もしもエロゲだったなら
この沖縄に到着してからは、驚くくらいに平穏な時間が続いている。
僕たちよりも遅れてコクとコオリがやって来たときは、爆発寸前だった気持ちを何とか堪えるのに必死だったけど、時間が経過するにつれて冷静になる事が出来た。
アポロの父親からは何も聞き出せなかったが、どうもあの人は怪人から聞いたような極悪非道の科学者だとは思えず、いまは味方で居てくれることに納得をして、一旦話を終わらせた。
秘密を話さなかったのは、きっとコクとしっかり話し合って欲しかったからなんだろう。
自分の子供と深い繋がりがある少女の事だ。僕を混乱させてしまっては元も子もない。
あの人は焦った状態の僕が冷静になれるよう、わざと話をはぐらかしてくれたんだ。
おかげで今は落ち着いている。
組織の支部にいたあの時は──覚悟が決まっていたんじゃない。
ただ親友を取り返すことに必死で、周りが見えなくなっていただけだったんだ。あんなんじゃ文字通り話にならない。
会話は全ての基本だ。僕は彼女と会話をしなければならない。
アポロの事も、彼女自身の事も、話すことで知ろう。
本当は最初からこうするべきだったんだ。
夕食を食べ終え、すっかり空が暗くなった頃、コクから呼び出しを受けた。
彼女から誘ってくれるなら好都合だと思い、僕は指定された場所まで急いだ。
──そこにいたのは、月明かりが差す砂浜の海岸で、静謐に佇む一人の少女。
白いワンピースを着た、裸足のコクだった。
「……コク」
「来てくれてありがとう、レッカ」
こちらへ振り返り、丁寧に腰を折ってお辞儀をした。本当に変わった子だと思う。
改めて礼を言われるようなことじゃない……そう言いながら、僕は彼女の方へ歩み寄っていった。
「今日はいつもの服じゃないんだな」
「ホテルのお土産屋さんで、買った」
くるっと一回転して見せるコク。
衣服全体を僕に見せたかったらしい。
「どう?」
「似合ってるよ。きみの奇麗な黒髪と良く合ってる」
「ありがとう。うれしい」
人形のような無表情だが、微かに笑っているような気がした。
実際、似合っているのは事実だ。僕から見てもかわいいと思う。フウナ辺りにでも見せたら、破壊力が凄そうだ。
本題に入ろう。
僕が気づいたことを、彼女に伝えるんだ。
「コク。きみは……アポロの為に戦ってくれていたんだね」
返事はない。
青白い月を背にして、静かに僕の言葉に耳を傾けてくれている。
「アポロの母親と話をしたんだ。その時に大事な資料も見せてもらった。そこでアポロの顔と名前が、悪の組織に割れていた事を知ったよ。……追われていたのはきみじゃなくて、あいつの方だったんだな」
ずっと勘違いをしていた。
コクは組織から逃げた実験体で、アポロがそれを匿っていたのだと、そう思っていた。
けど、真実はその正反対。
元組織の構成員だった科学者の息子である彼を、コクは自らの肉体と交代させることで庇っていたんだ。
「今にして思えば、オトナシが協力しようとした事にも合点がいくよ。なんせキミはアポロを庇いながら、組織から逃げ出した本当の実験体である藤宮衣月もまとめて守っていたんだから」
「……買いかぶり過ぎ、だよ」
「謙虚は美徳かもしれないけど、コクはもっと誇っていい」
僕なんか目じゃないくらいに、どこまでも自己犠牲な精神を持った少女だ。
まるでヒーローじゃないか。
どんな理由があるのかは分からないけど、ペンダントの中に閉じ込められていて、他人を媒体にしないと自由に喋る事すらできないというのに。
ただ目の前の人間を救おうとする。
怪人に襲われていたあの子供と同じように、アポロも、衣月も。
その小さな体躯と、触れたら折れてしまいそうな細腕で。
「アポロも緊急時には姿を変えることで、君を守っていたんだね。あのオトナシが怪我をした森の時のように、危険な戦闘はあいつが担当していたんだ。君たちは文字通り……一心同体だった。コクが言っていた『心が繋がっている』って言葉の意味が、ようやく理解できた気がするよ」
ずっと二人で戦っていたんだ。僕が言った『親友を巻き込むな』という言葉は、あまりにも見当違いだった。
コクが反論しなかったのは、僕に余計な疑いを持たせないためだったんだろう。こうして理解した今なら、彼女が黙々と旅を続けていたワケがよく分かる。
「ありがとう、コク。今まで僕の親友を守ってくれて」
「どういたしまして」
「そして、これまでの非礼を謝罪させてほしい。……本当にすまなかった」
「うん、許す」
「……相変わらずというか。フットワークが軽いよな、きみは」
これでもかというほど、円滑に会話が進んでいく。まるで以前までのすれ違いが嘘のようだ。
本来彼女とのコミュニケーションは、これくらい簡単に進められるものだったのかもしれない。
「コクはこれからどうするんだ? アポロを監視する目は無くなったけど、悪の組織もまた壊滅したわけじゃないし……」
「もう少しだけアポロと一緒にいる。衣月が安心して、普通の女の子としての暮らしができるようにする為に、私は悪の組織を打倒しなければいけない」
「そうか……うん、もう止めないよ。アポロもきっと、最後までコクに付き合うつもりなんだろ?」
この二人の間には、僕では計り知れないような信頼関係があるに違いない。
「たぶん、そう……?」
「何で疑問形なんだ」
急に不安にさせてくるの、心臓に悪いからやめてほしい。
「肉体を共有しているといっても、心の中にアポロがいるわけじゃない。会話はできないし、ある程度相手の考えてることが伝わってくるだけ」
「……君たちはどうやって意気投合したんだ」
「書き置きなどで意思の疎通はしたけど、実際にアポロと会話をしたことはない。私がまともに話したことのある男の子は──レッカくらい」
なんだか予想と少し違ってきた。
確かに大体の事実は合っている。しかし、アポロも聞いているつもりでコクと話していたのだが、どうやらそういうわけではないようだ。
「私が外にいるとき、アポロはペンダントの中で眠っている。逆もまた然り。アポロの体が私に変身しているのではなく、文字通りそのまま『交代』している、といった感じです」
「……えっと」
「つまりレッカがあの屋上で見たのは、親友のアポロではなく、私のパンツ。レッカは男の子の下着を見て赤面したわけではないから、安心して」
そういう問題だろうか。というかむしろ同性のポッキーではなく、異性であるコクのパンツを見てしまったことの方が問題なんじゃ……?
「レッカ、むつかしい顔をしている」
「そりゃまぁ情報量が多いからね……」
「またパンツを見れば、元気になる?」
「いや見ないからなッ!? ちょっ、やめろスカートの裾を持ち上げるんじゃない!」
パンツは見なかったが、なんやかんやあって、僕はようやく彼女と和解することができたらしい。
早とちりした僕と、流石にいろいろ隠しすぎていたコクの両方に非があるということで、喧嘩両成敗でこの話は終わりだ。こうなるまで本当に長かったな。
「それじゃ、コク」
帰らないとみんな心配するし、そろそろ戻ろう──と口にしようとした、その時だった。
「排除」
コクの背後の海から、ここにはいないはずの『サイボーグ』が姿を現し、彼女を後ろから羽交い絞めにした。
「わっ」
「コクッ!」
おそらくは支部が爆発する直前に、ワープ前の誰かの脱出用ポッドに張り付いていたんだろう。いつの間にかその場から離れ、この海で僕たちヒーロー部の誰かが来るのをずっと待っていたのだ。
「自爆、自爆、排除」
「レッカ、レッカ。こいつヤバいこと言ってる」
「いっ、今すぐ助ける──!」
……
…………
数分後。
上空に浮かび上がってコクもろとも自爆しようとしたサイボーグを追いかけ、なんとか彼女を取り返したのだが、その瞬間にサイボーグが大爆発して。
僕とコクはそのまま海の中へドボンし、無傷かつ命も助かったものの、完全にびしょ濡れの状態になってしまったのが、いま現在の状況だ。
割と浅い所に落ちたので、溺れる事こそ無かった──けど。
「…………服、透けてる」
「見てない見てない! 見てないから!」
コクを正面から抱きかかえた状態で海岸まで移動し、彼女を下したときに気が付いてしまった。
海水でびっしょりと濡れてしまった純白のワンピースが、肌に張り付いて透けている。
どうやら生地が薄いタイプのワンピースだったようで、ダメ押しにもう一本といった感じで、コクはパンツ以外の下着を身に着けていなかった。
膝から下が海に浸かっている状態で、僕は彼女の正面に立っている。
見てないなんて連呼していても、その無防備で艶めかしい姿が目に映るのは避けようのない事実だった。
「レッカ。どうして、顔を背けているの?」
「はっ、ぇっ……ど、どうしてって……!」
たったいま『透けてる』って自分で言ったじゃないか。
それ以外の理由がどこにあるというんだ。
「前々から気になっていたけど、レッカは女の子の体を目にすると、過敏に反応してそっぽを向く。どうして?」
「み、見ちゃダメだからに決まってるでしょ……君だって見られたくはないはずだろ……?」
「別に、いいけど」
本当に何を言っているんだこの少女は。
ついつい彼女が今どんな表情をしているのか気になって、チラリとコクのほうへ視線を向けてしまう。
そこにいたのは、相も変わらず仏頂面で、あられもない姿をしている黒髪の少女だ。
「レッカはヒーロー部の少女たちから好かれている事、自分でも自覚しているはず」
「……そ、それとこれとは関係ないんじゃ」
「ううん。関係ある」
「──っ!?」
コクが此方へにじり寄ってきて、顔を隠していた僕の腕を無理やり引っ張っておろしてしまった。
つい驚いて目を開けたままにしてしまう。
眼前にいる少女はあまりにも華奢な体躯で、本来は体型を隠してくれるワンピースが肌に張り付いているせいで、より一層彼女の身体が引締まって見えた。
「ちゃんと、見て」
「……こ、コク……っ」
手を掴まれているせいで顔を隠せない。だから彼女の肢体をまじまじと見つめてしまう──なんて言い訳が脳内を歩き回っている。瞼を閉じればそれで済む話だろうに。
僕は目をつぶることが出来なかった。
コクの白皙な肌に、目を奪われてしまっている。
「ヒーロー部の娘たちは、みんな本気。その状況を良しとしているのに、身体を見たら純情ぶって目を離すなんて、ズルいことだと思う」
果たしてそうだろうか。
反論の余地などいくらでもありそうだが、僕はコクのきめ細やかな濡れた髪を見て息を呑む事しかできない。
「もしこういう状況であの娘たちから目を逸らしたら、傷つけてしまう可能性もある。いろいろな女の子に好かれている以上、あなた自身も知っておくべき事があると思う」
「そ、それは違くないか……?」
「あっちが勝手に好いているだけだから、自分には関係ない? あんなにアピールされておいて、フることも受け入れる事もなく一年以上なあなあで過ごしてきたけど、勝手に好かれているだけだから自分は悪くない?」
「ぅ…………」
彼女の鋭い言葉がグサグサと心臓に突き刺さっていく。アポロと情報を共有している以上、どこまでもこの少女にはお見通しだったらしい。
確かに思い返してみれば、確実に僕にも非はある。
部活内の雰囲気を優先したせいで、メンバーの彼女たちにはまるで誠意を見せてこなかった。
ふと、ポッキーに『お前いつまで共通ルート続けるつもりなんだ?』と叱られたことを思い出した。
答えを出さないまま、彼女たちに囲まれて過ごす日常を、心のどこかで楽しんでいたのかもしれない。
「……レッカ、童貞でしょ」
どどど童貞ちゃうわ、とポッキーなら茶化すのだろう。
けど、僕はこの状況に鼻白むことしかできなかった。
「慣れたほうがいい。せっかくハーレムを築いたのに、童貞丸出しでヒロインたちに失望されてほしくはないと、アポロも言っていた」
余計なお世話だよあのバカ。
「……その、慣れるって……?」
「まずは──目を逸らさないこと」
そう言いながら、コクは自分のスカートをつまみ、水滴を垂らしながら裾を持ち上げていく。
徐々にそれが上がっていき、ワンピースに覆われていた彼女の下半身が、遂に露になってしまった。
「……っ」
思わず喉が鳴る。
「濡れた下着、見るのは初めて?」
「……たくし上げられたスカートの中を見るのが、そもそも初めて……かな」
「そう。初めてなら、しっかり見て、慣らさないと」
海水を含んで重くなってしまった白い生地のパンツが、目に焼きつけられていく。
上目遣いでスカートをたくし上げているコクの頬は、意外にもほんのりと赤みを帯びていた。
冷静で鷹揚とした雰囲気に見えて、実は彼女も僕と同じような恥ずかしさを感じているのかもしれない。
「……これは特訓」
それでも真っすぐに此方の眼を見つめ、耳の奥へ流れるような透き通った声音で、彼女は続ける。
「レッカの友人として、練習台になろうと思う」
「だ、ダメだろ、そんな」
とっさに口から出たソレが、本気の言葉じゃないことは、否が応でも自覚できてしまった。
この状況に期待をしてることは丸わかりだ。
そのように僕の気持ちを揺さぶってしまうほど、彼女には小柄な体躯とは不釣り合いな妖艶さがあった。
聞き心地の良い声に、油断を誘う甘い言葉に──脳が溶かされてしまいそうになっている。
「……組織との決着がついても、私は普通には生きられない。アポロはあなたの元に戻って、私は二度とレッカと話すことができなくなる」
彼女を救い出す方法は、まだ見つけていない。
そんなことはないんだと、否定することが出来なかった。
「これ以上、誰かの身体を奪う気にはなれない。私に残されている時間は、あと少しだけ」
「コク……」
「だからレッカ。……私、思い出がほしい」
目の前にいる漆黒の少女が放ったその言葉の意味を、僕はとうに理解していた。
察してしまえたからこそ──強く拒絶できなかった。
「一番仲良くなれた男の子との思い出があれば、あの薄暗い牢獄の中でも、希望を抱いて眠り続けることができると思う。友達のために、特訓に付き合って……それで、えと……」
いつの間にか、スカートを持つ手が下がっていた。
コク自身も、どんな言葉を僕にぶつければいいのか、分かっていないんだろう。
「レッカに覚えておいてほしい。コクっていう、変な女の子がいたってことを」
「……もう、何があっても忘れるわけないだろ。きみはいつだって僕の予想を上回ってきた凄い女の子なんだから」
「で、でも、ここですれば……もっと忘れられない記憶になる、かも……」
互いに自分が何を言っているのか、ハッキリとは理解していない。
きっとこの後に起こる事は二人とも察していて、それでもまだ心の準備ができていないから、回りくどく様々な言葉で時間を稼いでいるんだ。
しかし、それも終わりの時が来たようで。
「……ごめん、レッカ。もう何も思いつかない」
分かってる。
コクの言いたいことは、ちゃんと伝わってるから。
「ここで、したい。一度でいいからしてみたい。私が私であった証が欲しい。……レッカ」
もう一歩。
僕に一歩、寄り添って。
彼女は僕にしがみ付いて、上目遣いで懇願してきた。
「わたしを……使って」
その願いに対して、僕の答えは──
「レッカ様ーッ! コクさぁーんッ! どちらにいらっしゃいますのぉー!? 何かすごい爆発音が聞こえて……あっ、お二人とも!」
──……答えは、出せなかった。
◆
っっっっぶねぇぇぇ!!!
ハーッ! マジで助かった! ヒカリが来てくれて命拾いした!!
いやぁ、思いのほか距離を縮めることができたな。重畳重畳。よくできました。
サイボーグが爆発した後くらいから、慌ただしい様子で俺とレッカを探すヒカリの姿が遠めに見えていたので、きっと彼女によってこのイベントが中断されるだろうと踏んで行動していたのだが、予想通りうまくいって良かった。
あのままだったら同情したレッカと、危うくくんずほぐれつな大運動会をするところだったからな、マジでギリギリだった。
夜の海でアレをするなんて、もうどうあがいてもエロゲ的な展開だったよな。レッカも流されそうになって、あと一歩でエロCGを回収しちゃう寸前だった。ほんとにスリリング。
けど悲しいかな、これはエロゲじゃあないんだ。
成人向けな物語だったらルート確定の青姦だったけど、そうはならないよう最初から調整していた。残念だったな童貞くん。
「さ、サイボーグがまだ残ってたんですの!? お二人ともご無事で本当によかった……」
「はは。心配かけてごめんね、ヒカリ」
まあアイツ興奮はしてたけど勃起はしてなかったから、まだちょっと刺激が足りなかった気もするな。
暫くしたらリベンジ案件かもしれない。
「……コク」
小さい声でレッカが耳打ちしてきた。
急にやられるとゾクッてなるからやめてほしい。
「今日のことは二人だけの秘密にしよう」
「うん」
「それと……少しだけ、時間をくれないか」
まぁヒカリがいなくなったら即再開ずっこんばっこんってワケにもいかないよな。
「わかった。……待ってる」
「……う、うん」
赤くなって、かわいいやつだな。分かりやすいわ本当に。
とにかく、これでメインヒロインムーブは完璧だろう。俺のルートに入ったのは疑いようがないので大丈夫だ。
……たぶん。急に氷織とかカゼコが覚醒でもしない限りは。……えっ、大丈夫だよな……?
これで好感度を稼いだ後はどうするかあんまり考えてなかったけど、近いうちに悪の組織との闘いも再開して忙しくなるだろうから、間違ってもこの沖縄で過ごす短い休暇期間の間に、親友と一線を越えてしまうことはあり得ないはずだ。
まだまだ美少女ごっこは続けるけど、親友とのエロいことは回避して。
いろんなとこに気を配りつつ、なるべく健全なまま全クリするぞー!