夜会 1
「レアン・スタイツ伯爵さまとアリシア・ダナン侯爵令嬢、ご入場です」
呼び出しの声に合わせてレアンとアリシアは手を取り合って赤いカーテンをくぐる。
アリシアの足元でふんわりとなびく淡いゴールドのチュールレース。
シャンデリアが照らし出す大広間はシャンパンゴールドに輝いてふたりを迎えた。
大きく広がる大理石の床はシャンデリアの光を受けてきらめき、赤い絨毯が敷かれた階段は王族たちが控える壇上へと続いている。
レアンとアリシアはそちらに向かって美しい礼をとり、会場内へと滑り込んでいった。
(もう少し何か感情が動くかと思ったけれど……何もないわね)
壇上には王太子ペドロやミラの姿もあったが、アリシアは特に何も感じなかった。
(まったく平常心だわ。遠い他人といったところね)
アリシアにとって気になるのは、自分の手を取り隣で笑みを浮かべている男性だけだ。
(王族相手に何も感じないというのは不敬に繋がりそうだけど……まぁ、大丈夫でしょ)
アリシアは背筋を伸ばして会場内を進む。
三曲ほど踊って婚約したことを伝えれば、今夜の目的は果たされるのだ。
たいしたことはない。
「まぁ、ダナン侯爵令嬢よ」
「元の皇太子殿下の婚約者よね?」
「そうよ。あら、あの男性はどなたかしら?」
「新しい婚約者という噂よ」
「でも伯爵よ?」
「伯爵? 王太子殿下の元婚約者で公爵令嬢だというのに……新しい婚約者が伯爵?」
「ダナン侯爵家には息子さんがいなくて娘さんおひとりですから……」
「あぁ、婿に入るのなら納得ですわ」
貴族たちのさざめく声が広間に響いてアリシアの耳にも届いた。
「アリシア、気にしちゃダメだよ」
「わかっているわ、レアン。わたしは気にしてないわよ」
アリシアは婚約者に笑みを浮かべてみせた。
ふんわりとした笑みを浮かべるアリシアを見て、レアンは安堵の溜息をついた。
正直なところ、彼は心配していたのだ。
悪意に満ちた視線や噂話に彼女が傷付くのではないか、と。
ところが、アリシアは平気そうな表情を浮かべている。
(私の婚約者は案外強い。そして美しい。ここは美しいアリシアを奪われないように私が頑張るべき場面かな?)
などと思いながら、レアンは会場を見渡す。
貴族たちはあちらこちらで小さなグループを作っているが、視線はこちらに向いていた。
(『元王太子婚約者の新しい婚約者』として、私は注目の的だな)
緩やかな曲線を描く高い天井は美しい絵画とレリーフで覆われている。
大きなシャンデリアがそこを照らせば、明るく美しく浮かび上がる部分もあれば闇に沈み込む部分もある。
(差し詰め私は闇の存在)
レアンはスタイツ伯爵家に引き取られ、隠されるようにして育てられた。
隠す、と、なれば伯爵位は都合が良い。
ギリギリ高位貴族に属する伯爵位なら男爵・子爵に振り回されることもないし、事情を薄々は察している上位貴族たちに社交を無理強いされることもない。
礼儀はキチンと仕込まれたものの、夜会への出席などは必要最低限しか求められなかった。
王族主催の夜会ともなればなおのこと。
レアンが伯爵位を継いだのち、国王主催の夜会に招かれたことはない。
隠されることや無視されることには慣れているレアンだったが、注目されることには不慣れだ。
こちらをチラチラ見ながらコソコソとヒソヒソ話をしている貴族たちの姿は正直気になる。
(私は不快だが……アリシアは慣れてしまっているようだ)
回りが興味津々といった感じで見てくるのを、アリシアは澄ました顔でいなしていた。
心強いと思う一方、そうなるより他に手がない状況だったのだと思い知らされる。
(どれだけ酷い環境に置かれていたのか……)
レアンの心が痛む。
楽団による演奏が始まり、壇上から王族たちが降りてくる。
(アイツが元婚約者の王太子か……)
赤い髪に金の瞳の王太子はピンク髪の令嬢の手を取り機嫌良さそうな笑みを浮かべていた。
(事情を全て知っていたとは思わないが……アリシアを傷付けたことは許せない)
ペドロを睨みつけるレアンにアリシアが話しかける。
「そんな顔しないでレアン。終わったことよ。それに、この後はダンスがあるわ」
「そうだね。婚約者同士のダンスだ。三回は踊らなきゃ」
「ふふ。そうね」
笑ってみせるアリシアに笑みを返しつつもレアンの胸中は複雑だ。
(守ってあげたいのに気を使わせてしまって……まだまだだな、私も)
王族たちが踊る一曲目が終わった。
「さぁ私たちの出番だ」
「そうね。思い切り見せつけてやるわ」
耳元でささやき合ったふたりは、ダンスフロアに滑り出した。




