叶えられぬ夢
高嶋麗良を名乗ってはや17年。今思えばつまらない人生だった。本ばかりを読み、誰かと会話した覚えなんてほとんどない。私はこれからも、そんな人生を送るのだろうか。
「まもなく、――電車が到着します。危険ですので、白線までお下がりください。まもなく……」
……いっそのこと、線路に飛び出してしまおうか。
麗良は足を白線に進める。
「いっ…!」
瞬間、頭に激痛が走った。視界が歪み、足元がおぼつかない。とりあえず、他の人にぶつからないように避けないと……。
ズルッ。
「え……?」
いつの間にか視界は驚く程に鮮明になっていて、顔を歪める人々が私の目に映った。
嘘、うそうそ……私、死ぬの?冗談だった。死ぬつもりなんてなかった。……あぁ、こういう時に人は走馬灯を見るというが、私にはそれを見る思い出もないというのか。
ドンッ!
「――!」
騒がしい。痛い。自然とうるさくはない。痛い。
「りら!」
今誰か、私を呼んだ?……走馬灯。お母さん……だろうか、よく分からない。少しくらい、私にも思うものがあったのか……。
“くだらない”。そこで高嶋麗良は終わった。
「……ぇ」
声にならない声が、喉をかすめた。生きているのかと目を開くと、とたんに、視界が光で埋め尽くされ、優しく、しかし張りのある声が聞こえた。
〝榊麗良17歳死去、まだ生きられる人生を、我々神の手違いによりなくしてしまった。謝罪の気持ちを込め、本来20歳以上しか認めていない“転生”を認める。なお、転生先は、貴女にとって最高の居場所になることを保証する〟
そんな言葉が、私の脳内に響いた。
「……はぁっ?!それってどうゆう…!」
「ひっ…!」
とたんに、先程とは違う高く震えた声が聞こえた。
「誰かいるっ…の……って」
そう言って辺りを見渡した私は、そこがもう光に包まれた世界ではないことに気づいた。
「どこよ、ここ……」
そこは、病院でも、思い出したくは無いけれど、私が死んだ線路上でもなかった。
3人でも十分に寝れそうなカーテンのついた大きなベッド。青く統一された豪華な家具たち。部屋を明るく照らすシャンデリアに、花瓶に美しく身を収める青いバラ。
まるで……「お姫様の住む部屋」。
「あ、あの…リラ様…?」
「はい?」
「ひっ!ごめんなさいっ…!」
声がした方に顔を向けると、可愛い顔立ちをした女性が、酷く怯えた表情をして立っていた。
……そんなに怖い声…あるいは表情をしているのだろうか。
「あの……何をそんなに怯えているのですか?」
歳は近いように見えるが、知りもしない人だから、一応敬語を使って話しかけた。するとその女性は、呆気に取られた表情をして私を見た。…かと思えば、血相を変えすごい剣幕で大きく息を吸った。
……忙しい人だな。
「何をおっしゃっているのですか?!私めに敬語などお使いになって……やめてください!」
それは、尊敬と言うよりも、そうしては自分の身が危ない、というようだった。
「ええと、ごめんなさい……?」
女性は、有り得ないと、はっきり顔に書いてあった。失礼な、とムッとした顔をしてみせた。
「〜っ!ちょっと出てきます!」
そう言って女性は部屋から出ていった。
……意味が分からない。色々なことが一気にありすぎて気を取られていたが、1番気にしなければならないのは、謎の声とその内容だ。
……あいつ、我々神の手違いとか言ってなかった?ていうかそもそも、神って存在したの?あぁ、そうじゃなくて……!
「ふぅ……」
多分、あれは神の声ってやつで(そう信じるしかない)、私が死んだのは、その人と別の神たちの手違い。頭痛は、そういうことだろう。だから、そのお詫びとして、20歳以上しか認めていない転生を、私には認めた。しかも、この転生先とやらは、私にとって最高の居場所になる……。
「勝手すぎない?!」
思わず大きな声が出た。こんな部屋だ。きっと早々部屋の外には聞こえないだろうけど、シンプルに恥ずかしい。なんて、そんな事はどうでも良くて。
なになに、じゃあ私は神、しかも1人じゃなくて複数の神が起こした間違いで死んでしまったの?そんな馬鹿らしい話があるというの?
でも、確かにここは全く知りもしない場所だ。ここが、私にとって最高の居場所になる……。
『ねぇママ!私もお姫様になれるかな?』
ふと、小さい頃の記憶が頭をよぎった。
きらびやかな部屋に、最高の居場所。もしかして……もしかしてだけど、神は、そんな阿呆臭い夢を、叶えてくれるというのだろうか?
私は……私は今、どんな顔をしているのだろう。複雑なこの感情を、自分の表情が語ってくれるのではと、私は辺りを見渡し見つけた全身鏡の前に立った。
「……貴女は」
誰?私ではないその顔に、そう言いたかったけれど、知っているような気がしたのだ。
つり上がって凛とした瞳。綺麗な形をした高い鼻。潤った薄い唇。白く透き通った肌。
「…知ってる」
勝手に口がそう言った。その瞬間、また頭痛が私を襲った。
『姉ちゃん、それ面白い?』
そう言いながら“前世の”私に向かってくるのは、今年中学一年生となった麗良の弟、俊だ。
『……』
麗良は黙ったままだが、それを気にもとめず積み上げられた1番上にある本を手にとって、声を上げる。
『うわっ、悪役令嬢かぁ…。勇者とか、それこそチートものとかないの?』
『っるさい!今集中してるんだからあっちいって!』
『へぇへぇ。……うっさいのはそっちじゃん』
ボソッと聞こえた文句に多少のイラつきを覚えるが、麗良は見向きもせずに本を読み続ける。
『悪役令嬢が主題じゃないし……そもそも悪役令嬢ってヒロインを邪魔するからあんまし好きじゃないんだよなぁ……やっぱりヒロインでしょ』
そんなことをぶつぶつと呟きながら、麗良は次々とページをめくる。
『あっ…』
そのページには、悪役令嬢がヒロインをいじめる場面が描かれている。
『えいっ』
私はそんな悪役令嬢に、デコピンをしてみせた。我ながら痛い女だ、そう思った。
「はっ…!」
いつの間にか頭痛はおさまり、それが以前私が弟と会話した時の記憶だということ……そして、その会話こそが、この容姿を表していることに気づいた。
「リラ・エイベル……」
確信。その言葉が1番合っていた。でも……そんな確信、できれば欲しくなかった。だって…。
私が前世で読み漁っていた「お姫様は悪役令嬢に立ち向かう」、通称「姫悪」には、不覚にも私と同じ名前の悪役令嬢がいた。ヒロインをいじめる、最低最悪の人間……それこそが、“リラ”。
私の小さい頃に願った、そして転生して初めこそもしかしてを望んだ“お姫様”。
第2の人生でも、それは叶えられそうにはなかった。