好感度チェックのセクハラ
変身したら特注の衣装を着たコクになって、変身を解除すれば学園の制服を纏ったアポロに戻れる──という性質を利用し、変身と解除を繰り返して目くらましをしながら逃げていたのだが、結局後ろを追ってくるレッカを振り切る事は出来なかった。
(でも一向に姿を見せないんだよな……アレで隠れてるつもりなのか?)
もしかするとレッカ的には俺を尾行しているのかもしれないが、手から噴射する炎の音がうるさすぎてバレバレである。
しかし前みたいに真っ向から『何をするつもりなんだ!』なんて質問攻めはせず、こっそり様子を窺うようになったのは……まぁ、成長したとも言えるかもしれない。
とりあえず後ろにいるレッカの事はあまり気にしないで、まずは目先の問題を解決しよう。
──と、そう思いながら仲間たちと合流した矢先の事だった。
「あっ、コクさん! こっちですーっ!」
俺が到着した夜の公園には、なんだか明らかにコスプレっぽい衣装に身を包んだ少女たちが待ち構えていた。
レッカと出くわす前に見送った音無と衣月とマユに、ヒーロー部の部長であるライ先輩、それからウィンド姉妹の妹の方である風菜の計五人だ。
なかなかカオスな光景だな。
「こんばんは、風菜」
「はいっ!!」
俺の挨拶に過剰な反応を見せた風菜は、下半身こそ5分丈のスパッツに短パンといったスポーティで動き易そうな恰好だったが、羽織っている上着のパーカーが少し特殊だった。
パーカーにはなにやら怪しげな青白い光の線が入っており、一見すると近未来的な印象を受ける。
にしても、相変わらずコクの前だと元気いいね。
彼女は音無から俺の正体をバラされた後でも『実はコクさんって本当にいるんじゃないか?』みたいな感じで、相も変わらずコクの存在を信じている数少ない存在だ。
ていうかレッカと風菜だけですね、コクを信じてるの。
俺の美少女ごっこはもうボロボロだ……。
「ライ会長も」
「うむ。今日はよろしく頼むぞ、コク」
隣にいたライ先輩に声を掛けると、彼女も俺をアポロではなくコクとして認識した。
しかし、これは先輩がコクを信じているんじゃなくて、単純に風菜を気遣っての行動なのだろう。
男が女に変身してキャラを演じてた──なんて情報を聞いた後でも元の存在を信じている風菜の方が特殊なんだ。
まぁ、コクを演じるときは本気で無表情ヒロインムーブしてたし、その演技力に加えて風菜の『初恋の相手』というブーストが追加されていたおかげなのかもしれない。
コクさんがいるの、私だけは知ってますからね……と俺に話しかけてきた事もあったし、レッカと同じでこれ以上俺が何を言っても彼女の認識が変わる事はなさそうだ。
閑話休題。
そういえばライ先輩も、風菜と同じように青白い線の入ったコスプレっぽいパーカーを着ている。
何なんだろうこれ。
音無と衣月の忍者装束といいこの二人といい、今夜は美少女コスプレ仮装大会だったりするのかな。
「二人とも、そのお揃いのパーカーはなに?」
「ん? ……あぁ、これか」
俺がふと質問すると、先輩がパーカーの内側をチラッと見せながら説明を始めてくれた。
「アポロの両親である紀依博士たちに作ってもらった特殊な戦闘服さ。これを身に着けている間は魔力が増幅して、魔法の威力を上げることも可能になるんだ」
「あ、コクさんの分もありますよ! はい、どうぞ」
「うぇっ……」
何故か俺も近未来パーカーを羽織る事になってしまった。
どうやって事前に採寸してあったのかは不明だが、受け取った服はコクの身体にジャストフィット。
服に走っている青白い光が少々鬱陶しいが、確かに魔力の増幅を感じるスゴイ服だった。
「えへへ……コレでお揃いですね?」
「う、うん。そうだね」
風菜がだらしなくニヤつきながらにじり寄ってきた。こわい。
「あの、音無と衣月は着ないの?」
「私たち忍者にはこっちの方が合ってるので。そもそもこっちも紀依博士に作っていただいた物ですし、機能もほぼ同じですよ」
「何でそんなものを……」
ウチの両親めっちゃコスプレ作ってるじゃん。
マッドサイエンティストじゃなくてコスプレ職人だったのかあの人たち。
どうして急にそんなものを製作してこいつらに渡したんだろう、コミケにでも出るつもりなのかな。
「先輩のご両親から頼まれてるんですよ。アポロをよろしく、って」
「意味が分からないんだけど」
なにそれこわい。
同じ部活の女の子たちに『ウチの息子をよろしく!』って両親がお願いするの、一体どういう流れなんだ。
もしかして俺、勝手に逃げ出す猛獣か何かだと思われてたりする?
……隙あらば逃げようとする点では間違ってないか。
衣月にも指摘されたことだし、そういう性質はとっくに皆へ共有されていたのかもしれない。
いや、そもそも何でほとんどの周囲の人間によろしくされてんの俺。介護老人じゃねえんだぞ。
「特に私と部長と風菜センパイは念入りにお願いされてます。先輩が……コクちゃんが何かやらかしそうな時は、あなたたちで支えてあげてね~って感じで」
「どうしてあなた達三人なの?」
ごく普通に疑問を投げかけると、勢いよく風菜が手を上げた。
「ハーレム三号!」
続いてライ先輩が恥ずかしそうにおずおずと手を上げて。
「は、ハーレム四号……」
そして最後に音無が手をひらひらさせながら、あっけらかんと。
「私がハーレム五号──とまぁ、こんな感じで先輩がいつも侍らせてる相手だからです。よかったですね、レッカさんに勝るとも劣らないハーレムですよ」
「もしかして今、あり得ないレベルの言いがかりを付けられてる?」
本当に泣きそうになってきた。
侍らせてるとかハーレムだとか、その認識はマジでおかしいだろ。
そりゃ旅の途中で少なからず絆だの友情だのは育んだかもしれないけど、こんなあまりにも安っぽいハーレムが完成することある?
俺への認識どうなってるんだよ……お前らを侍らせてハーレムやってた覚えなんて無いよ……。
──わかった。
分かったぞ、こいつら俺をからかってるな?
もしくは学園から去ろうとしてた俺を繋ぎとめるために、わざとハーレムだのなんだの男が喜びそうな事を言って引き留めているだけだ。
そうに違いない。
騙されんぞ。
本物のハーレムは『一夫一妻制という問題を解決すれば私たちの勝ち!』みたいな事を、大真面目で三人で相談するレッカのヒロインたちの事を言うんだ。
こんなお揃い衣装のコスプレ大会を開きながら、ハーレム何号とか意味わかんねぇ事を口走る奴らがハーレムなワケがない。
……そういえば、普通に数えてみるとハーレム二号がマユになるのか。
それはおかしくね?
「あっ、ちなみにコクさんのハーレム一号はあたしこと風菜ですよ!」
それもおかしくね?
コクとアポロで序列別のハーレムが生まれてんの怖いよ。
ていうかレッカを差し置いてよく自分が一号だって宣言できたなお前。
いやまぁ、コクへの感情のデカさでランク付けするなら、間違いなくおまえが一番だけども。
ええい、そんな事はどうでもいいんだ。
肝心なのはこいつらの俺への感情が本物かどうかという話なんだから。
これからそれを確かめてやる。
ハーレムを容認するくらい俺のことが好きなら、不意に俺がセクハラなんかをしても、顔を赤らめて黙認するか発情するかの二択だろう。
ハーレムなんてそんなもんである。
……えっ、認識が歪んでる?
……。
…………。
………………か、仮にそうだとして!
俺のこの心のモヤモヤを消さないと、警視監を捕まえる作戦にはとても集中できない。
自分を好いてもいない連中から、ハーレムだと言われながら囲まれて行動するのは怖すぎるからな。
とりあえず警視監の潜伏先の候補はいくつか存在するから、あえて可能性の低そうな場所から調べつつ、その時にそれぞれと二人きりで行動する機会を作りながら好感度を確かめてやろう。
「マユ、ちょっといいか」
「なに?」
その為にはちょっとばかりレッカの目を離す必要があるので、彼をどうにかしなければ。
マユにだけこっそり協力を持ちかけよう。
「レッカが付けてきてるのは気づいてるな?」
「うん。茂みからこっそりこっちを見てるね」
「少しやりたい事が出来たから、ちょっとの間コクのふりをして、アイツを攪乱してくれないか」
極めて真剣な顔でそう告げると、マユは背中のリュックからこっそりと黒い髪のカツラを取り出して、ふんすっと鼻を鳴らした。
「わかってる、任せて。ハーレムヒロインたちと青姦するんだよね?」
「全然分かってない」
「『そんなことしてる場合じゃない』って時にこそえっちな事するのは、エロゲ主人公の宿命だもんね。他人の目は私が何とかしてあげる」
「ちょ、違う。待って、その認識を改めて」
協力を取り付けられたのはいいが、とんでもない勘違いをされてしまったようだ。
いや、セクハラしようとしてるんだから、あながち間違いでもないのか?
もう何でもいいや。
はい、よーいスタート。
◆
街外れの廃ビルに訪れた。
まずは風菜からだ。
現在は彼女と二人きりで、俺はコクに変身している。
もうこの場所に警視監がいないことは発覚しているので、もう少しだけ探索したら外で集合だ。
早めに行動していこう。
「……んっ? コクさん、どうかしましたか?」
隣を歩く風菜をじっと見ていた事に気づかれたのか、彼女がこちらを見下ろしてきた。
──どうしよう。
目的は決まっていたけど、肝心の手段を決めていなかった。
好感度チェックにセクハラするわけだけど、そもそもセクハラって何をすればいいんだ。
「えっと」
分かんない。
俺ってこんなに度胸ないやつだったっけ。
いや、やるぞ、できるぞ、俺は出来るやつだ。
セクハラだ。
最低なセクハラをしてやるぞ。
俺が嫌われたとしても、それはそれで好都合だ。
これが容認できないならハーレムなんてやめて、あとこんな危険な事もやめて、さっさと寮に帰るんだな。
そもそも学園から去ろうとしていた身なんだから、何も失うものなんてない。
うおぉぉ、やるぞセクハラぁ!
とりあえず──てっ、手を繋げば、いいかな……?




