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美学生 水咲華奈子Ⅴ -自殺未遂の確率-  作者: 茶山圭祐
第5話 自殺未遂の確率
3/4

解決編

        5


 海崎はサークル棟の階段を駆け降り、水咲のいる2号館へ再び舞い戻った。もうロビーにはほとんど人が残っていなかった。六本木もそこにはいなかった。そしてなぜか、水咲の姿もなかった。ロビーを見渡してみたが、知っている顔はどこにもいない。

 途方に暮れていると携帯電話が鳴った。液晶画面を見ると非通知のメールが送られてきた。開いてみると、こんなことが書かれてあった。


『2号館の2階の灰皿のある窓の所で待ってるよ♡』


 こんな悪戯をするのは水咲しかいない。彼は電話をしまうと階段を登り始めた。

 所定の場所に水咲がいた。彼女は両手を後ろ手で組んで窓に寄りかかり、足を交差させて立っていた。

「じゃ、行こっか?」

「その前に、柏葉さんの自殺未遂について最後のお話したいんだけど、お店は大丈夫?」

 一つ気になることがあった。今の彼女の言い方が、何だか事件の全貌がわかったような口を利いているように聞こえた。だから、少し腹が立った。

「ねぇ、華奈子は警察じゃないよな? 何の権限があってそんなことできんの? それは警察の仕事なんだから、華奈子が出しゃばってやることじゃないんじゃねぇの?」

「別に出しゃばってないよ。この事件の犯人がわかったから、こういうことしてるの」

「ふぅん。じゃ、犯人て誰なの?」

 水咲は笑顔で海崎を見つめた。

 海崎は自分を指して、一緒に笑顔になった。

「俺か?」

 水咲は両手を前で組み直した。

「柏葉さんは自殺なんてしてません。犯人にほのめかされて4階から飛び降りたなんて嘘です。柏葉さんを呼び出したのは……海崎さんだよね?」

 確かに、最後の話であるようだ。単刀直入に来るとは思わなかった。

「ちょっと待てよ。冗談よせよ。これから一緒にメシ食べに行こうってのに」

「別に冗談じゃないよ」

 水咲はやはり笑っていた。だがそれは、勝ち誇った笑顔のように見えた。だから、海崎はもう愛想よく振る舞うのはやめにした。笑顔を取り消し、真顔になった。

「どうして俺が? 証拠は?」

「ここに灰皿があります。中に一本の吸い殻がありました。銘柄はセブンスター。この灰皿は3時半に奇麗に掃除されてます。ってことは、この吸い殻はそれ以降に吸われたことになる」

 水咲は再び柏葉の携帯を見せた。

「犯人は柏葉さんを3時41分にここに呼び付けた。だから、この吸い殻の持ち主の可能性があるのは、犯人か柏葉さんか、それともそれ以外の人。柏葉さんは吸わないから、犯人かそれ以外の人」

 煙草で証明しようというのか? それは無理な話だ。セブンスターなんて誰でも吸ってるし、それに警察もいないで吸い殻だけで犯人だと言い切れるはずがない。

「犯人かそれ以外って、そんなの一杯いるじゃん。そんなんでわかんの?」

「海崎さんはセブンスターだよね。っていうことは、犯人かもしれないね」

「証明できてないじゃん。全然だめだよ」

 すると、水咲は首を振った。

「ううん、別にこれで証明するわけじゃないから。ただ、海崎さんが犯人かもしれない可能性っていうのは、すごい高くなったけどね」

「あっそう、それはよかったね」

 海崎の皮肉を込めた言葉に、水咲は動揺する気配すらなかった。

「でも、海崎さんには柏葉さんを呼び出す動機は十分あるよね。六本木さんはあんなに怒ってた。彼女は、あなたがやったと言ってた。わたしもその意見に賛成です。あなたなんでしょ?」

「だから早く証明しろよ」

「わたしね、柏葉さんが落ちた現場に最初に行ったときから不思議に思ってたの。何で窓が落ちたんだろうって。自殺するのにどうして窓が落ちたのか? 最初は窓にガタがきてたとか、自殺しようと窓を勢いよく開けた衝撃で落ちたとか思ったんだけど、どれも違う。だって自殺じゃないんだもん。突き落とされたんだから」

 海崎は黙って成り行きを見守った。

「そこであの柏葉さんに送られたメール。どうして犯人は2階に呼び出したのか? もし、窓から突き落とすなら、2階からじゃ死なないかもしれない。だったらどうして最初から4階に呼び出さなかったんだと思う?」

「…………」

「突き落とすつもりじゃなかったんだよね。多分犯人は、六本木さんのことで柏葉さんを呼び出したんだと思うんだけど。それがやがて口論になって2人は争った。そして犯人は、衝動的に突き落とした」

「すごいな、よくわかるな。犯人は華奈子じゃないの?」

 しかし、水咲にそんな冗談は通用しなかったようだ。あっさりと無視されて次の発言をした。

「ここで一つ問題があります。犯人はここから突き落としたのを、4階から自殺したように見せかけようとした。なのに、どうしてわざわざ4階の窓を落としたんだと思います? そんなことしなくても、靴を4階に置いて、窓さえ開けとけばいいと思わない?」

 しかし、水咲は海崎の意見を聞かずに話を進めた。

「あの落ちた窓、実はここにはまってた窓なんです。突き落とされそうになって、柏葉さんが必死に窓につかまったか何とかして、その衝撃で窓が外れちゃったんだろうね。窓と一緒に落ちちゃった。そして、犯人はこの偶然の事故を偽装工作に利用した。あの落ちた窓は、4階の窓であるように思い込ませようとしたんです。方法は、4階の窓を外してここにはめ込んだ。だから、今ここにはまっているこれは、本当は4階の窓なの」

 水咲は人差し指でコツコツと窓を叩く。

「ちょっと待てよ、なんでそんなことがわかるんだよ? 落ちてるあの窓は2階の窓で、この窓は4階の窓だって、どうして言えるんだよ!」

 水咲は窓ガラスに向き合うと、それを指しながら海崎の疑問に答えた。

「これ見て。これ何だと思う?」

 水咲は窓ガラスに付着した白い固まりを指した。

 海崎は一歩近付いた。しかし、それが何であるかわからなかった。よく見るとそれだけでなく、同じようなものがポツポツとあった。

「実はこれが事件を解決してくれます。わたしさっき、あなたが吸っているたばこの銘柄を調べてもらう為に、ののちゃんに4階の灰皿を見に行ってもらったの。ほら、あのとき吸ってたよね?」

 水咲は煙草を吸う仕草をすると窓を開けた。気持ちのよい風が入ってくる。

「そしたらののちゃんね、4階の窓から景色がいいってわたしのこと呼ぶの。だからわたしこの窓から『いいから、早く降りてきて』って見上げたら……」

 水咲は人差し指を立てた。

 海崎はそれにつられて窓から顔を出し、真上を見てみた。視界に入ってきたのは、4階窓のすぐ上の鳥の巣だった。

「ツバメの巣です。このガラスに着いた白い固まりはツバメのフン。これでわかったの。この窓は4階の窓だったんだって」

 本当に彼女は警察のスパイか何かではないのだろうか。本物の警察が未だに事情聴取にもやって来ないというのに、どうして同じ大学の女に偽装工作までバレてしまわなければならないのだろう。自分の偽装がよほど甘かったのか、それともこの女が鋭いのか。願わくば、彼女が警察関係の人間であることを祈りたかった。

 すると、後ろから佐々木原と目を赤く腫らせた六本木が姿を現した。六本木はじっとこちらを見ていた。

 海崎は冷静だった。六本木がそばにいても、動揺することなく物事を分析し判断する能力はあった。だから反抗した。

「ちょっと待て。はっきり言ってそれは何の解決にもなってねぇじゃんか。あそこにツバメの巣があったからって証明できたのは、この窓は4階の窓だったってことだけだ!」

 しかし、水咲も冷静だった。彼女はゆっくり語り出した。

「あなた、今そうやって大事そうに自分の帽子を抱えているけど、どうしてかぶらないの?」

 突然、話の焦点が自分の帽子に切り替わったので、水咲の発言が奇妙でならなかった。

「どうしてって、だから言っただろう。俺は中で帽子をかぶるのが嫌いだって」

「なんで嫌いなの?」

「だから、圧迫感が増すから嫌いなんだって! 人の話聞いてたのか?」

「ふぅん、そうなんだ。それじゃあさ、あなたに初めて会ったときから気になってたんだけど、その頭に付いているのは何?」

 次に海崎の怒鳴り声が廊下に響き渡ることはなかった。

 海崎は言われて自分の頭を触った。何かが手に触れた。髪に何かがこびり付いていた。拭った指先を見てみると、白い粘着物が付いていた。

「ああ、それ以上動かないでね。臭うから」

 水咲は自分の鼻をつまみながらそう答えた。

「外ではちゃんと帽子をかぶってる海崎さんは、一体いつそれが頭についたのかしらね?」

 水咲は海崎にティッシュを差し出した。

「当然、帽子をかぶってないときだよね? 帽子をかぶってないってことは外じゃなくて中だよね? 建物の中にいて、どうやったら頭にそれがつくのかな? 今日はお昼に学校に来て、4時限目まではサークルの部室にいたんだよね? 4時限目は最初から最後までちゃんと授業を受けていたとしたら、いつ、どこで付くんだろうね?」

 海崎には何も言い返すことができない説明をしながら、水咲は彼の頭についた粘着物を拭き取ってやった。

「考えられるのは、柏葉さんを突き落としたときか、それとも4階の窓を外しに行ったときか」

 海崎は水咲に目を合わせることができなかった。しばらく床を見つめているしかなかった。

「何か言いいなよ」

 後ろから六本木の声だった。

 海崎はゆっくり後ろを振り向いた。そして、一歩近付くと彼女をにらみつけた。

「俺はなんにも悪くない。お前が悪い」

 すると、六本木も一歩近付いてにらみつけた。

「あんたみたいなのをね、往生際が悪いっていうのよ。あんたの方こそ、かわいそうな人ね」

 一瞬、廊下は静まり返ったが、水咲の声でよどんだ空気が流れ出した。

「往生際の悪い海崎さん。今日、ご飯食べに行く? それとも男を見せる? 早くしないと、あの人達帰っちゃうよ」

 水咲は窓の外を指す。

 海崎はゆっくりと歩き出す。そして、今一度六本木を見つめると階段を降りた。

 しばらくその後ろ姿を見ていた3人だったが、六本木は水咲に会釈した。

「いろいろありがとう。隼一は何とか大丈夫みたい」

「よかったね。元気出してね」

「うん。それじゃ」

 六本木は2人に手を振って階段を降りていった。

「やっぱりあいつは最低の男だね。六本木さんには男運がない、なんて言ってたけど、自分なんか人生運ないじゃんね」

 ようやく海崎から開放された佐々木原の口調は明るかった。

「でも、このことだったんだ。私のお陰っていうのは」

「そうそう。あそこでののちゃんが4階から顔出してくれなかったら、解決がもう少し遅れたかもしれないからね」

「でも笑えたね。だって鳥のフンが頭に付いてんだもん。よくあれで男運がないとか、かわいそうな奴とか偉そうなこと言えたよね。全然説得力ないじゃん」

 佐々木原は馬鹿にしたようにケラケラと笑った。

 ところが、水咲は急いで首を左右に振った。

「ううん、あんときは偉そうなこと言えたのよ」

「どういうこと?」

 水咲は握りこぶしを差し出すと、にこりとして手を開いた。そこには白の絵の具のチューブがあった。

「海崎さんがここに登ってくるときにポタンと……」

「えーっ? あれウソだったの?」

「偶然、頭に鳥のフンがつくなんて、そんな都合よくいくわけないじゃん」

 佐々木原は呆れてしばらく物も言えなかった。

「華奈も結構やることキツイね」

「女を泣かせた罰よ。女心を傷付けたんだから、これくらいのことは当然でしょ。それに、こうでもしないと海崎さんは自首しないでしょ? 衝動的に突き落としたといっても罪は罪。今大事なのは、自分で罪を認めて償うことなんだから」

 佐々木原は納得した。水咲は悪戯に罠を引っ掛けたわけではなかったのだ。

 水咲は窓を閉めると、佐々木原の肩をポンと叩いて言った。

「じゃ、ご飯でも食べに行こっか。あっ、そうだ、失敗した。海崎さんにどこを予約したのか聞いとけばよかった」

「げぇー、いいよ。あんな人が予約したとこなんて行きたくないから。だいたいあの人、下品なことばっかり聞くよね。聞いててこっちが恥ずかしくなるよ。あっ、そう言えばさ、電話番号教えちゃってほんとに大丈夫なの?」

 すると、水咲は首を縦に振って答えた。

「ぜーんぜん、大丈夫よ。だって、違う人の教えちゃった!」

「うそー! だ、誰の?」

 水咲は、声が漏れないように両手を口元にやって、佐々木原の耳元で囁いた。

「茅ヶ崎さん……」

 佐々木原の悲鳴は反響し、しばらく辺りの空気を飛び回っていた。



 第5話 自殺未遂の確率【完】

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