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竜の胤は創造主をも喰らう

1


赤月は夕日の中を歩いていた。

部活動の後片付けをしていたら、地理担当の教師に地球儀の運搬を頼まれ、化学担当の教師にはビーカーの中で作られたコーヒーを勧められ、栄養科の教師から青々としたクッキーを感想用のアンケートと共に貰ったりと、次から次へと厄介ごとに巻き込まれてしまった。

(もしかして、今日の占いは12位か?本当にバッドタイミングだった)

赤月は教師達の頼みを断れなかったので、承っているうちに、いつの間にか西の雲が朱く染まり出していた。

「不味くはないけど苦味を消せてないな。45点」

思い出してなんとなく口に放り込んだ栄養科の教師に貰ったクッキーを採点しながら住宅街をフラフラと進む。彼が向かっているのは自分の家ではなく、とある赤月以上の変わり者の家である。

突然、赤月の太腿の辺りに振動が走る。行儀が悪いと思ったが、右手をシャツの裾で拭いてポケットから携帯端末を取り出す。振動の原因は、

『卵が孵り始めました。早くいらしてください』

というその変わり者の仲間からのメッセージだった。

赤月はそれを確認するなり。クッキーの袋をポケットに押し込んで駆け出した。


2


時を遡り10年前。

赤月は小学1年生であった。家を目指して通学路を歩いていたのだが、その表情は暗く、僅かな苛立ちを見せていた。

「はあ、畜生。なんで軍手じゃなくて、ゴム手袋を持ってたんだ」

その日、小学校で社会科と理科の学習として、バケツでミニ田んぼを作る授業があったのだ。

朝、寝坊しかけ咄嗟に持ち出したものを間違えたらしい。

(結果オーライで軍手よりも濡れないし、汚れないけど、みんなに笑われた…)

どうも彼はプライドを少し傷つけられたらしく、その為に苛立っていた。

そしてなんとなく、その失敗の原因であるゴム手袋を着けたとき、都会の住宅街では珍しく、10センチくらいのトカゲが道路を這っていた。

(なんだ?イモリ?トカゲ?黒いトカゲかな?レアだしなちょっと捕まえてみるか)

好奇心から興味本位で起用にトカゲを掴み取る。すると、トカゲは急に痙攣を起こした。

「うわっ、なんだこりゃ」

「おい!坊主、早くそいつから手を離せ!」

突然、近くの建物から白髪混じりの男が赤月に叫んだ。

「こいつがどうかしたのか?おっさん」

「な、なんともないのか?」

男の顔には明らかに驚愕の色が表れている。

「兎に角、早く着いてこい!そいつはこの箱に入れろ」


着いて行くといつも疑問に思っていた建物に連れて行かれた。知らない人には連いていかないということは、毎日の様に教師から言われているのだが、その好奇心の前には頭の片隅にもありはしなかった。

その建物は、ただの住宅街に日本では珍しい大きい庭を持ち、屋根のない代わりに屋上がある全体的に白塗りという変わった建物だった。そのようすは何処かの事務所のようで、使い道は全くわからず、友達の間では時々変な噂が囁かれている。

そこでは怪しげな研究をしている。

そこでは海外から亡命した外国人が住んでいる。

そこでは世界一の資産家が引きこもっている。

実際には全く根拠はないのだが、長い間住人が見られていないことや、それで売地にならないことから曰く付きの建物だった。

しかし、その中は意外にも普通の居住空間があり、なんの変哲もない書斎のクローゼットの前で男は立ち止まった。

男がパソコンを弄り始めたかと思うと、扉が自動で開き、何もない空間があった。

「乗れ」

入れではなく、乗れ、怪しさを感じたが、その疑問を解決しようと赤月は一歩踏み出した。

中には2つのボタンがあり、まるでエレベーターのようだと赤月は思った。扉が閉まると、部屋は落下した。予想通りエレベーターのようだ。

「おい、そのトカゲをこっちに寄越せ」

「はい、どうぞ。一体ここは何処に繋がっているんだよ」

赤月は白衣の男の持つ水槽のようなカゴにトカゲを入れる。

「後で説明するから、待っとけ」

15秒ほどして浮遊感が消え、目的地に着いたことを理解する。

「お帰りなさいませ。マスター」

そこには小学生の赤月と変わらないくらいの歳の少女がいた。まるで雪のように白い髪と肌で、血液の色である赤い瞳に、何故か口調に合ったメイド姿だった。彼女は可愛らしく首を傾げ、しかし礼儀正しく、

「そちらの方はお客様でしょうか?それとも実験体でしょうか?」

と尋ねた。

「客だ。紅茶を用意してくれ」

「畏まりました」

突然の状況に赤月は呆然と混乱していた。

(なんだこれ?今俺を実験体って、でも客ってことになって…)

「おい小僧。こっちに座れ」

エレベーターの外は研究室のようで病院特有の消毒の匂いがした。そこにある場違いなソファーに白髪混じりの男が座っていた。

「失礼します。あの質問していいですか?」

自分が危険のど真ん中にいることを理解した赤月は畏まった言葉遣いになる。

「なんだ?さっきまで俺をおっさん呼ばわりしてた癖に、まあこれからは宜しくするから何でも聞いてくれ」

赤月は頭の中を整理しながら、質問を考えて周りを見ると、先程の少女がビーカーでお湯を沸かしていた。

「えっと、貴方達は何なんですか?」

「ヒト科ヒト目のじゃなくて、一言で言うなら違法な研究者とその助手ってところか。お前知らないか天地創造あまち そうぞうって名前」

急に変なジョークを言われ、質問までされた赤月は全力で記憶の引き出しを漁ったが、キーワードはで出てこなかった、と思いきや

(あれ、確かノーベル賞の)

「ノーベル賞受賞者の天地博士ですか?」

「おお!知ってるか。明らかにお前が生まれる前に獲ったのにな」

知っていたことが嬉しいのか天地の表情は和かになる。

「でも違法って、さっきのあのトカゲが何か関係あるんですか?」

天地は目を一際大きくして、

「鋭いな。あれは遺伝子を弄ってできた。デンキトカゲだ。デンキウナギの発電器官の仕組みを強引にトカゲに組み込んだヤツなんだな、そいつが逃げ出してな。そこでお前に会った訳だ。そう言えば小僧はなんて名前だ?」

「真人、赤月真人だよ。小学1年生で、生物学が好きだ」

いつの間にか赤月の口調はいつも通りのものになっていた。天地の態度に吊られてしまったのだろう。

「そういえば、なんでお前は感電しなかったんだ?アイツは軽い防犯のスタンガンくらいの電圧を出せたはずだぞ」

「それは……ああ、このゴム手袋だよ」

天地は納得した様に頷き、ニヤリと笑む。

「それじゃ、真人。俺の研究を手伝わないか?なんかお前には運命みたいなものを感じる。いや、まあ知られたから、手伝え」

天地の目は真剣な眼つきなっていた。赤月もニコリと笑みを浮かべ、

「いいよ。でも条件があるよ」

「ほう、なんだ言ってみろ」


「ドラゴンを作ってくれないか」


3


時はまた戻り。

赤月は目的地に到着していた。

その建物のインターホンを息を切らしながら赤月が押していた。

『何方様でしょうか?』

機械を思わせる冷たい声が質問をインターホンの返事を返す。

「赤月だ。まだ終わってないよな。早く入れてくれ」

『お待ちしておりました。どうぞお入り下さい』

扉が開くとそこには、雪のように白い髪と肌で赤い瞳のメイド姿の少女が礼儀正しく立っていた。にこりとも微笑めば可愛いと思えるのだが無愛想な無表情を浮かべている。

赤月は彼女に軽い挨拶をして隠し扉のある部屋を目指して走る。

書斎のパソコンにIDとパスワードを打ち込みクローゼットが自動で開く仕組みを僅か10秒で行う。

その空間に飛び込み、急いで下降のボタンを連打する。

赤月はエレベーターの中で呼吸を整え、扉が開く瞬間に胸が高鳴らせる。今まで待ちに待った出来事がその扉1枚の向こうにはあるのだから仕方がない。

エレベーターの振動が止まる。扉が開くと同時に赤月は歓喜した。その存在を確認する。


『ドラゴン』

それは空想上の生物であり、トカゲかヘビような姿に翼を持ち、高い知能を保持し、時には口から火炎や毒を放つ怪物と称されるものである。


そして、白い建物の地下に匿われていた存在の名称である。

地下の研究室には、10年前とは違い、テーブルとタンス以外に巨大な檻があった。

その檻に閉じ込められている存在こそが、ドラゴンである。

その迫力はまるで爬虫類、生物の王者の風格のようだ。よく見るとその硬い皮膚に守られるように、6つの白い楕円がある。それは生命の始まりであり、今、小さな生命が純白の殻を破ってこの世界に出ようとしている。

「おお!遂に遂に遂に孵るのか!」

「遅いぞ!赤月。貴様はデータがどれほど重要か知っているだろう」

「しょうがないだろ。今はそのデータの収集に集中だ」

卵の孵化を観察している白衣の男、天地は白髪頭になり、皺も深くなっているがその目は隣にいる赤月と同じくらい好奇心で輝いている。

そんな2人の視線の先には、勇猛なドラゴンとドラゴンが護る純白の卵。

その白い楕円形の球体が揺れる。すると美しい流線型のカーブに歪な線が入る。その線が広がり、卵の形が崩れると小さなドラゴンが世界に解き放たれた。

「「おー」」

二人から感嘆の声が溢れる。

まるで可愛い愛玩動物を眺める様な目だ。しかし、その視線の先は決して可愛らしいとは言えない。小さいながらも獰猛で狡猾な姿をしている。

「既に孵化したのは2体、あと4つのの卵があるが無事に孵るといいんだが…」

「室内はマスターが計算された気温と湿度に保たれています。2体の孵化を確認したので、環境的要因は問題ないと推測します」

まるで機械のように天地の不安を払拭しようと、状況からの推測を語るメイド服の白い少女が2人の後ろに立っていた。

彼女はCCと言う。正式な名はコピー・チェリーと言う。戸籍はなく。赤月と天地以外に存在は知られていない。

彼女は天地が生み出したクローンらしい。そう赤月は天地から聞いている。誰のと問われれば、話をはぐらかされるので、その内赤月も尋ねることをやめた。

「CCももっと近くに来たらどうだ?」

「いえ、私はここで構いません。歴史的な瞬間なのでしょうが、2人が眺められているの邪魔する訳にはいきません」

しかし、その視線はしっかりとドラゴンの孵化に向けられている。もしかすると興味があるのかしれないが、天地への報告の為に任務として観察しているのかもしれない。表情から心境を探ろうにも一定の間隔で瞬きをするだけで、表情らしい表情がない。

「おおっ、見ろ!もうすぐ3つ目、いや、4つ目まで孵るぞ!」

「こいつらも無事に孵化したな。あとの2つも直ぐだろ」

先に世界に飛び出した子ドラゴンは習性なのか卵の殻を食し始めていた。そして続いて出てきた2体も周りを見渡している。

「最後の2つにも僅かな揺れを確認。亀裂が入るのは1分以内と思われます」

CCが告げた直後に、ピキピキと小さな音が卵に現れる。

「よっしゃー!!これで全部無事孵化だ!」

「喜ぶにはまだ早いぞ、何が起こるかはわからんから気を付けい!」

しかし、問題は起こらずドラゴンの守っていた卵は全て子ドラゴンになった。


「いや〜緊張したぜ。孵るのは半分くらいだと思ったからな」

「確かに、子の個体にも翼は現れたからな。しかも奇形もなかったというのは驚きだ。あの様子だと子を捕食することもなさそうだ」

そんなこんなで、感動に浸る2人と紅茶と洋菓子を用意するCC。

「やっぱりのCCの淹れてくれた紅茶は美味しいよ。将来は良いお嫁さんになりそうだ」

「賞賛は嬉しいのですが、人権の存在しない私に結婚は不可能かと思いますが」

「お嫁さんの話は決まり文句みたいなものだよ。それに戸籍なら直ぐ偽装できそうだけどな」

常識や感覚がずれているが、そんなことは全く気にせずに話を進めていく。

「単為生殖ってわかるよな?赤月」

「そりゃ雌の個体が交尾なしで子を産むことだろ?だから心配だったんだろ。奇形なヤツや死んだりしてることにな。実際には何一つ問題は無かった訳だけどな」

「問題ありだ。本来は単為生殖ってのは雄しか産まれねぇ。しかし1体目は雌だった」

赤月の顔が疑問で歪む。

「何だって?しかし人工体のドラゴンなんだ、それくらいはおかしくないと思うが。しかし流石の観察眼だな。博士」

「俺も雌の個体については同じ意見だ。あと赤月はもっと注意深くなれ、大切なことを見落とす羽目になるぞ」

「それじゃ言わせて貰うけどな。多分子は親よりも純粋なドラゴンだと思うぞ。どいつも羽毛はなく全身が鱗で覆われていたし、翼も身体に対して大きい」

その言葉通り、子供のドラゴンは10年前に赤月が望んだような姿形をしている。

ふう。と天地はため息をついて、

「全く、お前もいい眼をしてる。それでドラゴンから子を離すのは難しそうだから。次の研究は何時になるのか…」

「それじゃ、今日のところは帰らせて貰うぞ。何か変化があったら今日みたいに連絡してくれよ。まあ、毎日来るけどな」

そう言って赤月は研究室を後にする。


4


「ただいまー」

と赤月は返事のない独立語を口にし、家の扉を開ける。

彼は別に訳あっての孤児ではないのだが、元々海外に単身赴任だった父親と高校に入学した同時期に母親も海外に仕事上の関係で移住してしまった為に、現在は一人暮らし歴2年目である。

(腹減ったな。博士のところで食ってくりゃよかった)

そんなことを考えつつ、手際良く豚バラ肉と野菜数種で野菜炒めを作り、炊飯器から朝の残りの白飯をよそって遅めの夕食を摂る。

(そういえば、ドラゴンの餌やりは昔は楽しんでやったもんだな)

野菜炒めの肉でそんなことを思いついたのか、1人寂しげにゆっくりと野菜炒めと白飯を口に運んでいく。

1年前は料理のレベルは不味いに入るものだったが、今では少し料理下手な主婦と同じくらいのレベルまで上達した。

暇になり通信端末でインターネットの未確認生物やオカルトのタグのサイトに検索をかける。

『【謎】ネズミやコウモリの大発生』

というタイトルの記事を選択すると、


『11日、デンマークの首都コペンハーゲンでネズミやコウモリといった小動物が郊外から群れを成して街中を疾走。約1時間ストロイエ通りなどを中心に街を埋め尽くしたが、急に郊外へ1匹残らず帰ったという。』


そこに騒動の動画があったが赤月は手をつけず、

その記事の書き込みを眺めていく。

「はー…」

意味も無く溜め息を吐いて。

食器を洗って、翌日の為に米を研ぎ炊飯器にセットする。もう習慣に近い流れ作業となっている。

そして二階の自室向かい、制服のままベッドに横たわったり。

「この先どうなんのかな」

独り言をつまらなそうに呟く。

幼い頃からの夢であったドラゴンという存在との対面、そしてそれがこの世界の法則に適応したという事実、この次は何をしようと彼は未来に希望と同時に疑問を抱いた。

世界をひっくり返すような出来事に胸をときめかせていたが、いざ起こると受け入れて、現実に取り込んでしまった。

「ドラゴンを増やしてもな。どうなるんだ?」

ドラゴンを公開するのか。社会問題にまでなりかねない。ドラゴンを隠しても先が見えない。

そういった疑問を紛らわす様に睡魔が意識を呑み込んだ。


5


赤月はいつもと変わらず登校していた。違うことと言えば、彼の髪はシャワーを浴びたためか濡れている。

「おはよう。赤月君」

不意だが、いつも通りの声で挨拶をされる。

「おっす。如月」

そして彼もいつも通りの返事をする。

「今日は朝シャワーなんて珍しい。昨日は何かあったのかしら?」

「毎日朝晩浴びてる奴に言われたくないけど、昨日は怠かったから早く寝たんだよ」

ただの日常会話の筈なのだが、周りからすれば何か違和感を感じる雰囲気だった。

「いつもダラダラしているのに」

「自覚はあるよ。やる気をださないだけだ」

嫌味と言い訳が飛び交った後、2人の間に沈黙ができる。

本来ならば、赤月は大抵のことには無視を決め込む。稀に気が向いたり、苛立ちを感じたときにのみ行動を起こす。

如月は学校では学習面からも人間性からも完璧に近いレベルの美少女で、こんなに冷めた声で人に嫌味を言うことは稀だ。

しかし、先程まで2人は仲の良い友人のように嫌味を言い合っていた。

何故こんなにも合いそうにない2人が仲良く一緒にいるか。それは、互いに互いを敵に回すべきでないと恐れているからである。

赤月は天才と呼ばれる類の人間である。勉強はなんとなくという感覚で基本的に習得してしまえる才能があり、その上で努力もしている。現にこの日の朝も昨夜やらなかった分の勉強をしている。そのためテストでは常に学年上位に立っている。

一方、如月は一度も赤月にテストで勝ったことはない。如月も優秀ではあるのだが、赤月と比較すると実力では劣る。他人に指導することもありほど理解度は高いく、如月は人に好かれる容姿と一種のカリスマ性を持っていた。そして如月は周り対して貢献していることも人望を集めている。しかし、赤月は多数の人間を動かすカリスマ性はなく、貢献しようということもなかった。

孤の極みと群の頂き。そんな対局にいる2人は互いに互いを利用せず、干渉しない、ただ同じ側面であろうと生活している。

側から見れば仲の良い、時にはカップルにも見える彼等だが、その心情は警戒故の共存である。


学校に着くと2人は別れそれぞれのクラスへ向かう。

赤月のクラスには既に半分くらいの生徒が入っており、会話を楽しんでいる。

幾ら名門校と言えど高校生は高校生なのかと思える雰囲気だが、

「なあ、昨日の課題さ、俺はやっぱり特異点は開いた方がいいと思うんだけど」

「やっぱりあのプログラムの方だった?あー失敗したわ」

「今日の素粒子論の授業は止めとくよ」

会話の内容は専門知識と専門用語のオンパレードである。

この才進高校は日本国内に留まらず、各国の有名大学と連携し、オンラインでの授業も行っている。授業の午前中は一般必修科目、午後は自分が選択した専門科目という構成となる。

しかし、人付き合いに億劫な赤月は誰とも会話することなく席に着き、1人学習を始めた。


午前10時過ぎ、今日5月12日は快晴で綿津原島からは本州がよく見える日である。

「おーい、マサ。次は体育だぞ。早く着替えろ」

と赤月に染めた金髪の少年が声を掛けた。

「分かったから急かすな。レイ」

レイと呼ばれた少年は方条怜ほうじょう れい。彼は赤月の幼なじみであり、赤月と親しい関係にある数少ない人物である。

「今日はサッカーだろ。サッカー部のエースは授業じゃ反則のレベルだろ」

「そう言うなって。マサも運動神経良いんだから、真面目にやれば結構イケると思うだけどな」

そんなことを話し、2人は運動場へ向かった。


「止めろ止めろ!3人で行け!」

「イケイケ!方条!」

赤月の案の定。方条怜は開始早々、同じサッカー部も軽々と抜き去り、ゴールに迫る。

全国でも屈指のフォワードであり、中学生の頃からプロのスカウトがあったという。今ではサッカー雑誌で、未来の『ファンタジスタ』とまで称されるほどの実力者である。

ゴール前には動くのが面倒という理由でゴールキーパーを引き受けた赤月が唯1人いるだけである。このときほぼ全員、方条怜を止めることを諦めていた。

そのとき赤月は違和感を感じていた。

(やっぱり、遅いな。なんか遅くないか?いつもなら何がどうなってるか、さっぱりわからないレイのドリブルがよく視える。それに今日はやけに身体が軽い)

方条怜はドリブルの勢いを殺さず、精確にボールを蹴り抜く。ボールはゴールの右隅上方。プロでも止めることは難しいコースに、素人には目に追えない速度で突き進む。

しかし、ボールはゴールに突き刺さらず、赤月の手によって弾かれた。

「えっ!マジ!?」

方条怜からも、その他の生徒からも驚愕の声が漏れる。そんなことは気にも留めず赤月は違和感の正体を探っていた。

(やっぱり変だ。いつもは見えない。まして追いつける訳がない。一体何なんだ?)

赤月はその後も次々とゴールへのボールの侵入を防いだ。方条怜は様々な角度から、変化やフェイント、時にはパスを使い様々な攻撃を見せるが、赤月の異常な反射神経により反応されてしまい、ボールが赤月という壁を抜けることができなかった。


そして、初めて方条怜のチームが敗北と0点を記録した。

「どうしたんだ?今日は。俺のシュート全部止めるなんて。何処で練習したんだよ?」

悔しそうな表情で方条怜が赤月に質問を発する。

「マグレだよ。今日はやる気出して、跳んだら偶々ボールに触れただけだよ」

実際にありえる筈がないのだが、赤月はのらりくらりと答えをはぐらかした。もしもこんなことから、サッカー部に勧誘されたら溜まったものではないという理由からの発言だった。

(マグレの訳がないだろ。完全に蹴る瞬間を見てから跳んだ癖に)

完全な事実を知るのは、高い次元に到達している方条怜のみだった。


6


午夜3時を過ぎた頃。

赤月は午後の授業を終え、雲一つない空を眺めていると、

「赤月君。昨日の野菜クッキーはどうだった?感想によっては今度の授業で使いたいのだけど」

昨日、赤月に試食と称して自作のクッキーをアンケートと共に渡した栄養科の教師が感想を求めてきた。

「アンケートは教室にあるんで、口頭でいいですか?」

「勿論、詳しく聞きたいからね。で、どうだった?」

「不味くはなかったです。でも苦味があったんで授業で使うのは止めた方が良いと思います」

ハッキリと正直な感想を淡々と述べる。

「やっぱり。うーん、でもあれ以上はカロリーが厳しくてね」

「薬食同源なんて言葉もありますけど、1番は食事以外に運動と睡眠。病気には手洗いうがいですよ。食事だけでどうにかしようなんて考えない方が良いんじゃないですか」

「ははは、まあそれを言ったらお終いだよ。参考になったよ。ありがとうね」

彼女は調理室へと向かった。赤月は今日は調理室の前を通らないようにしようと思った。

不意にポケットに入れていた携帯端末に振動を感じ、携帯端末の着信を確認した。誰がこんなときにと思い開くと、

『助けて下さい』

と一言。自分へ助けを求める白い知り合いからのメッセージだった。

このとき、赤月の思考に「何故?」はなかった。考えることの明らかに予想外の出来事なので、考えてもしょうがないということもあるが、考える時間すら惜しい状況なのだと悟ったからだ。

赤月は全速力で救出するために走り出す。


天地の研究所まで、あと1分もしないくらいの距離まで走ったとき。赤月は緊急信号の意味を理解した。

雲一つなく澄み渡った空に、黒い筋が1本。火事。そう解釈した。

赤月は全速力で疾走していたが、強引に脚を動かしスピードを上げていく。赤月の身体能力は何故か、通常とは比較にならないほど強力になっおり、走り一つでも倍近い差がある。


天地の家を見ると炎に包まれてはいないが、空いた窓から煙が吐き出されている。

赤月は制服を脱ぎ、盾か鎧のように突き出し、窓へ突進した。

ガラスの割れるときの独特の高い音と共に、ガラスの破片が飛び散る。その幾つかは赤月を傷つけるが、彼は気にも留めずに走り続ける。しかし、一瞬冷静に考えると、

(制服買い替えなきゃな。助けたら絶対立て替えて貰う)

となにやら心に余裕ができたようである。しかし危険な状況にあるのは変わらないので、最速の動きで、緊急用の隠し階段へと駆け込むが、

(うっ、やっぱり火元は地下か)

地下への入り口を開くと、時には人を死にも追いやる黒い煙が溢れ出してくる。

幸いに日本という国が火災や災害時を想定しち訓練を行っているので何が危険かは理解している(そもそも、火災現場に入ることこそが最も禁忌されていることではあろのだが)。避難訓練などで学んだ知識を使い、できるだけ姿勢を低くし、煙を吸わないように口を押さえ、呼吸を止めて、その危険の元へ駆け出す。

階段を駆け下りるのではなく、飛び降りる。着地の衝撃も軽い屈伸で吸収し、底を目指し回廊を落ちていく。赤月は急激に変化した自らの肉体のことなど疑問にせず、あるものは全て使うというようにその身体能力を行使する。

すると階段の終わりは煙に包まれ、煙の中には火の海となった研究室があった。

しかし、赤月には火の熱も煙も気にならなかった。何故ならそこには、

「グルルルル…」

「なんで、いや、何なんだ」

およそ20体のドラゴンがいた。

その中でも6体は、完全な物語に出てくるような姿をしたドラゴンで、その威圧感や迫力は純粋な恐怖を与える。残りのドラゴンは羽毛があったり、くちばしがあったりと不恰好なものだった。

赤月にはその全てに見覚えがあった。

(あいつらは、失敗作だ。でも確か処分した筈だ。博士が隠していたのか?それよりアレは完成体だけど、あの5匹はまだ、つい昨日までは幼体だったのに)

ドラゴン達は赤月に気付き、カエルを狙うヘビの如く赤月を睨み付け、赤月に向かい飛んだ。その姿は昨今、ゲームやアニメで見るようにスムーズで異様な飛翔である。

本来ならば、赤月と天地はその事実に歓喜するべき光景なのだが、今は命の危機に対する恐怖しか感じられない。赤月は咄嗟に横に跳び退いた。

しかし、ドラゴンの群は赤月に対して追い討ちをせず、そのまま崩落している天井の穴から地上へと飛び出していく。

赤月は危険が去り暫く惚けていたが、

(博士とCCはどこだ?)

ハッと意識を本来の目的に向け、周りを見渡すと、数秒前までドラゴンの群がいた場所に血塗れの何かがある。

赤月は軽い吐き気を覚えたが、解剖の実験による慣れで嘔吐はしなかった。

「博士!おい!なんで、なんで…何が起きたんだよ!」

赤月はその手脚が千切れ、肉や骨が覗く体を抱える。その肉体から流れる血によって、纏っている白衣は真っ赤に染まっている。

「赤…つ…か。逃げ…ろ。あ…いつ…をた…のむ…。そし…て、コレ…を」

震える血塗れの手に握ったメモリーを赤月に渡すと、天地の身体全身から残りの力が抜けていく。

それがその男の最後に力だったのだろう。そして、炎の熱の中でも感じられる程にその身体は冷たくなっていく。

「おい!まだ死ぬな!おい!何が起きたんだ!」

不意にガンガンと用具入れのような金属製の大きな箱から音がなる。赤月は天地の身体から手を離し、

「CCか!」

ロッカーに駆け寄り、赤月はすぐにその扉をこじ開ける。中には予想通り天地の助手であった少女がいた。少女はロッカーから飛び出るなり、赤月の手を引き、

「赤月様!早く逃げましょう」

少女は避難を促すが、赤月は踏み止まる。

「でも博士が、まだ…」

「もう手遅れです。早く!」

赤月も理解はしていた。今更生存の可能性が低い天地を背負って、この状況を出することができる訳がないと、しかし未練が彼の脚を縛り付ける。

しかし、CCが強引に赤月の手を引く。赤月は諦めた。強く歯を食いしばり、

「畜しょおおおおおおおおおっがあああああああああ!」

咆哮する。赤月はCCを抱え、階段を駆け上がっていく。その姿は見る者を悲痛にする様な哀しいもので、その本人は負の感情が胸の内から溢れ出るように感じていた。しかし、それでも崩れなかったのはCCの存在があったからだろう。彼女も助からなければ赤月の自我が崩壊していた。赤月はその少女をなんとか救おうと脚を動かす。

階段を登りきると、既に炎が地上の建物をも覆い、外からは消防のサイレンが遠くから聞こえてきていた。建物は崩れるのも時間の問題であった。

バラバラと天井は落ち、屋根に空いた穴からは煙で濁された青い空が見える。炎により触れるだけでも危険となる壁からは火の粉が舞い、2人の皮膚に痛みを与えていく。この場から無傷での脱出は困難かと思われたが、

赤月が壁を全力で蹴破った。

正に火事場の馬鹿力と言うべきだろう。2人は転がる様に外へ避難する。

「大丈夫か、CC」

「はい、なんとか。それより、火傷が」

炎の床を踏み潰し、燃える壁を蹴ったことで、赤月の脚は火傷と水膨れで痛々しいものになっていた。

「歩くくらいはできる。早く移動しよう」

「何故ですか?ここならば救急隊が来て、適確な治療を受けることができます」

「いや、それよりも研究がバレて俺達も怪しまれる。それに俺は何とかなるけど、お前は存在がなかったことになってるから問題になる」

冷静に今後の行動について語るが、その表情は痛みで歪んでいる。

「なら早く行きましょう。肩を支えます」

「悪いな。もう、消防が来やがる。急ぐぞ」

2人は人目を避けながら、存在を隠し、その場を後にした。

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