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学校一美少女なあの子が、俺の推しの底辺Vtuberだった

作者: 藤崎珠里

「話って何?」


 完璧な笑みを浮かべてこちらを見るのは、(あかね)美虹(みく)さん。

 オーラだけでも圧倒されるような、とてつもない美少女である。顔面の圧がほんとにヤバい。目がつぶれそう。

 なので俺は目を細めて、彼女の()にだけ集中した。


「いや、大した話じゃないんだけど、ちょっと訊きたいことあって」

「……うん」


 変な顔になっているだろう俺を不思議そうに見ながらも、茜さんはただうなずいた。もっとその辺の雑草を見るような対応をされるかと思っていたけど、案外普通だな。

 そんな失礼なことを考えつつも、この少しの会話で、俺はとあることを確信した。


 目を細めたまま、遠慮なくその問いを口にする。




「もし違ったら忘れてほしいんだけど――ガランス・シエルって茜さんだったりする?」


「……………………うぇっ?」




 こぼれそうなくらい、目を見開いて。

 茜さんは固まった。


 これは確定だな。

 茜美虹さんは――俺の推しVtuber、ガランス・シエルである。



     * * *



 ガランス・シエル。企業所属ではなく個人勢で、デビューから二年以上経つのに、登録者数は二十六人。言葉は悪いが、底辺Vtuberと称されるようなVだ。

 モデルはただのイラストで、それも小学生の落書きレベルの女の子の絵。マイクだって安物を使っているのか、ノイズがあるし音質も悪い。ゲーム実況メインで活動しているのに、配信中無言の時間が多い。サムネは動画から自動で生成されるものしか使わない。


 と、まあ、人気のない理由については大体そんなものだ。

 だけど俺の推しである。そこには割といろいろな理由があるのだが、一旦割愛。




「な、なな、なんでっ、私がその……がら? なんちゃら? だって思ったの?」


 全校生徒の憧れの的である茜さんが、かわいそうなくらいに挙動不審になっている。

 大きな目をそわそわとあちこちに向け、美しい黒髪を無意味に手でいじる。綺麗な色の唇はぎゅっと引き結ばれて、緊張するように震えていた。


 ……やば、ガランスだって確定して興奮したせいで目開けてた。

 本当は目をつぶりたいところだが、忙しい茜さんを呼び出しておいて、目も合わせないなんて失礼すぎる。

 なので俺はまた、可能な限り目を細めた。


「いや、普通に声で……」

「あんな音質悪い声じゃわかるわけないよね!?」


 それ、言っちゃってんじゃん。自分で白状しちゃってんじゃん。

 そんだけ動揺させてしまったんだと思うと、ちょっと申し訳ない。


「ガランスの配信、全部見てるから」

「……全部?」

「全部」

「…………めちゃくちゃ多くない?」

「大体一時間配信だから意外と見れるよ」


 ガランスの配信はほぼ毎日あるが、長時間配信は行わない。追いやすくて助かる。

 まあ、配信歴二年以上ともなると確かにかなり多いんだけど。

 今からアーカイブで全部追うのは厳しいだろうが、幸いにも俺は、デビュー直後に彼女を見つけた。


「……待って、きみ、森田(もりた)くんだったよね」


 はっと、何かに気づいたような顔をする茜さん。

 他クラスなのになんで名前知って……あ、呼び出したときに名乗ったからか。あれだけで覚えてくれるの、すごいな。


「も、もしかして、よくコメントくれるあのモリタさん!?」

「え、覚えてるんだ」

「ほぼモリタさんのコメしかつかないのに、覚えてないわけないよ!? チャンネル登録してくれた一人目だし……。でも本名でネットしないほうがいいと思う……」

「カタカナのモリタとかどこにでもある名前かなって」


 認知されていると思ってなかったからびっくりだった。コメントに反応されたことも一切なかったのに。

 推しが俺のことを知ってくれてるの、意外と嬉しいな。別にそういうのどうでもいいと思ってたはずなんだけど、めちゃくちゃ嬉しい。


「もうガランスだってこと隠さなくていいの?」

「完璧にバレてるんじゃ、隠す意味もないよ」


 苦い顔で、茜さんはため息をつく。

 あの茜美虹さんにこんな顔をさせたと知られたら、俺は親衛隊に命を狙われるかもしれない。


「でも、そっかぁ……モリタさんだったか」


 なぜか一気に警戒を解いて、茜さんはふにゃっと笑った。


「モリタさんなら私のこと脅すとかなさそうだけど、私がガラなんちゃらだって知って、どうしたいの?」

「脅すって物騒な……。隠さないのにガラなんちゃらって言うんだ」

「あの名前を私として言うのはなんとなく恥ずかしいの!」

「わかった」


 そこで恥ずかしがる感覚はわからないが、推しが恥ずかしいと言うのなら突っ込んではいけない。

 しかし『モリタさんなら』って信頼のされ方は何なんだろう。荒らしとかしたことないからかな。


「どうしたいって訊かれても……特に考えてはなかったんだけど、えっと。言いたいこと、が、ある?」


 自分でも首をかしげてしまう。


 ガランスと茜さんの声が似ている、と気づいたのは今日だ。

 気づいたらなんだか居ても立ってもいられず、即座に茜さんに声をかけて、放課後体育館裏に来てくれないかとお願いをして……今に至る。

 本当に衝動的な行動で、確かめたい、という気持ちしかなかった。


 茜さんは同じ学年だけど、今日まで声すら聞いたことがなかった。クラスが離れているし、そもそも『見た目も言動もお人形みたい』だと言われるくらいに口数が少ないらしい。

 今日はたまたま廊下ですれ違って、たまたまご友人に相槌を打っている声が耳に入ってきて、あれ? と思った。

 毎日聴いている、ガランスの声にしか聞こえなかったから。


「でもコメント見てもらえてるなら、言う意味もないかな」


 言いたいことは基本すべて、配信中のコメントで伝えている。それを見てもらえていたのなら、別に直接伝える必要はないだろう。

 そう思ったのに、なぜか茜さんはぎょっとしたように、「すっごい意味あるから!」と叫んだ。


「聞きたい! 聞かせて!」


 目を細めていても伝わってくる、顔面のキラキラ度。

 うっ、とのけぞってから、俺は頑張って目を開いた。目がつぶれそうでも、こういう気持ちを伝えるときはちゃんとしたい。

 もごつかないように、頭の中でしっかり文章を組み立てて……よし。

 

「大好きです。ガランスさんに出会ったおかげで、つらい時期も乗り越えられました。これからも体に気をつけて、無理はしないで、楽しめる範囲で活動を続けてもらえると嬉しいです。応援してます」


 全部、今までコメントしたことがある言葉だ。

 だから新鮮味もなく、特に嬉しいものでもないと思ったのだが――茜さんはまあるく目を見開いて、何かを言おうと、ほんの少し口も開く。


 それから、何も言えずに口を閉じ、くしゃりと顔をゆがめた。


「あ、茜さん!? どうした!?」

「なんでもない゛……」

「そっか……」


 絶対なんでもなくないが、突っ込んだほうがいいのかスルーしたほうがいいのかわからない。

 だけど茜さんの目から、ぼろっと大きすぎる涙がこぼれてしまったから、俺は無言でおろおろするしかなかった。ポケットの中のハンカチが、今日一度も使っていない綺麗なものだったら、即座に差し出せたのだが。


「ご、ごめ……っすぐ……、ひっ、ぅ……な、泣きやむから……」

「頑張らないと泣き止めないなら、頑張らなくていいんじゃないか……? 俺のことはその辺のモアイ像だと思っていいから」

「意味わかんない……」


 泣きながら、ほんのちょっとだけ茜さんが笑う。

 俺の顔はちょっとモアイ像に似ていると、友人たちの間では評判なのだ。嬉しくない評判である。


 泣く茜さんを人目から隠したくて、人が来そうな方向を塞ぐように立つ。

 茜さんは、そう時間をかけずに泣き止んだ。


「……ご迷惑とご心配をおかけして誠に申し訳ない……」

「心配はしたけど迷惑じゃなかったよ。むしろ俺の言葉が迷惑だった?」

「そんなわけない! あの、モリタさん」


 目尻に残る涙を、茜さんは曲げた指で拭いとる。


「よければ、本当によければなんだけど――私と友達になって、くれませんか」


 えっ、やだ。


 反射的に思った言葉を、反射的に口にしなかった俺は大分偉かったと思う。

 いや……推しと友達とか、嫌じゃないか? 少なくとも俺は嫌だ。少し遠い場所で推させてほしい。


 でも、やだって言ったら、また泣くんだろうか。


 ……ガランスは結構、配信中に泣く。

 シナリオのあるゲームしかやらないのだが、そのシナリオがよかったら、感極まって泣く。ガランスはいいところ探しがめちゃくちゃ、それはもうめちゃくちゃ上手いので、基本泣く。

 正直それが見たくて追っているところもあるのだが、ゲーム以外で泣かれるのは普通に嫌だ。

 


「…………いいよ」


 

 絞り出した返事に、茜さんの顔がぱあああっと明るくなる。発光してる。もしかしたら後光が差しているのかもしれない。


「ありがとう! 嬉しい!!」

「……それはよかった……」

「連絡先交換しよ!」

「あー、うん……どうぞ」


 SNSの鍵アカウントを、互いにフォローし合う。

 茜さんのアカウントは、何の写真の投稿もなかった。フォローフォロワーはそこそこいるから、連絡手段としてしか使っていないのかもしれない。

 まあ俺のアカウントも似たようなものだ。写真なんて、たまに見かける野良猫をアップするくらいだから。


「ふふ。猫、かわいいね」


 あなたのほうが可愛いですけど、とはもちろん言えないので、俺はまた目を細めて「どうも」とだけ返した。




 その日のガランスの配信も、いつもどおりだった。

 知名度ゼロなフリーゲームを探してきて、無言プレイ。時折息を呑む音や、ほんの小さな笑い声や歓声なんかが聞こえる。

 三十分ほどで一つ目のエンドをクリアして――そこからは怒涛の感想タイムである。



『ねえ、ミレルさんいい人すぎない!? 他のキャラが最悪すぎるからほんとに救い……裏切られるかもってびくびくしてたけど、結局ずっと味方でいてくれて嬉しかったな~! こんな人から名前つけてもらえるの、今までの人生の苦しみが帳消しになるくらいの幸運じゃない!? いや……シアちゃんでもないのに私がそんなこと言えないんだけどさ。なんでこの世界こんなにシアちゃんに優しくないの? 私が神様だったら素敵な人だけ保護して他全部滅ぼすよ……』


『あとあのっ、鍵のフレーバーテキスト! あれだけでプレイヤーはさぁ……あっ、って察しちゃうじゃん……。うぅ、ミレルさん……世界、ほんとにシアちゃんに優しくなさすぎてムリ。気づかなかったの、シアちゃんにとってはよかったのかなぁ。またいい人と出会えたらいいな、シアちゃん……』


『ごめんなさい、が口癖っぽかったけど、これからは変わるかな? 強くなって、幸せになってねシアちゃん……。シアちゃんが幸せにならなきゃ、プレイヤーとゲームの作者がミレルさんにぼこぼこにされそう。私シアちゃんが好きになったホットケーキ焼くの超絶うまいから、許されないかな……。いや! シアちゃんには幸せになってほしいんだけど! 幸せにするために頑張る心算はある!』


『最後のスチル、よかったねえ……。シアちゃんの手がさ、開いてるんだよね。立ち絵とかここまでの絵だと、ぎゅってすっごい強く拳握ってるじゃん。あれをしなくてよくなったくらい、怖いものがなくなったのかな……心が軽くなったのかな……。これ全然見当違いだったらほんと恥ずかしいんだけど』



 ちなみにこれらすべて、泣きながら語っている。

 よくこんなに感情全開で話せるなぁ、と毎回感嘆してしまう。細かい部分までよく覚えているものだ。


 この怒涛の感想に慣れきっている身としては、学校での茜さんが全然しゃべらないというのが想像できない。


 茜美虹さんは物静かで、必要最低限のことしか話さなくて、笑うときはすごく控えめで、それ以外に表情を動かすことはめったにないらしい。

 俺が聞いていた人物像はそんな感じ。

 やっぱりなんか、人気者だといろいろあるんだろうか。大変だな……。


 配信が一時間に達するころ、『それじゃあ今日もこの辺りで。おつかれ!』と締められた。

 おつ、とコメントしてパソコンを閉じると、そう間を置かずにスマホにメッセージが届く。


《miku:コメントありがとう!》


 …………やっぱ推しと友達ってなんか、なんかな。

 嫌じゃないし嬉しいけど、求めていることは十分満たされたうえでコレは、どう受け止めていいのかわからなくなる。



     * * *



 茜さんと友達になっても、日々の生活はそう変わらなかった。茜さんと挨拶をする回数が増えて、たまに気軽なメッセージのやりとりなんかをして。その程度。

 彼女曰く、本当は俺と一緒にどこかへ遊びにいったりもしたいらしいのだが、誤解されるのも噂されるのも嫌だから泣く泣く我慢しているのだとか。


《森田 航大(こうだい):人のいなそうな場所で遊べば平気なんじゃ?》


 つい送ってしまってから、まずい返信だったかな、と思う。遊ぶための案を積極的に出すなんて、下心ありきで近づいたんだとか勘違いされないだろうか。

 別に俺は遊びたくない。

 ガランスの配信が観れるだけでいいし、ガランスの配信ができるくらい、茜さんが元気でいてくれればそれでいいのに。


 それからしばらく返信がなかったが、立て続けにいくつかのURLが送られてきた。寂れた駅近くのカフェだとか、ラーメン屋さんだとか、馬刺し屋さんだとか。

 茜さん的に、今まで食べたことがない馬刺しが一番気になっているらしい。


《森田 航大:ごめん、馬刺しは勇気出ない…》


《miku:ならやめとこっか!》

《miku:無難にカフェにしとこ》

《miku:ゆっくり話せそうだし!》


《森田 航大:じゃあ、ラーメンはまた今度行こ》



《miku:ありがとう》



 最後の返信までに不自然な間があった気がしたが、まあずっと画面を見ているわけでもないだろう。

 そうして次の日曜日、茜さんと一緒にカフェへ行くことになった。

 女子と休日に出かけるとか、なんかやばいことしてるな、俺。しかも相手があの茜さんだぞ。


 緊張しながら向かった待ち合わせ場所。

 すでに来ていた茜さんは、俺に気づいて微笑みながら手を振ってきた。

 フリルのついた茶色いニットに、白いショートパンツ。アイボリーのコートが大人っぽい。ブーツのヒールは高く、視線が俺とほぼ同じ高さになっていた。いつも下されている髪の毛は、ふわふわとひとつにまとめられている。


 眩しすぎる。


 最近はようやく、目を細めなくても挨拶できるようになっていたというのに、今日は目をつぶらざるを得なかった。

 特にあの太もも、たぶん俺が見ちゃいけないものだ。


 とはいえ挨拶をするときには目を合わせたいので、なんとか数ミリ目を開く。


「こんな顔でごめん。おはよう」

「おはよー。大丈夫だよ、慣れた」


 俺が茜さんの顔の良さに慣れるより、茜さんが俺の変顔に慣れるほうが早かったらしい。

 わがままかもしれないが、慣れないでほしかった。


「ほんとなんもない駅でびっくりした」

「ふふ、ね。でも森田くん、その目で見えてるの?」

「今は見えてないけど、目つぶる前にちょっと見えてた」

「ふふふふ」


 茜さんはよく笑う。だけど毎回その破壊力は変わらなくて、目をつぶっていなかったら、たぶん見惚れて動けなくなる。

 茜さんの周りの人たちは、よく固まらずに普通に生きていられるものだ。


 十分ほど歩いて、これまた寂れた外観のカフェに入る。中に他の客はいなかった。

 シックな内装で、流れるクラシック音楽がいい感じ。注文したコーヒーとケーキも美味しかった。


「もっと人のいるとこで店やればいいのにな……」

「利益とかは度外視なのかもね。こういう落ち着くカフェ、すごい好きだなぁ。他のお客さまがいないのも、私たちだけ世界から切り取られたみたいな不思議な感覚になって……。あとこのソファもすごくふかふかで気持ちいい! ね、あとで森田くんもこっち座ってみて。私も椅子のほう座ってみたいな。このお砂糖入れも可愛いねぇ。こっちから見るとお日さまできらきらしてて、余計に綺麗なの」


 にこにこ、茜さんは楽しそうだ。

 こういう語りを聞くと、ガランスだなぁと思う。俺はあんまり好きなもの語りをするのが得意ではないから、少し憧れる。

 相槌を打ちながら微笑ましく聞いていたら、茜さんははっとして、申し訳なさそうに眉を下げた。


「あ、ごめんね……。喋りすぎだよね、私。モリタさん相手なら好きに喋っていいと思ったら、気を抜きすぎた……」

「? いいよ、好きに喋って。聞いてて楽しいし。俺の今いる場所って、なんかすごいいい場所なんだなって思えて嬉しいし」

「うわっ、モリタさんだ……ありがとうございます……」


 よくわからないコメントをして、茜さんは俺を眩しそうに見つめてきた。……俺がその顔をするならわかるんだけど、なんで茜さんがするんだ?


「でも、せっかくだし森田くんのお話も何か聞きたいな。話しづらかったら、私に訊きたいこととかでもいいし……もしあれば、だけど」

「なら、茜さんってなんで俺と友達になりたかったの」

「……それ、今さら訊く?」

「ずっと気になってたけど、機会がなくて」


 えー、と茜さんは少し照れくさそうに頰をかいた。


「……ありのままの私を、ありのままに受け止めてくれそうだったから、かな。コメントが、すごく好きだったの」

「そんな特殊なコメントしたっけ?」

「私にとってはね。いつも本当にありがとう!」

「こちらこそありがとう」


 ありがとう、じゃ足りないくらい、俺はガランスに――茜さんに、感謝しているのだ。

 何度もコメントして、こうして友達になってからも伝えているつもりだけど、きっと全然伝わっていないんだろうな。

 ……まあ、あなたに救われました、なんて言葉を尽くして言われたところで怖いだけだろう。今くらいでちょうどいいのだ、きっと。


「そういえば森田くんって、ホラゲ配信のときはコメント少なくなるけど、苦手だったりする?」

「……それでガランスがホラゲ配信減らしたりしないって言うなら、肯定する」

「ふふっ、減らさないよ! 公私混同はしない主義です。コメント少なくてもちゃんと見てくれてるのはわかるからねぇ。私はストーリーがよければどんなゲームでもいけるけど、ホラゲはあの独特の緊張感が好きだな。足音からして他のジャンルとは違うもん。初見じゃ予想できないどっきり入れてくれるのも好き。ゲームの中の『予想外』ってほんと楽しい! 予想できた、と思ってるときに、そこからほんのちょっといい方向にずらしたものを出されると、もう楽しくて楽しくてにっこにこになっちゃう。まあ正直に言っちゃうと、悪い方向にずらされることも多いけど……でも、それをどうしてそっちにずらしたのかな? って考えるのも楽しいし! 結局なんでも楽しいんだからすごいよねぇ」

「なんでも楽しめる茜さんもすごいんだよ」

「ふふっ、ありがとう。森田くんもすごいよ」

「ありがとう?」


 なんですごいって言われたんだろう。褒め返しの流れではなくなかったか?

 首をかしげる俺を見て、茜さんがくすりと笑ってコーヒーを飲む。たったそれだけの動作すら優雅だった。


「そうそう、私今までパソコンでできるゲームしかしてなかったけど、キャプチャーボード買ったからいろいろ配信できるようになるよ! まずはポポモンの最新作やりたいんだよね~! ネームバリューのあるゲームを流行りが終わる前にやるの、ちょっと緊張するけど……まあ、配信があふれかえってるからこそ逆に誰にも見られないよね。最初どの子選ぼうかなぁ、楽しみだな」


 うきうきの茜さんは可愛らしかった。

 俺は炎タイプにしたよ、と言おうかと思ったけど、推しに干渉したいわけじゃないし、やめとこう。


 ガランスの配信はさっくり終わるゲームが多いから、長いシリーズになりそうなゲームセレクトに俺もうきうきである。

 あそことかあそことか、ガランスの感想を聞きたいところがたくさんある。実際に俺もプレイしているからこそできる楽しみ方だ。発売日に買っててよかった。


 そこからはいろんなゲームの話をして、暗くなるころに解散となった。

 ……ふつうにめちゃくちゃ楽しかったな。こんなの友達じゃん。








 友達としての付き合いにも慣れ、変わらず続くガランスの配信も毎日楽しみ――そんな日々が卒業までは毎日続くんだろう、となんの根拠もなく思っていた。


 だけど、一緒に出かけたあの日から数日。

 ガランスの切り抜き動画がSNSでバズった。

 お約束の語り部分だったが、まだまだ旬のゲームだったこともあり、瞬く間に拡散されてしまった。しまった、なんて表現したが、いい意味でのバズりだ。

 だからチャンネル登録者数もぐんぐんと伸び、千人を超え――



 ガランス・シエルは、配信をやめた。




     * * *




 話したいことがある、と呼び出されたのは、先日と同じカフェ。


「――誰にも期待されない場所が欲しかったの」


 諦めたように、茜さんは小さく微笑んだ。

 そんな笑みすら儚くて美しくて、それだけで、彼女が期待されないなんて無理なんだと理解できてしまった。

 

「他人の理想を押し付けられない居場所がほしかった。好き勝手に話しても、だれにも失望されない時間がほしかった」


 茜さんはコーヒーカップを両手で持ち、その水面を遠い目で見つめた。



「チャンネル登録もされないように、わざと全部を適当にして……それなら独り言ででもなんでも勝手に語れ、って話なんだけど、『好き』を一人で語ったって意味ないって思っちゃって。誰かに聞いてもらえるかもしれない、くらいの気持ちでいられるガランスの配信がちょうどよかった」


「モリタさんは大体いつも見ててくれたけど、私の言葉をそのまま純粋に受け取ってくれてたでしょ。ああ、この人も楽しんでくれてるんだな、このゲーム好きになってくれたんだなぁってわかるのが嬉しかった。だから、モリタさんのことはまったく負担に感じなかったの」


「別にね、今までの他の登録者さんたちを負担に感じてたわけじゃないよ。もともと、万が一登録者百人行っちゃったらやめようと思ってたんだ。見てくれてる人を数で判断するのはよくないけど、二桁くらいの人なら、まだ、本当に軽い気持ちで登録したのかなって思えるから。期待とか理想とか考えなくて済む」


「……でもこんなに増えちゃったら。いろいろ言う人も絶対出てくる。こうであってほしい、って理想を押しつけてくる人が絶対いる。それがすごく怖いの」



 そこまで言って、ようやく茜さんはコーヒーを一口飲んだ。そして小さく、ため息のような息をもらす。

 かちゃりとカップを置いた手は、微かに震えていた。


「……こんなくだらない理由で、あなたの好きなガランスを殺してしまって、ごめんなさい」


 ぐしゃりとゆがめられた顔。以前に見た泣き顔より苦しそうなのに、涙がこぼれていないのが不思議なくらいだった。

 きっと今、茜さんの心の中はぐちゃぐちゃだ。本当なら今はただ謝罪を受け入れ、ほうっておくのがいいんだろう。


 そう頭で理解していても、無理だった。

 伝えたい言葉が口をついて出てくる。


「ガランスは茜さんなんだから、ここにいるよ。死んでない。謝る必要なんかない」


 出てきた言葉はともかくとしても、声音が厳しくて自分でびっくりしてしまう。

 もしかして俺、何かに怒ってるのか? ……何に?


 わからないまま、声音を意識的にやわらかくして、話し続ける。


「仮にこれから一生、茜さんが俺の前でガランスみたいな面を見せてくれなくたって、今まで見せてくれたものとか、今までの言葉全部がなかったことにはならない。それにチャンネル自体は残してくれてるし……もし違ったら恥ずかしいんだけど、俺のために残してくれた?」

「そ、れは……」


 真っ青だった顔色に、ほんの少し赤みが差す。図星らしい。

 だって普通に考えたら、茜さんがガランスとしてのチャンネルを残しておく必要はないはずだもんな。


「ありがとう」

「っ……」


 微笑んだら、茜さんは泣いてしまった。声も出さずに、静かにぽろぽろと涙をこぼす。

 もしかしたら、と思っていたことなので、今回はちゃんと綺麗なハンカチを差し出すことができた。

 茜さんはためらいながらも受け取ってくれて、ありがとう、と涙声で言った。


 ……そういえば俺、茜さんの前で笑うの初めてだっけ。


 泣き止むまでの時間は、最初のときと同じくらいだった。

 もっと思う存分泣いてくれてもいいのに。……でも、仕方ないことなんだろうな、とも思う。

 たぶん茜さんは、こういうときに泣くのが苦手だから。


「ハンカチ、ありがとう。洗って返すね」

「いいよ、って言ったところで気にするだろうし、わかった」

「ふふ。ありがとう」


 ほんの少しだけすっきりしたように見えて、ほっとする。

 冷めきったコーヒーを俺も一口飲んで、視線を明後日に飛ばした。


「……あー、あと。もう一個、ついでに言いたいことあって」


 これは別に、言わなくてもいいことだ。

 でもここで言わなければ一生言う機会がないだろうから、言っておきたい。単なるわがままだ。


「うん、なんでも言って」


 真剣な顔でうなずいてくれるのが、なんだか申し訳ない。もっと適当に聞いてくれていいことなんだよ。


「その、えっと。……俺の作ったゲーム、やってくれてありがとう」

「……………………森田くんの作ったゲーム?」

「う、タ、タイトル言うのは恥ずかしいんだけど、えーっと……これ! 覚えてる?」


 ぱっと、スマホで自作ゲームのページを見せる。

 タイトルは『ありのままの君とうそだらけの僕』。


 初めて作ったゲームだった。

 単純なノベルゲームで、エンディングは二つ。ちょっと不思議な出会い方をした高校生の男女が仲よくなって、恋人になるか、あるいは親友になるか、という物語である。

 シナリオ以外、全部フリーのものを借りて作った。初めてのことだらけで大変だったけど、調べれば全部なんとかなった。



 ――現実逃避のために作ったゲームだった。

 作ろうと思ったきっかけは特にない。元々ゲームが好きで、作ってみたいとはぼんやり思っていた。

 それをなんとなく、やってみた。


 あんまり現実のことを考えたくなかったのだ。調べること、試行錯誤すること、考えるべきことが多くて、ゲーム作りはちょうどよかった。

 血の繋がらない両親のことだとか、生まれた弟のことだとか、偽り続けてきた自分のことだとか、全部全部忘れて、ゲームを作った。


 誰にもプレイされなくても構わなかった。

 たとえプレイしてもらえたところで、俺がそれを知る機会はないだろうと――思っていたとき、実況配信をしてくれたVtuberがいた。


 それが、ガランス・シエル。

 俺の推しVtuberである。



「――そのゲームの作者が、モリタさん」


 茜さんは呆然とつぶやく。

 この様子だと、俺のゲームを覚えていてくれたらしい。やってくれた日から、もう二年以上経ってるのに。


「……確かに、初めてコメントくれたの、そのゲームだった」

「うん」

「あの、あのっ、私、そのゲームほんとに、だいすきで」

「知ってる」


 俺のゲームを最後までやりきったガランスは、長い長い息を吐いて、『全部好き!』と叫んだ。


『えっ、待って好きすぎる。ちょっと、あの、えー……だめだこれ、えっと……とりあえずもう一周するね。もう一個のほうのエンド見たい。もう配信始めて一時間経っちゃってるし、明日かな……えっ、でも明日まで我慢するのやだ。今やる。感想は明日の配信でまとめて言うね。一時間で感想言いきれるかな……無理だったら明後日の配信もこのゲームの感想ってことで。それじゃあもう一周してきます』


 早口で言われたその言葉を、俺は今まで何度再生しただろう。一言一句、息遣いまで覚えてしまっているのだから、我ながら気持ち悪い。


 宣言どおり、ガランスは翌日、翌々日の配信ではゲームをやらず、俺のゲームの感想をただただ語った。

 一プレイ一時間ほどで終わるゲームにこんなに語ることがあるのか、と圧倒された。

 ガランスは作者である俺よりも、ゲームへの理解が深かった。そっか、俺はこういう意図でこのセリフを書いたんだな、と逆に気づかされる部分も多々あった。



『もうさぁぁ、全部他人のための嘘じゃん!! 家族とか友達を思う心は本物じゃん……嘘だって貫けば真実になるんだよ……。林くんの嘘は全部優しい。林くんの嘘は閻魔様だって見逃す……。天国行きだよ、いややだ死なないで、生きて。自分だけのためにいっぱい笑ってから死んでほしい、百年くらい生きて。林くんは生まれてきてよかった子だし、これからも生きてていい子だよ! 誰よりも!』



 ……俺は誰かにこんなことを言ってほしかったんだな、と。

 今更気づいたって仕方ないことに気づいて、でも、今更でもなんでも、言ってもらえたことが嬉しくて、泣きながら語るガランスにつられて、俺も泣いてしまった。


「あのとき、ガランスにプレイしてもらえてよかった。……ありがとう」


 あのガランスの配信で、俺は勝手に救われたのだ。


 それがガランス・シエルを推し始めた理由。

 その後、ガランスがどのゲームに対しても同じようなスタンスであることを知ったわけだが、ますます好きになるだけだった。

 感情全開で、全力で好きを語る彼女が好きだった。

 彼女を好きになってから、俺は自分の感情に素直になれるよう頑張った。家族や友人からは、良くも悪くも変わったと言われる。


「ガランス・シエルのことが大好きだし、もちろん同一人物である茜さんのことも好きだ」

「うぇっ」

「だから、謝らないで。茜さんの選択を責める権利は誰も持ってないし、もし俺が持ってたとしても責めない。好きな人の選んだ道を尊重できる人間でいたい……茜さん?」


 なんかいつのまにか、茜さんが真っ赤になってる。


「……あ、俺が好きって言ったから? 気にしないでいいよ、恋愛的意味はないから。いきなり言われたらびっくりするよな、ごめん」

「い、いや……そっか、恋愛的意味はないか。そっか……」

「……あったほうがよかった?」


 茜さんがしょんぼりしてしまったので、ちょっと自惚れた質問をしてみる。

 そのほうがいい、と言われたのなら、やぶさかではなかった。俺は茜さんのことが大好きだし、それを恋に変えるのなんて簡単だから。


 茜さんは答えを口ごもり、恥ずかしそうに目を伏せて、やがて小さな小さな声で言った。


「私は森田くんのこと、す、好き、だから……あったほうが嬉しい、です」

「じゃあ、あるよ。いや、『じゃあ』って言うと仕方なく言ってる感出ちゃうけど、友達なら恋愛感情絡まないほうがいいよなって思って押し留めてただけで、実際はあと一歩でちゃんとそういう意味でも好きになってたっていうか……」


 言い訳がましくつらつらと言ってしまう。

 好感度のマックスが百だとしたら、茜さんに対しては初っ端から千はあった。そりゃあこうなりもする。


「でも、なんで俺のこと好きになったの? もし訊いていいことなら訊きたい」


 俺が茜さんのことを好きになる理由なら山ほどある。けど、茜さんが俺のことを好きになる理由はいまいちぴんと来ない。

 首を捻る俺に、茜さんがか細い声で答えてくれた。


「……ぜ、ぜんぶ、好きだった、から……?」

「全部」

「……うん」


 何か続くのかな、と待ってみたが、続きはなかった。茜さんは真っ赤な顔で固まっている。

 あの茜さんが。

 ゲームに対して全部好きと言ったときだって、ちゃんと細かな感想を添えまくるあの茜さんが?



 全部好きとだけ言って、それでおしまい。



「……っふ、あはは、全部か。嬉しいな。ふふふっ」


 笑ったら悪いとは思ったけど、我慢できなかった。

 だってこんなの、俺への『好き』だけ特別みたいだ。嬉しい。


「ぐっ……」

「え、なんか今の、めちゃくちゃいいシーンに打ちのめされたみたいな声だったけど……」

「そのとおりです……めちゃくちゃいいシーンを見せていただきました……っ」


 意味のよくわからないことを言う茜さん。心臓の位置をぎゅっと手で押さえている。……何が琴線にふれたんだ?


「もうなんか、全部ありがとう……好き……」

「うん? ありがとう。俺も好き」

「うわーっ好きだ! どうしよう! 両思いだなんて思ってなかった! というか私すごいシリアスな雰囲気で厨二ちっくな悩みを吐露してたくせに告白モードになるとこんな、こんなふうになっちゃうの……自分が情けない……っ」

「可愛いよ」

「うわーっ!」


 可愛いし面白い。嬉しそうで俺も嬉しいな。


「俺の前ではなんでも語っていいし、俺だけじゃ足りなかったらガランスとは別のVtuber始めてもいいと思う。茜さんの好きなようにしてほしい。俺はなんでも応援するよ」

「うぅぅぅ……好きが高まりすぎると人間はどうなってしまうんだろう」

「幸せになるんじゃないかな」

「そうだね……好きです……」

「俺も大好きだよ」

「……さ、さっきから、あの、もしかして、私が好きって言ったら絶対俺も好きって返してくれる!?」

「え、何かおかしかった?」

「大変素敵だと思います……」

 

 茜さんは両手で顔を覆った。耳も首筋も真っ赤だった。


「……どうするかは、ゆっくり決めるね。森田くんがいれば、他の居場所なんかいらないかもしれないし」

「うん、ゆっくり決めて」

「今日もう切腹するくらいの覚悟でこの場にいたのに、なんでこんな幸せになっちゃってるんだろう!?」


 顔から手を外して、茜さんが小声で叫ぶ。他の客は相変わらずいないが、店員さんへの配慮だろう。

 茜さんの目も表情も、すごくきらきらしていた。

 いつまで経っても茜さんの眩しさには慣れない。だけど今はなんとなく目を細めたくなかったので、目がつぶれることも覚悟したうえで、茜さんをじっと見つめた。

 見つめ返してきた茜さんは、しかし数秒でそわそわと視線をあちこちに向ける。


「……そ、そろそろお店出る!? お互いコーヒーも飲み終わっちゃってるし、あんまり長居するのもよくないかも! でもこれはちょっと仕切り直しがしたいだけでまだ森田くんと一緒にいたいので、もしよければ場所を移しませんか! お時間なければ大丈夫です……!」

「あ、なら前に言ってたラーメン食べに行かない?」

「……えっ」

「時間的に早めの夕飯でもいいかなって思ったんだけど……茜さんはもうおうちに夕飯準備されてるか」


 この前出かけたのは休日だったが、今日は学校が終わってからそのまま来た。なので、今から移動して食べるのなら早めの夕飯としてちょうどいいくらいなんだが……茜さんが難しいようならラーメンはまた後日にするか。

 いつ頃行けそうかな、と頭の中にスケジュール帳を思い浮かべていると、茜さんが慌てたように身を乗り出した。


「行きたい! 行きたいです!!」

「ほんと? よかった」

「うん……友達とラーメン屋さん行くの、夢だったんだ」


 何かを噛み締めるように言って、茜さんははにかんだ。……目が焼けそう。

 俺が目を細めないように頑張っている間に、茜さんははっと口元を押さえる。


「あっ、もう友達じゃなくて恋人か……!?」

「友達兼恋人でいいと思う。茜さんの夢、俺が叶えられたら嬉しいし」

「そっ……うだね! 私も森田くんに叶えてもらえるの、嬉しいな。嬉しすぎて困るな……」

「困られたら困るな……」

「困られたくないので嬉しいだけにします!!」

「ふふ」


 会計を済ませて、二人で外に出る。

 夕方と夜の狭間の時間。深い茜色と濃紺が混ざった空が広がっている。

 つい見上げると、隣で同じように茜さんも空を見上げた。


「……ガランス・シエルって感じの空だな」

「ひえっ」

「悲鳴?」

「由来を知られていたことが……恥ずかしくて……」


 本当に恥ずかしそうな表情を浮かべていたので、それ以上の言及は一言だけに済ませることにした。


「どっちの名前も綺麗だよ」


 ガランス(茜色)シエル()。フランス語らしい。ガランスを知った当初、検索をかけて知った言葉だ。

 たぶん本名由来の名前だろう。どちらにしても茜さんによく似合うし、綺麗な名前だ。


「勘弁してくださいって言葉、現代日本で日常会話として使うにはちょっと作り物じみてて似つかわしくないなと思うんだけど、今すごく、勘弁してください……って気持ちだな……。言葉のニュアンスって大事だよね。ちょっと違う言葉を選ぶだけで印象ががらっと違うもん。それで言うとね、『ありのままの君とうそだらけの僕』はその言葉選びがすっごく好きで! 普通の会話は全部自然な言葉遣いなのに、重要なシーンに入るとそれがちょっと変わるのがもう大好きで……」


 この早口は照れ隠しなんだろうな。

 微笑ましく相槌を打っていたら、茜さんになぜかまた「勘弁してください」と言われた。


「俺こそ結構ずっと勘弁してくださいって気持ちなんだけど」

「えぇ? 森田くんが?」

「なんでびっくりしてるんだ……? 茜さんが眩しすぎるから、俺大体いっつも変顔だっただろ」


 茜さんは数瞬固まって――ぎょっと目を見開いた。


「あの顔ってそういうことだったの!?」


 そういえば言ったことなかったな。

 この流れならもう、目を細めるのを我慢しなくてもいいだろうか。そろそろ失明の危機を感じるので休ませてもらいたい。

 驚き顔すら眩しい茜さんに目を細めると、狭い視界の中、じわじわと赤くなっていく茜さんの頬が映る。街灯が明るくてよかった。



「――ほんとうに……かんべんしてください……」



 ふにゃふにゃとした訴えが可愛くて笑うと、「勘弁してくださいって言ったのに!!」と怒られてしまった。なんでだ。





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