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1話

目の前に、小柄な若い女性が立っていた。


みずみずしい桃のような頬を紅潮させ、肩まで伸びる艶やかな黒髪と黒真珠のような大きな瞳の若い女性。


先程まで、俺の手を握り走っていたのは、灰色の瞳の周りに薄くシワが浮いていた茶色い髪の小柄な中年女性だったはず。


目を擦り、何度も瞬きをした。


「もう、大丈夫」


後ろ向きに立つ彼女が、こちらを振り向き、優しく笑った。


その笑顔を見た瞬間に、俺は瞬きも忘れて、見入ってしまった。




 時折、ガタン、ガタン、と揺れながら、幌馬車が石畳を走っていく。

 薄暗い馬車の中で、女が3人、俺を含めた子供が7人、後ろ手に縛られ、猿ぐつわをされ、身を寄せ合うようにして座っている。


 数日前から俺は、“赤い蜘蛛”の内情を探る為に、魔法で子供に姿を変えて、潜り込んでいた。

 “赤い蜘蛛”は、我がフロルス国で違法である人身売買を生業とする集団で、この1年あまり、ずっと秘密裏に調べを進めてきた。

 表向きは、貿易商を営んでいるのだが、裏では、人が商品という訳だ。

 特に見目の綺麗な女、子供は高値で売買される。

 俺は、その界隈では人気の黒髪に翠の瞳という容姿に成りすましていた。


 これまでに2度、馬車を乗り換えさせられた。

 昨日は地下室に閉じ込められ、今日で3度目の移動だ。

(どこに行くのか・・・)


 国内に点在するアジトや関係場所は、この1年でおよそ把握した。

 昨日の場所も、すでにこちらの監視下にある。

 だが、それでもまだ分かっていないところが幾つかある。

 特に頭であるレッド・ウィドウの居場所がどこか、まだ特定できていない。


 馬車に乗せられている者達は、手足をロープで縛られ、猿ぐつわをかけられている。

 それら全てに魔法がかけられており、動くことも、うめき声1つあげることも出来ない状態だ。

 当然、俺自身にもかけられていて、苦しい状態に、魔法を解くのは容易いが、今はそれも出来ない。


(人を、人とも思っていない所業だな)


 だがそれも、まだ日も高い日中に移動させているのだから、当然といえるだろう。

 考えてみれば、日が落ちてからの移動となると王都の警備数も増え、厳しいものになるのだから、この方が動きやすく、疑われにくい。


 一瞬、大きく揺れた後、馬車が止まった。

 幕が開けられ、明かりが射しこんでくる。

 幾人かの人足達が乗り込み、荷台から荷物のように人を肩に担ぎ、下していく。

 人足達は誰一人として声を発する者はなく、ギシギシと床の軋む音だけが不気味に響いた。


 そんな中、子供が1人、駆け抜けていくのが、幌馬車の幕の隙間から見えた。

 もう少しで外、という瞬間、子供の背中目がけてナイフが飛んだ。

 その瞬間、条件反射といっていいかもしれない、咄嗟に、魔法を繰り出していた。

 すぐに力を抑えたが、ナイフは速度を落とし、外へ飛び出した子供の肩をかすり、地面に落ちた。

 通りでは、あちこちから、けたたましい奇声があがり、騒然となった。


「今のは、誰だ」


 当然の如く、バレていた。

 人足達が荷台にいた俺と女性を見た。

 女性は、恐怖に慄き、ブルブルと震えている。

 女性ではないと思ったようだが、この子供が?という一瞬の迷いの間に、俺は魔法で拘束を解いて、荷台から飛び降りた。


「ここはマズい。すぐに移動だ」

「早くしろ!」


 声を荒げて叫ぶ人足達の脇を抜け、門の外へ走り出る。


「あの子供を捕まえろ!」

「逃がすな」


 荷台から飛ぶ檄に、幾人もの男達が追いかけてきた。

 騒然となる人々を搔き分け、走って逃げる。

 本当の子供と大人では、すぐに捕まってしまうだろうが、こちらは特務隊所属の魔法騎士だ。

 撒いてしまうなど動作もないが、今は上手く誘導して、全員確保することに決めた。

 距離を保ちつつ、逃げていると、急にグッと力強く手を引っぱられた。


「こっちへ」


 突然、現れた小柄な中年女性に驚いた。


「このままじゃ、危険だよ。早く」


 呆気にとられている俺を、グイグイと引っ張っていく。


「放せ」


 グッと足に力を入れて踏みとどまろうとしたが、今は子供の体だ、女性とは言え、流石に大人の力に勝てない。

 魔法で腕を振りほどこうとした時、追い付いてきた男2人が女性に殴りかかってきた。

 魔法で応戦しようとしたが、彼女が相手に向かって大きく手を払うと、触れてもいないのに男2人が後ろに吹き飛んだ。

 魔法だった。

 けれど、一般市民が持つ魔力とは思えないくらい強い力だ。


 彼女は、驚いている俺を再び引っ張り、走り出した。

 角を曲がると路地に俺を押し込み、彼女は路地の入口に立つと、両手を前に突き出し術を唱えだした。

 路地の入口を壁に見えるように魔法をかけたのだ。

 内からは見えるが外からは壁に見えるので、追ってきた男達は気付かず走って行き過ぎて行った。

 子供だましみたいな、こんな単純な魔法でやり過ごせたことに、俺は可笑しくて笑えてきた。


 彼女に声をかけようと顔を見ると、目の前に、小柄な若い女性が立っていた。

 みずみずしい桃のような頬を紅潮させ、肩まで伸びる艶やかな黒髪と黒真珠のような大きな瞳の若い女性。

 先程まで、俺の手を握り走っていたのは、灰色の瞳の周りに薄くシワが浮いていた茶色い髪の小柄な中年女性だったはず。

 目を擦り、何度も瞬きをした。


「もう、大丈夫」


 後ろ向きに立つ彼女が、こちらを振り向き、優しく笑った。

 その笑顔を見た瞬間に、胸が鷲掴みにされたようにギュッと痛くなった。

 その笑みを見つめていると、また元の中年女性に戻ってしまった。


 何故、見た目を変えているのか気になり口を開きかけたが、彼女の様子が急変した。

 額に汗を滲ませ、明らかに具合が悪そうにしゃがみこんだのだ。

 ここで、ぐずぐずしていたら、さっきの追手が戻って来るかもしれない。


「早く、逃げよう」


 彼女の手を握り、その場を走り出た。

 結局、俺はそのまま彼女と共に逃亡する事になった。


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