11話
「最近は、どうしてたんだい? 連日休みで、驚いたよ」
空になったプレートを引くと、常連のジギおじさんが聞いてきた。
「すみません、少し体調を崩してたんです」
「あぁ、年をとると、あちこちガタがくるからなぁ」
「えぇ、そうですね」
「ローサのこともあるし、気をつけないとダメだよ」
「はい、ありがとうございます」
頷いて答えていると、
「ローサって、誰?」
横からルイが、コーヒーをジギおじさんの前に置きながら、聞いてきた。
「ローサは、この店の前のオーナーさ。病気が悪くなって、亡くなってしまったんだ」
「そうなんですね」
「なんだ、恋人なのに、知らんのか」
ジギおじさんの言葉に、
「ルイと、こ・・・っ、一緒に、なった時は、私、ここで、1人だったので」
「ほう、ほう」
焦って答えたけれど、恋人、という言葉がハードル高すぎて、一緒、と言ってしまった。
でも、これはこれで、まるで結婚したみたいな表現になってない?
今更、修正も出来ず、恥ずかしさ満載だ。
「俺、押しかけダンナ、なんで」
「なっ!」
ルイが、ニコニコしながら自分自身を指さして、とんでもない事を言った。
「ほうー、こりゃまた新情報じゃ。メイサが言ってたが、ホンに、アツアツじゃなぁ~」
ジギおじさんは、生温かい顔をして、美味しそうにコーヒーを飲んだ。
その後、ランチも終わり、店を出るお客が口々に、お幸せに~、と言うから、ずっと赤面しっぱなしになってしまった。
「あー、もう、恥ずかしすぎるーっ」
看板を片付けて、店を閉めた後、私はカウンターに突っ伏して、足をバタバタさせて喚いた。
「まぁ、まぁ」
ルイの、事もなげな感じに、ムッとして口を尖らせた。
「ルイが、ヘンなこと言うからでしょー」
「それを言うなら、ナツだろ。ダンナだよ、俺。結婚してるんでしょ、俺達」
茶化すような笑みを浮かべて、ルイが言った。
「あれは、言い間違えたのっ」
思い出すと、また恥ずかしくなってきた。
「アハハ! 恋人もダンナも、たいして変わらないよ」
「えー、いやいやいやいや、ぜんっ、ぜん、違うから」
「そんなに力強く言わなくても。傷つくよ、俺」
ルイは、胸に手をあてて、辛そうな顔を浮かべた。
「それ、絶対、ワザとでしょー」
私は、ふくれっ面で答えた。
その夜。
私は、自分の部屋に入って、鍵を閉め、棚の奥にしまってある箱を取り出した。
中には、これまで貯めたお金が入っている。
そこから、お札をまとめて取り出すと、カバンにいれた。
今日は、明日のランチの下準備も早々に済ませて、晩御飯もいつもより早めに食べた。
ルイには、疲れたから早めに休むと言って、部屋に上がってきた。
魔石を自分で使っているワケでもないのに、疲れたなんて言ったから、ルイはすごく心配して、
「いつでも声をかけて」
なんて大きな体を力なげにして、しおらしく言うから、つい話してしまいそうになったけど、我慢した。
だってこれは、自分1人で成し遂げないといけない、ことだから。
(今夜、私は、魔石を手に入れに行く)
あの出来事があってから、私は店を3日休んだ。
あの目を思い出すたび、怖くて、怖くて、忘れかけていた凄惨な日々がまざまざと蘇ってきて、心の動揺が半端なかった。
あの2人組は、どこに行ったんだろう。
いつ、またどこかで会うかもしれない。
そう思うと、とてもじゃないけれど、店を開ける気には、なかなかなれなかった
後でルイに、警備隊に引き渡したと、聞いたけど、彼らは、私の黒い瞳と黒髪を見たはず。
いつか、探しに戻って来るかもしれない。
砕けてしまった魔石の入った小袋を握りしめた。
これまで怖い時は、いつもそうしてきた。
(姿を変えて、また逃げ出せばいい。だから、大丈夫、大丈夫)
握りしめながら、心の中で何度も唱えていると、そのうち、だんだんと気持ちが安らいで、落ち着くことが出来た。
でも、今は。
握ると、ジャリと嫌な音がする。
その音を聞くたびに、
(もう、駄目なんだ。やっぱり私は、捕まってしまうんだ)
そんな、切迫した思いが、頭をもたげてくる。
それは、日に日に大きくなって、もう無視できないくらい、大きなものになっていた。
ルイは、私の姿を中年女性に変えてくれると言った。
でも、永遠じゃない。
今はここで、束の間の日々を共有しているけど、ルイにはルイの人生があって、いつかこの「カフェ アルバ」も出て行く時が来るだろう。
そうなれば、私はまた、1人で生きていかなければならない。
1人きりの、孤独な人生を。
そう思ったら、居ても立っても居られなくなって、早く魔石を手に入れたい、と強く思うようになった。
店の買出しのついでに、探してみたけれど、売っている魔石は加工されたモノばかりで、しかも、小さくて、値段が高い。
加工されているから高いのか、もともと魔石は高いのか、それすら私には分からない。
この世界の人にとって、魔石は動力として使うだけだから、魔力のない私とは基本的に必要性がぜんぜん違うんだ。
聞くにしても、どういう風に聞けばいいのか、分からなかった。
だから、原石で安く売ってくれるところはないのか、とそれだけを店の人に聞いてみた。
そしたら、宵闇市に行ってみたらどうか、と教えてくれた。
夕方から開く市場で、一般の市場と違って、偽物や贋物なんかも普通に売っているところらしい。
でも、上手く探せば、掘り出し物がある、と言われた。
私としては、ものすごい胡散臭さはあるものの、背に腹は代えられない、ということで、今夜行ってみることにしたのだ。
もちろん、今と同じような魔石が見つかれば、すぐに買いたいけど、初めて行く場所だし、どんなところかも分からないし、そもそも魔石の値段も分からない。
だから、今日は偵察のつもりで行こうと思っている。
魔石がないから、姿は変えられないので、変装していく事にした。
姿見鏡の前に立ち、ピンク色のロングヘア―のカツラを被り、ずり落ち防止の為にバンダナをつけた。
ロングニットを羽織り、パンツをはき、大きく見せる為に、厚底ブーツを履いた。
そして、一番重要な、ブルー色のメガネをかける。
これで黒い瞳は、カムフラージュ出来るはずだ。
普段の中年姿の自分からは想像もできないくらい、派手なコーディネート。
(ちょっと、派手すぎ、かしら)
黒は目立つ。
常々、そう思っている反動からなのか、鏡の中のしっくりこない派手な自分に首を傾げた。
でも、こんなことで悩んでいても仕方がない。
(これから1人で、宵闇市に行くんだから、しっかりしなくちゃ。絶対に、黒子だって、バレちゃダメ!)
フルフルと首を振って、最後に気合の一発、パンッと両頬を叩いた。




