再会
ベアトリーチェがメインホールに戻ってくると、そこはちょっとした騒ぎになっていた。
「おお、ベアト様。ちょうどいいところにいらっしゃいました。この場に相応しくない身なりの不審な者が先ほど入って参りまして…『ベアトに会わせろ、俺はフィアンセだ』などと…」
嫌な予感がしたベアトリーチェは騒ぎの中央にシオンを発見した。煤けた白いマントに木の棒きれを持った姿は、明らかにパーティ会場で浮いてしまっていた。カルロが背後からシオンを羽交い絞めにしており、立ったまま動きが取れないようがっしりを抑え込んでいる。
(しまった!村を出たことのなかったシオンにTPOなど分かる訳もないわ…。)
「おお、ベアト!ベアトじゃないか!」
シオンがこちらに気づいてにっこりと無邪気にほほ笑む。ベアトリーチェは顔を真っ赤にしながらとっさに視線をそらした。
「おいおい、ベアトのフィアンセってのは本当にこの薄汚れた乞食だってのか?」
カルロが羽交い絞めの手を緩めながら言った。
「チッ、ここは田舎のパブじゃないんだぜ、兄ちゃん。」
ベアトリーチェは走っていってシオンの手を握ると、真っ赤な顔を下に向けながら、
強く手を引いて走り出した。
「どこに行くんだい、ベアト?」
(いいから、黙って!)
ベアトリーチェの部屋へと戻ると、メイドのミルコは姿を消していた。掃除が終わったのだろう。タオルも新しいものへと変わっていた。
「はぁ、はぁ。」
「はは、急に手を引っ張られて、びっくりしたよ…」
ベアトリーチェが呼吸を整える間、数秒間の沈黙。
「…長旅おつかれさま。あなたにまた会えて嬉しいわ。」
ベアトリーチェは煤けた白いマントごとシオンを抱きしめると、樫の杖がシオンの手から離れ、床に落ちた。ベアトリーチェはそれを気に留めることなく、シオンの顔を上目遣いに覗くと、銀の長い髪をかき上げ、鼻の頭に静かにキスをした。
「ベアトも、元気でよかった。」
ずっとそうしていたいかのようにシオンにぎゅっとしがみついているベアトリーチェだったが、ふと思い出したように言った。
「今…何時かしら?分かる?」
「船着き場に着いた頃には10時を回っていたから、11時は過ぎているだろうね。」
「た、大変!早く着替えて!王子様にあなたもご挨拶しないと…。12時にはお休みになられるわ。」
ベアトリーチェはシオンから離れると、頭のてっぺんからつま先までじっくりと観察する。
「うーん、参ったわね。他に服は持ってきていないの?」
「ないなぁ。」
「じゃあ探して持ってくるから、まずシャワーを浴びてくれる?肌も泥で汚れているわ。」
ベアトリーチェの耳飾りがキラリと光るのが見えた。
「凄く高価そうな宝石の付いた耳飾り…誰かにもらったのかい?」
「ああ、これはね…えーと、えーと」
(王子様にもらったなんて、名誉なことだわ。正直に言っていいのではないかしら。
でももしシオンがやきもちを焼いたら…)
ベアトリーチェが黙っていると、険悪な雰囲気の沈黙が流れた。
「そっか、君も城内の暮らしを楽しんでいるんだな…よかったよ」
シオンは作り笑いを浮かべながら、でもほんの少し寂しそうにつぶやいた。その言葉によって、ベアトリーチェには、こみ上げてくるものがあった。
「…そんな、私の気持ちも知らないでッ!」
村を出てからの4年間、周りの誰もが認めるほど、ベアトリーチェは王国の顧問魔術師として一生懸命に働いた。それも全ては、王国の城内でいつかシオンの居場所を作るため。
(シオンの相応しい場所は私が用意する)
そんな気持ちも知らず遠くの村で教師に甘んじているシオンに、「楽しんでいる」と言われたことで、思わず頭に血が上ってしまったのだった。
「…」
「とにかく、服は私が探してくる。それまでにシャワーを浴びておいて。」
ベアトリーチェはそう言い放つと、ピシャリとドアを閉めて出ていった。




