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ミステリアスムーブをしてみる


 俺は考えた。


 沢山のエロシーンがあるヒロインと、性的なイベントが唯一存在しないヒロインの場合、どちらの方が特別感のあるキャラなのか、と。


 俺は思った。


 ──いや圧倒的に後者じゃね? と。


 そういうワケで俺はハーレムメンバーとは一線を画す特別なヒロインとして振る舞うため、露骨に主人公くんを誘惑することはしない、という事に決めた。

 彼女たちは主人公のレッカに対して、これでもかと言うほど積極的だ。

 年中発情期と揶揄されるだけあって、事あるごとに彼の手を握ったり抱きついたり、あまつさえラッキースケベな展開に持っていく。

 おそらく彼女らは、レッカに突然おっぱいを揉まれても、困惑するどころかそのまま本番まで一直線に全力疾走していくだろう。

 それ程までにレッカというハーレム主人公に対してデカい好意を抱いているのだ。子孫を残すという生殖本能が強すぎる。


 なので。

 逆に俺はレッカに対して積極的な肉体的接触はあまりしない事にした。

 彼女らが胸を押し当てて誘惑するのなら、俺は彼と一定以上の距離を保ち続けよう。

 基本的には無抵抗で無気力な無表情キャラという形で通していくため、万が一レッカが情欲を抱いて触ってきた場合は抵抗しないが、俺から肉体的なスキンシップを取りにはいかないという事だ。


 無抵抗な少女のフリをして、少年の性欲我慢レースを間近で楽しんでやるぜ。フッヘッヘ。





 月明かりが差す運命の夜──ミステリアスな美少女に扮してすんごい露骨に意味深なセリフを言い残し、レッカと邂逅を果たしたその翌日。

 緊急措置として彼にスマホをぶん投げそのまま逃走した俺だったが、次の日も何食わぬ顔で男の姿に戻って普通に登校していたのであった。


 美少女状態で俺のスマホを持っていた理由付けとしては、昨晩レッカに女の姿のまま”落ちていたスマホを拾っただけ”と伝えた。

 そして後日『えっ、俺のスマホ拾ってくれた人がいたのか!? うわマジで助かったわ! 今度お礼言わねぇとな~』といった感じで誤魔化したため、なんとか辻褄を合わせることには成功。うっかりミスは事なきを得たのだった。


 ゆえに今の俺はスマホを落としただけのうっかりさんであり、変わらず本筋には関わっていない友人キャラだ。主人公くんが出会った謎の美少女とはどうあっても結び付かないはず。

 ヒロインと主人公の出会うきっかけが友人キャラだった、という話はそう珍しいもんでもないだろうし、ただスマホを落としただけなのだから怪しまれる要素もない。秘密はまだまだ安全だ。ひゃっほい。

 

 で、当の主人公さんですが──



「…………コク、か」



 窓の外を眺めてたそがれてます。

 机に肘をついたままボーっとしてる彼はさながら恋に悩める純情少年。

 突然現れて友人のスマホを届けてくれたのは、やや幼さを残しつつも淑やかな雰囲気を纏った謎の美少女。

 しかも何故か自分の名前を知っているときた。こりゃもう心中モヤモヤに霧がかかってしょうがないでしょうな。

 フヒヒ……あー、めっちゃ楽しい。


「おーい、れっちゃん?」

「……あぁ。ポッキー」


 こういう時一番に声を掛けるのが友人キャラの務めっすよ。ハーレムメンバーの少女たちは、いつもとは違う雰囲気のレッカに戸惑っているだろうし、俺が事情を聴いてやらんと誰も情報を共有できないからな。任せとけ! さっきから聞き耳を立ててる女の子諸君!


「なんかあったん。窓を眺めながら呟くとか、典型的なラノベの主人公みたいなムーブしてたぞ」

「ホント? はっず……」


 普段から主人公みたいな振る舞いしてるくせに何を今更、とか野暮なことは言わねぇ。親友だからな。


「コク──つってたけど」

「えっと……昨日会った女の子の名前なんだけどさ」

「それ俺のスマホを届けてくれた親切な人?」

「うん。なんか不思議な感じの子だったんだけど……連絡先も聞きそびれちゃって。いつの間にか姿を消しちゃってたし」

「へぇ~」


 すっとぼけ継続。まさかその少女の正体が、この隣にいる俺様だとは思うまい。

 ちなみに『コク』という女状態での偽名の名づけ理由は、単に髪の毛が黒いからだ。

 クロ、だとありきたりだから、少し捻って漆黒の”コク”にしてみた。

 変な名前の方が印象を抱きやすいと思って名乗ったのだが、存外うまくいったらしい。やったぁ。


「……ははーん。れっちゃんはその女の子、気になってるワケか」

『──ッ!!?』


 ガタガタっ。

 聞き耳を立てながら席に座っていた女子や、教室の出入り口からこっそり覗いていた数人が、あからさまに驚いて音を立てた。愉快なハーレムですね。

 

「別にそういうんじゃ…………ぁ。いや、これは……気になってる、か」

「その状態が”気になってる”じゃなきゃ何なんだよ」

「ハハっ、確かに」


 気楽に笑うレッカとは対照的に、眼力だけで人を殺せそうな視線を背中に感じます。こりゃもっと聞きださないと後で問い詰められそうだ。

 ていうかニヤニヤが止まらんのだけど。ポーカーフェイスをしないと怪しまれちゃうのは分かってるけど、黒幕ってポジションのせいで心が躍りっぱなしだ。


 だってさ、全員俺の掌の上なんだぜ。こんなに楽しいことがあるかよ。美少女になれてよかった……。


「なぁれっちゃん? その女の子ってどんな見た目してたの? かわいい?」

「品定めするような言い方するのはアレだけど……少し年下っぽくて、黒い髪の綺麗な子だったよ。あと、黒いシャツにフード付きの白い上着の制服着てて、調べたけどどこの学校なのかは全然わかんなかったな」

「えっ、制服まで調べたん? おまえその子のこと気になりすぎだろ。これが恋か」

『ッ!! っ゛!!?』


 後ろのハーレム集団少しだけお静かに願います。他の生徒がビビってるから。


「そりゃそうでしょ。だって僕の名前を知ってたんだよ? 敵と戦うときだって名前は隠してるのに……」

「謎は深まるばかりだな。そのミステリアスなヒロっ……少女がいったい何者なのか気になるぜ」


 チラッと後方を見てみると、ノートパソコンだったりスマホだったりで、少女たちが血眼になって各自情報を調べまくっている。普通にビビるくらい超必死だ。

 ふふ、まぁ無駄だけどな。俺の制服は極秘に作った世界に一つだけの特注品だし、そもそも戸籍はおろか所属する組織や本当の名前さえ存在しないのだ。せいぜい焦るがいいさ乙女たちよ。


「うぅ、あの情報だけじゃ何も出てこない……!」

「しっかりしてくださいまし、コオリさん。まずは街で本人を探すところからですわ」

「……うん、そうだね。ありがとヒカリちゃん。一緒にコクって子の正体を暴こう」

「レッカさんの身の安全の為にも全力を尽くしますわ。忍者のオトナシさんにもこの事を話して、放課後は──」


 おい見てくれ、この特別なヒロインにしか織りなせないハチャメチャなイベントを。


 主人公の関心をいとも簡単に掴み取り、既存のヒロインたち全員を翻弄することで、異質な存在感を漂わせている。すごいだろ! へへ~!


 いままで蚊帳の外だったからな、これからはもっと引っ掻き回してやるぜ!

 




 はい、というわけで放課後。


 用意したのは、レッカと一緒に作った数秒間しか使えない透明マントを、親父に頼んで改良してもらったハイパー透明マント。

 三十分も使用可能なコレを使ってこっそり家から駅の近くまで来た俺は、誰もいないトイレの中でさっそく美少女にTS変身した。

 コレでどこにも痕跡は残していないし、どこからともなく姿を現す謎の美少女の完成ってわけだ。帰る際にも便利な一品です。


 それでは本日の目的──モヤモヤしたまま買い物をしている最中の主人公の前に、散歩中のようにフラッと現れて街の中へ消えていく、昨晩出会った謎の美少女作戦──開始だ。


 事前の会話でレッカが日用品の買い物をすることは把握済みなため、今回はさりげな~く行きつけのスーパーの付近を通りがかればいい。

 特徴的な格好をしている今の俺を見かけたら、彼は必ず引き留めに来るはずだ。

 焦りは禁物だが、時間経過で関心が薄まるのもいけない……という事で、レッカの言動次第で家までは付いて行ってもいい。

 流石にあの奥手がそこまでするとは思えないが、もし自分の名前を知っている俺を警戒して話を聞き出そうとしてくるなら、俺も相応の反応を示してやることにしよう。一気に距離を縮めるのも、まぁ楽しそうではあるからな。


 俺は自分自身の欲望に身を任せて行動させてもらうぜ。……ふおぉ、ワクワクしてきたァ。


「……おっ。れっちゃん買い物が終わったみたいだな」


 物陰からこっそりとスーパーを見ていると、出入り口から大きいレジ袋を片手に持っている、赤いメッシュの入った黒髪の少年が歩いて出てきた。

 レッカはここから少し先のボロアパートで一人暮らしをしているのだが、よく自炊をするせいなのか一度に買う食材の量が多い。持ってあげようかな。


「……って、いかんいかん」


 しっかり切り替えろ、俺。

 今はコクという謎の黒髪無表情ロリっ娘美少女なのだ。

 顔はポーカーフェイス。

 声音はなるべく棒読みになるよう平坦に。

 俺の理想の無表情ヒロインをそのまま演じるんだ。


「……」

「っ! ぁ、あの子は……」


 フラッと参上しつつ、俺は気がつかないフリ。あくまで眼中にないですよアピールを欠かさず。


「…………ぅ」


 おやおや。こんな都合よくまた会うことが出来て動揺しているようだな少年。


「……」


 ふふふ……。


「……っ」


 あ、あれ? 止めてくれないの?

 何で下向いたまま固まってるんだ。

 えっ、あの、このままだと俺どっか行っちゃうんですけど! ねぇってば! ちょっとマジで!



「…………ッ! ま、待ってく──」

「お待ちなさいですわッ!!」



 やっとこさで俺を呼び止めようとしたレッカの声を、甲高い声がかき消した。

 ……って、うわっ、わっ、なんかいつの間にか俺の後ろに、金髪お嬢様と青髪少女が立っとる。ヒカリとコオリだ。


「見つけましたわよ! あなたがコク、という方でお間違いありませんね!」

「いきなりの初対面で悪いんだけど、ちょっと話を聞いてもいいかな……コクさん」


 まずい、前後を主人公とヒロインで囲まれた。コレが四面楚歌ってやつか。


「ちょっ、ちょっと二人とも! 何を急に……!」

「大丈夫だから。レッカくんは下がってて」

「えぇ。ワタクシたちは、その方をお茶にお誘いしているだけなのです」


 こんな物騒な顔したお誘いがあってたまるかよ。このまま付いていったらシバかれそうだわ。お茶をシバくんじゃなくて物理的に。こわい。



 ──いや、だが。


 舐めるなよ少女たち。

 こちとら生半可な気持ちでお前さんらにちょっかいを出してるワケじゃあねェんだぜ。

 TS変身して黒髪無表情っ娘になった俺は、文字通り中身まで『変身』してるんだ。

 ちょっとやそっとの緊急事態じゃ動じないし、素性を明かさない謎のヒロインムーブは何があっても崩さない。冷や汗も気のせいだ。


 そう、俺は複数のヒロインを抱えている主人公に対して、唯一違ったベクトルで関わることで、他のヒロインたちとは一線を画す立場にある事を、この身をもって証明する最後の登場人物。

 攻略可能なのかさえ不確定な、ゲームだったらエロシーンのサンプルCGはおろか立ち絵すらも公式サイトで見つからないような、謎に満ちたハーレム入りしないスペシャルでプレミアムな特別枠。



 隠しヒロインなのだから──



「──わかった」



 底冷えするような、抑揚の無い声音。

 それと同時に振り返った少女と、真正面から視線がぶつかり合って怯んだのか、自分から戦場に誘い込んだはずの少女二人は、喉を鳴らして一歩後ずさった。


「……ぁっ。わ、わかった、というのは?」


 冷たい返事一つで精神的な優劣が逆転してしまった金髪の令嬢は、動揺を押し殺して強気な声を上げた。その隣にいる水色髪の少女は、目の前にいる得体のしれない何かに雰囲気だけで圧倒され、自ら口を噤んでいる。


「お茶」


 まるで機械のように。

 悄然として立ち竦む少女二人を、不気味な瞳の中に映して。


「お茶の誘い、受ける」


 一歩、前に出る。

 彼女らは動かない。


「……っ!」


 否、動けない。

 まるで蛇に睨まれた蛙の如く、自分よりも頭一つ小さい少女に対して、二人は戦慄を覚えている。

 それが伝わってしまうほどに、すべてが表情に出てしまっているのだ。



「──まっ、待ってくれ!」


 更にもう一歩近づこうとした、その時だった。

 少年が庇うように少女二人の前に出た。

 それを受けて立ち止まる。

 彼に近づく必要はないのだ。

 親切にもお茶に誘ってくれた人物は、少年の後ろにいる二人だから。


「……あなたも、お茶に誘われたの?」

「悪いけどそのお茶会、今日は中止にしてくれないかな」


 明らかに彼は少女たちを庇っている。

 眼前に立つ少女を危険視したのかもしれない。

 少年にとって後ろにいる二人は、これまで苦楽を共にしてきた大切な仲間であり、守るべき対象だ。

 だから、庇った。

 野菜が入った買い物袋を持っている、その左手にほんの少しだけ力を込め、敵意を放った。


「本当に、悪いけど」

「……そう」


 彼の心情を理解し、一歩下がる。

 人形の様に表情は変わらない。

 ただ、上目遣いで見つめていた彼らへの視線は外し、目を伏せた。




 ──…………っぷぁぁぁぁ!!!


 あー! 緊張したし失敗した!! 

 いやコレ間違いなくミステイクですわ。 ヒロインを怖がらせるどころか、レッカに警戒までされちゃった。どうみてもミスってる。マジで三人とも変な雰囲気にしてごめんなさい。


 今日はもうダメだ、帰ろう。無表情ヒロインムーブがあまりにも下手すぎた。


 なんかこの場に留まったらバトルになりそうな予感がするし、過剰防衛で攻撃されてもおかしくない。逃げなきゃ。

 戦闘能力なんてミジンコ以下だから、バトったら確実に墓場へゴールインだ。


「お茶しないなら、もう行く」

「……うん、急に引き留めてごめん」


 ヒカリとコオリの前に立ちふさがるレッカを見てよく分かった。

 これが好感度の差ってやつなんだろう。選択肢をミスったのもあるけど。


 まぁ昨日会ったばかりなんだし、好感度ばっかりはどうしようもない。

 今回の正解ルートは、コオリとヒカリを無視してそのまま去っていくことだったんだ。


 では、すたこらサッサとその場を離れ──てはいけない。待って。やっとかないといけない事あったわ。

 今後の交流を円滑に進めるために、俺は味方ですよアピールをしないとな。あまりにも警戒されすぎたら敵認定されてしまう。

 ただ、露骨すぎると逆に怪しまれるだろうから、ここはグッと堪えてさりげな~く言葉にしよう。


 立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

 彼らはまだ少しだけ緊張している様だったから、たとえ無表情キャラでもパッと見で判別できるように『なんかスゴい申し訳なさそうな顔』って感じの雰囲気で。


「……怖がらせて、ごめんなさい」


 殊勝な態度で言えば多少は理解してくれるだろう、と信じてそれだけ言い残し、俺はなるべく早歩きでその場を去っていったのだった。


 今回の失敗で一つ、あまりミステリアス過ぎても良くない、という教訓を得た。普通に怖がらせちゃったのは申し訳ないし、今度からは眼力に気をつけよう。

 

 願わくばさっきの態度で『怖い雰囲気で仲間を脅したヤツ』から転じて『こっちが勝手に怖がったことで傷つけてしまった少女』という認識で、俺を覚えてくれますように。どうかお願いします。





 わたしはライ・エレクトロ。

 市民のヒーロー部の部長兼、学園の生徒会長だ。


 今日は生徒会の仕事があったのだが、予想以上に作業が長引いてしまったせいで少し帰りが遅くなってしまった。

 そのため一度帰宅してから弟と一緒に買い物に出たのだが、空は既に真っ暗で。


 そして目を離した隙に──弟が迷子になってしまったのだった。


 分かっている。コレは確実にわたしの責任だ。

 市民のヒーロー部としての活動に加え、生徒会長としての仕事も重なり、多少疲れてしまっていたせいなのか、注意力が散漫になってしまっていたようだ。

 これでは部長としても失格。後輩のレッカやコオリたちに顔向けできない。


 しかしメンツを気にしている場合ではないだろう。こんな夜遅い時間に迷子になってしまったら、弟がどうなるか分からない。

 一刻も早く見つけ出さなければ。

 今ごろ怖がって泣いているに違いない──



「ぃ、いないいない~……ブェァっ」

「きゃははっ!」



 ……と思っていたのだが、どうやらこの街にはとても親切な人がいたらしい。


 見たことのない学校の制服を着た黒髪の少女が、こっちまで笑ってしまいそうな程の顔芸で、小学生の弟を宥めてくれていた。

 名前を聞いてみたところ、彼女は『コク』というらしい。珍しい名前だ。ニックネームというか、あだ名なのだろうか。


 ともかく何度も礼を言い、何もしないのは心苦しいと思ったため、お詫びとして買い物で買った牛乳を押し付けてしまった。少し値が張る牛乳だったが、恩人が喜んでくれるなら安いものだ。むしろそれで納得してくれただけありがたい。


 そういえばコオリたちが噂していた人物の名も、確かコクだったか。あぁやって親切な人助けをしてくれる良い人なら、多少なりとも噂になるのは納得できる。わたしも見習うべきだな。


「……じゃあ、私はここで」


 コクさんがバス停で別れを告げた。基本的には無表情な人だが、弟を笑わせたあの顔芸は目を見張るものがあった。芸人志望とかなら是非とも応援させてほしいところである。


「……あの、ライ会長」

「ん?」

「お願いがあります」

「あ、うん。何でも言ってくれ」


 弟を見つけてくれた恩人の頼みだ。出来る限り答えたい。


「コオリさんと、ヒカリさんに、申し訳なかった──と伝えていただけませんか」

「あの二人に?」

「……今日、お話をしたんですけど、怖がらせてしまったみたいで」


 まさか。コクさんが人を怖がらせるなんてあり得ない。というかあの二人がビビるのも想像できない。

 ……あっ、そうか。

 あの後輩たちが恐怖するくらい、とてつもない変顔を披露したのか。

 顔面でお笑いだけじゃなくホラーまでこなせるとは、芸風の幅が広いなぁ……すごい人だ。


「了解したよ、あの二人にはそう伝えておく。……あぁ、そうだ、きみの連絡先を──」

「ごめんなさい。バスが来てしまいました」

「そ、そうか」


 バスに乗り込む直前に弟の頭を撫で、彼女はこちらに優しく笑いかけてくれた。

 他の人が見れば無表情に感じるかもしれないが、彼女と話した今のわたしにならその顔の変化に気づくことができる。

 だから、わたしも弟と一緒に、彼女に笑顔で手を振った。


「な、コクさん」

「呼び捨てで構いません」

「じゃあ、コク。……また、会えるかな?」

「はい。きっと、またすぐに」


 その言葉と共にドアが閉じ、バスは出発した。


 不思議な雰囲気の少女だった。

 彼女の自信なさげな態度から見るに、平時は人形の様に変わらないあの表情のせいで誤解されてしまうのだろう。迷子の男の子を宥め続けてくれるくらいには優しい人だという事が、彼女の周囲の人にも伝わってくれたらいいのだが。


 うむ、良き友人を得ることができた。学年はわたしよりも下のようだったが、歳など些細なものだ。ぜひともまた会いたい。


 ……そういえば、名乗りこそしたが、わたしが生徒会長ということは伝えていただろうか? もしかして自分、少しだけ有名人だったりして。……そんなワケないか。



 それから後日のこと。


 今回のコクとの出来事を部員のみんなに聞かせてみたのだが、なぜかコオリとヒカリ、あとレッカの三人が顔を真っ青にしていた。何だったんだろう?



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何で自分から無表情ムーブを壊していくんだ……?
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