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深淵の王  作者: 伊里谷あすか
五、夜は浸食する
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5―19 雑音

「さあ、こちらです」


「っ、」


 そのまま、此方は美咲の肯定の言葉も頷きも待たずに、掴んだままの腕を引いて工事現場の出入り口へと歩み始めた。


 工事のために凹凸になっている地面に美咲が躓きそうになっても気にもとめず、半ば引きずるような状態になっても此方は彼女に一瞥もくれない。


 やがて黄色のテープで封鎖された出入り口に辿り着いた此方は、あっさりとテープの端を切って工事現場の外に足を踏み出した。


 足をもつれさせながら強制的にその後に続いた美咲は、ふと後ろを振り返り……見てしまった。

 その背後で、切り口からテープが黒く(・・)燃え上がった光景を。






 ――雑音と砂嵐が、美咲の頭を走り抜ける。



 ノイズで音が溢れた、白黒の荒れた視界。

 どこかで黒い火が踊っている。

 何か、否、誰かが黒い炎に灼かれている……?



 ――前触れもなく、ノイズが消える。


 ……美咲は、そのノイズの合間に確かに何かを見た。いや、思い出していた(・・・・・・・)


 だがその“何か”だけでなく、“何かを見たこと(・・・・・・・)”そのものの記憶が、瞬きの間に彼女の中から消失し――



 ――数秒後には、雑音が聞こえたことすら忘れていた。






 美咲の手を引きながら、此方が道路を進んでいく。


 一定の速度で歩み続ける此方に、舗装された場所に出てようやく体勢を立て直した美咲は、手首の激痛を押し殺して言った。


「……待って、此方くんっ!」


 直後、ピタリ、と此方が動きを止める。まるで電源を切ったかのような、不自然な止まり方だった。


 ぐるりと首だけで振り向いた少年は、不思議そうに尋ねる。


「どうかしましたか、美咲さん?」


 やはり、その顔は笑みで彩られていて。


「……どこに、行くの?」


 美咲は、自分の声が震えているのが分かった。


「当主さまのところです」


 答えは意外にもあっさりと返ってきた。だが、その返答に違和感を覚え、思わず尋ねる。


「え? でも空嶺の当主さまは、会議のために煉賀の屋敷に居るはずじゃ……? こっちは屋敷と反対方こ……」


「当主さまのところです」


 う、と美咲が続けるよりも早く、此方は同じ台詞を繰り返した。声の大きさも調子も抑揚も、先程と一切変わらぬままで。


 機械が同じパターンを繰り返しているような無機質さが酷く不気味で、言葉を詰まらせる。


 黙ったことに満足したのか、此方は身体ごと振り返り、両手で美咲の手を掴んだ。


「質問は以上でよろしいですか? よろしいですね?」


 そして、疑問形でありながらも有無を言わせない口調で、たたみ掛けるようにそう言って此方は笑みを深めた。


 ――そこで初めて、少年と目が合う。


「では参りましょう」


 その瞳は、ひどく虚ろだった。






「うーん、それは困るんですよねぇ」






 突如、ややハスキーな、良く通る声が聞こえた。それと同時に路地の暗がりから現れる、一つの影。


 その瞬間、此方の表情が消えた。


 直後、美咲から手を離したかと思うと、影に向けて此方は両腕を大きく振りかぶり――振り下ろす。


 ――少年の腕の動きに従って、《何か》が放たれた。


 その《何か》は過たず、影に接触し――音もなくそれを八つ裂きにする。


「え……」


 思わず洩れた声を自分でも認識しないまま、美咲はただ茫然とその光景を見ていた。

 切り裂かれた影がばらけて地面に落ちる。と同時に僅かに発光した。


 ……そしてその光が収まった時、そこには細切れにになった紙片が残されていた。


 原型をなくし、風に飛ばされかけたそのひと欠片を、何時の間にか現れた人物が拾い上げる。



「ふぅ……酷いですね。いきなり攻撃を仕掛けてくるなんて」



 そう呟いた声は、先に聞こえた声と同じ人のもので。


 そこにいたのは、すらりとした体躯を持つ黒髪黒目の黒衣の青年――いや、女性だった。


「成巳さん……」


「どうも、美咲さん。一週間ぶりですね」


 なかば無意識ににその名を呼んだ美咲に、ひらひらと片手を振り、彼女――成宮成巳(なりみやなるみ)は微笑んだ。





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