夢を見たっていいじゃない?
「ねぇママ!私もお姫様になれるかな?」
お母さんの膝の上にのって、麗良が読んでもらっていた絵本の表紙には、かわいいピンクのドレスを着たお姫様が描かれている。
「そうねぇ……麗良はかわいいから、今よりもーっといい子になったらなれるかもね」
「ほんと?!りらいい子になる!」
物語の中のお姫様は、世界中の女の子の憧れであり、夢だ。
その憧れになれるというのなら、現実を知るまではなんだってする。それは、人間の本能といっても過言ではない。
「うんうん。今から夜ご飯作るんだけど、手伝ってくれる?」
「うん!りら、いい子だから!」
信じて生きるのが、子供の特性だ。だから、裏切られた時の悲しみは測りきれない。
でも、落ち込むのはまだ早いのではないだろうか。だってそれはまだ、“叶えられる願い”かもしれない。
信じて生きるのが、子供の特性。だけれど、現実を知った後に何を信じて生きるかは、特性でもなんでもない。その人次第だ。
ただひとつ言えることがあるとしたら、「可能性を追いかける者ほど幸せな顔をした者はいない」、ということ。
馬鹿にされても、笑われても、可能性がほぼゼロでも。走ってみるのも悪くないのではないだろうか。
これは、少しおかしいけれど、それを信じ走った“夢”物語だ。