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『〜プロローグ〜』

県立公江高等学校。人口一五万人を擁する公江市の南西部に位置する公立高校である。最寄駅である公江駅からは徒歩で五分、その公江駅は市の中心駅として機能しており、交通の便もまずまずである。公江市は県のベッドタウンとして栄えており、駅前の施設の充実ぶりも悪くない。また、この高校は全国的に見ても、偏差値が高く進学実績がよい。おまけにまだできたばかりで校舎も新しいことから、生徒にも保護者にも人気が高い。それ故に倍率が高いというのは言わずもがなである。

 ところで、僕こと夏目想なつめ そうは孤独を好む人間である。小学生時代も、中学生時代も、目立つことは避け、ひたすら静寂を求めて学校生活を送ってきた。別にいじめられた過去があるとか、そういったことでは一切ない。言葉で説明するのは難しいが、ただただ人間が苦手なのだ。それは見慣れぬ虫に遭遇したときに抱く感情にほとんど等しい。

 そんな僕も高校受験の年を迎え、紆余曲折を経て選んだのはさきに述べた、公江高校である。通称「コーコー」。

 理由は簡単である。まず、自分の偏差値からして合格圏内であったこと。そして何より、顔見知りがほとんど進学しないからである。人気が高いとはいえど、むしろ高いからこそ、顔見知りが進学する可能性は低いと言って良い。そして予定通り合格。僕の静かな高校生活が密やかに始まった。……はずだった。

 実際、僕の予測通り、顔見知りは誰一人入学していないようだった。そこまでは何も間違っていなかったのだ。しかし、僕は部活動選びで最初にして最大の過ちを犯してしまったしまったのだ……。

 

 公江高校には、「幽霊部員の巣窟」と呼ばれる部活がある。曰く、幽霊部員の八割はその部活に所属しており、それに関してのお咎めはない。そんな部活が生まれてしまう背景には、この高校の校則に「原則、部活動に入部すること」と書かれている、ということがあるのだが、それはまた別の話。

 そんな噂を聞きつけた僕がこれを逃す手はない。入部届提出期間になるや否や入部届を提出したのだが……。

 「予定は未定」。そんな先人の言葉を、身をもって学習することになってしまった。


     *


 薄型ノートパソコンのEnterキーを押してから、小さく息を吐く。長い文章を書くというのは、いつまで経っても慣れないものだ。

 紙コップの中の紅茶を口に含むと、生温さと紅茶の香りとが口の中に染み渡り、疲れを取り去ってくれる。

 思い返してみれば、ここ数か月は「事実は小説より奇なり」というイギリスの詩人、バイロンの言葉を実感する日々であったように思う。まだ短い人生であるが、最も時の流れを速く感じた。

 西向きの窓から差し込む夕陽が、部室を暖かく照らし、部室に一人佇む僕の身体を包む。それはまるで、非日常にいた僕の意識を、日常へと戻してくれるようだ。

 さて、あんまりのんびりしている場合ではなさそうだ。そろそろ部長――僕を非日常に巻き込んだ張本人が帰ってきてしまう。

 この日記とも活動記録ともいえないデータは僕だけのものにしておきたいのだ。

 あらかじめ挿しておいたUSBのファイルに無事保存すると、席を立つ。強張った身体が解れていくのを感じながら外へ出るとすぐに真新しい表札が目に入る。「文芸部」。僕が自ら選び、そしてそれが故に愛する静寂を失った場所である。

 しかしそれを憎む感情は持ち合わせてはいない。自らの選択を、他人のせいにするような愚かしい人間ではないと思っているし、そうでありたいと思う。


 二年後の僕は、何を考えているのだろうか。

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