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深淵の王  作者: 伊里谷あすか
五、夜は浸食する
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5―17 剣戟



 そう思った時には既に大太刀が振るわれ、綾がそれをかわしていた。


 その光景に、前にこの神社で綾と鳴海が行った試合が少しだけ重なる。


 違うのはその速さ。そして、あの時は最後まで刀を抜かなかった綾が、抜き身で相対しているということ。


 綾の位置は彼が立ち止まった場所からほとんど動いていない。主に腕を含めた上半身だけが残像もなく刀を振るい、時折攻撃を受け流すために緩やかに全身が動く。


 鳴海は動きは残像として視界に映り込むだけで、ほとんど見えていないに等しかった。地を踏む音などと共にその姿を捉えたとしても、瞬きの間に移動してしまう。


 彼らの動きはバラバラではあるが拮抗しており、どこか整然とした――美しい舞のようで。


 弾いて、受けて、流して、躱して、振るって、擦れて、掠めて、また弾いて。そんな行為が、もうどれだけ繰り返されただろうか。


「止めなきゃ……」


 美咲は二人を見据えたまま、太腿に巻いた呪符入れに手を伸ばした。


 ――止めなければ。このままでは取り返しがつかないことになる。


 止めてどうすればいいのかはわからない。だが、放っておけば鳴海は綾を殺すまで止まらないだろう。


 このまま均衡が保たれたとしても、術の反動でじきに鳴海の身体は限界を迎える。切り合いの途中で限界が来たら、綾にその気がなくとも間違いなく彼の刃は鳴海を切り裂いてしまう。


 それだけ二人の斬撃は鋭く、強く、速い。


 止めたとしても、おそらく現状は何も変わらない。例え落ち着いても鳴海は綾を睨むだろうし、綾が冷ややかな笑みを浮かべるのも目に浮かぶ。


 「甘い」と綾に嘲笑されるだろう。


 「どうして止めた」と鳴海に激怒されるかもしれない。


 しかし、美咲はこれ以上見たくなかったのだ。綾と鳴海のこんな――――殺し合いのような、闘いを。


 ……鳴海は綾が嘘を吐いていると言った。だがそんな証拠はどこにもない。もちろん、嘘を吐いていないという証拠もない。


 だが鳴海に問い詰められたとき、綾は否定しなかったが――肯定もしなかったのだ。


 綾は何かを隠している。それは間違いない。けれど、それは嘘を吐いていることと必ずしも同じにはならない。


 なら、もう一度話を聞けば少しは何か変わるかもしれない。変わらなくても、今の状況よりはずっといいはずだ。


 美咲は呪符入れを探り、二枚の呪符を取り出した。


 符に書かれているのは《束縛》の術。対象の動きを封じるという、効果は単純だが強力な術だ。


 右手で眼前にかざし呪力を流し込んでいく。呪符が淡い光を帯びたところで、狙いを定めた。


 ――チャンスは一度きり。それも二人同時。失敗すれば警戒され、術を掛ける隙はなくなるだろう。


 綾はともかく、鳴海の姿はやはりまともに認識できない。つまり、鳴海に掛けるのは完全に勘に頼るしかない。 


 それでも止めると決めたからには、やる。



「……土行六式(どぎょうろくしき)・縛――」



 言いかけた時、微かに綾と目があった気がした。


 その瞬間に美咲は思い出した。……綾には呪術抵抗が、ない。


 ――呪術への抵抗力がない相手に呪術を掛けたら、どうなってしまうのだろう?


 ほんの一瞬生じた迷い。術を発動させる直前の僅かな躊躇い。




「間にあったっ……!」




 そのとき、呪符を持っていた手を突然誰かに掴まれ、発動寸前だった術がかき消された。


 驚愕し目を見開いた美咲がその相手を認識するよりも早く、掴まれた腕をそのまま引かれて――――










 ――二枚の呪符だけを残し、美咲の姿は神社から消えた。





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