カルロの裏切り
「王子が…い、いません!!」
ボスのAランク魔術師ルカと、大柄な甲冑のネロは、メインホールで信じられないという顔で立ち尽くしていた。
ネロが例の男を捕まえる寸前で罠に嵌められ取り逃がしただけでなく、今度はルカが見ていない隙にすでに捕まえていた王子をも取り逃がしたのだ。
しかも、王子のいた部屋からは監視役の黒服2名が忽然と姿を消していた。魔術でなければそのような芸当は不可能だ。しかしここは反マナの結界の中。ルカ以外が魔術を使うことはできないし、マナを使おうとする者がいればルカには手に取るように分かる。
それにしても、さっきの城外から聞こえた声。シオン・エスタリオルを名乗る者が王子をあの部屋から逃がしたというのか?
摩訶不思議な出来事が続いたことと、「エスタリオル」の名を聞いたことで、黒服たちの一部はすっかり怯えた表情を見せていた。
エスタリオル家と言えば、名門中の名門。数々のランクA魔術師を輩出し、歴代の当主の中には、時には火山を砕き、大地の揺れをも鎮めて王国を救ったとされる。ランクS魔術師エス・エスタリオルなどの伝説上の人物すらいた。
「くそ、エスタリオルがこの城にいるなんぞワシは聞いてないぞ…!」
ルカが地団太を踏み、ネロを睨みつけた。
「おい、俺を自由にする気になったか…?」
このタイミングでカルロが口を開いた。
(ランクEの魔術師なんぞに何ができる。マナ殺しのルカにかかったら誰の生存も絶望的だ。
俺だけでもトンズラさせてもらうぜ…)
ルカが冷たい目でカルロを見た。
「ほぉ、お前にエスタリオルの何が分かると?」
「弱点だ」
ルカはカルロを値踏みするようにしばらく見ていた。カルロは足の震えを気取られないよう、手で押さえていた。
「ふむ、どうやら話を聞く意味はありそうじゃ。誰か縄を解いてやれ!ヒヒヒ」
黒服たちはカルロの縄を解くと、警戒しながら奥の部屋へと連れて行き、ルカもそれに続いた。
(カルロの馬鹿…シオン、頑張って…!)
ベアトリーチェだけでなく、このホールで縛られた全員がそう思っていた。こんな状況であっても、シオンがスポットライトを浴びて期待されることが、ベアトリーチェには嬉しかった。
子供の頃、どんな団体競技であっても、シオンが仲間にいたら負ける気がしなかった。成人の儀式を境に同級生と立場は逆転してしまったが、ベアトリーチェはあの頃を思い出して懐かしくなるのだった。
「…ヒヒヒヒヒ!ランクEでエスタリオル家から追い出されたじゃと!とんだ食わせ者め!まんまと騙されるところじゃったわ!」
ホールに、ルカの高らかな笑い声が響き渡った。




