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純文学(短編)

大樹

作者: 水瀬白龍

 ある日、公園に散歩に行った男は、一人の青年が絵を描いているのを見つけた。彼は地面に立てたキャンバスに向かって筆を動かしている。時折どこかに顔を上げていたため、男がその視線の先を追えば、そこには大樹がそびえていた。成程、彼はその大樹を描いているのかと、男は足を止めてその木を見上げる。それは立派な大樹であった。空に届きそうなほど背が高く、幹も驚くほど太い。その幹から枝が何本も分かれ、青々とした葉が茂っている。なんとも見事なものだと、男は感嘆した。

 その青年は真剣な表情でその大樹とキャンバスに視線を行き来させながら、筆を一心に動かしていた。これほど素晴らしい大樹をまさか絵で表現できるものなのかと、男はつい気になってしまい、邪魔をしてはいけないと思いつつも彼の背後に忍び寄り、キャンバスを覗き込む。男は息を飲んだ。というのも、そこにはあの天までそびえたつ大樹など描かれておらず、枯れ木が描かれていたのだ。

 幹には苔が生え、枝は細くなり、葉は全て落ちていた。あの目を見張る風格はなく、まごうことなく哀れな枯れ木だ。あの力強さはどこへ行ったのか、ひっそりと描かれた大樹は今にも倒れそうな有様であった。

 もしや、彼は全く別の木を描いているのかもしれない。男はそう思い辺りを見回したが、このような枯れ木などどこにも見当たならかった。ならば一体彼は何を描いているのか、男は気になって仕方がなくなり、ついに若い青年に声をかけた。


「あの、集中なさっているところ申し訳ないが。貴方は何をお描きになっているのかな」


 すると青年は筆を止めて、男の方へ振り向いた。


「はぁ、僕の絵にご興味があるので」

「少々気になってしまってね。後ろから覗かせてもらったよ」

「こうしてよくここに絵を描きに来るんですよ。ここは美しい芝生も川もありますからね。そこにある絵も、全部この公園で描いたものです。どうぞご覧になってください」


 そう言って青年が指を指した先に、キャンバスが積み重なっていた。それらを手にとって見てみると、どれも絵が描かれている。それは赤茶色の土が一面に広がっている大地の絵であったり、細長く掘られた地面が延々と続く絵であった。これらもこの公園で描かれたものと彼は言っているが、はて、このような場所がここにあっただろうか。


「これは本当にここで描いたものなのかい」

「えぇ、どれも確かにこの公園の風景を描いたものですよ。今描いているのも、あの大樹の絵です。ほら、ここからよく見えるでしょう」


 そして、やはり青年は男が先程見上げていたあの大樹を指さす。


「失礼だが、今貴方が描いている絵とは随分違うようだ」

「これは手厳しい。僕は絵描きではありませんから、そう上手くありませんよ」

「いや、絵は素人の私から見てもそれはお上手だ。あぁ、もしかして、見たままを描いている訳ではないのかな」

「いえ、見たままを描いていますよ。僕の腕もまだまだという訳です」


 そう言って、青年は筆を置いた。彼は自分の絵と大樹を交互に見てから、大きく頷く。


「貴方は色々言いますがね、僕はこの絵で納得できるのですよ」

「いや、失礼した。とてもお上手だ」


 男も一先ず納得することにした。そこにそびえている大樹とは随分違う枯れ木の絵ではあるが、枯れ木の絵として見れば、それは優れたものだと思ったのだ。もしや、彼は人とは違う才を持っているのかもしれない。芸術家とはどこか人と異なる視点を持っているものだ。

 青年は男の言葉に嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます。そのように言っていただけたのは初めてですよ。そうだ、お礼に是非貴方の絵を描かせてくださいませんか。僕の絵はたいしたものではありませんが、記念に差し上げますよ」

「そうか、では是非お願いしようかな」


 男は青年の前に立った。誰かに絵を描いてもらったことなどなかった男は、大変楽しみに待っていた。一体、どのような絵になるのだろうか。

 青年はすぐに筆を置き、キャンパスと男を交互に見てから大きく頷く。


「うん、我ながらそっくりに描けたと思いますよ」

「おや、それは楽しみだ。私にも見せてくれないかね」

「えぇ、差し上げますよ」


 青年は満足そうにキャンバスを男に渡した。男はその受け取った絵を見て、大層驚いた。

 そこに描かれていたのは、一体の骸骨であった。


 (終)


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