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深淵の王  作者: 伊里谷あすか
五、夜は浸食する
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5―16 燐光






 ――響くのは、どこか悲鳴に似たかすれた叫び声。


 次いで聞こえる、金属の奏でる不快な音。


 風音と金属音の調べに合わせて踊るような、無数の剣戟――その光景から目を逸らすことも出来ずに、美咲はただ立ち尽くしていた。


 ――何が起こっているのか分からない。


 いや、分かってはいる。ただ自分の頭が認識するのを拒否しているだけだ。


 だが認めようが認めまいが状況は次々と変わっていき、頭の一部がまるで別世界の出来事のように淡々と、目の前で起きていることを美咲に伝えてくる。


 ……絶叫が途切れた直後、爆音とともに鳴海は視界から消え去り、次にその姿が見えたのは綾の背後で――気付いた時には既に大太刀と刀がぶつかり合い耳障りな音を立てていた。


 だが刀どうしの擦れ合う妙にカン高い金属の悲鳴よりも、意識が傾いたのは駈け出した鳴海の姿が消える前に聞こえた微かな呟き。


『――水行五式(すいぎょうごしき)波走(はばしり)火行五式(かぎょうごしき)炸激(さくげき)


 それらは呪術の一種である五行の内でも特殊な部類に属する、第五式の呪言だった。


 呪術の大半は、外に影響を与えるものである。しかし、五行第五式は術者本人に対して影響をもたらす――身体強化の術。


 水行五式は機動力、動体視力、反射神経、回避能力などを含む速度の強化。


 火行五式は腕力、握力、脚力などの筋力……つまり力全般の強化。


 そしてその効力を示すかのように、鳴海が飛び出す瞬間に踏み込んだであろう地面が大きく削れていた。ただのひと踏みで参道の石畳ごと地面を一メートル近く蹴り飛ばすなど、生身の人間にできるものではない。


 先の爆音は土が抉られた際に発されたものだったのだと、美咲は今更ながらに思う。それなりに離れた場所で音を拾ったはずなのに、まだ耳の奥でじん、と反響しているような気さえする。


 鳴海の動きが速いのは、ともに任務をこなしてきた美咲にとって十分に理解し尽くしていることだったが、ここまで尋常でない動きを見たことが今までにあっただろうか。


 術の力を最大限に利用した鳴海の動きは風を切り裂き、遠距離から幾度も綾を強襲する。そしてその度に、金属の打ち合う音が響く。


 ……そのとき、美咲はあることに気付いた。


「――――――――」


 遠目に見える鳴海の口元が、僅かに動いている。


 金属音と風音と、鳴海が地面を蹴る音のせいか、その声は美咲の元まで届かない。読唇術の心得のない美咲に、鳴海が口にしているであろう言葉は読み取れない。だから、彼の呟きの意味を彼女が理解することはできない――――はずだった。



 鳴海の身体が、薄く燐光を纏い始めたのを見るまでは。



「っ、だめ―――――っ!!」


 それを認識した瞬間、叫んでいた。


 ……身体強化系は同じ術を同時に複数使うことができないが、別の術であれば幾つでも重ねることができるのが最大の利点と言えるだろう。それだけを聞くと利便性の高い術に思えるが、その代わりに非常に大きな欠点も存在する。


 それは‘反動’。普段以上の活動を身体に強いているのだから起こって当然のものだが、これがかなりの体力や集中力などを奪っていく。五行の術一つぐらいならばまだ大したことはなく、術が切れた後の軽い疲労感程度で済むのだが……複数の術を使用していた場合、術一つにつき‘反動’は倍掛けとなるのだ。


 加えて、その反動の大きさは術によって異なり……酷いものでは術が切れた瞬間に身体が軋み、立つことはおろかまともに動けなくなってしまう。


 ……そして今、鳴海が使おうとしているのは、術効果は大きいが‘反動’もそれ以上に強力な――筋肉のリミッターを解除する術の一つだ。


 見間違いではない。鳴海を取り巻く燐光がその何よりの証拠だった。


 普段の鳴海なら‘反動’が身体に与える影響を考え、複数の術は絶対に使わない。リミッタ―解除の術など言語道断だ。しかし現在、鳴海は五行第五式の術を重ねている上に、術の前触れである薄い光を纏っている。


 確実に、今の鳴海は冷静さを失っていた。速さ任せで無駄に広範囲を動いているのもそうだし、何度も聞こえる嫌な金属音は、その太刀に強すぎる力が加えられていることを示している。先の美咲の叫び声さえ、彼には届いていないようだった。


 このまま無茶な動きをしていれば、術の反動も相まって身体を痛める、いや、壊してしまうに違いない。


 だが、そんな美咲の想いとは裏腹に、視界の端で一際強く燐光が煌めいて、



 ――術が完成し、鳴海の姿が掻き消えた。





地の文ばかりですみません……。

まだ五章は続きます。


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