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13話


「おっつかれさん」

「やたら、元気だな」

「おっ、そう見える? そう、見えるのかー、流石だな、副隊長は」


 アルヴァンが持ってきた報告書類に、黙って視線を落とした。


「おーい、それ聞いといて、無視すんなー」

「聞いても、つまらないことだろう」

「つまらなくない。てか、元気じゃない、俺は。ものすっっっごく、疲れてんだよ。誰かさんのせいで」


 不貞腐れたように、アルヴァンが言った。


「お前、ちょいちょい失礼な態度とるよな。副隊長に対して」


 俺の言葉に、あんぐりといった顔をした。


「今、言ったこと、聞いてたか? いい加減、ちゃんと仕事しろ。副隊長っぽいことしろよ」

「やっているだろう」

「愛人と同棲な」

「違う。ナツは、愛人じゃない」

「へー、へー。にしても、未だに手を出してないとは、なかなか本気ですなー」

「彼女とは、そういうんじゃないからな」

「えー、でも、恋人、なんでしょう」

「そういう事に、しているだけだ」

「ふーん。じゃ、俺、手を出、うおっ、あっぶねーなぁー」

「腕の運動だ」


 頭を小突いてやろうとしたが、上手くかわされた。


「隊長が、いっぺん戻って来いってさ」

「・・・・・」


 流石に、そろそろ言われるだろうと思っていた。

 “赤い蜘蛛”の倉庫の監視といっても、それだけで進展は望めない。

 確証を得るには、潜り込むのが一番なんだが・・・


 ここへ来た経緯が経緯だけに、ナツに本当のことを言う訳にもいかず、長期間空けるにしても、いい理由が思いつかない。

 どう言い繕ったところで、いなくなるのは事実だし、その間、彼女を1人にするのは忍びない。

 人を信じていない彼女と、絆のようなものが出来かけている今、離れてしまうと壊れてしまうのではないかと、危惧しているところもある。


「ナッちゃん、って、今、部屋にいるの?」

「は? ナッちゃん?」

「うっわ、怖っわ。黒子もダメ、来訪者もダメ、呼び捨てもダメって、言うからだろっ」

「ナツは、部屋にい、」


 いる、と言いかけて、ナツの気配を探ったら。


(いないっ!?)


 バンッ、と魔力で自分の部屋とナツの部屋のドアを同時に開け、ナツの部屋へ駆け入った。

 当然の如く、彼女の姿はなかった。


「クソッ」


(なぜ、気がつかなかった? 同じ家にいて)


 自分で自分に、腹が立った。


 外からの侵入なら、すぐに気がつく。

だが、俺の部屋が見張り台になっていることもあって、中から外への動きに対しては重要視していなかった。


 いや、違う、これは俺の驕りからの慢心だ。

 特務隊魔法騎士副長という俺が、同じ家内にいるのだから、大丈夫だ、と俺自身が慢心していた。

 その俺が見失っていては、副長の名が聞いて呆れる。


 腹立たしくて、奥歯がギリッと鳴った。


「うーわ、怖ーわ。ビックリするだろ、急にバンバン、ドアを開けたら。って・・・ナッちゃんは?」

「さっき、何故、ナツのことを聞いた?」


「え、あぁ。ここへ来る前に、彼女に似た姿、といっても、ピンクの髪にメガネかけてて、見た目は全然ちがうんだけど。歩き方とかシルエットとか、感じが似てる女の子を見かけたんだ。んで、ちょっと気になってさ」


 職務上、そういう訓練をしている故の気づきか。


(自分から、出ていったのか? 何のために)


「彼女は、1人だったか?」

「あぁ」


 探索の為に、当然聞くべき情報なのに、1人であることにホッとする自分がいた。


「時間魔法を使う」


 足元に魔法陣が広がる。


「えーっ、職務以外で使うのはご法度だろ」

「緊急事態だ。物の記憶を辿る」

「マジかよ」


 ナツが部屋に入ったのは、食事が終わった後、今から2時間と少し前。

 ドアに触れ、時間を遡る。


 ドアが開き、部屋に入るナツが見えた。

 棚の奥にある箱を取り出し、そこから札を何枚かまとめて取り出し、カバンに入れた。

 それから、ピンクのカツラを被り、メガネをかけ、ブーツを履いて、部屋を出て行った。


「時間を早めて、彼女を追う」

「おい、おい、陣を展開しながらか? 目立ちすぎるだろうが」


 アルヴァンを無視して俺は、ナツを追うように走り出すと、


「ったく」


 アルヴァンは、不承不承、俺に続くようについてきて、陣を手のひらに展開して俺の魔法陣にかざし、同化魔法をかけてきた。

 これで、足元に広がる陣は、他からは見えなくなった。


 目の前に見えるナツが、店を出た。

 意を決したようにドアを開ける姿に、緊張感が見て取れる。

 俺がここに来てから、夜に外出することはなかったが、先日の出来事があってからは、極端に夜を避けているように感じていた。


(それなのに、何故、1人で外出をしたのか)


 ずっとそばにいたのに、俺には理由がわからない。


(ナツにとって、俺は相談するに値しない相手だったということか)


 グッと胸が軋んだ。


 ナツの姿を追うように、外に出た。

 歩みを進めるにつれて、彼女の様子が徐々に変わっていった。

 気持ちに余裕が見て取れ、周りの景色を楽しむように眺めるようになり、同じ街なのに、初めて来る場所のように楽しんでいる様子。

 普段、中年女性に姿を変えて、自分を律するように生活をしている彼女からは想像もできない、目の前のナツ。


(きっと、これが本来の彼女なんだろう)


 黒であることで、それを許されず、ナツはずっと自分を殺して生きてきたんだ。

 そう思うと、言うに言われぬ、重苦しい気持ちになった。


 広場まで来ると、そこに集まる人々を見て、それまで楽しげだったナツの顔に、笑顔がなくなった。

 どこか達観したような表情に変わり、暫く佇んで彼らを見ていた。

 それから、踵を返し足早に立ち去るナツの顔が、今にも泣き出してしまいそうで、俺はそこにはいない彼女に手を伸ばしかけた。


「こっちって。 宵闇市に行ったのか?」


 アルヴァンの言葉に、我に返った。


「ヤバいんじゃないか? 魔法、使える奴も結構いるし、見つかったら」

「あぁ、俺もこれ以上は、人が多すぎて辿れそうにない。直接、探しに行こう」

「了解」


 宵闇市に分け入った。

 だが、市内の道幅は狭く、そこに大勢の人が集まるから、思うように先に進めない。


(無事でいてくれ、ナツ)


 祈るような思いで、探索する。

 目視と同時に、魔法は使えないから己の魔力だけで、人の微妙な機微を探る。


 俺が名前を呼ぶと、綻ぶような笑顔を返してくれる、ナツ。

 俺が手を握ると、恥じらうように頬を赤くする、ナツ。

 彼女を思うと、どうしようもなく、心が焦がれてしまうんだ。


(もし君に何かあったら・・・)


 良くない想像ばかりが頭に浮かび、焦りと苛立ちで胸が締め付けられる。


 ナツを初めて見た時の光景を、今でも鮮明に覚えている。

 みずみずしい桃のような赤い頬に、肩まで伸びる艶やかな黒髪と黒真珠のような大きな瞳。

 俺は、一瞬で惹きつけられ、心が揺さぶられた。


 胸に芽生えた熱い思いは、共に時間を過ごすうちに、どんどん大きくなって、今では押さえられない程になっている。

 その黒い瞳に、俺以外、誰も映して欲しくない、と仄暗い思いを抱くようにもなった。


 だが、こんな偏った思いは、ナツに抱いてはいけない。

 彼女には、伸びやかに生きて欲しいんだ。

 これまで周りに抑圧されて生きてきた分、これからは、もっと自由に、もっと自分らしく生きて欲しい。


 だから、俺の、こんな思いで束縛してはいけない。

 そう思っているのに、俺は。

 俺の心は、どうしようもなくナツを求めてしまう。


(あぁ、ナツが好きだ)


 大きくなり過ぎた思いを吐き出すことも出来ず、胸が掻きむしられる思いがする。

 いなくなってしまったナツ。

 何者かに、理不尽な思いをさせられているのではないか、そう思うと、強い焦燥感で胸が張り裂けそうだ。

 だが、


「必ず、俺が見つけ出す」


断腸の思いを振り払うように、強い思いを口にした。


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