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ロリと忍者とTSっ娘


 どうも、性格が悪い元黒幕の小悪党です。真実を知ったレッカにぶっ飛ばされるより、顔も知らない悪の手先に惨殺される可能性の方が高くなってしまった今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。コレが因果応報ってやつか。


 それはさておき、帰宅して早々に困ったことがある。


「…………」

「……何で突っ立ってんだ。風呂沸いてるぞ」


 ワケあって匿うことになった謎の白髪少女が、脱衣所でボーっとしたまま動かないのだ。

 とりあえずタオルで軽く髪と体を拭いてから、風呂に入るよう指示を出して、彼女の着替えを持ってきたらこの有様だった。


「一人で入浴したこと、ない」

「じゃあ今まで風呂どうしてたんだよ」

「チエにやってもらっていた」

「母さんか……」


 そりゃまぁ子供の入浴は保護者が手伝って然るべきだけど……ちょっと待てよ。

 この場合の保護者って、もしかして俺ってことになるのか?


「おまえ、いま何歳?」

「十一歳」

「反応に困る歳だな」


 頭を抱えたくなった。十一ってことは小学五年生くらいになる。それくらいの年齢ってもう一人で風呂に入る時期なんじゃないのか。

 世間一般で言うロリっ娘の枠に入るのは間違いないが、温泉に行く時でも、父親に付いていって男風呂に入るような歳ではない。

 小5って普通は恥じらいを持って、異性を意識し始める時期だと思うんだけどな。


「……いや、これまでの生活事情を考慮しなかった俺が悪いな。とりあえず服は洗濯機に入れて、先に風呂場いってて」

「わかった」


 白髪少女が身に着けている衣服は、おそらくは母さんが買い与えたものだ。

 こんなオシャレな長袖のシャツとスカートを、悪の組織の研究所で着られるわけがない。

 二ヵ月ほどあのマッドサイエンティスト両親と逃亡生活を続けていたのだろうが、洒落た服を買う余裕があったという事は、意外と普通寄りの生活水準だったのかもしれない。


「……」

「どした。固まって」

「服、自分で脱いだことない」

「ウチの両親ちょっと甘やかしすぎじゃね……?」


 いや分からんけど。もしかしたらクッソ壮絶な過去があって、この歳で着替えできないレベルで甘やかされても、まだまだ足りないくらい不幸な人生だった可能性もある。

 でも一人で一般的な生活ができないのは、コイツ自身も困るはずだ。一応今の保護者は俺だし、他の人間に文句ばっか言ってないで、普通レベルの日常生活は俺が教えてやらないとだな。


「見ててやるから、俺の言うとおりにやってみ」

「お手本を」

「……わるい、よく考えたらスカートの脱ぎ方とか知らないわ。スマホ持ってくるから、ちょっと待ってて」


 家の前で拾った名前も知らない少女を目の前で脱がせて全裸にさせるの、はたから見れば言い逃れできないレベルで犯罪チックだな。怖くなってきた。

 絵面的な問題とか、俺の気持ち的な意味でも風呂の世話は女に変身した状態でやってやりたいが、今は変身解除後のインターバル時間だから無理だ。

 この様子だとどうせ一回じゃ風呂も覚えられなさそうだし、手間かけずにこのままやろう。


「キィ、質問がある」

「両親と違って俺は苗字呼びなんだな……で、何?」

「キィはどうして体操着を着直したの」

「俺も脱ぐ必要はないだろ」

「入浴の際に服を着てはいけないと、チエが言っていた」

「何事にも例外はあるんだって覚えときな。お姫さま」

「れいがい……」

 

 コイツを洗うのに俺がわざわざ全裸になる意味は無いと思う。確かに俺もずぶ濡れにはなったが、後で入れば済む話だ。


「……っ」

「おいおいおい俺のズボンに手をかけるなよ、急にとち狂ったなこのロリっ娘」

「良くないことは正せと、ユウキが」

「その親父の言葉は俺も聞いたことある。問題は何が良くないことなのかって話だ」

「服が濡れてしまうのは、悲しいことだとチエが言っていた。悲しいのは、良くないこと。このままだと、キィの服が濡れてしまう。なので」

「なので、じゃねぇんだわ。母さんが言ってた濡れて悲しい服ってのは、お前が着てたオシャレな服のことだろ。俺の体操着は濡れていいの」

「むむっ」

「お願いだから納得してください」


 もしかしてこの女の子、かなり面倒くさいタイプなのかしら。

 だが見た目や境遇に反して、言われたことだけに従って動くんじゃなく、割と自分の意思をしっかり持って行動してる部分はキライじゃないわ。頭を撫でてあげよう。


「へっぷし」

「あぁもう……風邪引くからほれ、入った入った」

「わがった」


 お鼻もチーンってしてあげた方がいいなコレ。てか寒いなら寒いって言ってくれ。

 とりあえず片手でシャワーを使い、バスチェアに座った少女に浴びせつつ、俺はポケットからスマホを取り出した。


「……シャワー、あたたかい」

「よかったな」

「キィ。質問がある」

「なんぞ」

「どうしてお風呂場に、スマートフォンを持ち込んでいるの」


 温度高めのシャワーを頭からかぶりながら、こっちを振り返る少女。わっ、お湯かかった……。


「撮影? じどうぽるの?」

「逆に何でそっちの知識はあるんだよ……。そんなんじゃなくて、長い髪の洗い方とかケア方法を調べてんの」


 俺の美少女モードは変身するたびに完璧で清潔な状態になるため、しっかりと女状態で髪や肌を気にしたことはなかった。

 そんな偽物でただの贋作でしかない俺と違って、この少女は正真正銘モノホンの美少女なので、これからの事も考えるとこういったケアは必須になるはずだ。


「コレもいずれ自分でやって覚えるんだからな。ほら、ちゃんと前向いて」

「はい」


 これからどれ程の期間この少女を世話する事になるのか、そういった多少の不安を胸中にしまい込みつつ。

 少女の持つ白皙で艶めかしい肌をなるべく視界に入れないようにしながら、俺は彼女を文字通り洗濯したのであった。





 風呂と簡単な食事を終え、これからの逃亡生活に必要な物をかき集めた俺は、ひとまず白い少女を連れて地下へ避難した。


 机の引き出しから見つけたマニュアルのおかげで、ここから外へ出る道は事前に把握できている。

 しかし大雨に濡れて疲弊した彼女をこのまま連れ歩くワケにもいかないため、今日のところはこのまま地下で寝泊まりすることにした。

 上の階から地下へ降りる道は封鎖したものの、いつ追手が自宅を襲撃するかは分からない。明日の昼までにはここを出発しよう。

 というわけで、これからは長時間の間少女モードで外を歩かなければいけない。


「ハァ……どうすりゃいいんだ」


 ゆえに俺は変身時間をもっと長くするため、ペンダントの改造に着手していた。

 だが、当然ながら一朝一夕で出来るモンじゃない。

 最悪の場合は三時間の変身をうまいこと工夫しなければいけないことになるが……それ、かなり厳しいんだよなぁ。


「キィ。そこの回路、こっち」

「えっ?」


 机にパーツや工具を広げてペンダントを弄っていると、横からロリっ娘の手が伸びてきた。

 

「ここをこうしてこうやって」

「待て待て怪我するからやめとけって」

「できた」

「ウソだろ……」


 ものの数分でペンダントを弄り終わった彼女がそれを手渡してきた。

 まさか、と思いながらパソコンにそれを繋いで、変身可能時間をシミュレートしてみる。

 ……いやいや。そんなまさかね。


【女性フォーム持続時間:32時間】


 あらまぁ。


【インターバル:5分】


 俺や父さんの研究って何だったんだろう。


「なんてこった……問題が解決してしまった……」

「役に、たてた?」


 首をかしげながらこちらの様子を伺う白髪少女。

 なんてことない無表情だが、心なしか不安そうな雰囲気を感じ取れる。


 なるほど──と。

 俺はこの子が悪の組織に利用されていた理由を悟った。

 それと同時に、目の間にいるこの生き物が急激にかわいく思えてきて、思わず彼女を抱擁してしまった。


 ぎゅう~っ、と。


「お前~ッ!! てんっっっさいだなお前は~!!! 良い子だ!! めっちゃめちゃ役に立った! ありがとう!! これからは一生俺が守ってやるからな!!」

「ぅわっ」

「よぉ~しヨシヨシよし、いい子だなお前は。かわいいな。天才でかわいくてほっぺもプニプニとか、非の打ちどころが無いじゃねぇか。名実ともにお前が最強だ。よしよし、ぷにぷに」

「む、むぅ……」


 褒められ慣れていないのか、はたまた俺が人を褒め慣れていないのか、ともかく白髪少女は珍しく目を細めてなされるがままだ。撫でられてジッとするその姿は猫を彷彿とさせる。


「役に立てて、よかった」

「じゃあそんな優秀な子にはご褒美をあげよう。冷蔵庫にあるカスタードプリンを進呈します」

「いいの」

「おかわりもいいぞ!」

「……!」

「遠慮するな……たくさん食え……」

「あわわ」


 パタパタと足音を立てながら、隣の部屋の冷蔵庫へ急ぐ少女。

 現金な奴だと思われても構いやしない。

 両親に託された以上もともと守るつもりではあったが、さっきの事で俺自身にも彼女を守りきる理由が出来た。


 まぁ、友人をからかって遊んでいるような、クソみてぇな性格をしている俺が言えた義理ではないが。

 少なくともあんな小さくて純粋な少女を、天才という理由だけで人体実験をしているような研究所に閉じ込め、あまつさえ化け物染みた能力とかいうアタッチメントまで付与させようとしていた変態ロリコン集団に、あの子は任せられない。


「もぐもぐ」


 ベッドに座ってプリンを頬張る少女。既に一個目は完食している。食い意地が張っているところも、年相応で可愛らしいと思えた。アレが本来あの歳の、子供のあるべき姿だろう。


「……そういや遅くなったけど、一応自己紹介させてくれ」

「もぐ」

「俺はアポロ・キィ。母さんたちみたいに名前で呼んでくれていいからな」

「ごくん。……わかった、キィ」

「いや、だから名前……まぁいいか。で、きみの名前は?」


 少女が食べ終わったプリンの器を受け取り、ゴミ箱に投げ入れながら聞くと、彼女は俺の背に向かって答えた。


「コードネーム:純白。チエとユウキには、そのまま純白と呼ばれていた」


 予想通りというか、やっぱり単純な名前を与えられていたらしい。

 ていうか純白って俺の漆黒と対になってんな。こうなると俺がコイツをパクッてたってことになるのか。


「……で、本当の名前は?」

「えっ」


 彼女は研究室で誕生したのか、それとも何処かから攫われてきたのか。

 どうしてもその部分が気になっている。


「悪い、それより先に聞くべきだったな。何歳の頃からあの研究所にいた?」

「……九歳」


 今は十一だから、研究所にいた期間は二年。となると確実に誘拐されてきた子だ。俺の使命はこの子を親元へ帰らせる、というものになるわけだな。


「パパとママはどこら辺に住んでるんだ?」

「親は、いない。顔も知らない。ずっと児童養護施設にいた」

「……ごめんな」

「いい。聞かれるのは、慣れた」


 俺の使命がたった今打ち砕かれたわけだが、まだ聞いていないことがある。


「きみの名前は?」

「……純白」

「そうじゃない。あんな馬鹿どもに付けられた記号じゃなくて、きみの本当の名前を知りたいんだ」

「…………」


 彼女は下を向いたまま口を噤んでしまう。

 この光景を目にすれば、無理に聞くべきことじゃないと、普通の人ならそう言うだろう。

 だが、俺は違う。悪い意味で普通の人間ではない。

 いきなり赤の他人のズボンを脱がせようとするような、ある意味スゴイこの子の強さを信じている。

 これからの逃亡生活に何より必要なのは距離感だ。

 名前で呼び合うことは、その距離感を縮める第一歩だと思っている。レッカとだってそうだった。


 ベッドに腰かけている彼女の隣に座った。小さい声でも聴きとれるように。


「…………いつき」

「うん」

「イツキ……イツキ、フジミヤ」

「いい名前じゃないか」

「…………私は、藤宮、衣月……」


 昔を思い出したのか、二年間も本当の名前を呼ばれなかったからなのか、彼女の心情を読み取ることはできないが、イツキは──衣月は無表情のまま涙をこぼして泣いてしまった。


「よく頑張ったな、衣月。もう大丈夫だ」

「……うん」


 そんな弱々しく震える少女の肩をそっと抱いた。

 彼女がこの二年間で受けてきた仕打ちは察するに余りある。気休めの言葉より、今はそのまま受け止めてやる事が必要だと感じた。


「キィ……紀依(きい)……」

「おっと。……ん、よしよし」


 我慢できなくなったのか、衣月が名前を呼びながら正面から抱き着いてきた。それを受け止めつつ、とある事を考える。


 ここら辺の地域では、苗字は名前の後ろに来る。

 例で言うとアポロ・キィ。アポロが名でキィが姓だ。

 魔法が極端に発展した区域──特に世界から見ても屈指の魔法学園である、俺の在籍校が存在するこの大都市部などでは、魔法発祥の地に倣ってそのように名乗ることが世の通例となっている。


「藤宮衣月、か」


 しかしそうでない場所──特に魔法に乏しい辺鄙な田舎や貧困地域などでは、苗字が前に来るのが普通だ。タロウ・ヤマダは、山田太郎になる。

 元々は俺もそういった場所の出身だ。魔法学園に進学する二年ほど前に、この都市部へ越して来た。


 母は紀依千恵、父さんは紀依勇樹で、俺は紀依太陽(アポロ)と呼ばれていた。太陽って書いてアポロって呼ぶのは、俗にいうキラキラネームってやつだったのかもしれない。両親は太陽神のように眩く、とかなんとか色々言っていたが、自分の名前の由来には別にそこまで興味もない。


 話が逸れた。

 つまるところ、衣月もそういった地域の出身ということだ。同郷の友というわけでもないが、彼女の気持ちは理解できる。

 そんな遠方の地から攫われてきて、訳も分からないまま別の名前を与えられて、いざそこから逃げ出してみれば、自分とは縁遠い魔法の溢れる世界だったわけだ。急に泣き出してしまうほど、精神的に張り詰めていた理由にも合点がいく。


「はぁ、酷い話だ」

「……紀依は、わたしを守ってくれる、の?」

「当たり前だろ。ていうかあんなクソ馬鹿ロリコン悪の組織(サークル)集団なんか、俺がぶっ潰してやる」

「……シリアスな雰囲気になると、紀依はカッコつける。覚えた」

「てめっ、真面目に言ってんだぞコラ!」


 コイツやっぱりメンタル面では強いのかもしれない。泣き止むのが早すぎるだろ。

 ていうか俺の事を紀依って呼ぶの、もしかしてアポロって名前が横文字っぽいからか? 元々住んでた場所的にも紀依のほうが呼びやすい的なアレか。


「でも苗字だと距離感じるだろ。特別にポッキーって呼んでいいぞ」

「……お菓子? へんなの」

「あ、やっぱそう思うよな。ポッキーって変なあだ名だよな」


 俺はアイツのことれっちゃんってありきりたりなニックネームで呼んでるのに、何で俺はポッキーになったんだろう。レッカのネーミングセンスは独特だ。

 まぁもう慣れたからいいけどね。割と好きだし。


 さておき、今日はもう寝ることにしよう。

 明日からはもっと忙しくなる。この状況からは逃げたくても逃げられないのに、変な奴ら(ハンター)から逃げ続ける逃走中生活だ。大変だぞマジで。





『──というわけでアポロ! 公共交通機関を一切使わずに、オキナワにある秘密基地まで、なんとかたどり着いてくれ!』


 朝いちばんにアホみたいな電話をよこしてきたのは、TSペンダントを作った張本人である父親だ。

 今は地下通路を歩いていて、こういった場所でも連絡できるハイテクスマホに感心していたところだったのだが、そういった感情は今の一言で全て消え去ってしまった。ウチの両親は無茶ぶりすんのが趣味なのか?


「オキナワ。……沖縄って言った?」

『そうだ!』

「公共交通機関を一切使わずに?」

『あぁ!』

「……ここ、東京のド真ん中なんだけど」


 めちゃめちゃ首都圏の中心なんですけど。

 魔法が発展しすぎて名前と苗字が反対になったハイパー大都会トーキョーなんだよ。

 四国でも九州でもなく、正真正銘ここは関東なんだわ。なのにこっから飛行機はおろかバスや新幹線すら使わずに、この国の最南端まで行けとか正気か? 親父のことブン殴りたくなってきたな。


「わかった。迎えが来てくれるんだな」

『来ないぞ! 二人でなんとか頑張ってくれ!』

「あきらめていいか」

『エェッ!? か、母さん! なにかアポロのやる気が出る言葉を頼むよ!』

『ごめんなさい、フォローできない』


 いや確かにフォローできない無茶ぶりだけどアンタは頑張れよ。このままだと息子は挫折します。


『……その子を守れるのは貴方しかいないわ』

「そっすね。がんばりまーす」

『あ、ちょっ、あぽ』


 もう電話は切ってやった。どうせありきりたりな励ましの言葉しか飛んでこないことは目に見えていた。そろそろ出口だし時間の無駄だ。


「よしいくぜ──TS変身!」

「ぴかー。しゅう~、どんっ」

「変身完了っ!」

「ぱちぱち」


 口でサウンドを足してくれていた衣月の頭に、パーカーのフードを被せてやった。こいつの目立つ白髪は隠しとかないとな。


「いいか衣月。外では俺のことをお姉ちゃんって呼ぶんだぞ」

「わかった、お姉ちゃん」

「んふっ」


 言われた瞬間、なんかゾクゾクしてきちゃった。お姉ちゃんって呼ばれるの、すげぇ変な気分だ……!


「紀依。キモい」

「ちくちく言葉はやめるんだ」


 普通に傷つくので。


 そんなこんなで、文字通り”旅”をする準備を終えた俺たちは、さっそく地下通路から繋がる扉を開けて、外に出ていった。

 俺たちが出た先は、おそらくは学園からは離れた位置にある郊外の、人気が無い路地裏だ。

 前日と違って今日は晴天。

 雲一つない青空が広がっている。

 旅立つにはこれ以上ないほどの良シチュエーションだ。

 

 ……あぁ、そう言えば。


「レッカに連絡するの、忘れてたな」

「れっか?」

「俺の友達。誰よりも頼れるすげー男」


 昨日はコクとして別れを告げた後、アポロとしてすら一度も彼と連絡を取り合っていなかった。

 かなり早い段階で地下室へ避難したため、俺のスマホはそれからずっと圏外だったし、うちに来てインターホンを鳴らされた場合でも気づくことが出来なかった。


 どれくらいの期間かは分からないが、しばらくは会えなくなるんだ。そこまで仲が深くないヒーロー部の面々はともかく、レッカにはその事を連絡しておきたい。

 電話するんだから男にも戻っておいた方がいいか。一旦地下通路に戻ろう。インターバルも五分だけだしすぐに済む。


「変身解除っと」

「……地下に戻ってから解除した方が、よかったんじゃないの」

「あ、やべっ、急いで戻るぞ」

「ポンコツ……」


 大変なことに気がつき、焦って衣月をグイグイ押しながら、扉の先に戻ろうとして──




「ちょ、ちょっと! あのっ!!」




 その時だった。

 俺の背後から──聞き覚えのある、少女の声が聞こえた。

 恐る恐る後ろを振り返ると、そこにいたのは。


「……き、キィ先輩? なにやってんスか……?」


 いかにも忍者っぽい恰好をした、長いマフラーが特徴的な女の子。


「…………オトナシ、ノイズ……」


 先日美少女になって学園へ足を運んだ時に、気配を消していたせいなのか、唯一その姿を見つけることが出来なかった少女。

 レッカを想い慕うヒーロー部のメンバーの中の唯一の下級生にして、現代を生きるニンジャ少女。


 オトナシ・ノイズであった。


 よりにもよって、ヒーロー部の中で最も活動範囲が広域な存在(ニンジャ)に、俺が変身解除するところを見られてしまったワケだ。


「い、いまっ、女の子から、先輩の姿に……? たしか、コクって子でしたよね? え、どういう……」

「オトナシ!」

「ひゃいっ!?」


 ……こういう初歩的な失敗をするのが、俺の悪い癖だというのは、十二分に理解できた。本当に改めるべき悪癖だ。

 しかし、ここで後悔に駆られて何もできないのはもっとマズい。

 さっそく正念場だ。

 俺のアドリブ力が今この場で試される時が来てしまったようだな。


 まず、こういう場において必要なのは──シリアスっぽい雰囲気だ。


「緊急事態につき、単刀直入に聞かせてもらう。お前、学校サボってここで何をしてる」

「え、えっと、キィ先輩を探してたんです。昨日の深夜、キィ先輩の家が何者かに破壊されて……んでその何者かと、ウチらが戦闘をしまして。それで、やっつけた後に倒壊した自宅を見ても誰もいなかったから、ウチら部員に先輩を探すよう、レッカ先輩が……」


 マジで? 昨日俺たちが寝てた時、その真上でバトってたの? 全然気づかずスヤスヤでワロタ。

 ……いやいや、冗談じゃねぇぞ。地下室ってそんなに音や衝撃を遮断する機能備わってたのかよ。そんな事になってたんなら、もっと早く逃げたのに。


「あの、何はともあれ見つかって良かったっス。とりあえずレッカ先輩に連絡しますね」

「いやダメだ」

「えっ」


 なんとか頑張ってポーカーフェイスを保ちながら、頭ん中を必死にこねくり回して、彼女に必死の説得を試みる。

 いま、確実に人生で最大と言えるほど、緊迫感のあるシリアス顔をしてると思う。がんばれ俺。


「お前が見た通り、漆黒の正体は俺だ。俺があの少女に変身していた」

「ど、ドン引きっす……」


 だよね……。


「どう思われようが構わない。全てはこの少女を守る為だったんだ」

「……その子は」

「ライ会長から聞いてないか?」


 賭けだっ!! お願いです会長!! みんなに情報共有していてください!!!


「も、もしかして、部長が言ってた”逃げ出した実験体”って……!」


 っしゃあ!!!


「レッカたちヒーロー部は、良くも悪くも人の目に付きやすい。情報の拡散が致命的なこの状況だと、頼れるのは隠密行動に優れた忍者であるお前しかいないんだ、ノイズ。……いや、オトナシ」

「……っ!!」


 スゴイ。あの子、驚きつつもシリアス感のある真面目な顔になった。割と話を聞いてくれる子で助かったわ。


「秘密を知ったのがお前で良かった。頼む、全てを秘密にしたまま、俺と一緒に来てくれ」

「っ……それは、レッカ先輩を裏切ることになります」


 うぐっ。あいつに惚れ込んでるヒロイン相手に、この提案は厳しいか……?

 正直『秘密は黙ってる』と言われても信用できない以上、この場でオトナシを返したくない。人を疑いすぎるのは良くないが、レッカの事を好いているのなら、あいつに対してだけは口が軽くなる可能性が大いにある。壁ドンされながら自白強要でもされたら、十中八九ゲロってしまうはずだ。


 頼むぞ後輩。おねがい──!



「……でも、その子がまた悪の組織に捕まったら、世界が大変なことになっちゃうんスよね」



 ──おっ?

 こ、これは確変演出か……?


「市民を守るのがヒーロー部の使命。……世界そのものが終わっちゃったら、話にならないです」

「オトナシ……」

「わかってますよ。忍者が秘匿情報をペラペラと喋るわけないでしょ」

「オトナシぃ……!」

「どこまで手伝えばいいのか、ちゃんと教えてくださいね。……先輩」

「オぉトナシャアァ……ッ!!」

「さっきからうるさいっスよ……」


 おめでとう! こうはいのニンジャが なかまになった!





 それから約十分後。

 オトナシが捨てたデバイスのGPSを追って、彼女を除いたヒーロー部の全員が街外れの、建設途中の大橋まで駆け付けた。

 なるべく急いでその場を離れたのだが、どうやら彼らの追跡能力を侮っていたようだ。


「──コクっ! 待て!!」


 建設中の大きな橋は二つに分かたれていて、それを繋ぐ中央の道が存在しない。

 まるで谷底のように、途中で断絶されているのだ。


「……レッカ」

「お前……いい加減にしろ!」


 橋の向こうから親友の声がする。息が上がっていて、汗だくだ。相当急いでこの場に駆け付けたのだろう。

 他の少女たちも焦燥の──いや、苛立ちや敵対とも取れる表情で、こちらを見つめている。なんならこのまま殺されてしまいそうな眼力だ。


 こちらはパッと見で、コクに変身した俺一人。

 衣月は透明マントを使った状態で隣にいて、オトナシも忍者らしく橋の真下に張り付いて待機している。

 何かあったときは彼女にサポートしてもらう手筈だ。


「おまえ何を隠してる!? どうして急にあんな事を……アポロがいなくなった事と、何か関係があるのか!?」

「……ごめんなさい」

「そうじゃない、答えになってない……!」


 これまでに無いほどレッカは怒っていて、尚且つ焦っていた。

 偶然衣月の事が重なったとはいえ、こうなってしまったのはほとんど俺のせいだからか、大きな罪悪感が胸中で燻る。


「レッカくん、話しても無駄だよ! 私が捕まえるからっ!」


 横から出てきたコオリが、俺を捕まえるつもりで、氷の魔法を放ってきた。

 氷で生成された巨大な人間の右手がこちらへ向かって、猛スピードで迫ってくる。


「ハッ──」


 しかし、その氷の手が俺を捕まえる直前で、橋の下からオトナシが飛び出てくる。

 彼女の駆使する音魔法とクナイを合わせた技によって、コオリの魔法で作られた巨大な右手は、粉々に砕け散ってしまった。


「オトナシっ!?」


 スタっと俺の隣に着地するオトナシ。

 相殺した魔法の衝撃が強すぎたせいか、透明マントが吹き飛ばされ、隣にいた衣月も露わになってしまう。

 ヒーロー部全員の前に、即席で作った三人の美少女チームが姿を現す事となった。


「どっ、どうしてオトナシが……? それに、その少女は──」

「申し訳ありません、レッカ先輩。今は事情を話せないッス」

「なに、言って……」


 狼狽えて一歩後ずさるレッカ。

 魔法を砕かれたコオリ、隣のヒカリやウィンド姉妹たち四人も同様に困惑したものの、中央にいるライ会長だけは、真剣な表情のままこちらを見据えていた。

 ぶっちゃけあの人にはどこまで知られているのか分からない。勘違いをしているのかもしれないし、わざと知らないフリをしている可能性もある。さすが生徒会長兼ヒーロー部の部長といった所か、どこまでも読めない人だ。


 だが、そんな事には構わず、主人公さんは俺たちに向かって問いかける。


「コク……この際、きみの正体は問わない」

「……」

「けどこれだけは答えてくれ。……アポロは──オレの親友はどこだ!? 知ってるんだろ!!」


 一人称が崩れるほどの迫真の叫びだ。正直ひるんでしまった。

 ……よく考えたら、レッカ視点から見たこの状況、ちょっと俺が隠しヒロインっぽく見えてるんじゃね──と考えた思考は吐き捨てる。流石にここまで追い詰められた状態だと、美少女ごっこに思考を割いている場合ではない。外での少女姿を強要されてる以上、もはやごっこじゃなくなり始めてるし。


 すべてを打ち明けて楽になりたいが、衣月のことを投げ出すわけにはいかない。

 だから俺はまだ嘘を隠し通すのだ。

 アイツがちゃんと俺を止めてくれる、その日まで。


「──私が生きている限り、アポロ・キィは死なない」

「…………は?」

「抽象的な意味じゃない。……いずれ、話すときが来る」


 それだけ言い残して俺が指で合図を鳴らすと、ウチの忍者が煙幕玉を下に投げつけた。

 灰色の煙が一気に充満し、その隙に俺は風魔法を使い、二人を浮かせる。


「二人とも、行くよ」

「うん。……音無(おとなし)

「大丈夫っすよ衣月ちゃん、しっかり掴まっててください」


 音無が衣月を抱えたところで、三人で一斉に空へ飛び上がり、大橋から離れていく。

 かなり目立つし魔力も大幅に消費してしまう撤退方法だが、あの場所から移動するためには、この手段しか残されていなかった。


 よし、これでひと安心──



「コクぁぁァッ!! 待てェェェッ!!!」


 

 ってなんか来てるゥーッ!!?


「ちょちょちょッ! レッカあいつ、飛べるようになってたのかよ!?」

「ヤバそう」

「あはははっ! さすがレッカ先輩ッス!!」


 笑ってる場合じゃねぇよ冗談抜きでやべぇ。

 主人公の底力マジで計り知れない。

 俺がアイツの前で何回も空へ消えていったせいなのか、その退散方法を学習したレッカが、両手から炎を大量に放出しながら飛行する方法を編み出して、煙幕を突き抜けて追いかけてきやがった。何だよあれアイアンマンかよ。


「散々振り回しやがって! 洗いざらい吐かせてやる!!」

「それ主人公の言うセリフじゃねぇッ!! わっ、うわわうわうわっ、くるなぁァァ!!」



 あまりにも予想外なお空での鬼ごっこが開始されてしまい、前途多難であろう道のりを嫌でも思い知らされる、最悪な旅路の一日目が早速スタートしたのであった。



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