(こんな大きな魔石の魔力がなくなるとは・・・)


 これ程の大きさとなると、蓄えている魔力もかなりの量だったはずだ。

 魔石には、強く発光したり、熱を放出させるという特色があり、一般的には、照明や湯を沸かす動力に使われている。

 小さな欠片であっても、かなりの魔力量を保持しているので小さく加工され使用される。

だから、加工もせずに魔石のまま持っていることに驚き、違和感を感じた。


(やっぱり彼女は、当たりかな)


 それにしても、これ程の大きさの魔石をどこで手に入れたのだろう。

もし、購入するとなれば、かなりの高額になる。

 一般市民が手に出来る金額ではないはずだ。


 今にも壊れてしまいそうなボロボロの魔石。

 魔力を補充してやれば長く使えただろうに、このままだと砕けて残りの魔力も消し飛んでしまうだろう。


 眠っている彼女を見る。

 彼女は、この魔石が壊れてしまったらどうするのだろう。

 家の中に、彼女以外の人の気配はなかった。

 身近に頼る人はいないのか、それとも意図的に1人でいるのか。

 本当の彼女は、こんなにも、まだ幼さを感じさせる程に若くて美しい。

 それが公になったとしたら、そう思うと急にグッと胸が苦しくなった。


 魔石に触れている指先から、自身の魔力を流し込む。

 まるで砂に垂らされた水のように、魔石は魔力を吸収していく。

 ボロボロと崩れかけていた表面が、少し治まってきた。


 こんなことは、普段の自分からは考えられない行動だ。

 そうだと、頭では分かっているのに、どうしようもない思いが胸の中に込み上げる。

 俺は特務隊所属の魔法騎士だ。

 潜入捜査の基本として、対象の持ち物に自分の痕跡を残すようなことは絶対にしてはいけない。

 それなのに、俺は。


 ベッドの中で、彼女が動いた。

 ハッとして我に返った。

 もうそろそろ目覚めるのだろう。


(あの黒い瞳をもう一度見たい。その目に俺を映して欲しい)


 そんな裏腹な感情を持て余しながら、俺はそっと部屋を出た。

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