竜は存在を世界に示す
1
「ぐ、いって、」
「我慢して下さい。消毒しないと化膿してもっと酷いことになりますし、冷やさないと治りませんよ」
赤月の自宅で、CCは家主の看病をしていた。
赤月の火傷は重度の部類ではないが、範囲は足から膝へと範囲は広く危険な状態である。
「痛みはあるから、それ程酷い状態ではなさそうですが、血管までダメージが及ぶとショック症状が起きます。血圧が下がったりする感じはありますか?」
「いや、それより、も、熱ぃ、もっと冷やしてくれ」
赤月は尋常ではない量の汗を流し、呼吸のリズムはバラバラになっている。
「全く、あの時貴方はあの場に残るべきだったんですよ!私の怪我は軽度のもので。いえ、言ってもしょうがないですね」
CCの方も腕の所々は赤く腫れている。しかし、赤月の状態に比べれば軽いものである。
浴室で赤月に靴も脱がせないままに、シャワーで冷水をかれこれ10分以上掛け続けている。
「はー、少し楽になった。まあ、後は我慢するしかないか」
赤月からは苦痛の色が緩み、立ち上がれるほどまで痛みは和らいでいた。
「確かに皮膚が焼けて衣服に癒着した様子はなさそうですね。これなら、後遺症は少なくて済みそうです」
CCは赤月に肩を貸して浴室から移動する。2人の体や服からは水滴が垂れ、それを見た赤月は、
「掃除しなきゃな」
などと呟く。
「それで何があったんだ。あの研究室で」
赤月は真剣な目つきでCCに問う。
「はい、まずはあのドラゴンについて説明します。赤月様が存じ上げているのは7体、内6体は幼体でした。しかし、マスターは13体のドラゴンを隠蔽して飼育しておられました」
淡々と事実のみを語っていくCC。彼女には生みの親を思う気持ちはない訳ではないが、それよりも命令を実行することを重く置いている。
「アイツ等は失敗作で、もう何年も前に処分したはずだった。でも博士は残していた。でもやっぱり、足りない。俺達が作ったドラゴンは14体。そこから産まれたのは6体で、そいつ等はまだ子供だ」
「はい。その通りです。あの6体は恐らく、子供の、いえ、子供だったドラゴンなのでしょう」
赤月は眼を見開き驚愕するが、瞬時に眉間に皺を寄せ、
「ありえない。たった20時間で幼体から成体まで成長できるわけがない。例えそんな成長剤があっても、エネルギーの吸収が追いつかないから死ぬぞ」
ドラゴンの子供は昨日まで10センチ程度の大きさなのに、1日で3メートルの身体に成長することはありえない。例え特殊な薬品を使用したとしても。
「しかしそれが事実です。いえ、それでは正しくありません。恐らく僅か10分の間で成長したと認識しています」
「どう…いうことだ?」
赤月は呆気に取られたよう表情のまま、答えを知る少女に尋ねる。
「私は、遅めの昼食を摂るから準備してくれ。とマスターから指示を受け、地上のキッチンで料理をしていました。その最中に地下からマスターの悲鳴が聞こえ、向かうと…」
「20体のドラゴンがいて、博士が襲われていた」
「はい。炎の出火元は不明。マスターは救出不可能と思い、私はあの用具入れに隠れました。ドラゴンも私へ攻撃をしてきましたが、赤月様へ救急を求めました」
疑問に疑問が重なりより複雑化する状況に赤月は強引に結論を探し出そうとする。
「CCは博士が何をしようとしていたか知ってるのか?」
「………はい。その真実は私よりもそのメモリーに収められたデータの方が正確です」
それは天地が死の直前に赤月に託した最後の情報。赤月は知っている。これはただの研究の記録であることを。彼は知るだろう。隠された1人の男の目的を。
9月6日
ドラゴンはコモドオオトカゲとオウギワシの遺伝子を使用することに決定した。こちらのサンプルは知り合いのハンターに注文する。
3月21日
受精卵は26個精製。このウチ1体でも発生できれば良いが、上手くだろう。
これからの実験として、成長促進剤の効果を調べることになる。
6月24日
本日はドラゴンとしての形が整った個体を培養液から出した。生命活動は問題ないが、翼として機能するだろうか。赤月は習性が鳥に近いと言ったが、確かに立ち方などは鳥と同じである。
6月28日
ドラゴンの処分が決定した。赤月はドラゴンに別れを伝えていたが、私としてはまだ実験可能と判断した。ドラゴンは地下2階で飼育することにした。
2月19日
これで3体目のドラゴンの製造だ。翼はしっかりしているが、足が細すぎる。これも失敗のようだ。こればかりは運に頼るしかない。
8月13日
今回は成功した。14体目で完全なメスのドラゴンだ。名前は何とするか。
赤月は『エキドナ』を提示した。確かにこれからは彼女に子を産んで貰うことになるだろうから、完璧なネーミングだ。
12月30日
エキドナは受精卵を出してしまった。上手くいかない。やはり、成功する受精卵でないと合わないのだろうか。
10月9日
エキドナの脳波と気温の揺らぎが一致した。あの仮説は正しいことが証明される。
4月16日
他のドラゴンもエキドナと感応するように、思考の現象化が発生している。これで桜に償える。
7月8日
何とエキドナが受精卵を作った。単為生殖だろうか。コモドオオトカゲの遺伝子が引き継がれている。
11月23日
エキドナが卵を産卵した。完全なできである。赤月も大喜びだ。エキドナは卵を手放す気はなさそうだ。これは待つしかない。
3月7日
変化はない。もうすぐこの研究も10年になる。
5月11日
ドラゴンの卵は全て孵化した。これでサンプルが多くなった。
興味深い事に赤月にも思考の現実化の兆候が見られる。明日確認したい。
「なんだよ、これ、思考の現実化?ドラゴンが、俺も?」
膨大なデータを適当に開き、その情報に驚く。
「CC、お前は何か知っているのか?」
「はい」
赤月はCCの肩を掴み、
「教えろ。本当に何が起きている」
人生で1番低い声で問い詰める。
「私はマスター、天地創造の妹。天地桜のクローンです。彼女は10歳で交通事故でなくなり、マスターはそれ故に研究をしてきました。今から15年程前にマスターは妹様の蘇生を試みます。その実験の1つが私、コピー・チェリーです。マスター曰く妹様はアルビノではなく、私は製造過程で色素が欠損したとのことです」
赤月は初めて天地に妹がいたことを知った。CCは声に抑揚がないまま語り続ける。
「私が知るのは、私の正体。マスターの目的。ドラゴンの隠蔽。そして、赤月様の状態です。赤月様は超能力をご存知ですか?」
「超能力ってのはサイコキネシスとか千里眼とかのことだろ。まさかその超能力が俺に備わっている訳じゃないよな?」
少女は赤い瞳は真っ直ぐ赤月の黒い瞳を見て、
「そのまさかです。そして、赤月様の周囲の人物にもその能力が発現する可能性があるとマスターはおっしゃられました」
赤月はCCから手を離し、へたりと尻餅をついてしまう。
このとき、赤月は思考が止まっていた。正しくは意識のある思考が停止し、無意識の感情のない思考が機能していた。今何が起きているのかという現状を理解することに、これからどうすることが先決なのかと解法を探す。この作業は赤月がテストの問題に対して行うような単純な思考。それ故無駄がなく、正確に情報の処理を機械のように行う。
30秒の沈黙の後、赤月の口が開く、
「それで、博士は最後なんて言ってた」
CCは予想外の発言に一瞬、硬直するが、的確に答える。
「マスターの最後は私は見てません。その言葉は赤月様がお聞きになられたはずです」
赤月は記憶というデータを開く。
あの時、『頼む』と言われた。何を頼むのか、実験か、ドラゴンか、CCか、
「しかし、マスターは自分が万が一亡くなった場合は、赤月様に研究を任せたいと、そして私は赤月様に仕えろ言われました」
また、赤月は黙する。CCからはその心理が悟れない。その瞳は絶望の闇も希望の光も感じられない。赤月の瞳も表情も目の前に佇むCCのように、それ以上に機械的な状態。その無駄のない思考が紡ぎ出す答えは、
「けじめをつけよう。研究も、お前も、ドラゴンも全て俺が責任取ってやる」
「それではどうなさるおつもりですか?」
赤月には表情が戻る。希望が生まれた訳ではないが、眼には意思が表れる。
「明日はまずドラゴンを探そう。もしあの炎がドラゴンの能力ならすぐに被害が出る。早くどうにかしないと……」
ふらりと赤月の身体が大きく揺れ、
「赤月様!」
ばたりと言う感触を感じる前に赤月は意識を失った。
2
赤月は光の眩しさに目を覚ました。
「おはようございます。体調はどうですか?」
いつも朝一番に見る天井と寝起きには初めて見るCCの顔で、自分が倒れ、朝まで寝ていたことを理解する。
上半身を起こし、気を失う前の状況を思い出す。
「俺は何日寝てた?今は何日の何時だ?ドラゴンは人を襲ったか?!」
泡立たしく質問を浴びせる赤月に対し、CCはいつものペースで冷静に答える。
「赤月様はまだ一晩しか寝ていません。只今は5月13日の午前8時3分です。ドラゴンが人間を襲撃したという情報は入っていません」
赤月はホッと胸を撫で下ろし、落ち着きを取り戻した。
「良かった。もし怪我人とかでたりしたら、本当に公の存在になってパニックが起こるからな」
ドラゴンは架空の存在。それは社会の常識である。しかしそんな存在に憧れを持つ人間は少なくない。今でもゲームやマンガの世界では根強い人気を持ち続けているのも事実であり、公式に存在が認められると世界中から研究者や野次馬が集まるだろう。
スッと立ち上がる赤月に彼自身とCCが違和感に気付く。
「赤月様…脚が、治っています」
約12時間前まで痛々しい火傷で覆われていた赤月の脚は僅かな痕を残し、治っている。
「これが昨日言った超能力か?でも思考の現象化ってこんな風に無意識の痛みからの感情まで作用するのか?……いや、この治癒力が成長に対して働けば」
「ドラゴンが急激に成長したことが説明できますね。もっとも原理は不明ですが」
「こっちとしては好都合だ。それになりよりドラゴンがその手掛かりになるはずだから、朝食を食べてドラゴンを探すぞ」
「朝食は用意させていただいています。無断でキッチンを使用したことをお許し下さい」
言葉の通り、部屋の机の上には洋風の軽めの食事が用意されていた。盛り付けは美しく無駄がない。まるで高級ホテルのモーニングサービスだ。
昨夜、CCが赤月の寝ている間にした行動は素晴らしい手際だった。まず倒れた赤月をベッドに寝かせ、家の濡れた場所の水滴を拭き取り、自らも軽い睡眠を摂った後、ドラゴンの目撃情報や警察や消防の動きを調べ、一通りの確認を終えて朝食を作った。
「すごいな。家事ができるのは知ってたけど、博士の助手として情報収集もしてたのか」
赤月は賞賛の声を漏らし、CCから朝食を受け取る。味は絶品であった。赤月の飢えた胃袋に向かって、喉をすんなりと食事が通っていく。
「ドラゴンの目撃情報はあるか?」
食事の手を止め、CCに尋ねる。CCは赤月のパソコンの画面をチェックして自らの作ったプログラムで記事を確認するが、それらしいものは見つからない。CCは目ぼしいサイトやSNSにキーワードが現れればメールとして、情報が届くように仕組みを作り上げた。
「はい。しかし昨夜の間の目撃情報は僅かなので、ネットでも注目はされていません。それでもいつ発見されるかは予測できません」
その時、噂をすれば影と言うべきか。CCの情報の包囲網に何かがかかる。すぐさまパソコンのデータを確認すると、
「っ、ドラゴンが発見されました。人間を襲っているようです!」
赤月も画面の確認を急ぐ。
そこには携帯端末のカメラから撮られたのか、画質の悪い動画があった。
人を襲い、喰らう架空の存在。邪悪の象徴。その画面の中には宙を飛翔する者。ドラゴンがいた。
「何処だ、そこは何処だ!」
「はい。此処から約5キロメートル。南東です」
赤月は見る。その方向にいるであろう存在を睨むように。
そこはまるで壊された蟻の巣だった。人々がバラバラな方向に駆け、ぶつかり、倒れ、転び、…
時が経つにつれパニックが大きくなっていく。その人々が逃げようとするのは、ドラゴン。全てを喰らい尽くさんとする姿は恐怖と絶望を見る者に与える。そして、その邪悪の化身はさらなる恐怖を与えようとしていた。
「やっぱり人が邪魔で進めねぇ!他のルートはないか?」
人の波に逆らう1つの影があった。彼は携帯端末で誰かと会話をしている。
『そこが最も通行量の少ないルートです。大通りは既に警察関係者により封鎖されています。残るは………しかありません』
赤月はCCから事件が発生している場所を聞き向かった。CCも着いて行こうとしたのだが、
「CCはまだ怪我が治ってないし、道が人でごった返してるかもしれないからルートの案内を頼む」
と言って、赤月だけが動いている状況である。赤月の予想通り、細い道路でさえ人で埋まっていた。
「そうか。しょうがねぇよな」
赤月は人ゴミを抜け出し。普通の住宅の塀に登った。道無き道とは言ったもので当然、そのルートに通行人は存在しない。
『気をつけて下さい。万が一ということもあります。赤月様が怪我されてしまっては元も子もありません』
「わかった。情報が入ったら連絡をくれ」
携帯端末をポケットに押し込み、塀の上を駆ける。時には人の波を跳び越え、時には壁を駆け上がる。
こんな常人にはできないような動きは、この前までの赤月には不可能だっただろう。しかし、ドラゴンに影響された彼の肉体は感覚神経から運動能力までを強化した。細く不安定な場所でのバランス感覚、軽く7メートル近い跳躍を可能にし、壁を3歩蹴り上がる筋力。それはアスリートと呼ばれる超人が鍛えに鍛えて得ることができる能力。それをたった1日で得られてしまったのだ。
赤月は走った。早くそこに辿り着くために。早くその惨劇を終わらせるだめに。
3
そこは地獄だった。
傷だらけの人が地面に這い蹲り、その傷から流れる赤い液体は一面を緋く染め上げている。その上を御伽話の正義の敵。ドラゴンが血を垂らして、宙を舞っている。
「くっ、よく狙え!あいつの動きは速いが当たらないものではない!」
乾いた破裂音が辺り一帯に響き渡る。
正義側の人間である警察官がドラゴンを撃ち落とさんと拳銃から銃弾を放つが、ドラゴンは傷はおろか、擦り傷も与えられない。
ドラゴンは凄まじい速さで大気を切り裂くように飛び、身を翻して警官を鋭い爪で握り掴んだ。
「うあああぁぁぁわああああぁぁぁ」
20メートル程上昇するとドラゴンは男を離した。男の身体は回転し、
ボキリと硬い物質が折れた音が鳴る。しかし、その後聞こえなければならないはずの絶叫が聞こえて来ないことに、警官隊は恐怖に囚われていく。
その惨劇を数十メートル程離した位置から赤月は眺めている。
あと数メートルまで近づいたのだが、濁った鉄の匂いとおびただしい量の赤黒い液体により、激しい嫌悪感を感じ逃げたのだ、しかし逃げ切れずただ観ることしかできないでいた。
(また人が死んだ。俺が行かなかったばかりに。しかし俺なんかに何ができる?あんな怪物に対抗できる程俺は強くない。いや、やるしかないんだ。もうこれ以上は待っても意味はない)
赤月は亀の如く丸まっていた身体を起こし、狙いを定める。
彼は震える身体と心を恐怖の束縛から解き放とうと、怒り、憎しみ、恨み、闘志、殺意、全ての感情で精神を満たす。そして、その意志を行動に変える。
自分が全力を出すため、最も走り易い形を作る。彼の立つ場所はブロック塀の上なのだが、変則的なクラウチングスタートを取る。そして、0から一気に加速する。
ドラゴンは変わらず旋回をして、次の獲物を選択するように警官を眺め続ける。そして、その視線が一つに集中する。
「う、ああああぁぁぁ!助けてくれええぇぇ!」
その警察官は自分が狙われたことに気づき脇目も振らずに走り出した。
「戻れ!離れたらそれこそ狙われるぞ!」
他の警官に呼び止められるも、全く聞く耳持たず逃げていく。どんな動物も基本的には逃げるときは集団で動く。それならば狙われにくいからだ、逆に狩る動物は集団から離れたものを狙う。そして今、その格好の獲物が隊(群れ)から抜け出した。
迷うことなく、ドラゴンは狙いを変えることなく警察官に真っ直ぐ向かい、飛んでいく。他の警官が発砲するも速すぎて当たらない。逃げる警察官も完全なパニックに陥って、背後から迫る脅威に気づかない。
そして、ドラゴンの鋼鉄の様な爪が警官を掴もうとする。
その直前、背後から警察官ではなく、ドラゴンが襲撃を受けた。
「グャッ、シャァァァ?!」
完全に不意を突かれ、ドラゴンは後ろにいる敵を振り落とそうとするが、ドラゴンの顎の下には背中から伸びた腕が入り込んでいるので振り払えない。
ドラゴンに飛びついたのは赤月だ。彼はドラゴンの動きに合わせ、警察官の男を追い。ドラゴンが狩りを行おうとするタイミングを見計らって警官に向かって跳躍した。ドラゴンは男の背後で一瞬スピードを緩めたが、その瞬間を空中で待っていた赤月により自らが狩られることとなった。
ドラゴンはバランスを崩し硬いアスファルトに滑空時と同じ速度のまま叩きつけられる。
「がっ、痛っぁ」
ドラゴンの背に飛びかかった赤月も受け身こそ取れたが勢いを殺し切れず身体に衝撃を受ける。
すぐさま立ち上がり、ドラゴンに対して体制を整える。だが、そのドラゴンの姿が見えない。
ドラゴンは既に空中へと飛び上がっていた。その離陸の瞬間は既存の生物とは明らかに異質なものだった。本来、鳥は助走をつけるか、飛び降りるか、跳躍してから飛翔を始める。しかし、ドラゴンは翼を広げ、地面に振り下ろしただけで、フワリと浮いたのだ。
「シュー、シュー」
ドラゴンは蛇などの爬虫類独特の声を出して威嚇を始める。
「ちっ、しまった。そう簡単には捕まんねぇか」
赤月の身体能力がいくら高くても、空中の相手に届くほどの高さはだせない。これでは回避をすることはできても、反撃をすることはできない。ドラゴンは逆転された狩る側と狩られる側の立場を逆転仕返した。
(このままじゃ逃げられる可能性も高い、けどこっちの軽い武装の警官じゃ仕留め損ねちまう)
ドラゴンに冷や汗を流して警戒するが、ドラゴンの視線が自分から逸れたことを確認する。その方向には、
「うぉっ、マジでドラゴ……」
4人組の高校生の姿。赤月は知っている。彼らが自分の所属する部活動のメンバーであることを、そしてその彼らにドラゴンの興味が向いてしまったことを。
「おい!お前等逃げろ!」
この瞬間、赤月は咄嗟に声を掛けたことを後悔した。4人の意識が完全にこちらに向いている。彼らは血みどろの光景を見てしまった為に身体が固まってしまっている。
そして、ドラゴンはその隙を見逃すことはしない。誰かと狙いを定めず、集団に向かって攻撃を始める。ヒュンと風が切り裂かれる音と共にドラゴンの爪と牙が獲物との距離を切り裂いていく。
ダッダッ、ダッ、アアアアァァァン!
重みのある破裂音。警官隊の拳銃の音ではない。もっと大きく強力なもの。
音よりも速く、小さな鉛の塊がドラゴンの身体や翼に穴を開ける。バリンとガラスにドラゴンの身体が突っ込んでいった。
ドラゴンを撃退した者。この国の防衛を任され、自衛と言う名の下に本格的な武力の行使が容認される組織。自衛隊だった。