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氷が溶ける温かさ




 幼い頃、人を殺したことがある。


 抽象的な意味ではない。

 私は実際に魔法で人間を凍らせて、粉々に砕いたことがあるのだ。


 私の叔父はとある国のエージェントだった。スパイだとか、殺し屋だとか、他の呼び方も多かった気がする。

 六歳の頃に交通事故で両親を亡くし、私はその叔父に引き取られることになった。


 叔父以外の親族は、私を毛嫌いしていたから。私は感覚が分からず魔法を常時発動し続けてしまうダメな子で、冷気を撒き散らすその姿から雪女と呼ばれていたのだ。嫌われるには十分すぎる理由だった。


 そんな私を引き取った叔父の仕事はいくつも存在していたが、私が見た中で一番多かったのは、機密情報を知っている重要な人物を拷問する光景だった。

 良い人でも悪い人でもなかった叔父は、ただ自分が知っている生き方を、私に教えようとしていただけだったのだろう。

 優しい両親のもとで育った私は、幼いながらに叔父のような生き方はしたくないと考えていた。



 とても大きな銀行の、偉い人だっただろうか。

 叔父が拷問の最中に席を外し、誰かと電話を始めた。


『──ころしてくれ』


 その時、拷問されていたその人が、同じ部屋にいた私にそう言った。


 だから私は彼を殺した。

 体全体を氷漬けにして、粉砕して殺した。

 泣いていたから、痛そうだったから、本当に心の底から殺してほしいと願っていたから、殺した。

 引き取られてから一年後のことだ。

 七歳のころ、初めて人の命を奪った。


 電話の内容から察するに、きっとまだ聞き出さなければいけない情報があったのだろう。

 けど、叔父は私を叱らなかった。

 ただ「すまない」と泣いて謝りながら、私を抱きしめ続けた。


 叔父は常に心を痛めながらも仕事を全うする普通の人だった。

 私は怯えも躊躇も涙もなく、子供ながらに人を殺めることのできる異常な人間だった。

 その日から、叔父は仕事をよく休むようになり、私は彼と普通の生活を過ごし始めることになった。



 少し時が流れて、私が中学に進学した頃。

 育ての親だった叔父が死んだ。頭の中に残っていた銃弾が原因だったらしい。

 数多の人の命を奪ってきた叔父に相応しい、因果応報な最期だった。


 ──じゃあ、私は?


 叔父が遺した莫大な財産と人脈のおかげで、生きることには困らなかったが、幼い頃に犯した殺人の罪悪感は心の奥底で燻り続けていた。


 だから人を救うことでその罪を清算しようと考えたのだ。

 あと叔父が望んでいたように、普通の女の子として生きていこうとも決めた。


 二つを両立するために、学園へ訪れヒーロー部に入部した。

 贖罪の為にいろんな人を助けよう。

 普通の女の子みたいに恋もしてみよう。



 そう思って、頑張って、それはほとんど達成された。


 レッカ・ファイアという少年はとても眩しくて、恋をするに相応しい人物だった。だから優しく明るい彼に、心から惹かれた。


 でも、きっとそれは間違いだったのだろう。

 彼に好意を抱く他の少女たちに比べて、私の手は汚れ過ぎていた。

 ヒカリは私のような過去もなく清廉潔白で、その名の通り光の如く明るく天真爛漫な良い子だ。

 カゼコは洗脳されていただけで本人に非はなく、そもそも彼女の本質は善性そのものだった。

 他のみんなもきっとそうだ。

 私よりも価値のある人間だ。

 誰よりも価値のない人間である私が、あの温かい炎を与えてくれる少年に、選ばれていいワケがなかったのだ。


 ……そして、この状況が私への罰だ。


 人を殺しておいて、のうのうと生き延びて普通を望んだ私への。

 傲慢にも一緒に居ることを望んだあの想い人の親友を巻き込んで、人を凍らせてきた私が凍死する。なんという皮肉だろうか。

 

 この上なく、私に相応しい最期だ。



「……なぁ、氷織(こおり)



 ふと、彼が口を開けた。

 どこまで話したのか、どこまで聞いてもらっていたのか、何も分からない。

 ただ、今この瞬間はハッキリと会話をしていた。


「どうしたの?」

「魔法、もう使わなくていいぞ。お前の体が持たなくなる」

「……あはは。何のことだか、わかんないな」


 お見通しだったらしい。彼の声は真剣そのものだった。


「ポッドの周囲の冷気を操って、吹雪から守ってくれてたんだろ。でもそれをやり続けると、魔力不足でお前が倒れる。あとは俺が風魔法で何とかするから、もうやめていい」

「……ダメだよ。紀依君のこと、死なせられない」


 私を犠牲にしてでも、せめてこの人のことだけは助けたかった。

 それがレッカくんにできる唯一の恩返しだから。


 なによりこんな状況でも、私を励ましてくれたこの人を、死なせたくなかった。


「おい、このバカ」

「ぃだっ!」


 デコピンされた。なんで。


「……紀依、くん?」

「お前の事情は分かったが、死に急いでいい理由にはならない。俺は認めないからな」

「……そんなの」

「うっせぇ。なるかならないかじゃなくて、俺が絶対に認めないって言ってんだ。俺は死なないし、俺の親友を好いてくれてる女の子も死なせるつもりはない」


 ──キャンプの焚火の様に、ほんのりと温かさを感じる、優しい炎のようなレッカくんとは違う。

 今目の前にいるこの少年は、まるで太陽のように暑苦しくて、こっちの事情なんか考えずに眩く照らしてくる。


 迷惑だ。やめて欲しかった。レッカくんなら気を遣って、私にやらせてくれるのに。


「レッカのことが分かってねぇな。お前が思っている以上に、レッカは氷織のことが好きだぞ」

「……うそだよ」

「ウソじゃない。一年間一緒に戦ったんだろ? 恋愛感情かどうかは知らんが確実に言えることは、レッカにとってお前は大切な存在ってことだ。俺にはわかる」


 だって、そんなのあまりにも私にとって、都合が良すぎるじゃないか。


「それだけ氷織も頑張ってきたってことなんだよ。んで、そんな大切な存在であるお前が死んだら、レッカはどうなると思う? 多分泣くだけじゃすまないぞ。退部して不登校になって行方不明になっちゃう」

「……大変だね、それは」

「だろ。だから俺たちは片方を生き残らせるんじゃなくて、両方生存する責任があるんだ。泣き虫れっちゃんを泣かせるワケにはいかんからな」

「……アポロ君、励ますの上手なのか下手なのか、わかんないね」

「そこは普通に褒めてくれよ。……ってか名前呼びになってるし」


 レッカくんは名前呼びに気づくの遅かったのに、彼はすぐに反応してしまった。 

 こういう鈍感じゃない所も、なにもかもがレッカくんとは違う。


 ……そんな違いを感じ取ったからこそ、レッカくんにすら話していない事まで、喋ってしまったのかもしれない。

 彼を特別な目で見てしまっている。

 レッカくんとはまた違う信頼だ。これが『友達』というものなのだろうか。


 わかんない。


 こんなに私のことを知ってくれた人は、初めてだったから。


「……おっ、魔法やめたな。じゃあ次は俺の番だ」

「アポロ君も無茶しちゃダメだよ? 一緒に生き残るんだから」


 少しだけ腕の力を強めた。

 汗ばんだブラジャーが彼の胸元に押し付けられて、妙にしっとりしている。

 互いに体温が少しずつ上がっているのかもしれない。


「こんな状況を誰かに見られたら、大変だね」

「……レッカに殺されそうだな」


 苦笑いする黒髪の少年。

 そんな彼の心臓の鼓動が、胸から直接伝わってくる。アポロ君もまた、私と同じようにドキドキしてるんだ。


「頑張ろうな、レッカの為にも」

「うん、そうだね。……レッカくんの為に」


 レッカくんにまた会う為に。

 そう自分に言い聞かせて、私は感じたことのない不思議な感情に困惑しながら、ただ彼の胸元で寒さを耐え忍ぶ。


 これ、もしかしたらレッカくんに悪いかもしれない。

 アポロ君に感じているこの感情は、たぶんすご~い友情だ。たぶん。生死の境目を共にしているわけだし、友情が深まってもおかしくない。

 だからアポロ君の親友ポジションを私がもらってしまうかもしれない。そうなったらごめんねレッカくん。


「あと数時間の辛抱だ、氷織」

「うん、大丈夫。……アポロくんと一緒なら」


 きっと問題ない。

 心強い友達と、一緒なら。







 気がついた時──俺たちのいる場所はあの地獄ではなかった。


 照りつける太陽、美しい海。

 氷織がもしかしたら俺に惚れたんじゃないか、なんて中学生みたいな妄想を排除しながらあの寒い所を耐え忍んで、遂に俺たちは沖縄に到着したのだ──。


「うわ。紀依が女の子を抱いてる。ヤバイ」


 もうこの程度じゃ狼狽えねぇぞ。死にかけたからな。


「寝取り? R18?」

「残念ながら何も起きなかった、健全な寄り道だったよ」

「そう。紀依たち以外のみんなは、もうこの沖縄にいる」


 衣月のそんな言葉に安心しつつ、俺はそこで一つ思い出したことがあった。



 沖縄で待っているのは俺の両親だ。

 そしてこの沖縄にはレッカたちヒーロー部がいる。



 ……レッカが親父にペンダントの秘密を聞いたら、終わりじゃね? と。



 そう考えて焦りこそしたのだが、未だに寝たまま引っ付いて離れない氷織に悪戦苦闘し、俺は一歩も動けないのであった。



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