16話
市場の広場まで、戻ってきた。
少し前に、1人で通り過ぎた時の賑わいはなく、人も減って、店々は片付けに勤しんでいた。
「疲れたか?」
「ううん」
ルイは、ずっと私に合わせて、ゆっくり歩いてくれているし、2人で手を繋いで歩く時間は楽しくて、疲れるどころか、ずっとこうしていたい気分。
でも、気持ちが落ち着て、冷静になってくると、いろんな事が気になってくる。
「ナツ、何故、1人で宵闇市へ行ったんだ」
ルイが、真剣な顔で聞いてきた。
「それは、」
「あそこは、昼間の市場とは違う。良くない人も物も溢れている、危険な場所だ」
嗜めるような強い言葉に、
「・・・魔石を、買いに行ったの」
おずおずと答えた。
「姿を変える為に? それなら、俺がいるだろう」
「そう、なんだけど・・・、それは、ずっとじゃないでしょう」
自分で言っておいて、傷ついている自分がいる。
見たくなかった真実を、自分で暴いてしまったような気分。
ルイの金髪碧眼の顔に、憂いが滲んだ。
(ほら、やっぱりこれが、真実でしょう)
胸が、鷲掴みされたみたいに、ギュウっと痛くなった。
頭では分かっていたけれど、真実を目の当たりにすると、結構なダメージがきた。
(そもそもルイは、なんで、私の居場所が分かったの?)
次々と、気になることが、頭に浮かんでくる。
(ルイには、宵闇市の話も、魔石を買う話もしていないのに。 まさか、私を監視してた?)
自分で考えておいて、んなバカな、と心の中で思った。
だって、1ヶ月にも満たないけど、一緒に過ごした日々の中で、怪しむようなことはなかったし、大体、そんなの時間の無駄でしかない。
疑問は、また次の疑問を呼んでくる。
そう、1番最初から、ずっと気になっていたことがあった。
ルイの本当の姿について。
(そういえば、あれ以来、ルイの子供の姿、見てない・・・)
「カフェ アルバ」に始めて来た時に、今の姿に変わってから、ルイは黒髪に、翠の瞳の子供の姿に、戻っていない。
自分の部屋では、元の姿に戻っていると、勝手に思い込んでいたけど。
(もし、違っていたら?)
「ナツ、」
頭の中の思いに沈んでいたら、ルイが、何か話そうと私を呼んだ。
でも、聞きたくなくて、
「ルイ、その姿は、・・・・・それは、あなたの本当の姿?」
遮るように聞いた。
でも急に、よく分からない不安が、胸の中で大きくなった。
自分の穏やかな生活を守る為には、一番最初に確かめておくべき大事なことだった。
なのに、何故か、聞けないでいた、その理由は。
(あぁ、私、分かっちゃった・・・)
私は、ずっと1人で生きてきた。
恐怖にも似た、1人という孤独に耐えながら、気持ちをすり減らすようにして、この世界で生きてきた。
だから、あの時。
この世界で初めて黒髪を見た時、夢中で手を伸ばしてしまったんだ。
同じ黒を持つ、私の仲間なんだ、と思って。
一度、掴んでしまった手は、違うかも知れないと思っていても、手放せなかった。
また、1人になりたくなくて。
見上げるルイの顔が強張り、厳しい表情に変わった。
その顔で、答えがハッキリした。
それなのに私は、心のどこかで、まだ一縷の望みをかけていて、なんて、滑稽なんだろう。
「あぁ、そうだ」
ズンッ、と胸にナイフを突き立てられたような衝撃を感じた。
(あぁ、やっぱり・・・)
足元が、崩れ落ちていくような喪失感。
見上げるルイの顔が、急に知らない人のように見えた。
「そっか・・・」
何か言わないと、そう思うのに言葉が続かない。
(じゃぁ、なんでルイは、あの時、黒髪の子供の姿で、逃げていたんだろう)
また、新たな疑問が浮かんでくる。
でも心は、ルイは黒じゃなかった、私の仲間じゃなかった、という真実に、天国から地獄へ突き落とされたような絶望感に打ちひしがれて、上手く考えられない。
「・・・ふ・・・、う、うぅ・・・・・」
「ナツ」
名前を呼ばれた。
目を開けると、眼下に石畳が見えて、そこに水滴がポタポタと落ちていた。
とめどなく落ちる水滴が、自分の目から落ちていることに気づいて、初めて、自分が泣いていることに気がついた。
「ナツ、俺の話を聞いて欲しい」
水滴の上に、ルイの靴が見えた。
ルイは、私の前に、向かい合うように立っていた。
(ルイ)
ルイを思うと、胸が痛い。
痛くて堪らない。
ずっと同じ黒だと思っていたのに。
信じていたのに。
でも、ルイは違った。
違ったんだ。
ルイは、鮮やかな色彩の人だった。
涙がどんどん溢れて、石畳を濡らす。
(こんなに泣いたのは、いつぶりだろう)
まったく関係のないことを思った。
こっちに来た時、怖くて泣いていたら、それすらも奇異の目で見られた。
泣くことも、余興のように扱われ、だから私は、絶対に思い通りになんか泣いてやらない、と泣くのをやめた。
涙が滲むような辛い時でも、歯を食いしばって我慢した。
それなのに、どうしてだろう。
ルイといると、涙腺が緩んでしまう。
「ナツ、俺は」
ルイの、苦い声。
きっと今、辛い顔をしているんだろう、と思うのに、顔があげられない。
涙がとめどなく溢れて、止められない。
止めようと思えば思う程、嗚咽が上がってくる。
だんだんと眼下の石畳が滲んで見えきて、
(あぁ、体の力がぬけていく)
そう思ったら、急に意識が途切れた。




