第一話 悪夢と始まり
両目が痛む。自分の眼球自体が内側から作り替えられるような感覚があり、気持ち悪さを覚える。
俺は自分のベットに横たわりながら、痛みに悶えている。部屋の扉が開いた音がして、そちらの方向を見てみる。
入ってきた人の顔は見ることができなかったが、窓から入ってくる月の光に当たっている彼女の白髪だけは見ることができた。
「………」
その言葉を聞いて、俺は再び目を閉じた。まだ痛みを感じる。次に目を開けた時は痛みが失くなっていることを願いつつ、俺はあの日の、あの最悪の日のことを思い出していた。
教室から先生が出ていき、教室内の緊張が一気に中和されるのを感じる。この授業が今日の最後の授業だったのでみんな席を離れて、それぞれ仲のいい人と話を始めている。ここは公立の高校で俺はそこに通っている高校二年生で、名前は伊崎廻人。
俺も少し話をしてから、下校を始める。廊下に出ても、話している人はたくさんいて少し騒がしい。
そんな中を通り抜けながら、昇降口へと向かい、靴を履き変えて外に出る。周りを見るとまだ帰っている人は少ないようで、ちらほら人がいるくらいだ。
校門を出て、徒歩で自分の家へ帰る。道中、特に変わった様子もない街の風景が続く。車の量は少なく、人も主婦やお年寄りが少しいるだけだ。そんな街を抜けて、住宅街にある一つの家の前に止まる。
住宅街の中に建っているただの一軒家。これが俺の家だ。表札には「伊崎」と書いてあり、改めて自分の家に帰ってきたことを実感する。
鍵を取り出し、扉を開ける。今日は父親の仕事が休みだといっていたので、父と専業主婦の母。それに、中学生の妹が家にいるはずだ。
玄関で靴を脱ぎ、リビングの方を向く。明かりはついているようだが、なぜか少し寒気がする。
気のせいだろうと思い、廊下からリビングへと扉を開けて入る。
何かが香った。今まで嗅いだことのない不気味な匂い。思わず手で鼻を覆いながら、リビングを見渡す。
何かが倒れていた。
いや、何かじゃない。父と母だ。一瞬、目にしたことが信じられなかった。
駆け寄り、二人の体を揺する。いつも楽しく、笑って過ごしていた二人の体は横になったまま、動こうとしない。代わりに、その体から大量の血が溢れ出ていた。
血はドロドロと床に広がっている。気付かなかったが自分が膝をついているところも血が広がっていて、服に血が染み込む。さっき、両親の体を揺すった手も当然のように血がついていた。
不気味な匂いの原因もこれなのだというところまで考えが及んだ時、二階で物音がした。そして、階段を転がり落ちてくる音がする。
驚いてそちらの方向を向くと、開けた扉越しに倒れ込む妹の姿が見えた。それを追いかけるように階段の上から何かが降りてくる音がした。
「おいおい。お前、所有者じゃないのか?このままただ殺すだけなんて物足りないぜ。魔眼使ってみろよ」
所有者?とかいう意味の分からない言葉を喋りながら、男は階段を降りてくる。妹は階段から転がり落ちたことで体が痛むのか少し動いてはいるが男の発言に答えない。そして男はまだ俺には気付いていないのか喋るのを続ける。
「まあいいか。戦う気のないやつには興味はないしな。さっさと殺して、次のやつを探すか」
「………?」
殺す?そう言ったのか?じゃあ、父と母を殺したのはあいつなのか?今から俺の妹も殺されるのか?
………そんなこと………させてたまるか!
理解できないことの連続にもう俺の脳は拒絶反応を示していたが、俺の体は考えるより先に勝手に動いていた。
リビングから廊下へと飛び出し、階段から降りてきた男に俺は殴りかかった。
「………!? 誰だお前!?」
その瞬間、男の顔は少し笑っていたように見えた。この状況を楽しんでいて、俺が殴りかかってきたことがまるで嬉しいことのように。
だが、もうその男は気絶したかのように床に倒れている。俺は自分が何をしたのか全く理解できなかったが、男を殴ったことで少し冷静さを取り戻した脳が何が起こったかを整理し始める。
俺は一直線にこの男の顔面めがけて拳を食らわせようとした。そんな単調な攻撃が当たるとは今考えると到底思えないが、男の頬に俺の拳は見事に命中し、そのまま男は壁で頭を打ち、今俺の足元で倒れている。
さらに冷静さを取り戻した脳が自分が何のために飛び出したのかを思い出す。
「おい!大丈夫か!?こいつに何かされたのか!?」
妹のもとに駆け寄り、体を揺すり声をかける。まだ息をしているので死んではいない。それだけでも安堵の息が漏れる。すると、妹の口が少しだけ動き、細々とした言葉が発せられた。
「………兄さん、逃げて。………この男と戦ったら命が………」
そう言い残すと思うと妹は再び意識を失った。それと同時に男は目を覚ました。
「いってぇ~。モロにくらっちまった。お前、結構やるじゃねぇか」
最悪だ。完全に気を失ったと思っていた男が目を覚ました。さっきのパンチは運が良かっただけだ。次も当たる確証はない。それに、父と母が出血しているのを見るとたぶんあいつは刃物を持っているのだろう。そんなのを相手にして自分が生き残る、ましてや撃退するなんて可能性は、ほぼないだろう。
「その様子を見るに所有者でもなければ、関係者でもない。ただの一般人なのか?でも、今のパンチは並の人間のじゃなかった」
男はニタァっと笑い、俺を見る。男の正面に初めて立つと恐怖を感じて、顔の輪郭を汗がなぞり、足はその場から逃げるようにと俺を催促する。男は黒色の雨合羽に黒色のブーツという雨も降っていない今日の天気とは相容れない格好をしている。さらに、顔を隠すフードは男の不気味さを増幅させている。
俺はその威圧感に気圧されて一歩退きそうになり、後ろにいる妹に足が当たる。
決心がついた。
許される限りの力で床を蹴り一気に踏み込む。奴はまだ悠然と立っているがそれにかまわず拳を準備する。その拳を力の限り振り抜くが急に全身から力が抜け、受け身も取らずに床に倒れ込む。
なんとか顔を上げて、男を見る。すると男はしゃがみ俺の髪を引っ張って、同じ高さまで上げる。
「今日のところは一旦帰ってやる。お前が力を使いこなして、強くなり、また俺に挑んでくることを楽しみに待ってるぜ」
そういって俺の頭を離すと何事もなかったかのようにゆっくりと家から出ていった。
その後ほとんど動かない体を動かして、妹の安否を確認する。どうやら、ただ気絶しているだけのようだった。
だが、頭の中に一つの疑問が浮かんだ。
---俺に妹なんていたか?
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