『第二話』
さてさて、前回での自分パートから、今回”阿 夜潮さん”パートは、一番まとも的に長く行きます。
てな訳でっ!
放課後を告げるチャイムが鳴ると、今までの静寂が嘘のように声同士が会話を始める。
原則、部活動に入部すること――なんて校則のせいで、放課後は普段の授業よりも血気盛んだ。
「ハンド部さ、新入生めっちゃくるみたいって先生言っててさー」
「まじで? さすが県総優勝しただけあるわ。うらやま」
「サッカー部のマネ志望多すぎてやばい」
「それな、うちもそう。まじで、みんな高校生に夢持ちすぎー」
「吹部今日ミニコンサートやりまーす!」
「きてくださーい!!」
聞こえてくるのはそんな声。声同士の会話は次第に大きくなって、蠅の羽音みたいに響く。
その音を遮るようにイヤホンをして、音楽をかけた。
小さく溜息を吐き出すと静かに教室を出る。そのまま教室のある校舎から少し離れた、特別棟のいつもの場所へ歩き出す。
遠くもなく近くもなくの距離なのに、足取りは重い。生真面目に持って帰る教科書が入ったリュックのせいか、それとも。
「有望な部員、増えないかなぁ」
心の中で言ったつもりが声にしていたようで、静かな廊下が一瞬だけうるさくなる。やばい、と思ってあたりを見回すけど、誰もいない。
そりゃあそうか、この場所を部室として使っている部活動はうちしかない。
文芸部。
手書きポップで書かれたその文字に、少しだけ殺意がわく。
今二年前大流行したアニメキャラクターのラバストがついた鍵でドアを開けると、いつものように一番奥の席に座る。
ピコン、と携帯の通知音が座ると同時に聞こえた。開かなくてもわかる。どうせ部活のグループだろう。
…………
『すみません、私用で部活にいけません』
『私も、今日は他の活動があるのでいけません!』
『病院行くのでいけません』
『私もです』
『今日いけないです、すみません』
…………
『わかりました、来れない人が多いようなので、次から来れる人は連絡お願いします』
感情の一切ない文面と、私は適当なスタンプを押して強制的に報告を終わらせた。
グループの履歴をさかのぼっても、すみませんと行けませんの文字しかない。こんな薄い内容を話すだけならグループを作成した意味なんかない気がする。
幽霊部員の巣窟、なんて言われて二年がたった。
確かにそうかもしれない。いやそうとしか言えない。本当に来ない人しか集まらないのだから。
部員数で言うなら、どこの部活動より多い自信はある。しかし実際に活動をしているのは一人だけ。
なぜ、こんなに幽霊が多いんだろう。考えてもあれしか思いつかない。恨むなら二年前の部長を恨むしかない。許すまじ二年前の部長。
「失礼するよ……あっ、よかった、阿久津いるね」
珍しく扉が開いたと思ったら、そこに立っていたのは鳴九亜先生。いつも着ている見慣れたジャージで、天パ気味の髪をくしゃりとさせながら胡散臭い笑顔を浮かべている。
先生がこの仕草をしたときは、何かをやらかしたときか何か逃げ出したいことがあるときかの二択。
今回は後者だと踏んで、声をかける。
「ご覧の通り今日も私一人ですよ。それで、先生がわざわざここまで来るなんて珍しいですね。なにかありました?」
その一言で、さらに笑顔が張り付く。余計胡散臭くなるのを先生は気付いているのだろうか。いや、いないだろうなぁ。
「あー、その、なんていうか……ね?」
「ね、で分かるわけないんで、はやくしてください」
「ぐっ、だよねぇ。あはは……じ、実はー」
と言いながら、おずおずと差し出される紙。その紙に書かれていた内容に思わず目を見張る。
「はっ? いや、は?」
口をパクパクさせて先生と紙を交互に見るけれど、書かれている内容は変わらない。先生も小さく肩を落として、こればかりはとでも言いたげなジェスチャーを返す。
「うわあ、これはやべぇ」
「え?」
「いや先生、いきなり廃部通告書出されてもですね、失うのは語彙力だけですって」
「は?」
この先生には冗談は通じないんだ、と今思い出して、もう一度紙に書かれている内容を見返す。
そこにはまぎれもなく廃部通告と書かれている。理由は主に三つ。一つ目に、幽霊部員が多いこと。二つ目に部誌の発行をしていないこと。三つ目に活動日誌の内容が薄く何をしているか不明なこと。これらの理由から廃部にしても問題ないだろうと判断した、と書かれている。
「いやいやいや、普通廃部にするにはあれじゃなかったですっけ。部員がいなくなって二、三年たってからが妥当みたいな。廃部にする前に普通休部とかにしません? いやいやいや急に言われても」
「そうだと思ったんだけどね、いや、ボクも思ったんだけどね? 廃部させるって方針になってるからさぁ」
また髪をくしゃりとさせる先生。目が笑っていない。もしかして廃部させたいんじゃないか、と疑念がわいてくる。そんな私の目線に気付いたのか、先生は慌てたように声を出す。
「あっでも、一学期中に実績を出せば、廃部はナシになるみたいだしさ! 今日から入部届け提出期間なわけだし、そこでなんとかすれば、廃部にはならないんじゃないか、な?」
「部誌を出すのは10月の文化祭の時なので、一学期中に実績を出すとか無謀です。そもそも文芸部の実績ってなに……。イラストコンクール? いやでも毎年レベル高いし仮にそれで入賞する確率低いでしょ。小説? それも同じか。いやいやいや、まず一人じゃ無理だって話ですよ。ていうか、なんでいきなり廃部通告くるんですかね!」
と気付いた時には時すでに遅し。先生は部室から忽然を姿を消した。逃げたのだろう、ちゃっかり部室においてあるお菓子を持って。
なぜあの先生が顧問を引き受けているのかはいまだにわからない。強制なのかもしれないけど、せめてもう少し理解がある先生にして欲しかった。
「廃部かぁ……」
普通だったら考えられない出来事に戸惑う自分がいる反面、少しワクワクしている自分もいる。
廃部危機はどうにかしないといけない。今廃部になられたら困る。この部室が使えなくなるのは困る。
どうにかしないといけない、けれど一人で何ができる?
「失礼しまーす……文芸部の部室ってここですか?」
そう思った矢先、またしても突然扉が開く。入ってきたのは見知らぬ少年。襟足の揃った短い黒髪。新しく、まだ着せられている感が滲み出ている制服。その容姿から一年生だろうということは推測できた。
「そう……だけど。えっと、入部希望?」
急な来客に戸惑いながらも声をかける。少年は無表情でそのまま淡々と答えた。
「あっはい。あの、これ」
差し出された紙にはきちんと入部届けと書かれている。
「夏目 想、君ね。確かに、お預かりしました」
いかにも男子というような粗めの筆跡で書かれた名前。
夏目君は名前を呼ばれると、少しだけ嫌そうな顔をしたが、すぐ無表情に戻り踵を返した。
「じゃあ、これで」
「いやいやいや、入部希望出して終わりじゃないんだけど」
帰ろうとする夏目君を必死に止める。こいつ自己紹介もさせてくれないのか、なんて将来有望な幽霊部員。
しかし今返すわけにはいかない。せめてうちが廃部通告された事だけでも伝えないと……。私は必死になって夏目君を止める。夏目君は無表情のまま、先程より冷たく低い声を出す。
「だって、ここって幽霊部員の巣窟なんですよね? 今も部長以外部員いないし、何か活動あるんですか?」
「あーまあそうなんだけど、今はそんなこと言ってる暇はないんだよね、色々あるし」
「え?」
「あーでも、今は二人しかいないわけだし、とりあえず明後日、もう一回来て。その時詳しく話します」
「いや、なんで?」
「入部届け出したんだから、君は今日から部員です。これは部長命令なので、部員である君は従わないといけない。それに、一ヶ月後にまた新しい部活を探したくはないでしょ?」
「はぁ」
じゃあもう今日は帰っていいよ、と伝え、夏目君が部室から出て行くのを確認すると、本棚から活動日誌代わりのノートを開いて、すらすら書き出す。
――――
月 日( ) 記録者:阿久津 真夜
欠席者
人数が多いため、未記入。
活動内容
・部登録
・一年間の計画案提出
記録者コメント
こうして活動日に毎回日誌を真面目に書いている我が部は、そろそろ生徒会に褒められても良い気がする。と思っていた矢先、突然の廃部通告。一学期の間に出来ることを考えなければならない。私はこれに関して異議がある。がしかしそれを伝える前に顧問失踪。許すまじ顧問。
そんな話は置いておいて嬉しいこともあった。
新入生が一名入部。明後日からの活動が少し楽しみである。
次回。再び”眼くんパート”
お楽しみにっ!