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ユキ10歳?  作者: みぃ
7/13

ウラ君・後編①運び屋兄妹

1 

「お兄ちゃんお兄ちゃん」

さっきから何度目か、妹が起こしに来てるのが分かりながら、兄はもう少し眠ったフリを続けていた。こんな朝がいつまで続くか・・・この頃妹は急速に大人びてきて、一丁前に胸も膨らみだし、本人は気が付いてないらしいが周りの大人や少年達の妹を見る目付きがもう変わってきている・・・

「今日は大事なお話があるって、大・お姉さんから言われてた日だよ!起きて!兄ちゃん!」

話って何だろう、それが気が重い原因でもある。

兄妹がここへ来た日から、妹や自分に何かと目をかけ、二人が即引き離されないで済むような雑用仕事を任せてくれた大姉さんの事は一応尊敬している。子供の扱いが上手だなと子供ながらに印象付けられた。しかし、油断は出来ない。彼女もまたこの園の経営側の人間だ・・・頂点に君臨する王様の実の姉だという噂もある。

『リキヤ君、ちょっと・・・』と名指しで呼び出され、『妹ちゃんと明日の朝、少し早いけど5時に起きて私の部屋へ来てくれない?』と大姉さんその人直々に依頼を受けたときには、ピーンと直感した。

(ついにか、)と・・・(ついにこの時が来た、妹が現場で働かされる・・・!!)

『話って、何の話ですか?今僕がここで聞きます』

妹はその時、他の少女達とハーブ摘みに出ていて居なかった。こちらで断ってしまえるなら妹の耳には入れないで断ってしまい、それで話を終わりにしたかった。

妹ヒナノは能天気で、確かに、この楽園という場所で花形は売春婦だし、それを生業にし始めたちょっと年上の先輩達は一挙に垢抜け、身に付ける物も豪奢になり爪にジャガイモの皮を剥いた泥の汚れがこびり付いて洗っても洗ってもとれないだとか、溝掃除の跳ね返りのヘドロがどうせ付くから煌びやかなスパンコールや模造ダイヤのピンヒールなど履けない、そもそも買えないし、持っていても意味がない、ドロドロに泥が付いても惜しくないスニーカーしか履くことのない、今の生活に不平不満タラタラだ。

『私より後から園に入って来たのに、もう先に床入りして働き出した後輩もいるのに・・・』等とグチグチ愚痴を言う。

持ち物や表面的な待遇、大の大人の男を相手に競ってチヤホヤ持ち上げられるとか、そんな光が当たるところにばかり妹の目は向いている。

しかし、自分にはもっと奥の内実が分っているつもりだ。易々と妹に体を売って欲しくない。

『減るものじゃなし・・・』どこから吹き込まれてくるのか、妹はそんなことをブツブツ呟くけれど、兄として絶対に馬鹿な妹の身を後から後悔して泣くことのないようシッカリ守ってやらねばという自分の決意は変わらない。例え、

『兄ちゃんの事も楽にさせてあげられるよ、キツい仕事は選んでパスできるよ・・・』なんて唆されたとしても・・・

・・・

「兄ちゃん!兄ちゃん!」寝たふりの肩を揺さぶる妹の力が強くなる。

(昨日の夜、二人で逃げ出してしまえば良かったかな、・・・)と悔やまれる。逃げ出したい者はどうぞご勝手にと言う風に、正門はいつも鍵が開けてある。山からの獣の侵入と楽園で飼ってる犬達、孔雀たちの無用な迷い出を防ぐために、高い位置に一応錠が挿してはあるが、それは子供でも手を伸ばせば届く位置。鉄格子は外からでも手が入るから、出たければいつでも出られるのと同様、外の世界から逃げてきて楽園で働きたがってる者も自由にいつでも入ってこられる。

門番はどちらかと言えば、勝手に入って来たがる者のために番をしている。

(『ここで働きたいのですか?身分証は?無い?では顔写真だけここで撮らせていただきますね・・・はい、では今夜はこの毛布に包まって。あちらで温かいスープをお出しします・・・見えますか?この回廊を道なりにずうっと真っ直ぐ行ってください、オレンジ色の灯が灯ってるあそこです。今連絡しましたので、ほら、係の者がランタンを掲げて今あなたをお出迎えにこちらへ向かって来てるでしょう、泣かないで・・・安心して下さい。もう大丈夫だから・・・事情はあちらで。傷の手当てを看ながら係の者が詳しくお聞きします・・・』

楽園は育てられない子供を人知れず捨てていく地、非力な妊婦、DV夫・DV彼氏から命からがら逃げてきたボロボロの妻達彼女達、家出少年少女達の駆け込み寺とも化していた。守ってくれるべき法の網目から滑り落ち、誰からも助力を仰げない者達の救済施設。組織が大きく、日の当たりきらないグレーゾーンもあるにはあるが、県の司法組織も大目に見ている。この場所が自分達では救いきれない大勢の弱者の安息の止り木的役割も担ってることを承知だからだ。楽園を一掃してしまうと行き場を無くす人々があまりに多すぎるのだ。)

「もうっ!私一人で行くよ!これ以上リキヤ待ってたら私まで遅刻しちゃう!大姉さんを待たせたくないから・・・」

妹がついに兄を揺り起こそうとするのを諦め、立ってどこかへ消えた。多分洗面台へ髪を梳かしに行ったのだろう。リキヤはしょうがなく、ズッシリ重たい心と身体を自分で寝床から引き摺り起こした。

「くそぉぉぉ・・・」いつものように悪態を吐きながら。「だりぃぃぃぃ・・・体中、骨がバキバキ鳴るぜ・・・」

「あ、やっぱり仮病だった!」

いつもより楽しそうな声。鼻歌が洗面台の方から流れ聞こえてくる。自分も髭を剃る必要があるので、立っていって覗いて見ると、なんと誰から貰ったか、妹は透き通るピンクのリップをルンルン厚塗りしている。こいつ、スカウトされに行くつもりだな、兄貴の気も知らないで・・・!リップを掴み取り中身を出し切ってへし折ってゴミ入れへ叩き込んで捨ててやりたい衝動と葛藤する。

(やはり・・・夜中に出発していれば・・・!!今頃は徒歩でも街まで辿り着けていたはず・・・)

持ってる中で一番見栄えが良く見える服をサッサと身につけ、睫やニキビを気にしながら対照的にノロノロ気乗りのしない様子で服を身につける兄を待っている妹は、身内の贔屓目を差し引いて見ても、かなり可愛い方だと思う。絶世の美女と言うにはちょっと鼻は低いかな、目と目の間が開きすぎてるし、顎にニキビができやすい・・・とは思うけど、それでも、摘んで家に持って帰りたくなる野の花のような、素通りして見過ごせない美しさ、これからがまさに旬という眩い輝き・・・確かに、妹と同じ年頃の他の床入りデビューを果たした少女達の中で、素材として妹は可愛らしさで劣るところは何一つ無い・・・

 自分では頭が洗えなかった子供の頃からの習慣で、今も頭が洗いやすいよう短く切らせてる髪も本当は伸ばしたいだろう、髪を伸ばせば髪留めの一つも付けて飾りたいだろう、年頃の少女達の間で今流行ってるようなキラキラの付いたレースのブーツやスカートなど履いておめかしして出掛けたりもしたいのだろう・・・そんな思春期を迎えた妹の気持ちが分らないでもないが・・・

 いつまでもいつまでも自分が父親のような兄で居続けずっとずっと子供のままのように二人だけで暮らしていくわけにも行くまい、好きな良い男を見付け、大事にされ、ゆくゆくは結婚して巣立っていけば良いと兄リキヤも思ってはいる。そのためにも、シッカリした奴に巡り会えるまで出来るだけ変な悪い男に引っかからず出来れば処女を守って欲しい。

男の理想を妹に投影してるかも知れないが・・・

でもでも、せめて、妹が心の底から(この人が好き!)と思ってる相手に最初の貞節を捧げて欲しい・・・ものだ・・・

誰でも良いと思ってる相手に、金のために投げ打つほど、まだそんな簡単に性行為をただの"ちょっとチクッとして汗ばむ行為“くらいに軽く考えないで欲しい・・・頼むから・・・

それはもっともっとずっとずっと先、例えば、夢破れ、恋破れ、子供を抱え、旦那と別れ、それまでにも散散、色々経験し、熟女にもなり、もう大概の辛酸は舐め尽くしてきた、守りたい子供達のために仕方が無い、イッチョもういっぺん女としてやれるかどうか、やったりまっかぁ!!一旗あたしが脱いだりまっかぁ!!と言うぐらいの、起死回生大逆転を図っての一世一代の大勝負として、他にどんな道も絶たれた後での最終手段として、最後の最後の切り札に使って欲しい。・・・

 当の本人は早く最も必要とされてる最前線の花形仕事で働いてみたい、頭にあるのはそればっかりみたいだが・・・それが何を失うという事なのか一体、自分で分かっているのかいないのか・・・

「はぁ・・・」

「兄ちゃん、今日は溜息ばっかり!」妹は大姉さんに会えるのだけでも気分が弾んで嬉しそうだ。「大姉さん、直々に私達をお呼び出しなんて、何のご用なのかなぁ?」

美しく優しくちょっと天然で親近感がわくものの雲の上の存在、そんなセリナさんからの直接の話とやらが、妹を自分に預けてごらん、一流の遊女に仕立ててあげるから、とか言うものだったら、果たして、これまでお世話になってきた手前、自分にもキッパリ断る度胸があるだろうか、説得されて我を貫ける意地がどこまで続くだろうか、兄にも不安で気が重かった。

 池の畔、三本の木に支えられて傾き軋みながら、ぬかるんだ地面から少し浮かせて中空に建てられた庭番小屋を出る。朝霧、シダ草の獣道を、ルンルン先を急ぐ妹を追いかけズシズシ歩く。やがて道は開け木立を抜けると広々とした屋敷へ続く石畳に出る。緩やかな坂、芝生、大理石の階段を上がる頃には沼を歩いてきた靴底の泥も大方落ちてはいるが、泥よけでは念入りに爪先でトントンしたり左右の靴と靴でぶつけるようにして泥を落とす。妹は兄をおいてドンドン先へ行ってしまう。

石の階段の一番下の段と一番上の段、扉の左右で、ジッと直立不動で鎧を着てるだけの人形みたいに立ってるドアマンが、まるで鎧の中も石で出来てるみたいに、重たいドアを自分で押し開けて扉の中へスルリと入っていく妹を目だけで追って見ている。門兵達は甲冑型のヘルメットの中で小さな声で囁き合って、僕達二人が今日この時間に中へ招かれていることを伝え合ってるのだろうか・・・?これは極秘任務のはずだが・・・

(それとも、この門番達は招待されてる人間のためにはドアを開けてくれるのだろうか、今僕達がここを通る事は聞かされてないから、ジッと動かないでただ見てるだけなのか・・・)

重いドアを押し開け薄暗い建物の中に入ると、ドアの内側にも左右両端に甲冑を着た番人が立っていた。ビクッとさせられた。

(もしかして中身は本当に人形なのでは・・・?)ちょっと試しに突いてやろうかと、目だけを出した甲冑の顔を睨みながらそばへ寄ってみる。硬い黒いマスクの中、生身の髭の生えた頬の上で、カメラのレンズではない細い目がジロリとこちらを見下ろしてくる、その視線と視線がぶつかった。

「お兄ちゃん!守衛さんの邪魔しちゃダメだよ!何してるの!もう・・・!」

先に階段を上り始めていた妹が引き返してきてリキヤの腕を引っ張った。

 幅広の螺旋大階段を妹に引っ張られるようにして老人のようにゆっくりゆっくり登る。

「もう、お兄ちゃん、いい加減にして!」

「お前はあんまり口きくなよ」小さな頃から、妹には外へ出たらあんまり喋らないようにと言い聞かせてある。風鈴のような細く繊細で儚げな耳心地の良い声がまた妹の少女としての魅力過ぎると思ったからだ。「お前の声は高すぎて耳障りだからな」兄は思ってるのと真逆をいつも言い聞かせていた。

「うん・・・大丈夫・・・私人見知りだし・・・」

最後の段を上り切り、同じ階に憧れの大姉さんが居ると思ったら急に緊張しだしたのか、妹の声が密やかに音量を絞った。

「こっちだよ」兄の手を引っ張って廊下の奥へと迷わず突き進んでいく。

森の苔むした大地のような深緑色の靴音を吸収するふかふかの絨毯。右手の壁沿いには、落として割ったら大事そうな緻密な細密画を施したどっしりとした一点物の壺に、立派な枝ぶりの金木犀、銀木犀が等間隔に生けられている。左手にはステンドグラスの大窓が並ぶ。明け方から昼過ぎまで眠りにつく娼妓達のために、ギラつく眩しい真昼の光線が目を射ないよう施された配慮。気に入った遊女の昨夜からの商売最後の時間を買い取った客と娘が共に立てる静かな寝息。はらり、はらりと、金銀の星屑のような細かな花弁が、高い枝から音もなく苔色の絨毯へと舞い落ちる光の影。

やがて廊下は緩やかにカーブを描き中空を渡す渡り廊下に変わったらしく、両側がステンドグラスの窓になった。ガラス窓一枚一枚の絵が違う。赤い実をふんだんに実らせ枝をしならす葡萄の丘から、青い翼の小鳥が一枝嘴に咥え、はるばる丘を越え海を渡り仲間を従え青い群れとなって新天地に辿り着く、そして巣作りを始めた林の木陰、立派な角を生やしたトナカイが鼻先でつついている、根元に芽吹いた赤い実が実る小さな若木・・・窓窓のステンドグラスは、一連の、青い小鳥と葡萄の木の旅と繁栄を描いた物語仕立てになってるらしい。木々や雲間に様々な他の鳥や動物たち、架空の竜や河童など幻想の生き物もふんだんに描かれている。

午前中は右の窓が明るく、午後は左の窓が明るいから、ここを通る人はそれで大体の時間感覚を得られるのだろう。逆に言えば、外は見えない。窓を開けなければ・・・そのせいで、今自分がどこにいるか、楽園の大まかな空間地図は頭に入ってるはずなのに確認できる景色が目に入ってこなくて、迷子になったような気分・・・

絨毯もふかふか過ぎて溝掃除には適す長靴では逆に足を取られそうだ。靴を脱ぎ捨てて裸足で歩いたら気持ちが良さそうだ・・・もしかすると日暮れ頃に起き出してくる高級遊女達は生麩のような柔らかい素足でここのフカフカな絨毯の上を歩き回ってるのかも知れない・・・

 この階には稼ぎの良い売れっ子の広々とした寝室が間取りを大きく取って設けられている。ドアとドアの間隔が広い。楽園の内側に住む下働きでもあまり年長の男の子はこの階までは上がってこない。遊女の息子か間夫でも無い限り・・・

 妹のヒナノは、兄が男手の必要な重労働に携わってる耕作期間中、体力的に同じ仕事はどうしたって出来ないので、高級娼婦達の部屋掃除を手伝っていた。忙しい商売女は間に秘密扉のある続き部屋を持っていて、1の部屋で仕事した後、その部屋の掃除は下働きの子に全部任せ、自分の身支度だけ調えてサッと廊下に出ることも無く間の扉を抜け2の部屋に移り、次の客の相手をする。その隙に1の部屋では掃除を完璧に終わらせ、また3人目の客に備えておくのである。妹がこの仕事を楽しんでやり、兄にも嬉しそうに説明したのをリキヤは複雑な気持ちで思い出す。

妹はそれで、大姉さんの部屋にも出入りしたことがあるのだ。大姉さんもそれを覚えていた。

『妹ちゃんが多分私の部屋を覚えてるから、案内して貰って一緒においで』と昨日言われた。

女兄弟が高級遊女となり鼻を高くしてる同期もいるが・・・(自分は頭が硬いのかなぁ・・・)と、浮き足だって自分を引っ張り先を急ぐ妹の白い首筋を眺め憂鬱になる。妹にあのリップをやったのは大姉さんだろうか?『可愛い子ね、将来有望ね、あなたにはこの色が似合うんじゃない?』なんて言ってあんな物をやって妹をその気にさせてるのか・・・

「ここだよ!」ヒナノは待ち切れずトントントンと扉をノックしてから、「はぁい」という中からの声には人見知りを発動させ、兄の後ろに回り込んで隠れた。今度は盾のように兄を使って背中をどんどん押し進ませてくる。扉が開き、薄化粧を済ませよそ行きの服ももう着込んだ大姉さんがちょっと顔を出して二人を見た。とろけるような笑顔。

「どうぞ、入って」

「失礼します」

円形の寝室。曇りの日の光を閉じ込めたように柔らかく光るシャンデリア。丸テーブルの上にはイチジクとキャンディスティック、多分僕達に後でくれるのだろう青いリボンをかけたチョコレートの小箱、オレンジの香りの消毒薬が入った瓶、水差し。廊下は苔の深緑色だった絨毯は部屋の中へ入るとカボチャ色のオレンジに変わった。まるで森の中を歩いてきて、紅葉の落ち葉を集めた日溜まりへ踏み込んだみたいだ。良く見ると重たそうなシャンデリアの角を丸くカットされたクリスタルの房は肥えた葡萄の実の形。あえてギラギラ光りすぎない曇り細工が施されている。室内が暗すぎるときには中に閉じ込めた光りでほんのり発光するのかも知れない。

白いレースのカーテンを閉じた飾り窓。姿見の大きな三面鏡にも薄布がかけてある。変わった形の様々なアルコールの瓶が飾られた木目の美しい花梨の木の戸棚、チークのバーカウンター、光沢を帯びた金と薄紫の布張りの長椅子・・・どれも年代物のアンティークで、うかうか触って指紋をベトベト残してはいけない手入れされた質の良い品に違いない。廊下にも漂っていた花の良い香りがここでも鼻腔をくすぐり、大姉さんの付けてるらしい仄かな香水の香りと混じり相乗効果を生み出している。しかし窓も開いてるみたいだ。新鮮な空気の流れを感じる。

 リキヤ君は物心ついて以来ずっと住んでる楽園の記憶にある限りの地図を頭を絞って描いたが、ここの窓から見下ろす景色は多分自分は見たことが無いのだろうと結論付けた。妹や仲間から話には聞いていた。外は金銀木犀咲き乱れる噴水の中庭に面してるのかも知れない・・・

部屋の奥のサンルーム(ボタンを押すと曇りガラスに変わるガラス張りの小部屋、)金の靴下を履いた猫足のバスタブが据え置かれている。

『女性塔だけで囲まれた中庭に面したバルコニーには裸で出られるの、肌を焼きたい子は自分の部屋のベランダやサンルームにハンモックを持ち込んで自然光で日焼けすることも出来るんだよ!』妹がもう自分の部屋を持ったかのように興奮して話していたので、リキヤには衝立に隠されて見えない奥の部屋の様子まで想像が及んだ。

「今日はね、お二人さんにはこの絨毯を運んで欲しいの。」大姉さんが兄妹を手招きして柱の裏側、出窓に設えられたベッドへ呼んだ。

「二人の口の堅さを見込んでの内緒のお仕事だから、くれぐれも他の子には言わないで、ね」

そう言って天蓋のレースを巻き上げ、中に丸く筒状に纏められている絨毯を指差した。

「私がこちら側を持つから、あなたたちはそっちを持って。落とさないでね。」

「どこまで運ぶんですか?」

「下に停めてある車まで。お願い」

「よし、お前は向こうへ回れ」妹にベッドを回り込ませ、三人でせーの、で絨毯を持ち上げた。その瞬間、荷の重みが均等でなく中に人型の骨組みを持つ長身の物体が包まれていることにリキヤは気付いてしまった。しかし顔色を変えたつもりはない。大姉さんはしばらくの間、荷を運びながら自分と妹の顔をチラチラ、チラチラ、窺っていたが、やがて何も気取られてないと確信を得たようで、部屋を出て階段を下り始める頃には足運びにだけ意識を集中しだした。

 リキヤは何食わぬ顔で荷を下から支える両手の位置を少しずつずらし、重さや堅さから、骨組みの形状を探った。やはり・・・高身長の人体だ。

最初は、(死体か・・・?)と思った。

しかし頭側を大姉さんが運び、そちら側が薄布で息をしやすく覆われているのを見ると、もしかするとこの人はまだ死んでないのかも知れないと勘付いた。

妹の視線を捕らえてみる。

(何よ?・・・何?)

と首を傾げ捻る動作から、妹は気が付いてない様子。ベッドの向こう側にまわり足側と頭側だけを支えた女性二人には気が付きにくかったのかも知れない。しかし臀部、腰、腿など人体の中心部を支える自分には、どちらが頭の方向、背骨側でどちらが脚の重みか、硬い骨と肉の厚み、重さの違いで微かに感じ取れるのだ。

(大姉さん、一体この人をどうしようとしてる?客を殺しちまったと思い込んで内々に処分しようって言うのか?・・・否、まだ死んでないぞこいつ・・・眠らせて生きたままどこかへ移動させ・・・それからどうするつもりなのだろう?・・・)昔々この土地で行われていたという恐ろしい人身売買の話を思い出した。

(いや、まさか、生かせて新鮮なままギリギリまで運び、脈打つ心臓、内臓を競りにでもかけるつもりか・・・?)

ふと、恐ろしい疑惑に喉が締め上げられる・・・

(これって、今日に始まった事なのか・・・?)自分達の他にも、二人三人ずつ、ある朝起きると寝床が空になっており、誰にも何も言わず、子供達が消えて居なくなることは度々あった。が、皆その子達が自分達の意思で街へ脱走したと思ってるけど・・・本当は・・・密かに口封じされ消されてしまってるのではないのか・・・?

(僕達には何故、この事を誰にも秘密にするようにと口止めしたのだろう・・・?)何故、年頃になっても妹にまだ下仕事をさせ孤立して仲間はずれな僕達が選ばれたのだろう・・・?

リキヤは大姉さんの顔色を覗き見るが、絨毯巻きの頭側を抱え先頭を行く大姉さんは首を捻って前とか足元ばかり向いている。

 厨房を通り抜けるときは、大きな真っ白な俎板、(大の男一人くらいなら横たわらせられる大きさ、)俎板の上で銀色に輝く大鋸、(峠の向こう側で放し飼いにされてる神戸牛を一頭からここで捌いている、)そして割烹着のまま上りがまちで仮眠をとってる煙草臭い大女の料理長(大の大人の男一人よりもデカい牛を難無く捌ける)・・・の横を静かに通り抜けた。

 車は裏口を出てすぐの野菜畑の小道に停めてあった。テントウムシのような、否、鮮血のような鮮やかな赤のオープンカー、卑弥呼。

開放的な運転席には、スカーフで髪を巻き、白地に黒の水玉模様のワンピース、大振りなイヤリング、レトロガールの出で立ちで濃いサングラスをかけた女が欠伸を噛み、ハンドル上部に片手をかけ、座って待っていた。この目立つ個性的な車は社用車ではない。庭付きの広い私有地を楽園の近所に持つ有名太夫が大姉さんの片棒を担ぐらしい。ここから先は・・・

流石、悪の道もやり方が派手なものだ。

「後ろの席に積んで。そぉっとね・・・」

「シートベルトかけましょうか?」リキヤが提案した。

「そうね!うん、お願い」

大姉さんは眠る簀巻き男の頭部を抱えてそのまま車に乗り込み、シートに着席した。

「このまま山を下るんですか?」

「そう」運転席の女が答える。サングラスを上げ、兄妹二人の顔を良く見ようとする、その顔を、リキヤはどこかで見たことがあった。CMかどこかで。

「ボク達は?一緒に街へ乗って行く?」

「いいえ、自分等はまたの機会にしときます」妹がうっかり行く等と答える前に素早く断る。そんな簡単についでみたいに消されてはかなわない。

「ありがとう、お礼はまた今度・・・」

「いいえ、別に結構ですよ。もう充分、日頃から良くして貰ってます」

「そんなわけには・・・また後で・・・」

車が発進した。大姉さんは首を捻り兄妹を見詰めてまだ何か言いかけていたが、車は急加速し、銀の自動開閉門を抜け出て行ってしまった。

「もうっ、お兄ちゃん!」内弁慶な妹が大姉さんには一言も口をきけなかった癖して、兄を小突いた。「私一人だけでも女子会お出掛けに付き合わせて貰いたかったのにぃ!」

「分不相応だろ」兄は妹を見下ろした。「お前、何も気付かなかったか?」

「は?何によ?」やはり、能天気な妹は自分達がどんな犯罪の片棒を担がせられたか、まるで気が付いてないようだ・・・

「噂は本当なのかも知れないぞ・・・」兄は喉の奥で唸った。





 続く!

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