勘違い×勘違い=スーパー勘違い
今回は視点変更が多めです
田舎町を出発した翌日のこと。
端的に結果だけを言うと、私たちは県境の森の中で、俗に言う組織の手先という連中に見つかった。
キィ先輩も探知能力を使って慎重に進んでいたのだが、ヘリコプターを使った空からの監視と襲撃には対応できず、木々を隠れ蓑にしながら行動することを余儀なくされている。
先輩が変身しているコクの姿は相手方にはバレていないはずだったものの、何やらその姿を知っている存在が居たらしく、その人物の報告によって包囲されてしまったという流れだ。
森全体には巨大なバリアを張られており、中から出ることも外から入る事も叶わない。
敵の援軍こそ来ないものの、逆に言えば味方の増援にも期待はできないという事だ。
庇護対象である衣月と手を繋ぎながら、先行して進んでいるコク姿の先輩の後ろを、離れた位置から付いていく。
「紀依、だいじょうぶかな」
「ずいぶん先に進んじゃってますね、先輩……」
俺が探知しながら進んで安全を確保する──と言って聞かない先輩は、かなり神経を研ぎ澄ませながら、私たちのかなり先を進んでいる。
まさか変身した自分の姿を知っている人間がいるとは思っておらず、動揺してしまっている、というのは見て分かった。
だからこそ必要以上に警戒して、私たちを守ろうとしているのだ。
……コレくらいの包囲なら、私の潜伏スキルと先輩の探知能力で、バリアを張っている大本を叩くことも可能なのだが。
自分のせいでピンチになってしまったと思い込んでいる先輩は、必要以上に私たちを守ろうとしてしまっている。
より慎重に行動しているワケだから、何も悪いことではないのだが、やはり気を張り詰めすぎているその姿を見ていると心配だ。
「こりゃ、絶対に怪我なんて出来な──」
緊張しすぎて逆に足元がおろそかになってしまったのだろう。
怪我なんてできないな、と言いかけたその瞬間、私は絡まったツタに足を引っかけて──転んでしまった。
「いだっ!」
「あわわっ」
私が転倒したことで、手を繋いでいた衣月も釣られて、地面と頭をごっつんこ。
「ひてて……ご、ごめんね衣月ちゃん」
「だいじょうぶ。……あ、音無、血が出てる」
「えっ。……うわ、手元に石があったのか。手袋も破けて、手のひらに傷が……」
転んだ先に小石があったらしい。衝撃を和らげるために地面へ手を突けたのだが、運悪く小石で手のひらを少しだけえぐってしまった。
大して痛みはないものの、常備している黒い手袋が破けてしまい、無駄に出血もしてしまっている。見た目だけで判断したら惨事だ。友達に保健室へ連れて行ってもらう程度の。
「わっ、衣月ちゃんもおでこに傷が……。ごめん、すぐに手当てするね」
「痛くないよ?」
「ちょっと血が出ちゃってるから。とりあえずハンカチで──」
私も衣月も、冷静に観察すれば転んでケガをしたのだと、すぐに判明する程度の軽傷だ。いや、かすり傷といっても差し支えない。
だから持っているハンカチやティッシュで軽く拭いて、水で流したら絆創膏を張って終わり。
……の、はずだった。
「──ッ!? 音無! 衣月っ!?」
私たちが立ち止まって座り込んでいることに気がついた少女先輩がこちらへ駆け寄ってくる。
「二人ともだいじょっ……」
「あはは、ごめんッス先輩。ちょっとドジっちゃって」
「紀依。心配、無用」
「…………」
私たちの前まで戻ってきた先輩は、なぜか絶句したように口が半開きだ。
忍者なのに転んでケガをした私に対して、ちょっと失望しているのかもしれない。情けない限りだ、ほんとに申し訳ない。
「…………俺の、探知能力は……ゴミだ」
「っ? 先輩?」
何やら小声でボソッと呟いたようだったが、リュックから救急セットを取り出そうとしていたせいで、うまく聞き取れなかった。
先輩は膝を折って私と視線を合わせ、肩を掴んで頭を下げた。何だ何だ。
「すまない音無」
「えっ……いや、先輩が謝るようなことでは」
「……俺は、どこか浮かれていたんだ。この非日常を楽しんでいたのかもしれない。衣月の運命を背負って、お前を仲間にして、レッカの様に戦いの中に身を置く特別な自分に酔っていた。まるで主人公にでもなったのかと錯覚していた」
「あ、あのー……先輩?」
全然話を聞かなくなってるんだけど。何だこの状況。
先輩が自分の胸を押さえて、苦しそうな表情をしている。てか悔し涙みたいなのも出てるし。
「その驕りが……お前と衣月に傷を負わせた……っ! 俺は自分が許せない! "お前たちを攻撃した何者か"を、俺は最後まで感知できなかった! 神経を張り詰めていたはずなのに、心の根底には気の緩みがあったんだ! すまない、本当にすまない……っ!」
「い、いや、先輩。このケガは別に」
「お前たち二人はこの木陰で隠れてろ! ヤツらは一人残らず──俺がぶっ潰す!!」
「おーい、先輩ってば」
何やら盛大な思い違いをしてしまった先輩は、制止を振り切って私たちの元から走り去っていく。
「そんなに見つけてぇんだったら、こっちから姿を現してやる!」
先輩は走りながらペンダントを操作し、本来なら衣月と同レベルで見つかってはいけないはずの男の姿に戻ってしまった。
もしかしなくても、あの姿で敵を引き付けることで、私たちから追手を遠ざけるつもりなんだ。
既に遠くまで行ってしまった先輩。
追いかけようにも、今この場を離れたら、逆に先輩が私たちを見失うことになってしまう。もはや何もできなくなってしまった。
「っ? 音無、顔が赤い。どうしたの」
「……も、もう、ほんと、マジで死ぬほど恥ずかしいッス……」
これ、後で何て言えばいいんだろうか。それを想像しただけで顔が熱くなってくる。
転んで勘違いさせた挙句、終わったあとに「すいません転んだだけッスw」って言わないとダメなのか。恥ずかしすぎる。死にたい。
◆
「クソッ! どうすればいいんだ!」
「れ、レッカくん、落ち着いて……」
僕たちヒーロー部は無力だ。そう思い知らされてしまった。
今もただ森の前で立ち往生し、この場所に展開された巨大なバリアを叩いて悔しがっている。
慟哭を挙げている暇があったら、すぐにでも彼女らを助けに行きたい──しかし、それは叶わない。
いよいよ本腰を入れてきた悪の組織が持つ”本物”の強さの前に、戦う力を持っただけの子供である僕らは、まるで為す術がなかった。
あの田舎町を出た翌日のこと。
僕らの情報網ですら引っかかるレベルで、組織が派手に動きを見せてきたのだ。
恐らくはコク達のチームが向かった先であろう県境の森林へ、数台のヘリコプターや大勢の怪人を投入した。
そしてヒーロー部が到着する頃には、既に強力なバリアフィールドが展開されており、彼女たちの応援に向かう事は出来なくなっていて──もはや手詰まり状態であった。
「……っ?」
仲間の少女たちも悔し気にバリアの向こう側を見つめる中、ふと僕のポケットが震える。
「着信……非通知だ」
スマホの画面に表示されたのは非通知の三文字のみ。
こんな時に正体を明かさず電話をかけてくる存在に、心当たりなど──いや。
まさか、と思い応答ボタンをタップする。
瞬間。
僕の耳に男の声が流れてきた。
『もしもし。やぁレッカさん、久しぶりだな』
その声は誰よりも待ち望んでいたモノだった。
電話が掛かってくる度に期待をして、彼ではないと分かったらまた落胆をして……その繰り返しだった。
「……ポッキー?」
『大正解。繋がったようで何よりだぜ、れっちゃん』
「お、おまえ……っ!」
そんな彼が、よりにもよって今。
意外と元気な声音で、生存報告をしてきやがったのだ。ハッキリいって最悪のタイミングだ。
森の中にいるオトナシたちへの心配な感情と、親友が無事に生きていたことへの安堵で、僕の頭の中はグチャグチャになってしまった。
「いま何処に!? ずっと心配してたん──」
『目の前にいる』
「は?」
思わずバッと顔を上げて正面を見たが、そこには誰もいない。
バリアが張られた、進行不可領域である森林がそこにあるのみだ。
「……まさか森の中に?」
『ご名答。いやさ、カッコつけて飛び出したはいいんだが、やっぱ俺一人じゃダメだったみたいで。出来ればあと一人、派手に動き回れて火力もある人材が欲しい』
「……ハァ。相変わらず回りくどい言い方が好きなんだな」
『へへっ』
彼がハッキリと生きていたことが知れた喜びが少しだけ落ちついてきて、アポロのいつものような態度にホッとした。色々と抱えている状況であることは察しが付くものの、心配するほど精神的に参っているワケではないようで良かった。
この際、事情は後で聞くことにしよう。
どのみちこの場で懊悩している時間など残されてはいない。
『……来れるか、レッカ?』
「そんな事言われたら、ノーだなんて言えるわけないだろ。ちょっとそこで待ってて。──部長っ!」
「あぁ、全部聞こえてたし見てたさ。我々を差し置いて、ニッコリ笑いながら電話してる様子をね。……つまり全力でバリアをどうにかして、何とかキミひとりでもあの森の向こう側に送る事が出来れば、この事態の収束を図れるワケだな?」
さすが部長、余計なことは詮索せず、今やるべき事だけを明確にしてくれた。
彼女の要約した言葉のおかげで、他のメンバーたちも状況を理解できた。非常にいい流れが出来ている。
ここからは僕たちのターンだ。
ヒーロー部の本気を、子供には子供なりの意地と正義がある事を、悪事に手を染めた大人たちに思い知らせてやる。
「わたしたちの魔法を一点に集中させ、最大出力でぶつけ続ければ、僅かだがバリアに穴を空けられるはずだ。一時的なものになるだろうが……それで十分だな?」
「えぇ。僕がヒーロー部全員の分まで活躍してきますよ」
「ふふっ……そんな軽口が叩けるようなら、心配はなさそうだな。──部員一同、いくぞ!」
……
…………
「れっちゃん!」
「っ! ポッキー……!」
なんとか無事に森の中へ侵入したあと、アポロ自ら探知能力を使って僕の元へやってきてくれた。
その姿を見るのはたった数日ぶりだったが、僕は会った途端に少しだけ涙ぐんでしまった。
一週間すら経ってはいないが、痕跡もなく一切連絡が付かない状態だったのだ。心配の度合いから考えれば、安堵から涙が出そうになっても不思議ではない。
ともかく無事でよかった。擦り傷や打撲がそこそこあって、衣服も若干破れているが、本人はいたって元気そうだ。
「……れっちゃん。いや、レッカ。俺を殴ってくれ」
「再会して早々に出てくる言葉ではなくない?」
どんだけマイペースなんだよ、この親友は。
さっそく出鼻を挫かれた気分だ。
「俺はオトナシに怪我を負わせてしまった。先輩として……仲間として、絶対に守らなきゃダメな存在だったのに……先輩失格だ!」
「……やっぱり、コクたちの近くで活動してたんだな」
薄々勘づいてはいた。あの黒髪の少女の発言からして、少し離れた場所から彼女たちを見守りつつ、旅に同行していたに違いない。
「たのむレッカ、歯が抜け落ちてマヌケ面になるくらい、思い切り力を込めて殴ってくれ。俺は……とんだ勘違い野郎だったんだ」
「……ふざけるな馬鹿っ!」
いつになく弱々しい態度を見せる彼の胸ぐらをつかみ、吠える。いつも場の雰囲気を茶化すのがアポロなら、彼が展開しているシリアスな空間を破壊するのが、親友である僕の務めだ。
「仮に僕が君を殴ったとして、それを知ったオトナシがどんな気持ちになると思ってるんだ!?」
「……っ!」
アポロは驚いた様子だったが、僕が怒るのは当然のことだ。
今までロクに連絡をよこさず、自分がピンチになった途端に僕を頼った……そこはいい。僕だって何度もアポロを無視して、戦いの中に身を投じた経験がたくさんあるから。
僕が怒っているのは、勝手にオトナシを連れて行っておいて、僕に対して甘えようとしている部分だ。
「殴られて許された気になろうだなんて甘えるな! 罰だったら僕じゃなくオトナシから受けろ!」
「れ、レッカ……」
ここまで声を荒らげて彼を叱ったことはあっただろうか。
いや、なかったと思う。いつだって負い目を感じていたのは僕の方だったから。しかし今は状況が違うんだ。
僕にはヒーロー部のみんなという、道を正してくれる人たちがいた。
中でもライ先輩は生徒会長として、上級生として、なにより部長というリーダーとして道を切り拓き、牽引してくれていた。
「オトナシだって……ただの高校生じゃない。キミを信じ付いていくと判断して、仲間である僕らにですら必死に秘密を隠して戦うことを選んだ、立派なヒーロー部の一員なんだ。許すか許さないか……それは分からないけど、きちんと話せばきっと、アポロが納得するような答えを出してくれるはずだ」
しかしアポロがいるチームは、どう見ても間違いなく彼自身が先頭にいる。
オトナシも、白髪の少女も、あのコクでさえもアポロの後ろを付いていく仲間であり、この親友には頼れるリーダーが存在しないのだ。
だからこそ。
いまアポロを叱咤できる人間は、この僕しかいない。
どんなグループにも属さなかった彼に真正面から言葉をぶつけられるのは、常に一番近くにいたこのレッカ・ファイアしかいないんだ。
立ち上がれ、親友。
今の僕なら分かるんだ。君は弱くなんかない。
オトナシだって話せば分かってくれるハズだ。この旅に同行すると決めたのは、他でもない彼女自身なのだから。
「……俺は、どうすればいい」
「僕と一緒に戦うんだ」
そもそも彼女に怪我を負わせたのは、組織が放った怪人たちだ。どのみち奴らを倒さない限り、僕らがこの森から脱出することはできない。
「君と僕が手を組んで勝てなかった敵が、これまで一人でもいたか?」
「……あぁ、確かにそうだな。俺とお前で負けたことは一度もなかった。……そもそもあんまり戦ってないけど」
そりゃそうだ。アポロがヒーロー部に入ったのはたった二ヵ月前だし。でも入学してからこの一年間で培ってきた、僕ら二人のチームワークは何者にも勝るはずだ。
「だったらここで経験値を増やしておこう。……きっと、これからは二人で戦う機会が、もっと増えるんだろうしさ」
「おう、任せとけ。後輩に傷を負わせやがった無法者に、きちんとお礼をしてやらないとな」
手を差し伸べ、項垂れていた彼を立ち上がらせる。ようやく僕らは、本当の意味で再会できたのかもしれない。
「俺が森林の上空を飛んで注目を引きつけながら、探知スキルで敵の位置を割り出してお前に伝える。援護が必要になったら言え。魔法の矢で隙を作ってやる」
「大幅に魔力を消耗するし、なによりヘイトを一手に引き受けるのは危険だが、大丈夫か?」
「ははっ、心配するくらいならサクっと敵をやっつけてくれよ。増援が無い以上、どのみち短期決戦なんだ。……いくぞ、れっちゃん」
「あぁ、ポッキー!」
こつん、と拳を突き合わせて、頷き合ったあと互いにその場を離れた。
──こんな状況だ。不謹慎な感情だという事は当然理解している。
しかしそれでも、僕はアポロと共に戦うことに対して、僅かながら高揚を覚えていたのであった。
◆
オレたちは、いったい何と戦っているんだ?
おかしい。次々と味方が倒されていく。
死角からの斬撃や炎の銃弾、魔法の矢による攪乱が来たかと思えば、いつの間にかまた一人怪人が倒されている。
こんな筈じゃなかったんだ。カスほども戦闘能力が無い白髪の小娘と、高校生のガキひとりを捕まえるだけの、楽で簡単な任務だったはずだ。
それが何故、こんな全滅寸前にまで追い詰められている? オレたちは奴らに傷一つ負わせていないんだぞ。
「ッ!!」
後ろからの気配を感じ、オレの全力をもって剣で弾いた。
今のが直撃していれば間違いなく倒されていたことだろう。
「防がれた……っ!?」
驚きつつも、オレと同じく剣を構えた状態で眼前に現れたのは、赤みがかった茶髪の高校生。
資料で見たことのある顔だ。
確かレッカ・ファイアというガキだったか。先ほどまでオレたち怪人を葬っていたのはコイツで間違いない。
「お前を含めてあと数人程度だ、諦めろ」
「が、ガキどもが……」
いや、確実にもう一人いるのだが。
ヤツは『正義に目覚めた』とかいう理由で組織を裏切り、十数年前に正義のヒーローたちに力を貸して、一度組織を壊滅寸前にまで追い詰めた科学者の息子だ。
「っ! さっきの衝撃で通信が切れて……」
「もう上空にいるお友達とは、コレで連絡ができねぇな?」
「問題ない。貴様程度の相手なら、僕一人で十分だ」
紀依勇樹──忌まわしき元組織の科学者。
実験体であるあの純白をキーとして、世界を創り変える能力を発動させるシステムの完成には、あの男の頭脳が必要とされている。
ゆえに協力させるための人質として、その息子である太陽を捕まえなければならないのだ。
「くくっ。おめでたい奴だな、レッカ・ファイア」
「……何を笑っている」
そうだ。オレはあのガキを捕まえて、一気に昇進して偉くなってやるんだ。その為にもここで終わるワケにはいかない。
仲間が来るまでの時間稼ぎとして、俺が知りうる情報を使い倒してやる。きっとコイツも気になる話のはずだ。
「坊主。いまお前を援護しているあのアポロとかいうガキの姓、なんだか知ってるか?」
「……? キィだ。それがどうした、くだらない時間稼ぎなど──」
「オイ待て待て。早まるなよ、コレはお前も知っておかなきゃならねぇ話なんだぜ」
おっ。警戒は解いてねぇが、動きは止まったな。
ようやく話を聞く気になりやがったか。
「いいか。紀依太陽のオヤジ──紀依勇樹はもともと悪の組織側の科学者だ」
「……だとしても、そんな事アポロには関係ない」
「いや大いにあるね。……実はとある一人の少女を封印しているペンダントってのがあってな。そんな何の罪もないガキを閉じ込めた魔法アイテムを作ったのがそいつのオヤジで、アポロ本人もそれを使っているんだ」
「……なにを、言っている?」
ファイアは怪訝な表情で眉をひそめる。
「まだ分からねぇのか。だったら教えてやる。
実験体である純白を庇ってる、あの黒髪の少女の正体は──アポロだ」
「ッ!?」
剣を持つ手が僅かに震えた。よしよし、いい調子だ。
オレは紀依が悪の研究者として働いていた頃から組織にいる古株だ。
数十年もあそこに居れば、偶然目に入った”自分しか知らない秘密”ってのも自然と増えていく。
そうだ。
組織の誰も知らない紀依の秘密を、オレだけは知っている。
いつか周囲を出し抜けるように、誰にも共有してこなかった秘密が。
だからオレはあの見覚えのある黒い少女を見つけた時、好機だと思った。
今持っている地位と権力の全てを使って、自分の息が掛かった連中だけを引き連れてこの森に訪れ、奴を捕まえる作戦を決行したわけだ。
黒髪の少女の正体が、紀依の息子だとすぐに分かったから。
「正確には黒髪の少女に”体を貸しているのが”てめぇの親友だってことだよ」
「……お前が何を言っているのか、理解できない……」
動揺こそしているが、攻撃の隙は見当たらない。
まったく末恐ろしいガキだ。
「だったらもう少し説明してやる。やつのオヤジである紀依博士は、組織の研究所を逃げ出す前夜、自分の研究室で『こいつは封印したままにする』と言っていた。この耳で聞いたからな、間違いねぇ」
だいぶ昔の事ではあるが、あの少女に関する情報は、とても鮮明に記憶している。
「何度か博士の研究室を覗いたとき、たまにだがあの少女がいた。そしてその少女の姿から、博士の姿に戻るところもな」
「へ、変身魔法……とでも、言うつもりか?」
甘いな。そんなモンじゃねぇ。
「姿形だけを変えているワケじゃないぜ? 博士はあの姿の時、まるで人が変わったように無口で大人しくなってたんだ。
基本的にはフレンドリーだし、わりと常にテンションが高い博士の性格を考えると……あり得ないほどに変質していやがった」
ファイアの額に汗が流れる。よほど衝撃的な内容だったせいなのか、いつの間にか呼吸も荒くなっていた。
「最初は演技で美少女ごっこでもしてる変態なんじゃねぇのかって思ったが、それは違ぇ。博士は助手のチエという女をいつも侍らせていたからな。
気づいた時には腹にガキをこさえてやがったし、あんなノンケ野郎がそんな真似できるワケがない」
だから、俺はこう考えたのだ。
「博士が使っていたペンダントの中には……モルモットとして捕まえたであろう、あの黒髪の少女が閉じ込められてんだろうな。本人が封印しておくって言ってたんだから間違いない。
そんな彼女が現実世界に出てくるためには、ペンダントをつけた人間の体を依り代にして、その本人の意思で変身しなけりゃならねぇんだ。
そうすることで黒髪の少女はようやく自分で動くことができるようになるが……くくっ、笑えるぜ。オレは一度もあの少女と博士が、同じ空間にいるところを見たことが無いぞ。
きっとあの少女は──二度とペンダントの中から出られない」
「…………」
長々とオレの話を聞いたファイアは、ついに手の震えを抑えることが出来ず、握っていた剣を地面に落としてしまった。
詳しい関係は知らないが、きっとコイツはアポロだけではなく、黒髪の少女に対しても何らかの感情を抱いていたんだろう。
だからこそ、ここまで心が揺れ動き狼狽している。様子を見れば丸わかりだ。
「テメェのお友達はな……オヤジからそんな最低最悪なアイテムを譲渡されちまったんだよ!
ケヘヘっ、一体どっちなんだろうな? 不憫に思ったあいつが少女に体を明け渡してんのか……はたまたモルモットの女が、アポロを誑かして体を奪ってんのか!
どちらにせよあの二人が同時に存在する事はできねぇってワケだ! ギャハハハッ!!」
「……はっ、はぁっ、ハァッ」
おらっ今だ、ぶっ殺してや──
「ああ゛ァ゛ぁッ!!!」
…………あれ?
オレのお腹に、剣が刺さってる。
いつのまに。
剣はさっき、手放していたはずなのに。
「ばっ、馬鹿な、こんなところでぇ──」
──組織の改造人間、怪人は一定のダメージを受けると、情報漏洩を防ぐために自動で爆死する装置が埋め込まれている。
「ぐわああああぁぁぁッ!!!」
少年の剣の一撃をトリガーに、怪人はしめやかに爆発四散した。




