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始動

 ベアトリーチェの部屋でシャワーを浴びていたシオンは、明かりが消えた直後に遠くに悲鳴を聞いてただならぬ気配を感じ取った。


「今の声は…?」


 すぐにシャワーを終えて部屋のランタンに明かりをつけ、元の服に着替えると、静かにドアの鍵穴から廊下の様子をうかがう。


「やめてください、助けて、助けて…」

「黙ってホールまでついてこい!」


 どうやら髪の毛を掴まれて引きずられているメイドのようだった。黒い服を着た男が少なくとも3、4人はいる。こんな奴ら、会場にいただろうか…?少なくともシオンの記憶にはない。遠くで聞こえた悲鳴と合わせて考えると、どうにも何か悪いことが起きている想像しか浮かばなかった。


 男たちが階段を降りていく音を聞いた後、静かに樫の杖を握りしめ、ドアを開ける。階段の踊り場に出ると、身を隠しながら階下のホールの様子をうかがった。


 角度的にホールの全貌は確認できないものの、複数名後ろ手で縛り上げられた人が見えた。さっきの黒服も…3、4人どころではない。その5倍は優にいるように感じる。


「お前たち、こんなことをしてただで済むと思っているのか!うぐっ!」


 大きな声が聞こえたが、直後に蹴り上げられたような音がした。


「おい、王子を別室に連れていけ。そこで吐かせてやる。」


(王子アレミオが捕らえられている…?)


 こちらに王子を引きずった黒服数名が向かってくる…!息を殺しながら、突き当りの廊下の影から覗く。ベアトリーチェの部屋から2つとなりの部屋に誰かが放り込まれ、バタン!とドアが閉まった。


(どうする…どうする…)


 心臓の鼓動が信じられないほどの速度でシオンの身体を揺らしていた。


(このまま出て行ったところで樫の杖しか武器を持たない俺に勝つ見込みなどない)

(俺以外は全員捕らわれてしまっているかもしれない)

(でもこのままでは王子が…ベアトは無事だろうか)

(考えろ、考えろ…!)


 ぐるぐると断片的な意識が頭の中を回っている。


「フウウウウ…」


 心臓の上に右手を置くとシオンは大きく深呼吸をした。昔から、どんな時でもこうすれば落ち着くように俺の身体はできているはずだ…!


 …ふと、ベアトリーチェの部屋にあった「前夜祭予定表」が頭に浮かんだ。


(夜12時、打ち上げ花火)


いくつかのピースが頭の中で組み立てられていく。次の瞬間、シオンは屋上へ向かって階段を駆け上がっていた。

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