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普通ができない三人 後編



「……あの、ごめん」

「いえいえ、気にしないでください」


 結局、今日一日はボロボロだった。

 気がつけば彼女とも手を離してしまっているし、すっかりオレンジ色になった陽の光が後ろから降り注いで、濃い影をコンクリートの地面に映している。

 今歩いている場所は住宅街だ。

 遊べる場所はおろか、飲食店や暇をつぶせるような施設も存在しない。

 今日五回目くらいの迷子を家に送り届けていたら、いつの間にかこんな場所でこんな時間になってしまっていたのだ。本当に凹む。


「ハァ……」


 俺は彼女に対して何ができただろうか。

 当然、何もできなかった。

 ただ相次ぐ面倒ごとに振り回していただけで、とてもとてもデートと呼べるようなモノではなかった。

 露骨に嫌われるまでは無いにしても、やはり呆れられてしまったのは確実だろう。アポロ君の一日はこれで終了です。


「……ふふっ。なぁに落ち込んでるんですか」

「えっ? そりゃ、お前……」


 後ろに腕を組んだ音無が、イタズラめいた微笑を浮かべながら、そんな事を言ってきた。

 まさか分からないワケではあるまい。

 呆れを通り越して、逆に笑いが出てきてしまったのだろうか。空回りしまくる俺が滑稽に見えていたのかも。


「私は楽しかったですよ? 市民の方々や街の平和も守れましたし、一石二鳥って感じで」

「治安維持はそうだけど……いや、楽しかったか?」

「えぇ、そりゃもう」

「はえぇ……あんた変わった子だね……」


 唯一少しだけゆっくりできた昼飯だって、急に暴れ始めた不審者の魔法で、店がボヤ騒ぎになって中断されちゃったし。

 半分も食べる前に事件が起きて、二人でそれを解決したはいいものの、料理はひっくり返って食えなかった。ハッキリ言って最悪だった。

 なのに『楽しかった』とは、どういう……?


「先輩、あの旅と同じように過ごそう、って言ってましたよね」

「う、うん」

「今日の忙しさは、まさしくあの旅の時と同じくらいだったなって、そう思いません?」

「……う、うん?」


 何が言いたいのでしょうか。


「まあ、普通にどこかで遊んで、美味しいもの食べて、映画をみて……とか、そんなのもアリだとは思います。でもやっぱり私たちって、こういう普通じゃないのがデフォじゃないですか」

「……確かにあの旅は普通じゃなかったな」


 怪人たちから逃げ回って、日本中を駆けながら三人でこっそりお忍び生活。

 少なくとも普通ではないだろう。

 俺たちと同じ形の、あの妙な青春を体験した高校生は、恐らく他には存在しない。


「文句言いながらもヒーローをやってる先輩、カッコよかったですし」

「思ってもない事を言うんじゃないよ」

「……本心ですって」

「からかうなってば」

「え、ウザ……自己評価が低すぎませんか? 謙虚も度が過ぎると失礼って知ってます? ばーか」


 そんな慇懃無礼な態度を取ったつもりは無かったのだが。

 ていうか喜んでいいのか分からない絶妙なラインだったぞ今の。ただ状況に振り回されていただけとも言えるし。

 あとチクチク言葉はやめようね……。


「いや、本当に申し訳ない。デートとか言っといてトラブルに振り回しただけだったし……マジ、ごめん」

「ふふん。先輩と一緒にいられたら、それだけで十分幸せなんです。実は」

「えっ!? お、音無ちゃん……!」

「チョロい……」


 良い子すぎないかこの後輩。

 笑顔が眩しいよ。結婚してくれないかな……。



「──うん。それじゃ、また学校で」



 遠くに友達を見送ってる衣月を発見した。

 もうこの程度のエンカウントじゃ驚きはしない。


「……あっ」


 そして俺たちを視認した衣月は、焦った様子で物陰に隠れてしまった。

 どうやら二人きりで歩いている様子を見て、空気を読んでくれたらしい。成長したわね衣月ちゃん。

 しかし……まぁ、小学生に気を遣われて、それに甘んじるというのも微妙な気がしてくる。ましてや相手があの衣月で。


「そうそう……先輩」

「ん?」

「今日はもちろん楽しかったんですけど、やっぱり何か足りないなーとも思ってたんです。

 ──衣月ちゃん、おいでー」


 音無が手を振ると、十字路の塀からコッソリこちらを覗いていた衣月が、遠慮がちに周囲を見渡している。

 それでもなお彼女が声を掛けるものだから、ふっ切れた衣月はパタパタと俺たちの方へ駆け寄ってきてくれた。


「私たち、あの旅はいつだって三人だったじゃないですか。旅のときみたいに、って言うならやっぱり衣月ちゃんがいないと」

「……確かにそうだな」


 思い返してみればその通りだ。

 悪の組織から身を隠しながら日本横断をしていた時や、ホテルで音無と怪しい雰囲気になった時でさえも、いつもそこには衣月という少女の存在があった。

 それ以前に、まず大前提として俺と音無を引き合わせてくれたのは衣月だ。

 そもそも旅の始まりは俺と衣月の二人からだった。

 音無を味方に引き入れる理由を作ってくれたことや、俺たちを繋ぎ止める存在になってくれていた事実を踏まえると、アポロ・キィとオトナシ・ノイズの二人の間には、やはり彼女が──藤宮衣月という少女が必要なのだ。


 ……うん。

 きっと衣月を蔑ろにして二人きりでキャッキャウフフしようとしたから、今日は異常な量の邪魔が入ったんだな。

 それにあんな露骨に気を遣われては、デート(笑)の続きなど出来るワケがない。

 

「紀依、音無っ」

「はい衣月ちゃんゲット。ふふん、先輩には渡しませんので」

「キサマ……」


 ぽてっ、と抱きついてきた衣月を撫でまわす音無。

 髪の色なんて白と黒でまったくの正反対なのにもかかわらず、やはりこの二人は仲の良い姉妹に見えた。


「かわいい〜」

「音無、くすぐったい」


 音無と二人きりになるとやけに緊張してしまうのに、そこに衣月が加わるだけで実家のような安心感を得られるのは何故だろうか。

 

「……私と紀依と音無、もしかして三角関係?」

「なんてことを言い出すんだお前は」

「先輩と私たちに至ってはただの三角形じゃない?」


 意味不明なこと言ってんじゃねえぞ!


「……ハァ。衣月を連れて遅くまで出歩くわけにもいかないし、もう帰るか」

「そうですね、帰りましょ」

「じゃあ今日は紀依の家にお泊まり」


 何でそうなるんだよ。


「ほら、先輩も衣月ちゃんと手繋いで」

「紀依はやく」

「おい、まって何このフォーメーション。兄弟でもやらなくない?」


 まるで幼い子供がいる親子みたいな体勢だ。

 小さい子を間に挟んで三人で手を繋ぐの、ちょっと仲良し過ぎるでしょ。ヒーロー部のファンとかに見られたら在らぬ誤解を生み出しそうで怖いんだけども。


「先輩のご自宅にきったく〜♪」

「紀依の家に帰宅〜」

「きみたち帰宅って言葉の意味知ってる? ていうかまだ泊めるなんて一言もおおぉっ引っ張る力強いっ♡♡」


 この三人が揃うと、どうやらチーム内ヒエラルキーにおいて俺が最下位になってしまうらしい。

 されるがまま、振り回されるままに、結局俺は二人を連れて帰宅する事となったのであった。



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