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前夜祭

 明日が第3王子アレミオの誕生日とあって、王子の城において賑やかな前夜祭がおこなわれていた。7名いる王子の1人に過ぎないため、王の生誕祭ほどに大掛かりなものではなかったが、メインホールには国から選りすぐりの音楽隊が集い、かつて王国を救った勇者を歌う「エスのいさおし」を始めとした美しく均一な歌い声が響き渡っていた。


 その脇では王国お抱えの魔術師が、春をテーマに宝石のような美しい緑色に輝く魔法の草を床に這わせ、そこから鮮やかな無数の花を咲かせ、また風にたなびかせた草木から離れ行く花びらをゆっくりと空中にきらきらと舞わせていた。


 城下町においても祝福を表すよう多くの松明とともに、太鼓の音や涼やかな笛の音が道から道へと伝わっていった。


「本日は遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます。」


 まだ20そこそこの青年とは思えないほど、王子アレミオは元の精悍な顔つきを保ったまま、しかし気持ちのいい笑顔を浮かべながら、丁寧にあいさつをして回っている。それを遠目に見ながら、ベアトリーチェに近づく長身の男の姿があった。


「なぁベアト、この後街に出て一杯いかがかな?なぁ?」

「カルロ、冗談はよして。こんなおめでたい日なんだから最後まで王子の傍にいましょうよ。」

「自慢のフィアンセはまだ来ないようじゃないか。もう夜も10時を回るというのに」

「…」


 カルロは王子アレミオの元、準主席魔術師を務めていた。ベアトリーチェからは上司に当たる。小柄なベアトリーチェに並ぶとその立派な体躯がさらに際立つ。ブロンドの短髪はいかにもプレイボーイという印象を与え、またひ弱な印象が一般的な魔術師というよりは格闘が向いてそうにビルドアップされた身体である。


 ベアトリーチェは手元の赤ワインを一気に流し込むと、美しい金髪をなびかせながらくるりと後ろを振り返った。


「王や残りの王子は北方との戦で不在。今国を守るのは私たちと地元兵団しかいないのよ。」

「ちぇっ、エスタリオル家のおぼっちゃんが守ってくれるんじゃあねーのかよ?」


 明らかな軽蔑の言葉を背中へ投げかけられながらも、ベアトリーチェはぎゅっと拳を握ると、城内の自室へと向かっていった。


 部屋に戻ると、メイドのミルコに問う。


「シオンはまだ…来てない?」

「はい、ベアトさま…。残念ながらまだにございます。」

「はぁ…遅いわね。」


 きちんと設えられたベッドの脇に立てかけられた絵には、若かりし頃(といってもほんの4年ほど前だったが)のシオンとベアトリーチェが描かれていた。


 誰もがシオンの才能と実力を信じて疑わなかったあの頃。


 あの人のフィアンセとして釣り合いの取れる人になろうと…必死でシオンの背中を追いかけながら、それでもこの人と結婚できるという誇りで胸がいっぱいだったあの頃。


 本当に幸せだった。


「ベアト、入ってもいいかい?」


 カタン、という音と共に王子アレミオがドアを開いた。

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