第八話 回転VS鮮血
拳銃から発射された弾丸は躱された。三十センチ以内の間合いで弾丸を躱されたことに危機感を覚え、奴との間に少しの距離を取る。そこから、さらに拳銃を複数回発砲。
今回の銃撃は躱されることはなかった。だが、俺には見えた、奴が一つ一つの弾丸を右腕で弾くのが。その際にした金属音のような音が廃工場の中に響き渡る。
「ネズミと人の感じる時間の流れが違うっていう話を知ってるか?あれは脈の速さの違いが原因らしい。そこで俺は血液を操って、血液の循環を速くしてるんだ。すると、世界が遅く見える。だから弾丸も避けれるってことだ」
男は勝手に語り出して、自分の能力を明かしてきた。一瞬、マヌケなのかとも思うが、奴の顔を見て考えを改める。コイツは自分の能力に絶対の自信があるから、能力を明かすことに躊躇いがないんだ。
奴に仕掛けるために次の手を考えるが、一つ目のアドバンテージである思考速度の加速は、相手も加速させているので消え失せてしまった。
二つ目のアドバンテージである『銃器生成』も奴との間に大きな差を築くことは出来ないだろう。なぜなら、先程銃弾を弾いた奴の右腕には赤黒い中世の騎士のような籠手がついている。最初は確実に無かったその籠手が語る事実は、奴も能力を使って武器や防具を生成する方法があるということだ。
「さっきからジロジロと俺の右腕を見てるようだが、そんなにこれが気になるか?これはな、俺の血液を固めて作ったもんでよ。俺は『血装』って呼んでる」
そう言って男は構えを取る。奴の顔の高さに上げられた左腕にも奴が『血装』と呼ぶ籠手が既に装備されていた。
そのまま奴が歩いて間合いを詰めてくる。奴の誘いに応じて俺も銃を捨てて構えを取り、間合いを詰める。
互いに拳の届く距離になった瞬間、奴の方から攻めてくる。俺の顔を狙う拳を紙一重で躱し、こちらも奴の顔を狙い、拳を振るう。
相手の拳を紙一重で躱し、自分の拳を相手に向かって振るう。そんな攻防が常人の速度を超えて繰り広げられる。その中で突然、頬に一筋切り傷が生じる。それを境に互いの攻める手が止まり、間合いを離れ、距離を取る。
自分の頬を指で触る。微かな痛みと共に指先に赤い液体が付いているのを確認する。奴の拳は完全に避けたはずなのに傷をつけられた。どのようにしてこの傷をつけたのかを確かめるために、奴の腕を良く見る。すると、籠手の真ん中辺りのところから刃が突き出ているのが見えた。
どうやらあの籠手は完成形ではなく、籠手の状態からさらに血液で改造することが出来るらしい。明らかに不利な条件で戦闘を強いられているのを感じ取る。自分の有利な状況にするために小銃を取り出し、奴に向かって連射する。
奴も思考加速をしている身なので簡単に当たることはないが、小銃ほどの連射を弾くことは出来ないらしく飛来する銃弾から逃げるように走っている。
走っている奴の速度は人間のそれを超えている。それは奴の血液の循環速度が上がっていることが理由だろう。俺と奴の思考加速は、結果こそ同じであるが原理が違うので、俺は思考が速くなっても動きまでは速くならない。だが、奴は血液の循環速度を上げているので思考速度も動きも速くなるのだ。
連射をしていると段々と装填してある銃弾がなくなっていき、終には弾が切れる。その瞬間を狙って男は踏み込んでくる。逃げている時と同じ速さで向かってくるのですぐに間合いを詰められる。その少しの間で小銃のリロードが済むわけもなく、完全に無防備な状態で男に襲われる。
ここまでは計算通りだ。小銃のリロードを機に攻めてきた男を新しく作った拳銃で撃つ。そういう予定だった。
しかし、計画立てて放たれた一発の銃弾は何も撃ち抜くことはなく、どこかへと飛んでいく。
奴の拳は一撃目で俺の拳銃を破壊し、二擊目が俺の腹に命中。そのまま俺は膝から崩れ落ちる。
「お前は銃を自由に取り出せるということに頼って、銃が効かなかった時や近接戦闘になった時の対処が出来ていない。だから、こうなる。」
男は俺にそう告げると血液で日本刀を形作り凝固させる。その日本刀が振り上げられ、俺は自分の死を覚悟する。
「そこまでにしておきましょう。今回の目的は達成しました」
ここで聞いたことのない声が戦闘後の静けさを持った廃工場に響き渡る。
「初めまして、伊崎廻人さん。私は時原というものです。この度あなたの家から彼女を拐い、彼女の魔眼を奪わせていただきました」
そういって俺のことを覗きこむ瞳には時計の文字盤が存在している。そいつは白衣を着ていた。
まだ体を動かすことの出来ない俺はそいつをすべての負の感情を乗せて、睨む。
「怖いですね。………でも確かに睨まれても仕方ないかもしれないですね。でもですね、今は私たちのことより彼女の心配をした方がいいんじゃないですかね。私たちが痛め付けたわけではないですが、彼女のような系統の魔眼は能力使用の代償に寿命を奪われる。そして彼女の寿命も少ないでしょう」
驚愕の事実に俺は言葉を失う。予想外の事実に様々なことを考える。そんな俺を横目に明らかに俺の敵である二人は廃工場を後にする。
それを確認してから、まだ腹に鈍痛が走る体を動かして去時音の傍まで行く。
うつ伏せになっている去時音の体をひっくり返し、怪我がないかを一通り確認する。
彼女の左眼にはもう魔眼はなかった。
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