親友のヒロインと
結論から先に言うと、地下室の脱出用ポッドは、いわゆるワープ装置というものだった。
車の運転席一つ分くらいの座席が内側に付いた、丸い鉄の塊が脱出用ポッドだ。なんかドラゴンボールで見たことありそうなフォルムしてたな。
で、俺たちはその脱出ポッドがある地下室へ向かう道を、何度も何度もサイボーグたちに阻まれた。
レッカに先頭を切り拓いてもらったり、音無に衣月を託したりなど道中諸々あって、結果的に最後尾を走ることになったのは俺だった。
ライ会長の『今は自分の身の安全だけを考えろ』という一喝によって、皆は心苦しい思いをしながらも、脱出用ポッドに到着した人から順に次々とポッドを起動して脱出していった。
一番最初にポッドに着いたヒカリの情報によって、ポッドにはワープ先を任意の場所に指定できる機能があると知ったため、会長の指示でワープ先はみんな『沖縄』に統一することにした。
つまり上手くいっていれば、本来の目的地である沖縄にヒーロー部全員揃って集結する事が出来る、というわけだ。
会長がどうして沖縄を選んだのかは分からないが、死に物狂いだったので質問なんて出来なかった。
音無から聞き出したか、俺たちの会話をどこかで盗み聞いていたのか……ともかく目的地に行けるなら何でもよくて。
ついに脱出用ポッドの部屋に着いた俺の目の前には、たった一つしかない脱出用ポッドと、それに乗り込もうとしているコオリ・アイスの姿だった。
どう見ても一人乗りでしかなかったが、死にたくない一心で俺は突撃。
コオリの胸に飛び込んだ瞬間にポッドの扉が閉まり、館内放送で爆破までのカウントダウンが残り三秒を切っていたため、ワープ先の設定などしている場合ではなかった。
簡単に言うと、俺とコオリはワープ先がランダムの状態で、命からがら悪の組織の支部から脱出したのであった。
──そして、現在。
「……さむい」
俺たちは見知らぬ場所にいた。
具体的に説明すると、猛吹雪が吹き荒れている、動植物が全く存在しない極寒の山岳地帯にワープしていた。
パッと見た限りでは、ヒマラヤ山脈を彷彿とさせるような場所だ。もしかしたら日本ですらなく、南極大陸にでも飛ばされてしまったのかもしれない。そう思えるほどに異質で非日常的な寒冷地帯だった。
雪と氷と岩壁しか存在しない、確実に生物が生存できないような冷気の牢獄。
まるで冷凍庫の中に入ってしまったんじゃないかと錯覚してしまうほど、絶望的で今にも凍え死んでしまいそうな場所だった。
そんな何処かも分からない所で、防寒具はおろか厚手の上着すら持っていない俺とコオリは、唯一冷気を遮断できて尚且つここを脱出するただ一つの希望であるワープポッドの中で、身を寄せ合って寒さを耐え忍んでいた。
ポッドのワープにはエネルギーの再充填が必要であり、中にあった非常用のバッテリーを詰めた結果、ポッドそのものの再起動も必要だという事が画面に表示された。
ワープ機能を再起動させるために必要な時間は、約十二時間。
つまり、外に出たら三分で絶命してしまいそうな、この極寒の地獄で半日を過ごす、ということだ。
死刑宣告にも近いその状況に絶望しかけながらも、俺とコオリは一縷の望みをかけて、一人用の狭いポッドの中で互いを励まし合うのだった。
「……キィ君。私のワガママを聞いてくれて……コクちゃんと交代してくれて、ありがとう」
「ぉ、おう」
エロ漫画を熟読している人間から見たら、まるで対面座位でもしている様な体勢。
男に戻った俺の膝上に、コオリが正面から座っている。
「……本当に良かったのか? こうしてくっ付いて温め合うなら、女であるコクの方が……」
「いいの。私、あの子が苦手だから」
時間制限のこともあったのだが、何よりコオリからの希望で俺はコクからアポロの体に戻っていた。
体の大きさによる面積の圧迫や、性別を鑑みてもコクのままの方がいい気がしたのだが──まぁ、こんな状況だ。
余計な争いを生み出しては元も子も無い。今はコオリの望むことをしてやった方が、お互いに精神的にも安定するだろう。
コオリがあらかじめレッカから、俺とコクが肉体を共有していることを聞いていてくれて助かった。
「キィ君……あの、シャツのボタン、外してくれる?」
「ま、まだくっ付くのか?」
「ゴメンね……本当に、寒くて」
「……わ、分かった」
俺はシャツの前のボタンを外して胸元を晒した。
同様にコオリもワイシャツの前を開け、割とシンプルなブラを付けた豊満な胸部を晒し、俺の上半身と密着させる。
「非常用の、アルミのブランケット……あってよかったね」
「マジでそれ。これが無かったら死んでたかもしれないわ」
肉体を密着させ合って温め合うとしても、わざわざ服を全て脱ぐ必要はない。一部の密着部分を温め合いつつ、体の外側の部分は非常用のアルミブランケットで覆い、冷気から守るのが得策だ。
例に倣い、互いに露出させた胸を密着させ合ったあと、銀色の防寒用の布で俺とコオリの首から下を包んだ。
「ふ、ぅ……ね、キィ君」
「どした」
「もう少しだけ、強く抱きしめてくれないかな。……さむ、くて」
「……悪い、まだ遠慮してたかもしれない。こんな状況なのに」
「えへへ、だいじょうぶ。私もまだ少し、恥ずかしいから……」
ポッドの中はとても寒い。
外界の地獄のような冷気を多少遮断してくれているとはいえ、それでも完璧ではないのだ。
暖房も無ければ火もつけられないこの状況では、こうして寄り添うことで何とか体温を奪われないようにするしかない。
だから羞恥心も、目の前の少女が恋してるあの親友への義理立ても全て捨て去って、なんとか互いを生存させるためになりふり構わず抱き合っているというわけだ。そうしなければ冗談抜きで死んでしまうから。
「……れ、っか……くん……」
「…………」
いや、でもなぁ。
どうしてよりにもよって、一番好感度が低いというか、コクのことを明らかに嫌ってそうなコオリとなんだろう。
俺はともかく彼女に申し訳ない。
寒いから体をくっつけて温め合うシチュ自体は、なんかこうエロゲっぽさがあるんだが、あまりにも相手がミスマッチだ。
合理的に行動してくれる音無や非常時に強いライ会長、ましてや俺を慕ってくれている衣月ですらなく、多分レッカのことが一番好きな女の子とコレって。
俺は心苦しいし、彼女の気持ちを考えてもやっぱり最悪の組み合わせだろう。
「……ねぇ、キィ君」
なんでしょうか。
「わたし……きみがコクちゃんと同じ体で、本当によかったと思ってるの」
それは、どうしてだろう。
「この状況であの子と過ごしたら……たぶん私、コクちゃんのこと、嫌いになれなくなっちゃうから」
少し熱気で蒸れてきたが、身体を離したら一気に体温が下がってしまう。
だからコオリは更に俺を強く抱擁し、耳元で言葉を続ける。
「コクちゃんが……根は良い子だってことは、知ってるから」
「……どうかな。本当は悪いヤツかもしれない」
「そういう部分があったとしても……あの怪人が街で暴れた日に、死にそうな目に遭ったにもかかわらず、なりふり構わずに子供を助けたのは……紛れもない事実だから。私は、それを見たから……」
アレ見てたのかよ。助けが来るまでもう少しだったのか。
てかあれは体が勝手に動いたというか……ヒーロー部じゃなくても、子供が殺されそうになってたら助けるだろう。
あんなん誰だって助けたいと思うはずだ。俺の場合はたまたま体が動いてくれただけの話だし……いやまぁ言わないけども。
ともかくあの一件の影響で、コクは根が良い子って認識をされているらしい。
「ほら、つり橋効果ってあるでしょ。この状況でコクちゃんに優しくされたら、普段のイメージとのギャップで、私あの子を好きになっちゃうかも」
「それはチョロすぎないか……」
「ふふっ、そうかも」
会話の内容はさておき、ようやくコオリが笑ってくれた。
極限状態だから疲れるようなことはできないけど、なるべく笑顔でいられるような精神状態の方が好ましい。やっぱり会話は全ての基本だ。
「……私ね、キィ君のこと、全然知らないんだ。レッカくんと仲良しなのは知ってるけど、少し前に入部してからも、あんまりお話してなかったから」
「奇遇だな。俺もアイスのこと何も知らないよ。いつもレッカから少し話を聞くだけだったから」
「じゃあ、改めて自己紹介しよ? ……もしかしたら、ここで死んじゃうかもしれないし。最期に一緒の時間を過ごす人のこと、ちゃんと知りたい」
縁起でもないことを言いやがる。
俺のことは教えてやるが、絶対死なせないからな。寝ないでちゃんと話を聞いててもらうぞ、あほ。
「……ふぅん、アポロって太陽って書くんだ」
「特殊な当て字だぞ。普通は絶対違うからな」
「紀依太陽……そっか、未発展地域の出身なんだね。実は私もそうなの」
「意外だな。どういう文字で書くんだ?」
「えっと、コオリは水を凍らせた氷と、織物のおりで氷織。アイスは──」
大して仲を深めてなかったからこそ、弾む話もあったのだろう。
極限状態で、二人きりで、半裸で抱き合って。
何か間違いが起きそうな準備は万全だったが、間違いが起きない程度の仲だったおかげで、俺たちはいたって健全で平和にその時間を過ごしていった。
「……紀依君? 顔赤いけど、だいじょ──あっ。…………あの、ぇ、えっと……」
「ゴメン。本当に申し訳ない。何というか体が勝手に反応しただけなんだ。すぐに収まるから気にしないでくれ」
「その……ご、ごめんね……?」
「違うマジで本当に気にしないでごめんなさい許して……!」
”激しい運動”は終わった後に、急激に体温を奪ってしまう。こんな場所で体が冷えたら、それこそ一瞬であの世へ瞬間移動だ。
だから雪山で遭難したシチュエーションなどで、温め合っているうちに気分が昂ってそのままヤッてしまう成人向け作品のアレは、つまるところ自殺行為なのだ。
そもそも間違いが起きることはないという大前提を必死に頭の中に思い浮かべ、危機に陥った際の生存本能に急かされた邪な感情を、俺は必死に押し殺した。
「……それじゃ、今度は私が話す番だね」
彼女のターンに入ったようだ。
正直言ってかなりの寒さに頭がやられていて、先ほどからボーっとするような時間が伸びている気がする。
本当に助かるのか、分からない。
あと何時間ここに居ればいいのか、あと何時間、自分が耐えられるのか。
なんとか生き残るという意志を強く持ちながら、俺は彼女の言葉に耳を傾けるのであった。