読者様感謝企画~つぶらやさん編~
「なあ、このアプリ知ってるか?」
朝のクラスは喧騒に包まれていて、梅雨前の教室の空気をさらに暑くしている。
そんな不快感の上にさらに不快感を足してくる声は、我が悪友の一人だ。
「知らん。というか、いきなり何の用だ?」
「BTOOM ONLINE っていうアプリで、なかなか面白いぞ? お前も小説なんて書いていないでやってみろよ」
質問には答えず、自分の言いたいことを言うと奴は私の前の席ー確か女子の席だーに無遠慮に腰かける。視界の端で、席の持ち主の女子が微かに頬を赤らめたのを認め、私は大きくため息をついた。
「しかしお前は何故私にそのアプリを薦めた? その手のゲームを私がしないのはよく知っているだろう?」
「何でって…そりゃ、これがクラスの男子の中で流行ってるからさ。お前も早く一人称を『俺』に変えて、このゲーム始めないとクラスの輪からハブられるぞ?」
いつもは下らないことしか言わない悪友だが、こうしてたまに核心を突いてくるから油断ならない。
数年前から爆発的に普及した約160グラムの薄型精密機械は瞬く間に学生の生活の中心に鎮座した。入学と同時にIDやらを交換できなければ、容易にクラスの輪から外される。夜中まで通話することで友情を確かめあうという風潮が一般化し、そうやって様々なふるいにかけられた上のグループを各々が作るという奇妙な決まりが厳然と存在する。
かくいう私も無力な一学徒であることは変わりがないわけで、
そういった風潮には逆らえずにID交換をしたのだが。
だが、私が愛するのはそんな友情ではなく、小説だ。
放課後、校舎の一番端の文化部室と銘打たれた教室に踏み込む。週2回開催する文芸部の活動日だからだ。
中にいた後輩たちは読んでいた小説ー揃いも揃って『Re:ゼロから始める異世界生活』を読んでいたーから顔をあげ、軽く会釈する。私は奥で受験勉強をしている先輩に頭を下げると、愛しの彼女の前に座った。
「ねえ、この本読んだことある?」
ふわりと微笑みながら話し掛けてくる彼女に内心どきまぎしつつも、表情だけは平常を保って答える。
「もちろん。安里アサトさんの『86ーエイティシックスー』だろう? 既に購入し、2回は読み直したな」
私の言葉に、恐らく薦めようという意図が外れたのであろう、彼女は頬を膨らませて睨んだ。
幼少の頃から無類の読書好きだった私は、小学生低学年の時には枕の側に鴎外や芥川、漱石などを置いて過ごし、高学年から中学生の頃には東野圭吾や宮部みゆき、有川浩等に手を出した。高校に入学する時にソードアートオンラインにはまり、そこからライトノベルに傾注する健全な文学青年だ。
様々なライトノベルを読んできたが、その中でも『86ーエイティシックスー』は別格だった。一般文芸と比べても遜色ない文章力、緻密な設定から繰り出される戦闘描写は圧倒的だった。まさに『マイブーム』な一冊である。
こうして一日が、今日も平和に過ぎて行く。
作品内で質問にお答えしていますが、一応書き出しておきます。
学校での流行りはやはりLINEですね。Twitterはしなくても、LINEはするという人が多いです。
クラスの男子の中で流行っているのはBTOOM ONLINEです。面白いのかな、あれ?
部活ではRe:ゼロから始める異世界生活、マイブームは『86ーエイティシックスー』です。