侍という職業
天丸は寮に帰りシャワーを浴びる。
侍に限らず警備隊も、公務員は寮に住むことになっている。このコカーラの国の5つの街のひとつダーチース、ここは街全体が寮になっている。
公務員用の街なので他の街よりも小さい。
ダーチースは他の4つの街に囲まれるように中央に位置していて、他の街全てに繋がっていて、いつ何時でも現場へ急行出来るようになっている。
基本的に彼らに休みはない。
警備隊は日々のパトロールに加え、侍が仕留めた犯罪者の処理、犯罪者リストに載っていない者による事件や交通事故などの対応も警備隊の仕事だ。
そしてその一つ一つに報告書が必要で街に出ての仕事よりも報告書の作成に追われることの方が多い。
一方で侍という職業は通信装置で毎日更新される犯罪者リストから自分でターゲットを選び、探し出して生死を問わず捕まえ警備隊に引き渡すというもの。
単純な仕事だが、当然のように死が付き纏い、組織などから恨みを買って襲われることも多い。
そして何より犯罪者とはいえ所構わず斬り捨てる為、この国で1番国民から嫌われている職業だ。
ただ職業と言っても現在侍という職業に就いている人間は天丸を含め2人。
侍は元々警備隊員の中でより腕の立つ者が就いていたが、その仕事内容から命を落とす者が多かった。今は公務員の試験も関係なく、ただ強いものが就くようになった。強いから侍に就くと言うよりも危険人物を侍として手元に置いて監視しようという政府上層部の思惑もあってのことだ。
「あ〜流石に眠いな…。」
天丸が侍寮の共用シャワールームから自室に帰ろうとすると後ろから勢いよく背中を叩かれた。
「いっったあぁぁ〜!!何すんだ!!」
天丸が振り返ると、老人が笑いながら立っていた。
「天丸!あいもかわらず軟弱な体躯じゃのう!」
この老人こそもう1人の侍、黒龍だ。
黒龍とは本名ではなく言わば通り名で、その昔、黒龍と言えば誰もが震え上がるほどの悪人だったが今は訳あって侍として働いている。
「こんの暴力クソジジイ!」
天丸は叩かれた背中に手を伸ばし、摩りながら怒鳴る。
「お前さんがこんなとこでパンツ一丁でいるのが悪いんじゃ。」
確かに今の天丸の姿はパンツに雪駄で首にはタオル、という何とも情けない格好をしている。これは天丸のいつもの湯上りスタイルだ。
「別に寮の中だし、侍の寮は俺とジジイの2人なんだから良いじゃねぇか。」
「はぁ〜、お前のそういう所がモテないんじゃよ…。」
「なんだと!!」
2人でふざけあっていると黒龍が急に真面目な顔になり話し始めた。
「そういや天丸、お前さんトリングの麻薬組織を追ってるらしいのぅ…。」
さっきよりも低い声とギラついた眼に天丸は怯む事なく睨みつけて言った。
「だったら何だよ。やらねぇぞ、俺の獲物だ。手ぇ出したら殺すぞクソジジイ。」
天丸からは殺気がもれている。
本来天丸と黒龍はペアで行動することになっている。しかし、お互いに共に行動したくはないと別々で行動している。たった1人でも誰にも負けないと確信しているからなのか、天丸の言うように自分の獲物を相手に横取りされたくないからなのか…。
きっと侍には侍にしかわからないプライドがあるのだろう。
「生意気な…。」
ピリピリした空気を和らげる様に黒龍はフッと笑うと背を向けて歩き出した。
「わかっとるわい。手こずってるみたいじゃったから手を貸してやろうと思っただけじゃ。年寄りの優しさがわからんとは…これだから若いもんは…」
ブツブツ言いながら廊下の向こうへ消えていった。
「嘘つきジジイめ。」
天丸は黒龍が歩いていった方をみて呟くと、反対を向いて自分の部屋へと向かった。