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マユのトゥルーエンド



 アポロに特別な力があることは、薄々感づいてはいた。


 天才的な頭脳とか、秘められた超パワーとか、そういったものではないけど。

 彼には誰よりも特別な力がある。

 たくさんの仲間を作り。

 おかしな目的を持っているにもかかわらず、多くの人々から信頼を得たり。

 ”自分の物語”を動かすために周囲を巻き込み、結果的により良い方向へと動かす力がアポロにはあった。

 当然、本人からすればそれはただの結果であって、自分の力とも思ってはいないのだろうが。

 それに関しては、まぁ……当然というか。

 私みたいなよくわからない存在が生まれたり、世界中から命を狙われたり、子供のように泣きわめいてしまうほどのトラウマを刻まれたりしているから、アポロからすれば不幸だらけで特別な力だなんて思えるわけがない。


 しかし、やはり彼には特別としか言いようがないパワーがあったのだ。

 その証拠としてここ一ヵ月の出来事を振り返ってみよう。





『キィくん!? え、あれっ……あなたはコクさん? わわっ、茶髪だ……イメチェンかわいい……』


 まず初週。

 カゼコに連絡を取ってもらう形で、彼女の妹である風菜が合流した。

 アポロが変身した美少女であるコクに恋をしている彼女を納得させるのは容易で、ダメ元でアポロがそれっぽいことを口にしたら風菜はあっという間に味方入り。

 多分今まで一番簡単なミッションだった。


 その後、私とアポロの間で決まったこの世界での約束事は二つ。

 一つは私たちのウソと事情を隠し通すこと。

 もう一つは絶対に”変身”しないこと、だ。


 一個目のウソに関してだが、大前提として私たちは《《この世界の人間》》として振舞うことにした。

 アポロは奇跡的に生還して戻ってきた設定。

 私はなんやかんやあって彼と分離した『コク』って感じで。

 四六時中限界ギリギリでストレスマッハな終末世界で生きているヒーロー部の面々に、やれ異世界だの出生が意味不明な美少女だのと、頭が混乱するような情報を余計に与えるべきではない、という結論に至ったため、こういったリカバリー方法をとるしかなかったのだ。

 彼ら彼女らは自分たちの世界のことで手一杯。

 追い詰められている人間に対して、わざわざ難しい事情への理解を求めるほど、こちらも急いでいるというわけではない。

 少なくとも警視監との殺し合いが始まるクリスマス・イヴの前日までに、元の世界へアポロを帰還させられれば、それでまったく構わない。

 

 ──話は戻って、風菜と合流してから数日後。


『よ、ようやぐっ、ヒーロー部のみなさんであづまることができでぇ……ヴぇっ、うえぇぇ、ひぃーん』


 大阪で洗脳が解除された人々を《《一人で》》守り切っていたヒカリと合流。

 全員で力を合わせて大阪の支部を破壊し、避難民を秘密基地に送ることで、ヒカリが大阪を離れられなかった懸念点を解決することができた。

 私たちの世界よりだいぶ泣き虫になったヒカリを連れ、今度は部長が現地の同志と徒党を組んで悪の組織に抵抗しているらしい九州の熊本へひとっ飛び。

 

『どわああああぁぁぁァァッ!!? で、でっ、でたああああああぁァァ!!!』


 アポロを幽霊と勘違いしたライ部長が気絶──なんて一幕もありつつ、これまたアポロの不思議なパワーで周囲にバフがかかり、熊本での厄介ごとを片付けて彼女を再びチームに迎え入れた。

 ここまででわずか二週間あまり。

 アポロがこの世界に訪れてからたったの数日で、人々は悪の組織に対抗できるようになり、各所へ散り散りになっていたヒーロー部は再びチームとして活動可能なまでに再興してしまった。

 本当におそろしい影響力だ。

 アポロ個人の能力自体は微々たるものだが、他人の精神的主柱となることで周囲のメンタルを強固にする彼本来の性質が、この世界にきてから見事に炸裂している。

 

『うそ。……ほんとに、アポロくんなの……?』


 アポロを生き返らせるためになんか闇落ちして悪の組織に与していた氷織のことも、なんとか目を覚まさせて。


『まっ、まって。生きてることも驚きなんだけど、二人ともなんで分裂してるんだ。……ぃ、いや、良いことなんだろうけど……あの、僕と再会するたびにものすごい情報量で殴ってくるの、そろそろやめてほしいな……』


 組織に捕縛され地下深くに監禁されていたレッカをも救った頃には、すっかり元のヒーロー部というチームに戻っていた。

 ……いや、正規ルートと比べると細部は異なるか。

 ヒカリは打たれ弱くて泣き虫だし、ライ部長は乙女っぽい部分がほぼ消えて全体的に筋肉質でクール。

 カゼコは妙に殺気立ってて口が悪いし、レッカも荒んでて乾いた笑いばかりする精神的に成熟しきった大人みたいになっており、音無なんかまるで最初期のコクを彷彿とさせる寡黙な無表情っ娘に変貌してしまっている。コクとして振る舞ってるはずの私のほうが会話の回数が多いレベルだ。

 アポロが死んでから数か月で、ここまでヒーロー部が変わってしまうとは思わなかった。

 正規ルートと比べて人格が乖離してないのは風菜くらいのものである。それにしてもメンタル強いなこいつ……。


 ──で、昨晩。


『紀依っ』


 激ヤバな実験の被験体として消費される寸前だった衣月をどうにか救いだし、名実ともにヒーロー部は全員集合を果たした。

 これで目下の課題だった”戦力が足りない”という部分は解消されたわけだ。

 ヒーロー部は六人揃ってることが真価を発揮する条件。

 そしてアポロが本気を出すには庇護対象である衣月と、そこにいるだけで精神的支えになる音無が必要だった。

 とりあえずはこれで大丈夫だろう。

 別の世界線での出来事とはいえ、一度は文字通り世界を救ったチームだ。

 必要最低限の求められている人材は確保したし、あとは魔王の力を逆利用した世界の改変をおこなうだけである。


 ──と、そんな感じで何もかもが順調に進んだ一週間だったのだが。



「……いやいや、早くアポロをもとの世界に返さないと」


 みんなが寝静まった深夜。

 第二の拠点として使っている廃ビルの一室で、私はそんなことを小さく呟いた。


「アポロのパパに聞いたけど……世界改変ってこの世界にあるものすべてを書き換えちゃうらしいし」


 紀依博士にもらった資料を確認しながら、数日後に決行する最終作戦の行動内容をまとめていたのだが、そこでようやく重要なことに気がついた。

 元は別世界からきたアポロだが、今は当然ながらこの世界の一人の人間として組み込まれている。

 改変のタイミングがシビアなため、少しでも遅れるとアポロはこの世界の人間として再編纂され、二度と元の世界に戻れなくなってしまう。

 そもそも向こうではアポロが不在の状況がずっと続いているわけだ。

 あちらのヒーロー部も大いに心配しているはず。

 それに現在は十二月の中旬ということもあり、警視監との約束のクリスマスも目前にまで迫っている。

 ぶっちゃけアポロをさっさと帰したい。

 いつまでも別の世界線に同情なんかしてないで、自分の生まれた場所での自分がやるべきことに専念してほしい。


「…………寝てるよね」


 こっそりアポロが寝ている部屋へ赴き、彼の腕につけてある機械を少々いじくる。


「さっさと帰りなよ、バカなお人好しさん」


 こちらの紀依博士に協力してもらって手に入れた特殊なプログラムを、彼の腕輪に流し込んでおいた。

 これは時間経過で勝手にスイッチを起動させるウィルスだ。

 彼の意志とは関係なく、世界改変に巻き込まれることのない、安全に帰れる時間帯に強制的にアポロをもとの世界へ帰還させられる。

 直接世界改変のトリガーを引くのは、この私だ。

 元をたどれば私になる前のアポロが美少女ごっこをやめたのがバッドエンドの原因なんだから、その後始末は彼の体を乗っ取った私がやるべきだ。

 それに最初からこっちの世界出身だし。

 元の鞘に収まるというか、あるべき場所に帰るだけです。


「たぶん、私はいなかったことになるけど」


 私は《《悪の組織を打倒した後に発生するトラブル》》が引き金となってこの世に生を受ける。

 つまり世界改変でそもそも悪の組織が自滅したことになれば、ヒーロー部──アポロが世界を救った事実そのものがなかったコトになり、私を発生させる要因はそのことごとくが駆逐されていく。

 最初からいなかったことになるのだ。

 前提条件としてこの世界からあの世界へ流れ着いた魂だけの存在という、まるで意味不明なバグなのだから、間違いが修正されれば消えるのは道理だろう。


「……ヒロインなら今のうちにキスでもするところだけど」


 やっぱやめとこ。


「たぶん相棒枠だしね、私。……さよなら、アポロ」


 彼からそっと離れつつ、自分の両頬を叩いて気合を入れ直す。

 よーし。 

 命をかけた人生最後の大仕事だからな、がんばるぞ。

 死ぬことになるんだろうけど──不思議と怖くない。












 ──と。

 らしくもなくシリアスな風を吹かせて、計画通りに自分が死ぬはずのトリガーを引いたはずだったのだが。


「………………生きてるんかーい」


 予想に反して、私は生きていた。

 とても晴れた青空の下、とあるカフェの屋外テラスで紅茶を飲みながら、自分に起きた様々な事象を脳内で整理している。


 まず、バッドエンド世界は当初の予定通りに改変した。

 衣月とアポロを除くヒーロー部全員で魔王に膝をつかせたその瞬間、紀依博士が作った特殊な機械をやつと連結させ、魔力を吸い取ってそのままスイッチを押して起動。

 世界改変が開始され、視界が真っ白に染まったあと──この世界で目が覚めた。

 アポロのことは作戦の最終段階を迎える前に、窓のない地下室に閉じ込めておいたため、改変前までには強制的にこの世界を去ることができたはずだ。

 だから……そう、アポロの心配はいらないのだ。


「困ったな……ズズ──熱っ!」


 問題は自分のことである。

 どうやら今回のこの事象に関しては、私の解釈が間違っていたようで。

 修正後の世界では発生しないバグ……つまり存在しえない生命体である私は、生まれる過程そのものが否定されてこの世から消え去ると思い込んでいた。

 しかし事実は少し異なっていた。


 確かに私はこの世界では確実に発生しない生き物だ。

 二つの時間軸を彷徨して結果的に生を受けた私は、いわばこの世界の枠組みから逸脱している。

 あり得ない──イレギュラーな存在だ。

 だから。

 《《イレギュラー存在だからこそ世界からはじかれた》》。

 どうやらこの世界は割といじわるだったようで、いなかったことになるのではなく、私というバグをいったん取り除いて世界を直してから、ふたたび私を盤上に置き直した。

 余ったパズルのピースだ。

 はめ込む場所がないから、とりあえずパズルの上に置かれている。

 この世界は直せるけど、他の世界の事情も交じっててよくわからんお前のことまでは面倒見れないわ──とこの世界そのものから否定された感じ。

 つまり何もかもが修正されてトゥルーエンドを迎えた世界で、唯一私だけが改変前と全くなにも変わらない人間として取り残された、というわけだ。


「ごちそうさまでした」


 数少ない路銀で頼んだ紅茶を飲み干し、カフェから発つ。

 時刻はお昼よりちょっと前くらい。

 そろそろ飲食店が込み合う時間だが──


「どうしよっかな」


 ポケットから取り出した小さい小銭入れの中には数百円。

 当然大きなお金はない。

 服装はヒーロー部が通っている魔法学園の制服(改変前にもらった余り物)だが、今日は土曜日ということもあり真昼間から制服で往来を歩いていても補導されることはないから安心だ。

 とはいえタイミングに助けられているだけだから、日曜日を跨ぐまえに別の服とか用意したいな。お金ないけど。

 マジで補導だけは面倒だ。住所はおろか戸籍すらないんだから。

 

「……本当に、誰もいないしな」


 私を知っている人間は誰もいない。

 帰る場所も、これから先の目的もない。

 ただ漠然と世界を書き換えて、いまここにいる。

 自分の正体を知ってからは、アポロをもとの世界へ帰すこと以外は、わりとどうでもよかった。

 そりゃあこの世界の人々には同情したし、あっちの世界では良くしてくれたヒーロー部の力になりたいとも思っていた。

 けど、やっぱり心の底ではどうでもいいと思っていて、選んだ選択がこの大多数にとっては幸福につながる道だった、というだけの話なのだ。

 こちらの世界には思い入れがない。

 あっちの世界は私の居場所ではない。

 結局どっちつかずで、最後の最後は一人になった。

 警視監と決着をつけて世界を救ったあの時のアポロとは違い、見送ってくれる衣月(ヒロイン)も、血眼になりながら必死に探してくれるヒーロー部(なかま)も、ずっと想ってくれる親友もいない。

 ただひとり。

 たったひとりで──


「わっ……」


 下を見ながら歩いていたせいか、誰かとぶつかってしまった。

 そこまで強い衝撃ではなかったが、原因は私にある。

 早く謝らないと、と思って顔を上げると──見覚えのある人物だった。


「すいませ……」

「だ、だいじょうぶ? ごめん、俺もよそ見してた」

「……………………」


 これまた、なんとも、ベタな展開だ。

 思わず言葉を失っちゃった。

 私の目の前に現れたのは──まぁ、普通にアポロ・キィだった。


「……あ、あの? どこか痛むのか?」


 見た目から判断したのか、私のことを年下だと思って接している。

 ていうか制服のリボンが下級生のものだったからってのもあるけど──なんかうざい。

 実際の年齢はともかくとして、記憶の量はほぼ同等だしなんなら精神年齢(なかみ)はほとんど一緒なんだぞ。

 

「…………いえ、平気です」


 顔見知りですらない目の前の少年に、そんな生意気なことを言える道理はないけど。

 

「そうか……? でも、顔色がよくない──」

「もとからこういう肌色なんです」

「……ご、ごめん」


 病的な……とまではいかないけど、私は普通の人に比べればかなり色白だ。

 不健康そうに見えるのはしょうがない。

 まず私を知っていたらしないはずの反応だったからか、いざ現実を目の前にすると少しだけひるんでしまった。

 余計に傷つく前に彼の前から去ろう。


「まあ、あなたが無事ならそれでよかったです。それじゃ」

「お、おう。…………どっかで会ったことあったかな、あの子……?」



 足早にその場を離れ、噴水広場のベンチに腰を下ろして一息ついた。

 呼吸を整えながら背もたれに体重を預け、空を仰ぐ。


「はぁー……そりゃそうだ……」


 アポロは私を知らなかった。

 コクと瓜二つな私を見ても、何の違和感も覚えなかった。

 悪の組織の計画が頓挫した世界線に変えたはずなのだが、どうやら彼がペンダントを使って美少女ごっこに邁進した事実すらもなかったことになっていたらしい。

 いったいどの段階で悪の組織が失敗したのかは定かではないが、少なくともアポロがヒーロー部に入部するきっかけとなった美少女ごっこすらなかったとなると、ヒーロー部が身を粉にしてまで戦っていた正規世界線よりは平和になっているのかもしれない。


「……あっ、ヒーロー部」


 遠くに見えたのはライ部長、氷織、ヒカリ、それから荷物持ちをさせられているレッカだった。


「そういえばコオリさん、電飾を買ってませんわ!」

「あー、忘れるとこだった。あそこのホームセンター寄ろっか」

「れ、レッカ? やはりわたしも持とうか?」

「いえっ……ジャンケンに負けた僕が悪いんです……! 最後まで頑張ります!」

「……そ、そうか。レッカも男の子だな」


 ほほう、なるほど。

 クリスマスが近いということもあるせいか、なにやら大量に買い出しをおこなっていたようだ。

 というか悪の組織の活動が活発じゃなくても、あの四人は最終的にヒーロー部になってしまうらしい。

 見た限りではほんわかした雰囲気だ。

 もしかしたらこの世界では血生臭い戦場になど赴かない、市民のヒーロー部という名の健全なボランティア部活動なのかもしれない。


「──フウナ? どうしたの?」


 ヒーロー部が目指していたホームセンターから出てきたのはウィンド姉妹。

 別の世界線ではチームメンバーだった彼女たちは、どうやらこの世界では込み入った事情のない普通の仲良し姉妹であったようで、無関係の部活メンバーたちの横を当然のごとく素通りした。

 すると風菜だけが立ち止まり、じっとこちらを見つめている。どうしたんだろう。


「……お姉ちゃん。一目惚れって……信じる?」

「えー? ないない。人って中身を知らないと好きにはなれないものよ。……なに、さっきの男子に一目惚れしたの?」

「それは全然違うけど……うぅん、なんでもない。いこ」


 二人もまた私を知らないため、ほどなくして去っていった。

 まだ肉体を持ってないときにアポロの記憶を見たことがあるが、風菜がコクを好きになった原因は外見が四割、残りは童貞が勘違いするようなムーブで優しくされたからだ。

 強い接点を持たない以上、風菜がコクにそっくりな私を必要以上に気にする理由もまた存在しない。


「……衣月、音無の家の子になったんだ」


 こんな都合よく邂逅することある? って疑いたくなるほど、その場には以前の知り合いたちがたくさんほっつき歩いていた。

 ヒーロー部四人は先ほどの通り一般的な部活動のメンバー。

 ウィンド姉妹も悪の組織に幽閉された過去はなくなり普通の女子高生。

 衣月は──


「あ、おねえちゃんだ」

「……めちゃめちゃ心配した表情でこっち来てるぞ。きみ、ちゃんとお姉さんに謝りなさいよ」

「わかった。……紀依おにいちゃん、一緒に探してくれてありがとう」

「ん。今度は迷子にならないようにな」

「こら衣月ー! 勝手にひとりで行かないでって言ったのに!」


 アポロと手をつないでおり、ほどなくして彼の手を離れて、迎えにきた音無に抱き着いた。


「おねえちゃん、ごめんなさい」

「まったく。……あっ、そのネクタイの色、二年生の方ですよね? 妹のこと、ありがとうございます」

「お構いなく。俺も急ぎの用事とかはなかったから、衣月ちゃんと少し遊ぶのはいい暇つぶしだったよ」


 迷子になったあと、私とぶつかった後のアポロと出会い、保護してもらっていたらしい。

 正規世界線だと衣月は組織に拉致される前から児童保護施設にいたはずだが、彼女のそういった境遇も悪の組織が一枚嚙んでいたようだ。


「はぁ……衣月と遊んでくれたんですか」

「おにいちゃんとはメダルゲームやった」

「えっ!? ばかっ、いくら使ってもらったの!」

「ハハ、たった五百円だから気にしなくてもいいって。衣月ちゃんゲームうまいからメダルけっこう増えたし──」

「……何かお詫びさせていただきます、先輩」

「だ、だから気にしなくていいって」

「ダメです! 学生の五百円はバカにできませんよ!」

 

 ……それにしてもあの三人、平和な世界でも出会うくらい因果が繋がってるんだな。運命って感じだ。

 もしかして悪の組織、紀依勇樹博士と知恵さんが組織から抜けて”アポロ・キィ”の誕生が確定したあたりで破綻したのだろうか。

 今となってはどうでもいいことだけど。



 かつての知り合いたちの邂逅を目の当たりにしていると、なんだか落ち込みそうになったので視線を下にさげた。

 別に、もう無関係の学生たちだ。

 誰も知らないどこかの世界の、顔が似ている誰かを私が覚えているだけ。

 友人の惚気を見せられる独り身みたいな気分だった。めっちゃふつうに最悪です。

 平和になったあの少年少女たちに、私みたいな化け物が近づくべきではない。

 妙な欲が顔を出す前にこの場を離れよう。


「かえろ。…………あっ」


 何言ってんだ。

 帰る家なんかないでしょうに。


「うーん……まぁ、いっか」


 深く考えるのはやめて、ベンチから立ち上がった。

 これからはただ各地を彷徨して、どこかで野垂れ死にするだけの人生だ。

 お金があるうちにおいしいものを食べて、誰も訪れないような場所を見つけたらそこでひっそりと過ごす。

 誰も私を──わたしの名前を知らない世界で、また知ってもらおうと頑張る気は起きない。

 この先のことも割とどうでもいい。

 

 今日の夕食くらいは悩もうと考えつつ、目的地も特に決めないまま歩き出す。

 なるべく、なるべく気落ちした自分の心を直視しないようにしながら。




「────マユっ!!」




 ……。


 …………。


 ………………えっ?









 最近の夜は、なんだか意味深なセリフばっか吐きやがるマユのせいで眠れなかったり、途中で起きたりすることがままあった。

 その最たる例がこの世界での最終決戦の前夜だ。

 やれ帰れだのバカだのお人好しだのと好き勝手罵ったと思ったら──


『たぶん、私はいなかったことになるけど』


 といった爆弾発言をしてくれやがった。

 なんだこいつ睡眠妨害に続いて自害宣言とか頭おかしいのか。

 確かにこの異様なシリアス世界観の別ルートにいたら多少影響されてナイーブになってしまうのはわからないでもないが、それにしても死に急ぎすぎだろう。

 まさかと思ってこの世界の親父を問い詰めたところ、なにやら特殊なウィルスを彼女に渡していたそうで。

 息子特権でそれを消去させたあと、マユの動向を様子見していたのだが、まさか俺を独房に閉じ込めるとは思わなかった。

 こっそり手助けを頼んでいた衣月に扉を解錠してもらい、ラスボスと戦っている現場にようやく到着したと思ったら時すでに遅し。

 寂しそうな笑顔、ともすればシリアス作品に影響されすぎた中学生みたいなキメ顔で、世界改変スイッチを押したマユがそこにはいた。


「はぁ、はぁ。……まったく、ようやく見つけた」


 で、気がつけばこの世界。


「どうなってんだこの状況? 風菜もカゼコも俺のこと知らないし、ペンダントつけてない俺が音無とイチャイチャしてるし……」


 作戦内容にあった世界改変というのには成功したのだろうが、まさか美少女ごっこ自体が消え失せているとは夢にも思わなかった。

 風菜にコクを聞いたとき『それ誰ですか?』って言われちゃったときは素直にショック受けちゃったわね。

 あとれっちゃんも俺のことポッキーって呼んでくれなかった。てかキィって呼ばれた。苗字ておまえ。

 どういう過去改変をされたのか、なぜか俺は二人いて、なおかつれっちゃんとは知り合いではあるものの親友といえるほど仲良くはなっていない。


「どういう……そもそも別世界の人間だから、私と同じようにはじかれた……?」


 顎に手を添えてブツブツと呟いているが要領を得ない。

 こっち見ろよおい。


「こら、おいマユ。無事なら無線機で連絡しろって。めっちゃ探したんだぞ」

「…………ね、ねぇ」

「なに」


 不安げな表情のまま上目遣いで俺を見上げるマユ。

 惚れそうになるから急に美少女しぐさしてくるのやめてほしい。


「名前……もっかい言って」

「は?」


 何言ってんのかわかんねぇ。

 平気そうに見えて実はマユも結構困惑してたりするのか。


「マユ」

「うん」

「……え? いや、呼んだけど」

「もっかい」

「なんで……」

「もういっかい」

「何なんだよ……マユ、マユ、マユちゃん。これでいいですか」

「…………うん」


 これはいったいどういうことだ。

 あの煽りカスで常に余裕綽々って雰囲気を崩さなかったマユが……なんというか、普通に年頃の女の子っぽい。

 わかりやすく赤面してたり──は、しないけど。

 目が泳いでるし、手も俺の制服の裾を掴んだまま離さない。てかいつのまに掴んでたんだ。



 ……不安だったのだろうか。

 確かにこの世界へ訪れてからはほとんど余裕がなかった。

 みんなもそうだが、なにより俺自身が結構キツかったように思う。

 ぶっちゃけ地獄みたいな一ヵ月だったといっても過言ではない。

 アポロ・キィがそもそもいなかったり、ヒーロー部のメンバーはみんな『誰?』って感じの変化を遂げてたし、加えてどいつもこいつもメンタルが危うくて接しづらかった。

 俺がまともに……というかいつも通りでいられたのは間違いなく、すぐそばにマユがいてくれたからだ。

 睡眠妨害はまぁ普通にウザかったが、彼女がいなかったら俺もシリアス堕ちしてしまっていたかもしれない。

 事情を把握しているマユのおかげでがむしゃらに頑張れて、くだらないやり取りをしていたからこそメンタルも保てていたのである。

 そういった感謝の念は素直に言葉にして送るべきだ。

 あっちももしかしたらそれ待ちかも。


「ありがとな。こっちの世界じゃ正直助けられっぱなしだった」

「……そうなんだ」

「おう。だから……そうだな、帰ったらどっかファミレスにでも寄ろう。なんでも頼んでいいぞ」

「……私、かえってもいいの?」


 何言ってんだこの外見ロリは。


「当たり前だろ、お前の家はウチなんだから。……な、なんだ、家出でもしたくなったの」

「……ううん。かえっていいなら、かえる。一緒に……帰る」

「そうしとけ。だいたい、俺と警視監との約束を知ってるのはお前だけなんだかんな。こっちに残りたいって言っても連れ帰ってたわ」

「そっか……そっか」


 茶化しながら笑い飛ばしてみると、なぜかマユは少しだけ嬉しそうに微笑み、人目も気にせず正面から抱き着いてきた。

 まって。

 待って待って。

 なんなの、なんで突然のデレ期なの。

 攻略するような手順は踏んだ覚えないぞ。


「私って、アポロの相棒?」


 なにをいまさら。


「お前がそう思ってくれてるうちはな。せいぜい失望されないように頑張るわ」

「わかった。……ありがとう、アポロ」

「……お、おう」


 どうしたんだお前──とか。

 そういう質問をするのは野暮かと思ったからやめておく。

 俺たちが歩んだルートより何倍も凄惨なこの世界を体感して、それから一番大事な自分の出生の秘密を知ったこともあり、彼女は彼女で感じ入るものがあったのだろう。

 正直こういう反応は予想してなかったけど。

 ともかくお互い無事だったのならそれでいい。

 チートも特典もない危なっかしい異世界転移の大冒険はこれで終わりだ。さっさと帰ろうな。


「よし、じゃあワープ装置を起動させるぞ」

「……アポロ、鼻の下が伸びてる」


 うっ。


「あ、あのな。女子に抱き着かれたら否が応でも男子はそうなるんだって。少年漫画とか読んでたんだからわかるだろ」

「そうやって開き直るんだ」

「最初にくっついてきたのはそっちだろ! 俺で遊ぶとあとが怖いからな!」

「……べつに。なにをされても文句はいわないけど」

「え? ……えっ?」


 どういう意味ですか……。


「ふふっ。いかにも童貞くさい反応。やらしー」

「テメェなぁっ!!?」


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