古代の騎馬民族
突厥に触れる前に匈奴に触れる必要があると思う。そしてスキタイが絡んでくる。歴史上有名な騎馬民族はスキタイがスタートかと思うが、実際はヒッタイトの方が圧倒的に古い。ヒッタイトは騎馬民族より戦車と鉄が有名でそのあたりどうも異質さを感じるのと定住してヒッタイトって帝国を作ってしまったのも異質。
ただいかにも騎馬民族ってタイプはヒッタイトがスタートだと思う。このヒッタイトの頃といんが大体重なってる。確かいんも戦車で有名。おそらく騎馬民族の中での文化の伝播だと思う。いんはおそらく遊牧民族だと見られてるから。
スキタイがアジアだと言う話しで、それはアジア地方って意味で人種的なものじゃないと思う。その事を書いた。それに当時の感覚でトルコからアジアって発想なので、中央アジアはもちろんアジアの中のアジアになってしまう。欧州人の感覚で言うアジアと言う事らしい。私的にはモンゴル高原まで来てもらわないとアジアって感覚にならない。ロシアって国の影響もある。あの国がアジアって感覚をおかしくしてしまうので。
匈奴といえばフンになる。これは現代ではもう無理だと思う。Qとの関係が言われてるけど、Qはそもそも中央アジアに多い。その点Rとともに西の移動があってもおかしくはない。それぐらい薄く欧州にばら撒かれてる。それをフン族起源だというのは苦しい。
後は匈奴、うーんトルコ系といわれてるけど、Nがかなりいい加減。たまたまトルコじゃNがしっかりCより出たけど、基本騎馬民族にはアジア起源ならNよりCの方がしっかり出る。それが顕著なのが中央アジア。これは時代とか関係ないんじゃないかな。今少数派であるQの方がこの時代は面白いと思う。
今は少数派で中央アジアでそれでもしっかり出るけど、フン族の時代の調査だとかなりQが出てくる。特にウイグル地区のQの高さは際立っている。調べてみると今ウイグルでQは皆無。中東QとアジアQがいるのでこれがやっかい。ただサブグループを見れば分けることが可能だそうだ。欧州のQは大体この中東に多いQになる。中国のQはどっちなのか?は詳しくは無い。フン匈奴よりも、この時代中国西部まで突っ込む中央アジアにはQがやたら多かったとなる。だからフンでも匈奴でもQが中心となる支配者がいた可能性がある。
フン=匈奴はまだ確定はしてない。それと言うのも私も感覚が違うなと言うのが、欧州人の考えるアジアはどうもずれてるから。私的にはモンゴル中国西部あたりまえできてくれないとアジアって感じがしない。フンはどう考えても西すぎるなと思うからせいぜい中央アジアなんじゃないか?と見てる。
じゃコーカソイドだったのか?でこれがMDNAで特徴的なDが出ている。これはまず考えにくい。フンが何者だったのか?は置いておいて、アジア的人種が混ざっていた可能性は高いと思ってる。このDはそれだけ重要なもので、ただのシベリアハプロじゃない。中国全土に広がりがある中緯度ハプロだから。
後はフン族の子孫だと自称するハンガリーでCが僅かだけ出るとの話がある。
人種的どっちか決定しようとしてるけど、私はこれは賛成できない。中央アジアの人間をどっちか分けるのはアホ臭くて私は混ざってたんだって分かるだけで良い。ただY染色体が残ってないのは、これは良い。Rだった可能性もあるし、所詮ハプロだからな…。何度も書いてるが、びっくりするほど遺伝的特徴が残っても綺麗に消え去るから。その逆もありハプロが残っても遺伝的特徴が一切消えてるケースも多々ある。
ハプロってのは男女ともに残っていればもうけものぐらいすぐ消えてしまうはかないものだと思ってる。
今回の話しでおまけなのだが、古代のモンゴルまで突っ込んだ辺りであくまで母系に限りコーカソイド的な色合いをみせるハプロが混じってるとの話が合った。これは興味深い。以前から古代中国にMDNA分析だと出てくるコーカソイドって謎がこれで解けると思う。おそらく現代と違ってQとついになるものじゃないか?と見てる。Rも出てるからなおさら強固になるけど、やっぱ今でも残るQが大きいなと思う。かなり東までコーカソイドが来てた事が伺える。




