俺争奪戦
毎日投稿第6弾です。
よろしくお願いします。
夜道を一人で歩いていた。
その日は大学の友人と飲み会があって、俺は結構酔っ払っていた。
フラフラ歩きながら、なんとか家の近くまで帰ってきたところで、俺はあり得ないものと出会った。
静かな住宅街。アパートの下にある自動販売機近くに誰かが立っていた。
なにかをしている様子でもなく、ただ立っていた。
誰かを待っているかのようだった。
近づいてみたところで、気づいた。
そこに立っていたのは俺だった。
そっくりさんとか、そういうレベルではない。
髪型、顔、体型、服装、目の横の大きなホクロの位置までまったく同じだった。
「俺……?」
もう一人の俺がそこに立っていた。
いわゆるドッペルゲンガーというやつだった。
ドッペルゲンガーについては、漫画やら小説やらの知識でなんとなく知っていた。
たしか、出会うと自分になにかしらの忠告をしてくるらしい。
それから、現実の女性を刺したなんていう物騒な話もあるんだったか。
とにかく、本物のドッペルゲンガーを見るのは初めてだったので驚いた。
酔いが少しずつ覚めていくのを感じた。
それとも、酔って気絶して、夢をみているのだろうか。
もう一人の俺がこちらに気づいた。
よく見ると、もう一人の俺は何かを持っているようだった。
自動販売機の明かりでキラリと反射し、俺はそれがなんなのかを理解した。
ナイフだった。
回っていたアルコールが急激に冷めていくのを感じる。
全身の血の気が引いていく。
もう一人の俺が、暗い夜道の中ナイフを持ってこちらへ近づいてきていた。
「え、ちょっと、なに、なになに」
言う間に、もう一人の俺はだんだんと早くなり、次第には走ってこちらへ向かってきた。
俺は動転しながら、とにかくもう一人の俺から逃げだした。
さっきまで飲み会で胃がもたれているせいで、うまく走れない。
しかし、とにかく必死で逃げ続けた。
止まったら大変なことになる。
頭の中は恐怖でいっぱいだった。
誰か、誰か人に助けを求めたい。
「誰か! 誰かいませんか!! ナイフを持った男に追われてます!!」
夜道で叫んだ。
追いかけてくる。
なんなんだいったい。
ポケットからスマホを取り出す。
警察に電話しようとした。
そのとき。
パーーーーー!!
左の道から、クラクションの音が鳴り響いた。
トラックがやってきていた。
走りながらスマホを操作していた俺は、その存在に気づくのが遅れた。
トラックに驚いて、いじっていたスマホを落としてしまう。
パニックだった。
おそらく、このままだとトラックに引かれて死ぬ。
しかし後ろからはもう一人の俺が追いかけてきていた。
止まることはできない。
俺は、逆に走る速度を限界まで上げて走り抜けた。
危ないところだったが、トラックが若干速度を落としてくれたおかげで、ギリギリのところで通り抜けた。
目の端で、トラックが俺のスマホをトラックが踏み潰したのが見えた。
俺は、構わず走り続けるしかなかった。
「くっそ、なんなんだよいったい! 誰か、誰か助けてくれ!」
もう一度助けを求めたが、通りには人がまったくいない。
少しでも奴の視線から逃れたくて、路地裏へと逃げ込んだ。
細い道で、アパートの裏側の道だった。
電灯の灯りで周囲が少しだけ照らされている。
そこでは若者が一人、タバコを吸っていた。
助かった。人がいた。
「すみません! 助けてください! ナイフを持った男に追われてるんです! スマホ持ってませんか!」
若者の顔を見た瞬間、俺は凍りついた。
その若者も、俺だった。
今追ってきている俺と逃げている俺、そして三人目のタバコを吸っている俺がいま、目の前に現れていた。
「ど、どういうことだ! いったいどうなってんだ!」
振り返ると、ナイフを持った俺が俺に近づいてきていた。
ジリジリとこちらに近寄ってくる。
そして、およそ3mくらいの距離になったところで、こちらを睨めつけながら静止した。
あれだけ走ったと言うのに、ナイフを持った俺はまったく息が上がっておらず、無表情だった。
「ちょっとまっててくれ」
そう言って、タバコを吸っていた俺が路地裏の奥へと消えていった。
ちょっと待っててくれとは、俺に言ったのか、それともナイフを持った俺に言ったのかわからなかった。ひょっとして両方か。
しばしの沈黙。
ナイフを持った俺は、ナイフを構えたまま、ただ無表情に俺を見ていた。
俺はほとんど状況が理解できず、ただ呆然としていた。
「これは、いったいどういうことなんだ?」
質問しても、ナイフを持った俺は表情すら変えることなく、ただじっとこちらを見つめていた。
わけがわからない状況だが、いますぐ襲われそうというわけでもないようだった。
体力も限界近く、まだ、もう一度逃げ出す気にはなれなかった。
「待たせたな」
タバコを吸っていた俺が戻ってきた。
タバコを吸っていたおれは、たくさんの人を連れてきていた。
たくさんの人、と言う表現は少し間違っていたかもしれない。
タバコを吸っていた俺は、たくさんの俺を連れてきていた。
たくさんの俺は、俺と同じ姿や服をしている者がほとんどで、たまに見たことのない服を着ている者や、金属バットだったりサッカーボールだったり、なにか固有の物を持っている俺がいた。
正確に数えたわけではないが、30人はいた。
「じゃあ、始めようか」
タバコを吸っていた俺が言った。
わらわらわらわら。
自分にそっくりな人間が大量にいる。
不気味な光景だった。
「俺の俺による俺のための俺争奪戦を始めるとしよう」
始め!
タバコを吸っていた俺がそう合図すると、俺たちはそれぞれ殴り合いを始めた。
ナイフを持っている俺も、近くにいた別の俺を切りつける。
「ここでの勝者が、明日からの俺となる!」
タバコを吸っていた俺が叫んだ。
ナイフを持っている俺が俺へと近づいてきて、俺を刺した。
背中から血がじんわりと滲み、やがて大きな赤い水たまりとなった。
ここで勝ったものが明日の俺?
傷から血が大量に流れ、俺はそのまま生き絶えてしまった。
俺にはもう、なにもわからなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。