10話
「やぁ、目が覚めた?」
目を開けると、青い瞳を細めて優しく笑うルイがいた。
「・・・ル、イ・・・」
しわがれた、擦れた声が出た。
自分はどうしてしまったのだろう。
周りに目を移して、自分の部屋のベッドで横になっているのだと分かった。
でも、私は・・・そうだ、買い物に行って、そして。
バッと上半身を起こして、髪を掴んで見た。
「あぁっ、黒いまま。ま、魔石、魔石は、」
「ナツ、落ち着いて」
叫ぶ私を、ベッドに腰かけたルイが優しく抱きしめた。
「なっ、イヤ、離して。魔石はどうなったの。あれが無いと私はっ」
イヤイヤと頭を振る私の背中を、ルイは何度も擦り、優しく宥めてくる。
「大丈夫、魔石が無くても大丈夫だから。俺の魔法でナツはいつでも好きな時に、好きなだけ姿を変えられるよ。だから、そんなに困らなくていいんだ。落ち着いて、大丈夫だから、ナツ」
抱きしめ、あやすようにゆっくりと体を揺らす。
「・・・本当? 本当に? 本当に大丈夫なの?いつでも変えられるの?」
「うん、本当。いつでも、どこでも、何度でもだ」
覗き込むように私の顔を見て、ルイがそう言った。
「あぁー」
空気の抜けた風船みたいに、声と一緒に息が出た。
心が少し緩んだような、そんな感じがした。
「落ち着いた?」
ポンポンと背中を優しく叩く。
小さな子供になったようだ。
でも、嫌じゃない。
「あぁ、ルイ」
「ん?」
「もう少しだけ、こうしてていい?」
「もちろん」
そう言うと、ギュッと抱きしめてくれた。
問題の解決にはなってないけど、考えなくちゃいけないことが沢山あるけど、今の生活をまだ続けていられる安心感と居心地の良い腕の中で、目を閉じた。
でも、脳裏に浮かんでくるのは、あの目だ。
私を異質の者のように見る、奇異の目。
中年女性の姿で生活するようになって、あの目に晒される事はなくなった。
だから、久しぶりに見た、あの目のインパクトは凄まじいものだった。
私がどんなに、この世界の人のように真似て生きても、お前は違うんだ、異質な存在なんだと、突き付けられたようだった。
ずっと蓋をして思い出さないようにしていた、孤独や不安までが顔を出して、
『この世界に、私は1人』
忘れかけていた、そんな思いまでが胸に押し寄せてきて、全身がブルッと震えた。
すると、ルイがまた、私をギュッと力強く抱きしめてくれた。
背に回されたルイの温かな腕の感触に、どうしてか、涙が出そうになった。
「ルイ、ありがとう。もう大丈夫」
体を離すように、ルイの胸に手をあて顔をあげると、彼は心配そうに見下ろしてきた。
「本当に?」
「うん」
頬に優しく触れてきて、確かめるように私の瞳を伺い見る。
「まだ、大丈夫じゃない」
鼻先が触れそうな、至近距離。
金色のまつ毛に縁どられた、晴れ渡る空のような青い瞳。
とても綺麗で、吸い込まれてしまいそうだ。
そして、改めて思った。
(やっぱり、大人のなりをしていても、彼は子供なんだ)
私を心配するその瞳の中に、見え隠れする不安な色。
その意味するものが何か、私も同じだから、分かってしまう。
(また1人ぼっちになるのは、イヤだよね)
孤独、それがどれ程、自分の心を疲弊させるか、私はよく知っている。
だから今、1人じゃない、そう思うだけで不思議なくらい、胸に英気が漲ってくる。
心配をかけたルイに、またふわふわ卵のオムライスを作ってあげようと、
「本当に大丈夫よ。お腹、空いたでしょう。晩ご飯にオム・・・」
と言いながら、ルイの胸にあてていた手に力を入れて離れ、窓を見ると厚いカーテンが引かれている隙間から、明るい日差しが差し込んでいるのに気がついた。
「・・・今って、もしかして」
「昼だよ」
「えーっ!」
ビックリして、慌てて起きようとしたら、ルイに引き留められた。
「今日は、店は休みだ」
「だけど、ウチは年中無休がウリなのよ。ローサさんだって、そう言ってたのにー」
「準備もしていないのに、店は開けれないだろ」
「でもーっ」
渋々、ルイの隣に腰掛けた。
「昨日、頼んでいた商品は、朝、持ってきてくれたから、受け取っといたよ」
「そっかー、ありがとう」
「看板に、本日休業、と書いて出しておいた」
「あー、そっかー、ありがとう」
ルイが、優しく肩を抱いて、私が寝込んでいる間に色々と奔走してくれた話を聞きながら、本当に有難いと思って、感謝しかなかった。
もし、1人だったら、魔石もなくなって、パニックになっていたかもしれない。
「ルイ、魔法、かけて」
「どうして?」
「え、だって、いつでも、どこでも、何度でも、なんでしょ」
「・・・今日は、必要ないだろう。ゆっくり休んで」
「お願い」
顔をジッと見上げると、ルイは根負けしたように、仕方ないといった顔をした。
すると、パァッと魔法陣が広がり、自分の両手を見ると、シワの浮いた中年女性の手になっていた。
術を唱えることも、掛け声や杖を振ることもなく、魔法が発動したのに驚いた。
そういう人がいるとは知っていたけれど・・・
「ルイって、お貴族様なの?」
「は?」
あからさまに驚いた顔をしたルイに、フフフッ、と笑いで返して、姿見鏡の前に立った。
いつもの灰色の瞳の周りに薄くシワが浮いている茶色い髪の小柄な中年女性が、鏡の中に立っていた。
「わぁ、スゴッ、って。声、変わってないんだけど」
振り向いてルイを見ると、片手を額にあてて上を向いていた。
「ルイ?」
「あ、あぁ」
再び、足元に魔法陣が広がった。
「やっぱり、魔法使うのって、大変なんだね」
いつもの中年女性の姿と声に変わり、ホッとして言うと、
「いいや、俺の魔法は完璧だ」
また魔法陣が、足元に広がった。
鏡を見ると、アップに結い上げられた黒髪に、胸元に真珠が輝くネックレスをつけた、ローブデコルテの白いドレス姿に変わっていた。
「えーっ、ちっがーう」
鏡の中の自分に声を上げると、すぐに黒髪の元の姿に戻った。
「ナニが、違うんだ」
中年女性の姿のままで良かったのに、と言いたかったけれど、ルイのご機嫌がナナメになってるみたいで、それ以上は何も言えなかった。




