体験版・個別ルート 後半戦
気がつくと、俺は南の島の浜辺に座り込んでいた。
辺り一面にはスカイブルーの美しい海が広がっており、白々とした砂浜と相まって、そこはまるで旅行雑誌に掲載されているリゾート地のようだった。
身に付けている服は、いつもの学園制服ではなく、半袖に半ズボンといった如何にも夏っぽい衣装で。
どうやら海を眺めて物思い気に黄昏ていたらしい俺の背中に、突然誰かの声が掛かった。
「アポロ君」
聞き覚えのある女性の声だった。
振り返った場所にいたのは──水色髪の少女。
軽そうな純白のワンピースを見事に着こなした彼女は、腕を後ろに組みながら、花のような明るい笑顔を湛えて俺の前に立つ。……あ、ワンピース透けてパンツ見えそう。
「ご飯できたよ。昨日採れたトマトを使って、スープ作ってみたんだ」
「……それは楽しみだな」
「えへへ。いこっ」
差し伸べられた彼女の手を握り、海辺を後にする。
俺を連れて前を進む彼女の名は”コオリ・アイス”。
あくまでもレッカのヒロインであり、この俺とは親しみが深い友人でしかないはずの彼女が、なぜか俺に対してレッカに見せるような満面の笑みで接しているのが、現在の状況である。
しかし、ツッコミはしない。
どうせこれがシミュレーターによる夢みたいなモンなら、自動的に別の世界線へ飛ばされるまで、もういっそ開き直って適応してやろう、と考えたわけだ。反発して無駄に疲れたくないないしね。
「私たちがここに来て、もう半年かぁ」
マジ? 二人だけで六ヵ月も旅行してんの。
それはもはや旅ではなかろうか。
「……いっ、いろいろあったよな、この半年間」
全くもって何も覚えてない、というか元から知らない為、この世界線での出来事を調べるべく、探りを入れるように露骨な反応をしてみた。
手を繋いで隣を歩く氷織は、別段怪しむ様子はない。
「そうだね、いろいろあった。……やぁー、ホントに大変だったなぁ。脱出ポッドで雪山に遭難したときは、どうなる事かと思ったよ」
「あぁ……あー、そうだな、懐かしいなそれ」
脱出ポッドで雪山に遭難──というのは俺も知っている。
それは俺が実際に歩んだ道筋の中でも発生したイベントだ。
確かコクを風菜が好きになって、彼女と衣月の三人で悪の組織の支部から、攫われたヒーロー部の皆を助けに行った、またその後の出来事だったはず。
支部が建物ごと大爆発することになったから、みんなで地下の脱出用ワープポッドに乗り込んだんだ。
で、肝心の脱出ポッドは一人用。
しかし俺と氷織が脱出できていない時点で残っていたのが残り一つだったから、狭い場所に無理やり二人で乗り込んでワープした。
「最初はみんなと同じ場所に行けると思ったのに……私とアポロ君だけ、ぜんぜん違う場所に着いちゃうんだもんね。びっくりしちゃった」
「氷像になるかと思うくらい寒かったな、あそこ」
「ほんとだよ!」
行き先をランダムにしていたせいで、到着したのは人間はおろか生命や植物すら存在しない、数分で凍死するレベルの極寒の大地。
そこで暖を取る為に、お互いにポッドの中で半裸になって抱き合いながら励まし合い、過去やレッカとの馴れ初めを語り明かして仲を深めた──んだよな。
覚えている限りではそんな感じだ。
全くもって親しくなかった氷織と、改めて友人になったイベントだったから、記憶には強く刻まれている。
しかし沖縄へワープした後は……こう言っては何だが、彼女と深く関わる機会は多くなかった。
だから氷織との個別ルートなんて、これっぽっちも予想していなかったのだ。意外過ぎて腰が抜けそう。
正直に言うと、この時点で早く別の世界線へ逃げたい気持ちになっています。たすけて!
「寒さでポッドも壊れちゃって、またランダムにワープしたら、ここに来て」
「……あぁ、寒暖差ヤバいよな」
ちくしょう、適当な事しか言えねぇ。
このままだと怪しまれそうだし、ここは思い切って俺から行こう。周囲の状況や彼女の話から、現状のある程度の予想はついている。
「ずっと昔に住む人がいなくなった孤島で、二人きりのサバイバルー……ってか。俺たちよく生き延びられたな……」
「最初は毎日忙しかったね。飲み水を確保するだけでもやっとだったし」
どうやら見事に的中したようだ。
先ほどから廃れた建物や荒れ果てた田んぼなどが散見されるため、もしやと思って言ってみたわけだが、やはりここは単なる無人島ではなかったらしい。
自分たちが着ているこの服も恐らくは島に元からあった物だろう。
「少しずつ生活を良くしていって……この島に逃げて来た悪い人もやっつけて。私たち本当に高校生なのかな?」
「はは、他にはいないだろうな」
悪い人って誰の事だ。感慨深そうに復唱すれば補足してくれるかな。
「……悪い人、か」
「やー、まさかヒーロー部のみんなと引き分けになった後、この島に逃げてくるなんてね。警視監の人とか、ボスの人とか、わたしたち二人だけで倒せてホントによかった」
あいつらこのルートだと無人島に逃げ込むんかい。
ていうか颯爽と世界を救ったあのヒーロー部も、この世界線じゃ引き分けで終わっちゃうのか。世の中甘くないね。
でも最後は俺たちが倒したわけだから、結果的に悪の組織の魔の手からは解放されているのかもしれない。
「……あのときのアポロ君、かっこよかったよ」
「や、やめろよ、恥ずかしいって……」
「あはは、照れてるんだ~」
オイオイ待て待て、これはとってもおかしくないですか。
前回までの風菜やライ会長と比べて、あまりにも正統派というか普通の彼女として馴染みすぎでしょ。何だ今の流れるようなイチャイチャは。
この子レッカのヒロインなんだぞ。
あのクソぽんこつ未来予測装置、マジで内容も人選も節操がなさ過ぎるだろう。
「…………ねぇ、アポロ君」
「ん?」
俺たちの現在の住処にしているであろう民家が見えてきたその時、氷織が小さく呟いた。
何気なしに彼女の方へ向くと、そこには頬にほんのりと赤みを帯びている水色髪の少女がいた。
「きっ、昨日のやつでも……その、的中したとは思うんだけどさ」
「お、おう……?」
そして彼女は自分の下腹部を優しく手でさすりながら、柔らかな……ともすれば恍惚とも捉えられるような、そんな微笑を浮かべて、一言。
「ご飯のあと……また、しない?」
「……は、はい」
その言葉で全てを察した俺は半ば思考停止に陥りながら、彼女に手を引かれて自宅へ足を踏み入れていく。
いや、もう、本当に深くは考えないぞ。
これは無限に存在する可能性の中の一つなんだから、あり得ない話じゃないんだ。
だって若い男女二人だけで、こんな誰にも頼る事が出来ない孤島に閉じ込められたんなら──ダメだ、やめよう。俺が言い訳できる立場じゃない。
「アポロ君。ヒーロー部のみんな……怒る、かな?」
「……怒ってくれたらいいな」
「っ! ……そうだね、うん。怒ってくれるくらい、想ってくれてたら……うれしいね」
ごめん、れっちゃん。
本当に申し訳ありませんでした。
何もしてないけど、ナニかをする可能性があったことをここに謝罪いたします。腹切って詫びます。
あっ、視界が歪んできた。待ってました! あと何回で終わるんだろうコレ……? 帰りたい……。
……
…………
その後、立て続けにヒカリとカゼコの個別ルートも体験してしまった。重ねてお詫び申し上げます。
雪山での遭難というきっかけがあった氷織ならまだしも、完全に本当に全くもってこの二人とはそういう仲にならないと思っていたのだが、そうは問屋が卸さないらしい。
可能性という言葉、あまりにも恐ろしい。
カゼコは俺がコクとして風菜を利用しようとした線から『あんたヒトの妹に何してくれてんのよルート』に分岐し、ヒカリはコクを始めたばかりの頃に、誘いを断ったあの”お茶会”からの正体バレできっかけを作って個別ルートを展開していった。
どちらも冷静に考えたら前提条件が無茶苦茶なシチュエーションだった、という事だけは覚えておこう。
少なくとも現在俺が歩んでいる世界線では、間違いなく発生しえないルート分岐であることは確かだ。
今のアポロ・キィに近い未来はいつ来るのだろうか──
……
…………
気がつくと、豪華な装飾が施された、広い食堂のような場所に俺はいた。
目の前には大きなテーブルに、これでもかという程敷き詰められた料理たち。
俺ですら目の当たりにしてすぐ高級そうな料理だと判断できるくらいには、目の前の状況が異質だった。
ふと、前を向く。
そこには雪のような白髪を揺らす、無表情な少女が座っていた。
「……衣月」
「…………料理、冷める」
目の前にいる彼女に、突然キスをしてきたり怪しげに笑ったりする感情豊かな現在の、あの成長した彼女の面影は見受けられない。
過酷な旅をそのまま続けたような、まるで感情を摩耗しきってしまったような姿だと思えてしまった。
──瞬間、脳内に溢れ出した、存在しない記憶。
それによると、現在の状況は至ってシンプルだという事が判明した。
警視監を殺したあと、組織の刺客から命を狙われ続ける孤独な旅に、衣月もついてきた。
なんとか男に戻れた後も奴らは追ってきている。
ただ、それだけの事だったらしい。
「衣月これ……なんて言って注文したんだ」
後ろにはニコニコと笑顔を浮かべる、コック帽をかぶったシェフとウェイトレス。
窓の外からは海や隣接しているホテルのような建物が見えた。
おそらくここはあのホテルが所有しているレストランだ。
「精がつく料理。最上級のものを、四人前」
「俺たちは二人だ。……ただでさえ歳の離れた二人組なのに、怪しいだろ?」
このホテルはとある暖かい地域に存在している。
組織からの追手の目が届かなさそうな場所を選んだ結果、そうなった。
もちろん誰も来ないという確証はないが。
「東京を発ってから、紀依はずっと戦ってた。ろくに食事をとれない日も、多かった」
「……衣月」
「ここは安全。今はゆっくり食べて。紀依に教えてもらった探知能力で、見張りはわたしがやっておくから」
「…………ありがとうな」
こんな道も確かにあったのかもしれないと、一人で追手から逃げていた日々を思い出しながら、俺は目の前にある料理たちを頬張っていく。
それに倣うようにして、衣月も細々と箸を進めた。
衣月が自分からついていくと言い出したのか、はたまた俺自らが彼女を連れ出したのか──そこだけは分からなかったが。
ただこれまで見てきた世界線の中で、この物静かな空間こそが、最も”あり得た”可能性の世界だと思えてしまった。
「……んっ。衣月、胸ポケットから何か出てるぞ」
「これ?」
「ン゛ッ!!」
彼女が胸元から取り出したそれを見て、思わず飯を吹き出しそうになってしまった。
何とか堪えて水で流し込み、涙目になりながらその物体について疑問をぶつける。
「なっ、なんで、ゴム……っ!!」
「受付の人にもらった。もしもの時はコレを、と」
「あまりにも余計なお世話過ぎる……ッ!!」
彼女が手に取ったのは、包装された小さな避妊具のそれであった。間違えても食事中に見るもんじゃない。
たとえシリアス感が漂う二人ぼっちの孤独な旅をしていても、結局俺はロリコン扱いされてしまうんだな──と悲しみながら。
揺れる視界の中で意識が途切れるその直前まで、自分に付いてきてくれた少女のことを見つめ続けるのであった。
……
…………
「何ですか、先輩」
学園にある、使われていないどこかの教室。
目の前にいる音無は何故かメイドのコスプレをしていて、俺は彼女を壁ドンしている。
教室の窓の外から見えるのは、飲食物やパンフレットのような物を持ちながら歩き回る、まるで夏祭りを彷彿とさせる人混みの光景だ。
そして衣月の時と同じように、存在しない過去の記憶が断片的に流れてくる。
これは学園祭。
俺が通う魔法学園の文化祭だ。よく目を凝らせば音無以外にも、変な格好をしている連中は各所に見受けられる。
「……ぁ、あのですねぇ」
そして今、俺が音無を誰もいない教室で壁ドンしている事をようやく思い出した。
音無は恨めしそうな顔をしながら、頬を赤らめている。
「そっ、そうやって直前に怖気づくぐらいなら、最初から襲わないでくださいよ……! びっくりしたなぁ、もう……っ」
俺から顔を逸らしながら、突っぱねるように文句を口にする音無は、どうやら本当に怒ってるっぽかった。
状況から察するに、恐らくはライ会長の時と同じく発情した俺が、音無をこの人気の無い教室まで連れ込んで、真昼間にもかかわらず迫っていたのだろう。いい加減にしろよアポロ……。
まぁ、無人の教室での壁ドンという点を除けば、この状況自体は俺の世界線でもあり得る未来だ。
魔法学園祭は本当に来月くらいに開催するし、高校生の文化祭であればメイド喫茶を開いても不思議ではない。
壁ドン以外で不穏な点があるとすれば、俺が彼女を連れ出せてしまえる関係にあるという事だ。こんなのもう確定で個別ルートじゃないか。
「あの、何もないなら私もどりますから」
「駄目だ」
「えっ? ──ひゃぅっ!」
壁ドン、もう一回。
「なっ、な……っ!?」
「怖気づいてなんかないさ。……メイド姿の音無、本当にかわいいな」
「やめっ、何言ってるんですか先輩……っ!」
ふふふ、ここは夢のような世界。
なればこそ遠慮する必要はないのだと、ここに来て遂に理解してしまったのだ。
俺がこの場で音無に手を出そうとそれは夢の世界での出来事。捕まりもしなければ罪を問われる道理もない。……かっ、かんぺきだ!
「だれか、来ちゃいますってぇ……」
「邪魔者なんて来やしない。俺に索敵能力がある事を忘れたのか?」
「こっ、こういう事に使うものじゃないでしょ!」
俺の脳から算出しているだけあって、本物の彼女よりは何だかチョロそうな雰囲気になってしまっているが、この際そんな事はどうでもよい。
これは夢だ。
ただの夢だ。
自分の夢なら何をしたっていいんだぜ。
「かわいいぜ、音無」
「やっ、せんぱい……っ」
キザな台詞を吐いても恥ずかしくないもんねー!! だって誰にも観測されてない俺だけの世界だからねーッ!!
へっへっへ、覚悟しろよ後輩忍者ァ!
「……せ、先輩?」
──あっ、やば、時間切れだ。
ウソだろ承太郎! 今からが本番なのにそれはないだろ!?
あぁっ、嫌だ、視界がぼやける!
せっかくの夢がぁ!! 俺の夢がぁぁァッ!!
……
…………
「コクだけじゃない。その姿のキミも……かわいいよ、ポッキー」
「おわあああああああああぁぁぁぁぁぁッ!!!!?」
これは夢だ!! 夢なんだぁ!!
夢なんだから早く覚めてェッ!!!
「緊張してるのかい? 大丈夫だよ、ほら僕に任せて……」
あ゛あ゛ア゛ぁ゛ぁ゛ァ゛ァ゛ッ!!! たすけてぇ──ッ!!!
◆
「──ッ!?」
「あっ、起きた」
「……はぁっ、はっ! ……ま、マユぅぅ゛」
「よしよし、怖かったねアポロ」
合計で体感は二時間弱。
ようやっと戻ってきた汗だくの俺を待っていたのは、ベッドの隣に座ってスマホを弄っているマユだけであった。
彼女に片手間で頭を撫でられながら周囲を見渡すと、自分の居る場所が医務室だと理解できた。
あの恐怖のムァァッドサイエンティィストなアホ両親の姿も無く、ここには俺たち二人だけだ。
はぁ、あぁ……ほんっっっとうに、疲れた。
「ど、どうなってる?」
「えっとねー」
頭を撫でるのをやめて再びスマホゲームに熱中しつつ、マユは抑揚のない声で俺に現状を説明してくれた。
「試作機のテストを勝手に部外者で行ったアポロのパパとママは、所長からすんごい説教されてる」
ざまぁみやがれクソッタレ。もう二度とやらねぇからな、あの装置の実験体なんて。
「脳に異常は出てないから安心して、だって」
「そ、そっか……あれ? ヒーロー部の皆は」
「自分のスマホ見ればわかるよ。はい」
彼女に手渡されたデバイスの画面を付けると、とあるアプリの通知のメッセージが数件届いていた。
アプリの名前は『市民のヒーロー部:公式』であり、このアプリは時折ヒーロー部に対してのお悩み相談メールや、お助け依頼などが舞い込んでくるものだ。
このアプリ自体は一年前からずっとあるもので、今現在はイタズラメールや不埒な輩からの変な依頼だけ知り合いのプログラマーに対処してもらい、市民のヒーローとしての依頼は通常通り承っている。
そもそもこのアプリは広告もしていなければ、テレビにも取り上げられていない、存在自体があまり認知されていないものなので、依頼の量自体は微々たるものだ。
一般用と部員専用の二つがあり、通知があったのは部員専用の方。
内容は『迷子のネコさんを探そう! ~最初に見つけられるのは誰だ選手権~』とのこと。ちなみに毎回依頼のタイトルを書いてるのはライ会長だ。文面だと口調柔らかいんだよな、あの人。
「……あぁ、なるほど。みんなもう街に戻ったのか」
「衣月と太陽くんも帰ったよ。で、その依頼アポロもやるの?」
「おう。一応俺も部員だしな」
要約すると家から逃げ出した飼い猫探しである。
いかにも昔のヒーロー部が請け負ってた依頼っぽくて、逆にワクワクしてるくらいだ。やらない理由はない。
「──そういえばだけど、アポロはどんな未来を見てたの」
スマホをポケットにしまい込んだマユの一言だった。
こいつに対しては隠し立てをするような関係でもないし、正直ずっとモヤモヤしてから、全部話してスッキリしてしまおう。
……というわけで、彼女にほとんどの事を明かした。
「って感じだな」
「はぇー」
リアクション薄いなお前……。
「夢の世界なら童貞じゃないんだね、アポロ」
「もしかしてケンカ売ってる?」
キレそうだがここは抑えよう。
確かに夢の中では”経験”をしたわけだが、そのどれもが結局は記憶には存在していない。
音無も衣月も……一応レッカも、最後は未遂に終わったため、俺は何も得ていないし失ってもいないのだ。その事を素直に喜ぼう。
「……ね、私は?」
「えっ。……そういえばいなかったな、お前」
「うわぁん、仲間外れだぁ~」
泣き真似すんなよ、気味悪いな。
「……確かに、いなかった」
思い返してみれば目の前にいるこのロリっ娘は、個別ルートはおろかどの世界線にも、一度たりとも登場する事は無かった。
現実に戻ってきてようやくそれを実感できるくらい、違和感が皆無だったことに、今ようやく気がついている。
まるでこの世界にマユなんて最初からいなかった、みたいな扱いをしてたな。あのクソぽんこつ未来予測装置。これだから試作機は。
「そういやマユ。健康診断の結果は?」
「概ね問題なしで栄養状態もバッチリ。ただアポロパパによると、やっぱりまだどうやって誕生したのかは分かんないって」
彼女は相も変わらず眠そうなジト目のままで、感情の起伏がどうも読み取れない。
「……やっぱ気になるか」
「いや、割とどうでもいいけどね」
「オイ」
あっけらかん。
俺のシリアス顔を返せ。
──マユの出生は未だに判明していない。
現時点で判明しているのは、瀕死になった俺を助ける際に使用された勇者の力や、体内に残留していた魔王の力のほとんどが、マユの体内の方へ移っている、という事だけだ。
魔王だとかペンダントの魔力だとか、一度は長々と語ったがしょせんは全て憶測の域を出ない。
過去の資料などを漁っても類似例などたった一つも存在せず、現状は分からずじまいで進展もしていない。
いつのまにか、そこにいた。
俺のそばで眠っていた。
それ以上は分からない。
怪我は自在に治せるが、人間として生きるために必要な栄養エネルギーは摂取しないと活動できない。
というか普通に餓死するらしい。
その点から考えると彼女はバケモノなどではなく、特殊な力を持った普通の人間という事になるのだが、詳しいことはこれからに期待といった感じだ。
……そもそもマユ本人があまり気にしていない事だから、無理に掘り下げる必要はないのかもしれないが。
「それより何で私が出なかったの。出てきたら音無と同じくセクハラくらいはするつもりだったんでしょ」
「とんでもない言いがかりは止めなさいよ」
「嘘つき。むっつり」
「静かにしてください」
そもそも壁ドンしただけで、セクハラに関しては未遂だからな! ……そういう問題ではないか。反省しよう。
「ほらほら、ロリ巨乳だよ」
「膝の上に乗るな」
「ロリだよ」
「何でそっちのほう強調するの。ねぇ」
てか数時間前に『私子供じゃないし』とか言ってたよねあなた。
「なんだー、さわる勇気もないのかー、どうてー」
「コイツ……」
この女あまりにもウザ過ぎる。
そんなんだから夢の中ですらヒロイン扱いされないんだぞお前?
まずはそのメスガキ成分から更生していきましょうね。
「じゃあ二度と生意気な口が利けないよう、徹底的に揉んでやるぜ」
「なにっ」
「貴様の顔面のほうをな」
「ほ、ほっぺだとォーッ」
数分間にわたって頬をムニムニしてやったら、ついにマユは静かになった。
というか撫でられてる猫みたいに、目を細めて喉を鳴らしてた。これからこの女を黙らせるときは毎回こうしよう。
「にゃーん」
「お前は猫じゃないんだよ」
彼女の頬を揉んでいても、やはり邪な感情が湧いてくるような気配はない。
未来予測装置のせいで多少は感覚麻痺させられてしまったが、ブレーキを見失ったワケではないようだ。
これまで見てきた様々な個別ルートは、要するに機械が俺の脳を分析して作り出していた幻想だったわけだが、ハーレムルートのようなあまりにも破綻した物語などは出てこなかったあたり、俺も最低限の理性を働かせることは出来ていたらしい。安心しました。
「アポロ? みんなを侍らせるハーレムルートは本当に見なかったの?」
「いや無かったよ」
「現代日本でハーレムは作っちゃいけないんだよ」
「……だから無かったって。あんまりうるさいとほっぺ揉むぞ」
「十倍返しのデコピン、いきます」
「は? ちょ、まっ──あ゛ァっ!!」




