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二重人格はつらいよ



 設定増加から数日が経過し、一つ気がついたことがある。


 ……二重人格を演じるの、めっちゃしんどくね?


「ようやく帰ってきた。この部室に」


 魔法学園の校舎の隅っこには、市民のヒーロー部と記された表札が立てかけられた教室が存在する。

 その部屋の前で感慨深く呟くレッカを一瞥しつつ、俺はため息をつくかのように肩を落とした。



 状況を説明しよう。


 まず、俺たちがいる場所は、ヒーロー部の部室がある事からもわかる通り、愛しの母校である魔法学園だ。

 おい待ておかしい、全人類を洗脳させた装置はこの学園の地下にあるのだから、そう簡単に入れるわけないだろう──と、普通ならそう考えるだろう。


 ここでひとつ、大事なことを思い出してみる。

 そもそも『学園の地下に洗脳装置がある』と口にした人物は誰だっただろうか。


 アイツだ。

 悪の組織の構成員のくせに、警察にスパイとして潜り込んでいた、あの警視監の男だ。

 奴が悪の組織の本部から逃げ出す際にそう言っていた。


 つい数時間前まで、あの男が放った言葉を俺たちは鵜吞みにしていたワケだが、冷静に考えたらそんなものがアテになるはずがなかったのだ。

 組織の本部から脱出したあの時は、俺たちも焦っていたせいで、落ち着いて考えることができていなかった。大誤算である。


「やっぱり誰もいないね。……みんな洗脳されてるわけだから、当たり前だけど」


 そう言いながら懐かしむように部室内を見て回るレッカ。

 俺たちがドキドキしながら学園まで来たとき、校舎はもぬけの殻だった。

 当然だ。こんな場所に洗脳装置なんて大層なもんは隠していないのだから。


 俺たちを待ち伏せしている可能性も考えてはいたのだが、刺客はおろか追手すらいない。

 もしかしたら何かヤバい事が起きているのかもしれない──と思いつつも、洗脳装置の足取りを掴めない俺たちは、こうして学園の中で右往左往することしかできないのであった。


「……ポッキー?」

「っ! な、なに、れっちゃん」

「よかった、やっぱりポッキーだ。ペンダントを首にかけてないから、てっきりコクに変わってたのかと思ったよ」


 ハッとして首元を触ると、いつもの硬い感触が無かった。


「わり、ポケットにしまったままだったわ」

「大事な見分け方なんだからしっかりしてよね」

「はーい……」


 と、こんな感じのうっかりが、ここ最近何回も連発してしまっているのだ。



 ここでようやく話を戻そう。


 二重人格を演じるのは、俺の予想以上にめちゃめちゃハードなやり方だった。

 ペンダントの付け忘れ取り忘れから始まり、コクの時に男口調が出てしまったり、たまに自分が今どっちを演じているのか分からなくなったりなど、考えることやミスのリカバリーの事で頭の中が爆発しそうになっている。


 もう限界だから『コク』とかいうマジの別人格を生み出した方が楽なんじゃないのか、なんて思い始めてもいる。俺はもう疲れたよパトラッシュ。

 二重人格という案はいささか早計な判断だったかもしれない。頑張れば何でもできるという思い込みは非常に危険だ。


 そういう事情も含めて、この敵が襲ってこないタイミングで部室に戻ってこられたのは僥倖だった。


「ポッキー、何探してんの?」

「俺の工具箱。本格的な道具は入ってないけど、ペンダントのメンテナンスをする程度ならアレで……お、あったあった」


 見つけた箱の中には精密機械を弄る時に使う器具の数々が。

 これは数ヵ月前に俺がヒーロー部に入ってから、もしもの時の為に部室に置いておいた、応急処置をするための救急箱みたいなものだ。


 これを使って早急にペンダントを修理する。どうしても直さなければならない。

 以前は姿かたちを完全に変身させることでメリハリがついていたのだが、今のコクの姿のままという中途半端な状態じゃ色々と厳しい。


「……どう?」

「完全に直ったわけじゃないが、破損部分は修理できた。……理論上はボタンを押せば交代できるはずなんだけど」


 メンテナンスを始めて数十分後。

 ポチっと押しても変化なし。


「やっぱライ会長の電撃とレッカの炎でどこかしらバグってんな……」

「ご、ごめん」

「謝んなくていいって。操られてたんだからしょうがないだろ」


 これ以上は自宅にある設備を使用しないと直せそうにないが、そもそも俺の家は爆破されたので戻れない。もうこのまま使うしかないようだ。

 ……冷静に考えると、愛しの我が家が既にぶっ壊されてるの、普通に悲しくなってくるな。悪の組織ゆるせねぇよ……。


 両親までもが洗脳されている以上、無事に残っている地下室も期待できそうにない。ペンダントに関しては万事休すといった所か。


「ワンチャンもう一回同じ手順でぶっ壊せば直ったりしねぇかな」

「落ち着いてポッキー」


 ペンダントをぶん投げそうになった手をれっちゃんに止められた。くぅ。

 涼しい顔をしているが内心俺は焦りまくりだ。


 もしかしたら一生女の子のまま生きていくんじゃないか、という不安が脳裏によぎった。冗談じゃない。童貞のまま男を失ってたまるか。意地でも俺は元に戻るぞ。


「割と真面目な考えなんだが、何かしらの衝撃が加えられればペンダントは戻ると思うんだよ。……その衝撃でぶっ壊れたら元も子もないから、どうしようもないんだが」

「しばらくは保留だね。……大丈夫、きっと戻れるよ」


 レッカに肩を叩かれた。彼の優しさに涙が出そうだ。


「ポッキー。洗脳装置の所在地はこれから探すとして、まずはこの部室内を物色しよう。何か使えるアイテムがあるかもしれない」

「がってん」


 親友の指示で部屋の中をうろつき始めた。

 入部してから二ヵ月程度は入り浸った部屋だが、その一年前から使われていたここには俺の知らないモノも多い。


 氷織にヒカリ、風菜といった個性豊かなメンバーが使っていた部室なのだから、何かしらのレアアイテムはあると思うのだが──


「……これは、音無の……?」


 見つけたのは和風な木箱。

 紐を外して中を確認してみると、そこには彼女が使っていた忍者道具が、奇麗に一式敷き詰められていた。


「予備の忍者道具、ここに隠してあったのか」


 それらを拾い上げて一つ一つ確認していく。

 どの道具も取り扱いが難しそうで、慣れてない俺では活用できなさそうだ。


「クナイくらいなら使えるかな。これは持っていくとして──」


 道具箱の中のクナイを持って立ち上がったとき、ふと視界の端に何かが映った。

 横を向いてみると、机の上には小さな写真立てが置いてあった。


「ヒーロー部の……集合写真?」


 その写真を手に取って見てみる。

 レッカを中央に添えた、いかにも集合写真って感じの一枚だ。

 暖かそうな恰好からして冬に撮ったものなのだろう。部活動紹介の際にでも使うものだったのかもしれない。


 写真に俺はいない。

 アポロ・キィという異物が混入される前の、紛れもなくレッカが主役だった頃のヒーロー部の姿。

 写真撮影の際にカゼコが変顔をしたせいなのか──みんな笑っている。


 集合写真特有の引きつった笑みではなく、屈託のない笑顔だ。


「あぁ、それか」


 横からレッカの声。

 俺が見ている写真が何なのか気づいたらしい。


「確か……校門前の雪かきをやってた時だったかな。ちょっと雪合戦とかもやったりしてて、急に写真を撮るって言われて、焦って集合して撮ったやつなんだ。みんな少し楽しくなっててさ、そこで写真を撮るってのにカゼコが変顔をしたもんだから……ふふっ」


 思い出し笑いだろうか。

 その思い出は俺にはない。

 俺がいなかった頃の、ヒーロー部の幸せな青春の思い出だ。


「なんだよ」


 悲しい、陰惨な過去を俺に告げたあの少女たちも、笑っている。

 あそこは自分の居るべき所じゃないとか、ずっと罪悪感があっただとか、いろいろと神妙に語ってたくせに。


「……楽しそうじゃないか」


 彼らヒーロー部の楽しそうな姿を見て、俺も少しだけ肩の力が抜けた。

 氷織も、風菜も、音無も──ヒーロー部の一員だ。

 この笑顔を見ればわかる。

 確かに思うところもあったのだろうが、彼女らにとっては間違いなく、ヒーロー部は大切な居場所だったのだ。

 

「何が裏切者なんだか……ったく」


 俺が関わってきたあの少女たちみんな、ヒーロー部に絆される途中で俺に出会ってしまっただけなんだ。

 アポロ・キィと関わらなくたって、きっと彼女らの心はいずれ救われていただろう。

 それほどまでに居心地の良い場所だった。

 傷を負った少年少女たちに明るい青春を与える拠り所だった。


 自分という異物は異物でしかなかったことを改めて理解しつつも、親友がいた場所は決して危険な戦いに巻き込むだけの戦場ではなかったことを知って、心から安堵した。

 市民のヒーロー部は、誰かのために頑張れる人が集まっただけの、ただのボランティア部活動だったんだ。



「……ふぅ」


 感傷に浸って何分経過しただろうか。

 俺が全てを壊したとか、俺がいなければだとか、頭の中にはいろいろと浮かんだ。

 所詮はただの友人キャラに過ぎなかった俺が出しゃばったことで、狂ってしまった未来がいまここなんだろう。


「まぁ、気にしないけどな」


 過ぎたことを悔やんでもしょうがない。

 女の子になってレッカをからかい、ヒロインレースを横入りしたのは最高に気持ちよかった。あの時の感情に嘘はない。俺は自分の行いを後悔してなどいない。


 ……とりあえず、全部が終わって平和な日常に戻ったら、ヒーロー部からは退部しようかな。



「──あっ、見つけたッ!」



 バターン、といきなり部室のドアが開かれた。


「わっ! ……って、フウナ?」


 驚いたレッカの前に姿を現したのは、風姉妹の妹さんこと風菜ちゃんだった。

 俺たちを庇って、洗脳されたカゼコに立ち向かったはずだったのだが、どうやら無事だったらしい。


「よ、よく無事だったね、フウナ」

「お姉ちゃんが見逃してくれたんです。洗脳されててもアタシたちの愛は不変ですから」


 もしかしたらあの姉妹が最強なのかもしれない。

 愛ってすげぇわ。


「それより洗脳装置の所在地が判明しました! 二人とも行きましょう!」



 ──というわけで、物語は遂に最終局面に移行したらしい。


 風菜が突き止めた場所へ向かうべく、俺は一度美少女コクちゃんムーブで彼女を褒めたたえつつ、音無のクナイをその手に握って学園を後にしたのであった。




「えへっ、えへっ、えへっ。あの、コクさん。もう一回撫でて……」

「いま俺だけどいいの?」

「コクさんを返して!!!!!!!!!!」



 ……もしかすると、俺はこの子が苦手かもしれない。



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