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あい色  作者: しゅうまい
7/9

愛色


「……ルーレット」

「トイプードル」トライアングル、トライアル、トリプル、トロール、

「……る、累積赤字」

「ジングルベル」

「……………る、んば」

「バベル」

「……………えっと」

「――はい終了」

「……あの」

 思考をやめて声を出す。

「……ちょっと強すぎません?」

「……キミが弱いだけだと思うな」

 あれから多少、絆も深まったであろう俺たちは、なにかを話すわけでも、なにかを考えるわけでもなく、なぜか『しりとり』をすることになっていた。ちなみに現在、俺の二連敗中。

「……そうしたら、条件をつけましょう。食べ物のみとか、動物のみとか」

「……なら動物だね」

「……やっべ」

 この人が、動物が好きなこと、完全に忘れてた。

 だいぶ今の時点でボコボコにされてるのに、その上で相手の土俵とか、負ける未来しか見えないんだけど。

 どうにかして三連敗は回避しなければ。

「……………じゃあ、リスザル」

 考えた末に、渾身の『る』ぜめが決まった。

「……ルーアンアヒル」

 いとも簡単に返された。

「……誰?」

「詳しくは知らないけど、食用のアヒルらしいよ。フランス地方の」

 そんなの普通、知らないと思います。

 ていうか、アヒルって食べられるんだ。とてもじゃないけど、そういう外見には。

「それと、次、『る』だけど」

 止められた思考に止まった思考。

「……………あの」

「――はい終了」

 容赦なく鳴らされるゴング。安定の三連敗。

「……あの、『る』ぜめとか、そういうのやめません?」

「……今のは、キミも人のこと言えないじゃんか」

 ぐうの音も出ない反論。ここまで来ると、もはや自分が情けなくなってきた。

「……とにかく。そういうのはダメですからね、行きますよ。倫理」

「……………流派」

「……派閥」

「……………つけ焼刃」

「……バイク」

「……………葛の葉」

「……だから」

 強引に中断する。これは審議の対象に。

「……『は』ぜめじゃないよ。ちゃんと途中、『ば』も入れてるから」

 かい潜られた。なんなの、その、合法ですよ、みたいな言い分。

「……じゃあ、歯」

「鼻血」

「……じ、じ」

「――はい終了」

「……え?」

 強引に打ち切られる。わけもわからず戸惑っていると。

「……『ぢ(ちにてんてん)』から始まる言葉、今の日本語にはないから」

「……………」

 ただのずるだった。

 ていうか、そんなことがあっていいのかよ。

 このゲームに必勝法なんかあったらダメだろ。

 それがあるのは最悪、仕方ないにしても、わかった上で使ったらダメだろ。

 ……ちょっと待った。

 もしかして『は』をちらつかせたのは、そのための布石、とか。あえて鼻血に誘導するためのフェイク、とか。

「……プロじゃないですか」

 そんな俺の一言に、さすがの空木さんも、彼女なりのドヤ顔を見せてきた。

 ……いや違う。流されるな。

 こんなものは俺が知ってる『しりとり』じゃない。

 俺がやりたい『しりとり』は、こんなのじゃない。

「……そういうのもなしです。いいですね?」

 食い気味に確認すると、空木さんは呆れたように表情を曇らす。

「……キミって意外と負けず嫌い?」

「……どっちが、だ」

 たかだか『しりとり』に必勝法まで持ち出してくるような、そんな人にだけは言われたくないんですけど。

「……俺は、純粋に楽しみたいんです。勝ち負けなんかは二の次でいいんです」

「……リスザル使ってたけどね」

「……いやあれは、なんか、ちょっと悔しかったから」

 そう考えると俺も、あながち否定もできないのか。

 それにしても意外だった。

 そういう勝負事には、無頓着だってイメージを、なんとなくで彼女に抱いてたから。

「……思えば、俺たちって相手のこと、ほとんど知りませんね」

 あれだけいろんなことがあったのに。

「……そうだね。つい最近か、出会ったのも」

 あれだけいろんなことを話したのに。

「……自己紹介でもします?」

「……今更?」

 こんなところまで立ち返るのは、なんだかとても、俺らしかった。

「……ないですか? なんか、俺について気になること、みたいな」

 言っておきながら、彼女に丸ごと、放り投げるような形になってしまったけど。

「……そういえば」

 悩むような仕草のあと、ふと思い出したように呟いた、それは。

「……キミは未練ないの?」

 いつだったか、俺が聞いたことのある質問だった。

「……未練、ですか」

 そんなのは正直、考えたこともなかったけど。

 ひとつやふたつはあるだろうと、記憶を探ってみても。

 浮き上がってくるのは、しがない思い出だけだ。

「……ぱっとは出てこなかったんですけど」

 だから、たまたま視界に入った、彼女の腕に抱えられている黒い毛玉を指して言う。

「……そいつを助けてやれなかったこと、かな」

 そんな若干、すかした一言に、我ながらカッコいいと思ってしまった。

「……そういうことじゃないんだけどな」

「……じゃあ、なんか考えておきます。適当に」

 着飾らない言葉。ただ、ある意味では素朴な会話。それだけだったのに、こぼれ出たのは、柔らかい微笑み。

 依然、彼女の表情に変化はない。でも多分、この気持ちは分かち合えているはずだ。

 それが今は、妙に嬉しかった。

「……あの、俺も聞いていいですか?」

 どうせならと、この流れに乗って切り込んでいく。

「……なんで動物、好きになったんです?」

 たしか、俺たちが出会った時のことだったと思う。

『……動物は嘘、つかないから』

 あれは多分、高校時代の出来事いざこざが原因なんだろうけど。

「……初めての友達が動物だったんだよ」

 そのキッカケは、どうしても別のところにあるような気がしてならなかった。

「……小学校のはじめとか、本当に友達いなかったんだけど、たまたま連れて行ってくれた動物園で、触れ合いコーナーのリスに懐かれちゃって。ちっちゃくて、かわいくて、それに動物たちが相手なら、話し掛ける必要もなかったからさ」

 ずいぶんと饒舌に語ってくれているような気がする。それほど、彼女にとっては大切な思い出なんだろうか。

 ……ていうか、言うほど会話が苦手には見えないんだけどな。

 俺とは普通に話してくれる。なんなら話し掛けてくれる。無理をしてる様子もなければ、わざわざ気を遣ってるとも思えない。

 もしかすると、俺と出会ったから、とか。

「……地球上にいる、すべての人と友達になること」

 不意に、なにかを呟く空木さん。

「……ちいさい頃の、私の夢」

 その視線は、その声は、懐かしんでいるのか、恥じているのか、いずれにしても、ただ一点だけを捉えていた。

「……人間、変わっちゃうものだね」

「……まったくです」

 きっと彼女は、変わりたかったわけじゃないんだろう。

 誰だって一人でいるよりは、誰かといた方が楽しいものだ。

 それでも、現実が現実だった。変わらざるを得なかった。

 その点に関して言うなら、俺も、他人事にはできないんだろうけど。

「……キミは、正義の味方とか、そんな感じ?」

「……合ってるといえば、合ってるん、ですけど」

 わずかに言い淀む。

「……なんか、悪い大人を、ボコボコにする、系の?」

 もっとも、彼女と違って俺の場合は、変わってくれてよかったと思う。

「……変わっちゃうものだね」

「……はは」

 世界は常に変わっていく。

 それに伴って人間も、少しずつ、少しずつ、変わっていく。

 俺たちが、その変化とやらを望まなくても、世界が変わるのであれば、容赦なく呑み込まれてしまう。それでも拒み続けようものなら、俺たちみたいに、世界から弾かれる。他人のことだけを考え続けた、こんな俺らですら、世界から見捨てられる。変化を受けるのか、変化を拒むのか、どちらがいいのかは、俺にはわからない、だけど。

 だったら、今の俺たちはどうだ。

「……なにかしませんか?」

 そこにいるのは、無邪気な少女。

「……なにかっていうのは?」

 そこにいるのは、無垢な少年。

「……たとえば、ほら、世界一周とか、人類探索とか、あと楽園建設とか、そういう大それたこと」

 それは雲のような。

「……ちょっと、方向性は違うかもしれないけど」

 それは雪のような。

「――私は、世界の謎を解き明かしたい」

 それは星々のような、こころの色。

「……それが今の、私の夢、かな」

「……素敵だと思います」

 それは夜のような。

「……キミは?」

 それは影のような。

「……じゃあ俺は、空木さんを笑顔にしたい」

 それは宇宙のような、こころの色。

「ご立派な夢ですこと」

「そうでしょう?」

 透き通った空気。

 透き通った空間。

 透き通った空色。

 世界は、いつまでも変わらない。

 俺たちは、たいして変われない。

 もしかしたら、この世界は、俺たちだけのためにあるのかもしれないなと、そんな風に思った。

「……よっしゃ。そういうわけですから、とりあえず、しりとりの続きでも」

「――七星くんさ」

 遮られる言葉。振り向くと、空木さんの視線は、別のところに向けられているようだった。

「……あそこなんだけど、見えるかな?」

「……え?」

 彼女の指した方角、その地平線の向こうから、なにやら黒いものが、ほんのかすかに揺らめいているのが確認できる、けど。

「……見えますよ。一応」

 あんなもの、今まであったろうか。

「……なんだと思う?」

 うわ、すごい無茶ぶりだ。

 ……黒いもの。それも、この世界にありそうなもの。

 いろいろと、考えを巡らせた挙句。

「……暗黒?」

 そんな、わけのわからない結論に至った。

 それからしばらく、その暗黒について空木さんと、協議を重ねていくうちに。

「……なんか範囲、広がってません?」

 ちょっと怖くなってきた。

「……しかも、こっちに向かって来てるような」

 もっと怖くなった。

「……怨霊とか、悪霊とか、その類かな」

「……やめてくださいよ」

「……もしかしたら、世界が狂い始めた、とか」

「……ひとまず、離れませんか?」

「……うん、わかった」

 そんなこんなで長らく留まっていた場所を、発とうとした、その時。

「にゃあ」

「……え、サタン!?」

 一匹の黒猫が、暗黒の方に向かって駆け出した。

「……俺が追います。空木さんは先に」

「――私も行く!」

 珍しく、前のめりになって主張する彼女。

「……わかりました。でも無理はしないように」

 こうして俺たちは二人、お騒がせな悪魔を助けることになった。

 先陣を切って走る。さすがに、運動で彼女に負ける気はしなかったから、容赦なく全力で差を離していく。

 その間にも、ダメだった時の言い訳と、暗黒から逃げる方法について考えるけど、まったくいい案が浮かばない。

 ……ていうか、あの毛玉、なんであんなに速いんだよ。いつも寛いでるくせに、ぶっ飛ばすぞ。

 このままだと十中八九、間に合いはしないだろう。そうなると、あいつが途中で引き返してくれるか、暗黒が害をなすような存在でないことを祈ることしか、手はなくなってしまう。

 そもそも、なんであいつは走っていったんだ。

 俺たちには、あれがなんなのかもわかってない。それでも動いたってことは、あいつにはなにかが見えていたんじゃないか。

 もしくは、なにかを感じていたとか。動物的な本能とか、なにかしらの因縁とか、あとは、俺たちの危機、とか。

 ……あれは結局、なんなんだ。

 だいぶ距離をつめたとは思うんだけど、この位置になっても、その判別はつかない。

 ただ、近づいてみてわかった。どうやら暗黒は、空には掛かっていないらしい。広がっているのは地上にだけだ。俺の目線と同じか、それよりも下か、それでいて猫の、あいつの本能を焚きつけるようなもの。

 情報は限られてきたはずなのに、あと一歩のはずなのに、まったく答えがわからない。

 ていうか、そうこうしているうちに、あいつの姿が見えなくなってしまった。

 もしかして暗黒に呑み込まれたんだろうか。嫌な予感が、ふつふつと湧く。

 ……手遅れかもしれない、だけど、それでも走る。次は助けてやるんだと、そんな、強い意志を持ちながら。

 いつの間にか、暗黒は歩みを止めているようだった。

 だけど、まともに脳が機能しなくなった俺は、ひたすら向かい続けることを選んだ。

 ようやく、すべてを視認できるほどの距離にまで近づいた時。

 ――そこにあった光景は。

「……………」

「……キミ、速すぎ、だから」

 その場にしばらく立ちつくしていると、空木さんが遅れてやってきた。

 ぜーはーと呼吸を整えながら顔を上げる。そして彼女は、俺の時と同様、息を呑む。

 目前に広がっている、暗黒の正体は。

 想像を絶する数の、黒猫の群れだった。

 あれだけ青かった世界が純黒に染められる。世界を埋めつくさんとするほど、彼らの影は伸びていく。

 その最前列、特段じゃれつく三匹は。

 俺たちの関係とは比べられないくらいに、嬉しそうだった。

「……行きましょうか」

「……………うん」

 きっと、最初から、俺が助ける必要はなかったんだな。

 生きているだけが幸せじゃない。

 死んだことが不幸とは限らない。

 こころに咲いた、その感情は、とても大きく膨らんでいった。

 お騒がせな毛玉たちを背に踵を返す。

 家族の楔。親子の絆。

 きっとこれこそが、誰にも邪魔できない、真実の愛というやつなんだろう。


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